22.宴会と女王様
マルケンのアルミラ店。
夕方から、知り合いが集まり出した。
「いや、やるな、ケンゴ。本当に、助太刀をしようかと思ってたが、圧勝だったな」
「やっぱり、いいねぇ、ケンゴ君は。あの戦闘服で現れた時は、カッコ良すぎて、チビりそうになったよ」
ゲントとデルラテから褒められる。
実は、この2人とも、今回の裏をある程度は、知っていた。
ダンゾーからの連絡を聞き、冒険者仲間に助太刀、という噂をさらに広めたのはゲントさんだし、服をあつらえてくれたのは、デルラテさんだ。
「やっぱ、おいらのデザインが良かったっす。旦那様には、最高に似合うと思ってたっす!」
と、ダンゾー。
なぬ?、あの服、チミがデザインしたのか。
「とは言うものの、動きやすさとか、生地とか、機能性の部分は、あたしが担当したんだからね」
「ありがとうございました、デルラテさん」
「いいのいいの。でも、少し大変だったから、御礼に、あたしと2人っきりでお酒飲んでくれないかなぁ、なーんて・・・」
そこで、レルとランテさんが割って入った。
「ご苦労。礼金はあとで請求するといい」
「さあ、そろそろ、祝勝会の準備ができますわよ」
祝勝会が始まってすぐに、グランさんが現れた。
「よお、旦那」
「グランさん、どうにか済みましたよ!」
その声に、振り向いたゲントが、目を丸くする。
「おいおい、双剣じゃねぇか。お前さん、ケンゴとつるんでたのか」
「久しぶりだなぁ、ゲント。まぁ、簡単なアドバイスを、な」
「って事は、あのダンゾーって小僧も、お前さんの手下か」
「まあ、そうなるな」
そこに、ディアナが加わり、挨拶を始める。
少し遅れて、カルミラが現れた。
男装をしているつもりだろうが、胸の巨大さを隠すことは出来ず、変な色気がある。
俺を見ると、
「マスター、お疲れ様」
とだけ言って、何故か真っ赤になっている。
そこで仕事を終えた、サンガも現れ、賑やかさが増した。
ドアには「臨時休業」の看板がかかっているが、マルケンで祝勝会が行われていることくらい、街の人達には分かっているだろう。
と、そのドアが音もなく開くと、黒髪の美少女が滑り込むように入ってきた。
元の世界で言うと、中学2年生くらいだろうか。
脱皮しつつある蝶の、生々しい瞬間を切り取ったような、儚い美しさがある
まっすぐ俺を見ている。
どこかで見たような目だ。
目ざとく、それに気付いたダンゾーが、声をかける
「お嬢ちゃん、今日は休業っす。内輪で、飲み会をしてるので、申し訳ないけど帰って・・・」
声が途中で消え、冷たい空気が流れる。
「・・・グラン先輩!」
抑えた声で、グランに声をかける。
「ん?」
「その子、普通じゃないっす。おそらく擬態っす」
と、別の方向から驚きの声が聞こえた。
「陛下!?」
「女王様・・!!」
「お姉様!!!」
ゲント、デルラテ、カルミラだ。
「おお、こういうところは不慣れでな。知り合いが居て助かった」
黒髪の美少女から放たれたのは、ドレクリア女王、その人の声だった。
まあ、結局、ほぼ知り合い全員での大宴会となったのだが、ぶっちゃけていうと、女王様降臨には少し違和感があった。
一市民の宴会に、一国の王が現れる理由など、あまり無いだろうから。
他の人達も、それぞれ話をしながらも、耳をそばだてている様子だ。
「いや、一度この店には来たいと思っておったのじゃ」
「お姉様、その姿で、その話し方は駄目よ」
「そうか」
コホンと咳をして、一瞬眉をひそめると
「一度この店には来たいと思ってたのー」
と、ちょっと足りない女子高生みたいな言葉で、女王様はしゃべりだした。
「なんかさー、ケンゴちんの料理が、凄くおいしいって聞いたし、戦勝祝いにも、ここしばらく顔を出していなかったからって、カンジー?」
いや、女王様、その姿で、その喋り方は、カジュアルに振りすぎですって。
「・・・いや、まあ、戦勝っていっても、喧嘩ですよ」
「喧嘩も戦いよぅ。私も、ケンゴちんの戦い見たかったなー」
しゃべりながら、美しい所作で、俺の隣に座る。
「すごく、カッコよかったって聞いてるしねー。・・・ねぇねぇ、血を浴びた?」
「はい、かなり」
「いやーん、素敵ー。下賤の血でもいいから、我も一緒に浴びたかったー」
「お姉様」
カルミラが、むっとした顔で、俺の膝に置かれていた女王様の手を、引き剥がす。
「マスターのお祝いに来た、というのは分かりましたけど、その姿は何ですの?。もっと違う偽装があったでしょうに。老婆とか」
「何言ってるの、カルミラちゃん。私だって、女よぅ?。ケンゴちんに良く見られたいもーん」
「な・・・」
「あのさー、他の子は、お色気ムンムンじゃん?」
まあ、レルにランテさん、カルミラにディアナ、と、タイプは違うけど、巨乳美女ばっかりだよね。
「だ・か・ら」
だ、か、ら、に合わせて、指をちょんちょんちょん、と振る。
可愛い仕草に見えるが、やられたカルミラの額には、青筋が浮かぶ。
「こういう、「女になりかけ」みたいな新鮮なカンジで、ケンゴちんに気にいられようとしてる、・・・ってトコ?」
「・・・気に入られて、どうするのよ」
「そんなのー、言えなーい。・・・でも、ケンゴちんにだけは、言っちゃうかもー」
女王様は、突然、強い力で俺の腕をたぐり寄せると、耳元へ囁く。
濡れた声で。
「我を、女にしてくださいって」
聞こうと思えば、近くにいる者、例えばカルミラ、レル、ランテさん、ディアナが聞こえるような絶妙な大きさの声だった。
ああ、青筋がプラス2。
ディアナだけは、ニコニコしている。
「お姉様・・・!」
「冗談よ、じょーだん。その証拠に・・・」
俺の手を、自分の胸に押しつける。
「ほらぁ、全然ドキドキしてない、でしょ・・・?」
いや、不死者なんだから、心臓動いてないんでしょ?
