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『THE・GODTOOL』 ―ザ・ゴッドツール―  作者: 大噛モドキ
第一章 『不定形の男と硬鋼の大剣』
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求める少女と変わりゆく男

 一話が説明不足などであまり気に入らなかったので、思いきって書き直す事に決めました。二話以降も、順次書き直していく予定です。

 突然の質問になるが、皆は『神器』という物を知っているだろうか。


 オーディンの “グングニル” しかり、素戔嗚尊(スサノオノミコト)の “天叢雲剣”アマノムラクモノツルギ しかり、アーサー王の “エクスカリバー” しかり。


 神々の持つ武具や、神がかった力を持つとされる武具達、それの総称の一つとして、『神器』という言葉が使われる。


 そのどれもが、怪物を倒しただの絶対に壊れないだの辺りを火の海に変えるだの、突拍子もなくそれでいて強力なものばかり。


 だが、忘れてはいないだろうか。それはあくまで『伝承』であり、『実物がどうか』はわからないということに。

 世の中は空想物語ではない、つまり《都合の良すぎる道具など現実には存在しない》という事に。











 地球の存在する世界とはまた別の世界。攻撃には余り使えない等万能ではないが魔法があり、五部リンやドラゴンをはじめとしたモンスターも居る、しかし建築様式や一部科学技術は発展度合いの差があれど、何処か地球に似ている……そんな世界。



 西部劇に出てきそうな街並みながらも、それに少し似合わない(地球の文明からすれば)古いタイプ自動車や大型バイクも行きかい、それなりに発展している事が窺える荒野の中に立つ『トゥウィーラ』と言う街の一角。



 そこにある酒場もかねた冒険者ギルド……今で言う職業別組合本部の様な場所で、少しばかり人が集まって何をかを話している。




「大丈夫だって! 私はこれでもそこそこ腕の立つ冒険者だよ?」

「でも、だからって一人で行くなんて……!」




 その人だかりの中心に居るのは一人の少女だった。


 驚くべき事に少女には、ウィッグを付けるか染めない限りはあり得ない筈の浅葱色の髪を持っており、それをサイドアップにしている。不自然な色の筈なのに染めて訳では無く飽くまで元からその色だった……そう思えるぐらい自然な色であった。

 更に、頭頂部から右寄りの部分と左よりの部分に猫の様な耳が生えており、尾骶骨の部分にも同色の毛並みで覆われた尾っぽが生えている。それはさながら現代版に可愛く直した、今でも語られる妖怪・猫又のようだ。


 そんな地球に居れば違和感たっぷりの少女に対し、不安そうに話しかけた男性は鮮やかな緑色の髪の毛以外は地球の人間と大差ない。

 だが獣の耳としっぽが生えて人間など珍しくも無いといった様子で、そんな事よりも少女が一人で旅に出るという事を心配している……この事からも、ここが異世界である事が理解できるだろう。



 男性が不安げに詰め寄り発言した台詞に、周りに集まっていた人そのものから少女の様な獣耳持ち、果ては蜥蜴頭の大男なども皆一様にうなずき、少女とは違う犬の様な耳を持った茶毛の少女がおずおずと言う。。




「あのね……確かにベリルはこの街ではそこそこ腕が立つ方だよ。けれどさ、外に出たらそれより凄い人何か一杯いるし……何よりこの荒野周囲に出てくるモンスターとは違うモンスターだって出てくるんだよ?」

「悪ぃ事は言わねえ、諦めな」

「嫌よ! 私はぜーったいに旅に出て、『神器』を手に入れて見せるんだから!! 『神器』を手にできれば、そこそこないち冒険者から一気にトップへ躍り出れるんだから!」

「だから、実在するとはいえ現存する数の少ない『神器』を手に入れようってのが無謀で―――」

「無謀は承知よ!」




 神器……それは総称に神と言う文字を冠する通り、神の力にも等しい力を持つ至高の武具……巷ではそう噂され、後世に語り継がれる伝説をも生んだ『神器』まであるという。



 それを手に入れようとするならば、命を捨てる程過酷な試練が待っているだろう。



 無謀にも程がある冒険となる事は明白である『神器』を手に入れると、ベリルと呼ばれたネコミミ少女はハッキリと言い放つ。大きく胸を張って主張するその様には、諦めてとどまるといった選択肢を植えつけられる隙など、それこそ全くと言っていい程ない。


 絶対に自分達の言う事を聞いてくれない雰囲気を察したか、一人二人と説得しようとする人間は減って行く。それでも心配なのかその場からは去らず、まだ説得のチャンスはあると根気強く喰らいつく者もまだいたのだが、ベリルはそれら全てを撥ね退けて旅に出るの一点張り。


 とうとう根負けしたか、最後の最後まで必死に言いくるめようとしていた緑髪の男性も、渋々といった感じで数歩下がった。



 ようやく納得したかとベリルは得意顔になり、事の顛末をハラハラしながら眺めていた受付嬢の方へと歩いて行く。




「準備もあるし、今すぐには出れないけどさ……近日中に必ずこの街を出て行くから、手続きをよろしくね!」

「あの……本当に」

「行く! シツコイようだけど絶対に行くから!」

「は、はい。分かりました……はぁ」




 彼女の無鉄砲さは従来からのモノなのか、受付嬢はこれ以上問答しても無駄だろうなとばかりに、しかし溜息は抑えきれなかったのかソレを深く吐いてから、ギルドカードと呼ばれる組合に所属している事を示す金属の輝きと樹の軽さを持つ材質で作られたカードへ、ギルド一時脱退中と言う事を示すマークのハンコを押す。


 そのマークをよーく確認してから、ベリルは体をちぢ込めて震わせ、次いで大きく腕を広げた。




「よおっし!! 明日中に準備の品を揃えて、そっから本格的に旅の開始だぁっ!!」

「えっ!? 近日中じゃあないの!?」

「……諦めろ、アイツの超が付く程の出鱈目ぶりはよく知っているだろう?」




 蜥蜴頭の大男に言われ、緑髪の男はカクンと頭を落とした。



 少女は自身の宣言通り、その日と翌日の昼までに準備をそろえると、彼女の私物であろう単車にまたがり、顔見知りだからと見送りに来てくれた数名に向かって手を振る。


 単車はよく見ると排気ガスを噴出させる排気口があらず、恐らくは魔法で動くのであろう事が窺える代物であった。




「じゃ! 絶対に『神器』を見つけて、ちょー有名になって帰ってくるからねーー!!」




 それだけ言うと、ベリルはもう振り向く事などせずに、アクセル全開で風の如き勢いで荒野の彼方に消えて行く。

 彼女が去って行ってから数秒後に、蜥蜴頭の大男は周りの者達へ聞く様に呟いた。




「手に入れられると思うか?」

「えっと……無理、だとおもいます……」

「……だろうな」

「せめてさ、何事も無く骨折り損のくたびれ儲けで、しょげ返って帰ってこれる事を祈ろう」

「いや、それもどうかと思うんだが……」




 発ってからもう何時かえってくるのだろうかという議論がなされ始めたのを見て、見た目と違って一番の常識人であるらしい蜥蜴男は、受付嬢に勝るとも劣らないほど深いため息を吐いた。












 出立から三日。



 バイクのアクセルを全開のままにして、砂交じりの風が吹く荒野を飛ばしに飛ばしたのか、辺りを覆う景色は背の低い草と乾いた大地に岩山と言う景色から、背の高い雑草に木々の立ち並ぶ森林地帯へと既に様変わりしていた。


 今まで遠征でしか見た事のなかった景色に、ベリルの胸は高鳴り心も自然と躍った。自信の高揚感と連動させて速度を更に上げ、一応走れるように整備された林道をベリルは単車でひた走る。



 荷物には使い捨てのモノも積んでいたらしく、最初の頃と比べて少しだけ荷物の量が減っている。勿論、即席のテントや簡単な調理器具、護身用のダガーナイフ数種に、型は旧式の火縄銃に似ているのに弾を詰める所がハンドガンのような形状の奇妙な銃もあった。




「地図によれば……もうそろそろ着いてもいい筈なんだけどな」




 彼女の手の中にあるのは、大まかに街の点在する場所を記してある地図だ。腕時計の様なコンパスを付けていて、態々取り出す必要も無い。

 やはり、『神器』を手に入れるというのは、彼女にとっては本気も本気の模様。


 呟いてから十数分。



 道の舗装具合が今までよりも整っており、矢印を模した案内看板が勢いよく後ろへ抜けていくのを見て、道はあっていたのだとベリルは小さくガッツポーズ。


 それから更に数分後には、遠くにだが街……と言うより村の入り口であろう、樹で出来た門が見えてきた。確実に近付いていた事が分かり、ベリルの顔には笑みが浮かぶ。




(よぉっし! ここから本格的に始まるんだ! 私の『神器』探しの大冒険!)