でも、柔らかさは申し分なし。
大きさは・・・、その姿の割に、ちょっと大きすぎる気もするけど、そこは俺の好みを読み切られているんだろうね。
「お姉様!!!」
「ズルいわ、女王様!」
「・・・なんでデルラテが参入してくる」
なんか、わちゃわちゃ、となってしまったが、原因である女王様は楽しそうだ。
「ふふふふ。愉快、愉快。楽しいの、ケンゴ君」
あ、もとの喋り方だ。
「では、我も、料理をいただこうか」
それからは、大騒ぎしつつ、そこまで荒れることもなく、宴会は進んだ。
そんな中、ディアナが爆弾を投下した。
「皆様の武勇伝、すごいですね。ご主人様も、びっくりするほど強かったですし。この中で、一体誰が一番強いのかしら」
一瞬にして場が静まりかえった。
いや実際、俺にもわからない。
みんな、それぞれ思うところありそうに、頭を捻っている。
と、グランさんが口を開いた。
「お嬢ちゃん、強いってのは、どういう戦いか、どういう相手かによって、変わるもんだ。例えば、多数の敵を相手にする戦場なら、魔法使いが有利だったりな」
おお、大人の余裕だ。
こういうことは、軽々しく決着を図ると、また色々・・・。
「だから、『当事者同士の実力のみでの殺し合い』と、というところで、考えてみよう」
アレ?
「妥当じゃ」
やだ、女王様まで。
「俺が思うトップ5は・・・
1位 女王様
2位 俺
3位 ダンゾー
4位 旦那
5位 レル
だな」
「なかなか、良い見立てじゃ。ただ、我なら・・・5位にはデルラテを推す」
「あたしは、レルより劣りますよ。・・・でも、ダンゾー君はそんなに強いのかねぇ」
「たしかにその条件なら、おいらは、強いっす。ただ、旦那様より上かは、微妙っすねー」
少なくとも、トップ3は、その実力を認め合ってる模様だ。
端っこで、ゲントもうなずいていた。
やはり、分かる人間には分かるのだな。
俺は、その順位に反対する訳では無いが、トップ3の強さの程度は推し量れない。
つまり、その程度の強さってことだな。
「グランの兄貴、主様が、4位とは納得できない。レルが5位なのは嬉しいけど・・・」
と、レルが、すこし呂律の回っていない感じで反論する。
「いや、旦那はこの順位でいいんだよ」
「その通りじゃ」
「この順位は、殺し合いってことっす。おいらは、小さい頃から訓練を受けてるので、親友であろうと、自分の親であろうと、仕事なら容赦なく殺せます」
と、ダンゾーが説明した。
「そういうこった。だから、殺し合いという任務を言いつければ、旦那でも、俺でも、躊躇なく殺しにかかるだろう。そこがダンゾーの強さだ」
「なるほど」
確かに、どんなに強くなっても、俺には、この天真爛漫な少年を、殺せそうにない。
「でも、そのダンゾーさんの実力っどうなんですの?。能力とか無さそうですけど。ねえ、ケンゴ様」
ランテさんにたずねられて、俺も首を捻った。
確かに、見たところ、能力を持ってないが。
やはり、種族特性か?
「ああ、こいつ、『能力偽装』持ってるから」
「あ、先輩、シーッ!、シーっす!」
ダンゾーは必死になっていたが、もう遅かった。
『能力偽装』は、どうも、自分の好きなように能力の偽装ができる能力らしい。
すなわち、ダンゾーは、能力を「見えない」状態にしているいうことだ。
『能力制御』も、似たことができるが、こちらは、本当に能力を潜在化してしまうので、「見えない」イコール「使えない」のだ。
じゃあ、ダンゾーの実力なんて、分かる訳ないじゃん。
「・・・なんで女王様は、ダンゾーが強いってわかったんですか?」
「それは、女王としての立場じゃ。王だけに、それなりの情報網を持っておる。『暗人の里』の天才児のことも、耳に入ってたしの」
なるほど、なんか、背景があるのね。
「でも、幸いなことに、おいらは先輩に雇われてるっす。ということは大ボスは旦那様なので、敵対することは無いっす」
そうか、助かったよ。
「よく分かりました。もし、ご主人様より強くても、殺しに来るようなことは、無いのですね。安心しました」
ディアナが、にっこりとうなずいた。
で、場が収まった。
女王様が悪戯っぽい視線を投げかけてくる。
「皆に慕われておるの、ケンゴ君」
えへへ、そうですかね。
「これなら、まかせることができそうじゃ」
はい?
「頼み事があるのでな。あした、登城してくれ」
???
「ちょっと、お姉様、それが言うのが目的だったの?」
「それだけでは、無い」
「???」
と、急に女王様の声色が変わった。
「ケンゴちん、女は冗談の中に、本心を忍ばせるんだから。今日、一番いいたかったのは、アレだからね」
嵐の予感がした。