 黒ずんだ大樹で造られた門を安全の為か多少スピードは落として潜り、大通りの端っこへ彼女は自分の単車を止め、小さく何かを紡いで光で出来た鎖を掛けた。


 現代でいうチェーンロックの様なものだろう。盗まれない為、用心しているからこその保険だ。



 入って見渡したベリルは、門に使われていた大樹を超える木々で造られた家々を見て、この街が思った以上に大きかったのだと認識する。少なくとも、彼女の居た『トゥウィーラ』の建物は、日本の農村に建てられている民家よりも少し高い建物がいくつかあるぐらいだったのだから。


 本当に自分の居た場所とは全く違う世界へやってきたことに、ベリルは感動した面持ちで体を震わせる。そして、しっかりと拳を握った。




「さーて! 早速!」




 ここから彼女の……『神器』入手の冒険が幕を開けるのである。






「……『神器』に関しての情報を入手しないとなぁ」





 訂正、幕開けにはまだ遠いようだ。



 まあ、『神器』が欲しいといった願望だけで飛び出してきてしまったのだから、どんな『神器』を手に入れたいか、その『神器』はどのような力を持っているのか、既に取られてしまった後なのか、そもそも『神器』の種類はどれだけあるのか、それすら全く知らずに居てもおかしくは無い。


 ~という『神器』の存在すると言われる場所を教えてください、といった基本中の基本である質問も、何も調べずに旅へ出たベリルには無理だった……何せ、めぼしい『神器』の名前すら知らないのだから。


 呆れるほどの無鉄砲ぶりだ。彼女の同僚達が必死になって止めようとしたのも分かる。こればかりは必死になっても仕方が無い。



 どうしようかと頭を捻るも、ベリルは頭がよくない方なのか、考える度に目を回して混乱している。じゃじゃ馬+無鉄砲+マジモノの馬鹿。

 何ともトンデモない少女であった。



 見つけて帰ってくるといった手前、手ぶらでは引けないのか街の規模に反して思いのほか少ない街人達を時折避けながら、良いアイデアは無いかと悪足掻きとばかりにまだ頭を捻る。 




「―――だよ、毎度あり」

「おう! サンキュな!」




 ふと聞こえてきた元気のよい声に顔を上げると、フードを被った男性が開いている露店が目に入った。品物はどうやら地図らしく、街のガイドブックから一攫千金をも狙える宝の地図まで、おいてある品物の種類は様々だった。


 ベリルは先程の喜色を大いに含んだ声が気になったことも手伝い、露店の傍まで近寄ると覗き込む様な体勢で品物を確認する。



 すると、そんな彼女に気が付いた露店商が、客が来たのだとベリルへ声を掛けた。




「いらっしゃい。何かお探しで?」

「あっ、えっとぉ」




 対して買う予定も無く加えて地図にそこまで詳しくないベリルは、露店商が発したフード姿に似合わないやわらかな声に、このまま去るのが申し訳なくなり店の正面で口ごもってしまう。


 やがて、笑われるかもしれないけれど念の為……と、若干藁にもすがる思いを含ませて、露店商に自分の思っている事を告げた。




「その、ですね。『神器』関連の品を置いて無いかなー、なんて」

「『神器』関連ですか。えぇありますよ」

「……ですよね、ないですよ――――――えっ? へっ?」




 聞き間違えかと呆けた顔で頭の猫耳を傾けたベリルへ、露店商は詰まることなくハッキリといった。




「あります、と言ったんですよ。『神器』の有りかを示す地図……“黭鋼(おんこう)・アロンダイト”への手掛かりを示す地図がね」

「えっ、嘘、嘘っ!?」

「いえ、本当です」




 思わぬところで手掛かりが見つかったと、最初こそ信じられないとソワソワしていたベリルは、状況を受け入れるにつれ段々と喜色を表情に現し始める。


 だが、一つ不安要素となった事があったので、覗きこむ様にして座っている露店商へ問いかける。




「おじさんは、その地図を持って探しに行かないの?」

「はは、私は露店商です。もし商売に役立つ『神器』があったのなら全財産はたいてでも探しに行きますが……生憎“アロンダイト”は硬度に特化した大きな『神器』だとか。そんな物を持っても商売の邪魔で寧ろ狙われるかもしれませんし、今は神器の地図を売って稼ぐ方が高くつきますのでね」

「へぇ……なるほど」



 露店商の説明に納得したベリルは、もしかしたら旅に出て一発で『神器』を手に入れられるかもしれない、自分を心配している者達に名声を届かせて、安心と信頼を同時に与えられるかもしれない、いやもしかしたら後世に語られる人物になれるかもしれない……と夢物語を秒速で展開する。上機嫌さは尻尾にも表れていて、フリフリとそれなりの速度で往復している。


 そこまで夢想して、ベリルはハッとある事に気が付いた。




「あの、まさかさっきの人が持って行ったのは……?」

「おや見ていたんですか。はい、お察しの通り“黭鋼・アロンダイト”の有りかへとつながる地図です」

「やばっ!? 早くしないと! おじさんその地図頂戴!」

「少々お待ちを……はい、コレが地図でございます。値段は三万五千カニアです」

「よっと、コレで!」




 ベリルは早業で紙幣を八枚取り出して露店商に手渡し、何やらメモの挟んである地図を握りつぶさんばかりの勢いで受け取って、地図に記された『神器』が眠っているのであろう場所とその方角を確認して、やってきた時とは違う門へと勢いよく駆けていく。




「ヒヒ、まいどぉ」




 ……先程とは打って変わってフード越しでも分かる邪悪な笑みを浮かべ、金を大事そうに懐へ入れた露店商の男性に終ぞ気が付く事無く……。











 受け取った『神器』を記す地図を見ながら、ベリルは深い森の奥へ奥へと歩みを進めていく。



 当然駆けだした時の勢いなどとうの昔に失われ、今は大き目のダガーを手に背が高くそこそこ丈夫な雑草を、内げ斬り払いながら、時折コンパスと地図を確認して進んで行く。


 所々に建物の瓦礫のような物が散乱しているのを見ると、やはりここがただの森ではないことが伺える。ハートをかたどった様な蔦を持つ奇妙ながらファンシーな植物を、此方の世界では対して珍しくも無いのかそれとも本人が興味ないだけか何の躊躇いも無くぶった切ると、ベリルは頬を伝う汗をぬぐって不安げな表情を浮かべた。




「こっちで、あってるんだよね……? この地図ホントに本物かなぁ……? でもこれ以外手掛かりも無いし……」



 本物っぽい(・・・・・)地図と、持参したらしいコンパスを訝しげに何度も見ながら、あたりをしきりに見回すベリルは、最初の気分など何処へやら尻尾も垂れさがってしょげ返っている。

 地図とコンパスの方位があっているのならもう辿りつけてよいはずなのだが、辺りには相変わらず歴史の亡骸が散乱するのみ。


 中に入れそうな遺跡や、それに類ずる建造物らしきものなど、見渡せども一部はおろか影すら何処にも見当たらない。




「……こんなトコで迷ってる場合じゃないのに……早くしないと“黭鋼・アロンダイト”が誰かに取られちゃうよ……」




 先に走って行った少年しかり、“黭鋼・アロンダイト” を狙う物はベリルの他にもまだまだいる。既に先を行っている競争者がいるのだからか、かなり焦り気味であった。


 しかし、焦りは失敗を生み、慌てれば視野を狭める。今まで遠征でも訪れた事のない土地だという事、事前に調べた毒虫が時々寄ってくる事も相まって、次第に悪循環に陥りベリルは同じ場所を行くったり来たりする状況となってしまっていた。


 一旦落ち着いて辺りを探りながら掻き分けて行っても、やっぱりと言うべきか何も見つからない。これでは焦りも募るばかりであろう。




「……野宿すべきかなぁ」




 ベリルが空をを見上げてみれば、もう既に夕焼けを通り越して紫色になっており、未だ星の見えない空だがそれが夜空と変わるのは時間の問題だというのは自明の理だった。


 それでもと根気強く探している内に辺りが真っ暗になり、魔法で造った明かりも鬱蒼と生い茂る木々の所為で遠くまで届かない。


 仕方が無いと諦めたようにため息をついて、ベリルは簡易テントを張って土台を二つ立てて鉄の棒を上に置くと、目印となるカラフルな球体を置いてから薪を集める。


 ライターのようなもので集めた薪に火をつけて鍋のようなものの取っ手を棒に引っ掛け、中に干し肉や香草を入れて蓋をし、地図や持っている道具を整理し始めた。



 食材の程が分からないので証明しようも無い味は兎も角、入れたモノ自体は実に簡素な料理の完成を待つ最中で、ベリルは頬杖を付いて憂鬱そうに星々の瞬く夜空を見あげる。




「はぁ……もう取られちゃったかなぁ……」




 ふと呟いたベリルは、おそらく順調に行っていれば自身の手に収まっていたかもしれない『神器』のことを考え、ますます諦めと落ち込みの混ざった表情に深めた。


 ベリルは背は低いがスタイルが良く、顔もなかなかの美少女で―――実力や無鉄砲さを除けば―――周りからの評価もあり、少女自身もそれを自負している。そんなアイドルのような少女まで切望するのだから、『神器』とはかなりの力を秘めた一品なのだろう。




「冒険者としてもちょっと飛び出てるだけでやっぱり平凡だし、容姿が良くてもそれって若いうちだけだし……だから、老後にまで続く実力と名声を得る為に『神器』が欲しかったのになぁ……目立ちたいし」



 最後に何か邪な感情が入ったが、 彼女に限らず人間―――ベリルには猫耳と尻尾があるが―――にとってそれは持たぬ方が無理という願望だろう。


 ゴロリと貧なく寝転がったベリルは、もしアロンダイトを手に入れていたら今頃……とせめてもの足掻きに妄想をふくらませ始める。



 神器の内一つ、“黭鋼(おんこう)・アロンダイト”。それは如何なる攻撃も防ぎきり、如何なる災難でも消して折れることのない、絶対硬度をもつ盾に勝るとも劣らない防御力を持つ、黒鉄の大剣。ご丁寧にも、地図に挟んであったメモにアロンダイトの力や情報が書かれていたのだ。



 ダガーを主に扱っていることから分かるようにベリルの腕は細く、大剣を扱ったり運べるほどの筋力があるとはとても思えないが、彼女にとって扱えるか扱えないかは二の次。あくまで目的は『神器』を手に入れることであり、所持できるかは端からあまり考えていない様子だ。



 そのうちトリップに拍車がかかってきたのか、ベリルはだらしなく涎を垂らしてニヤケ始める。



 と、そんな幸せトリップから強制的に引き戻すかのように、小さな草むらが小さくカサカサと揺れる。少女は少々驚いて起きるが、揺れ方と草むらの高さから、おそらく小動物が動いたのだろうと推測した。




「むぅ……せっかく人が何とか気を紛らわそうとしているって時にぃ……」




 少々苛立ったようにベリルは起き上がり、念のため焚き火を消すと刃が長めのダガーを抜いて構え、草むらに何の躊躇いも無く速足で歩み寄ってゆく。


 そして、思いっきり草むらへダガーを突き刺したとき、ベリルは驚愕と後悔を同時に味わう事となった。


 何故ならば、そこにいたのは小動物ではなかった。



「グギャアアアアアッ!!?」

「ふぇっ!?」




 額に角を生やし緑色の肌をした、少々拉げた様な造りの顔を持つ獣人……ファンタジーでは皆さんおなじみのモンスター筆頭、ゴブリンだったからだ。


 どうやら遅めの昼寝中……いや時間的にいって普通に寝ていたらしく、草むらが揺れたのも寝返りをうったせいだろう。そして寝ていたから小さな背丈の草むらでも隠れてしまっていたのだと推測できる。



 気持ちよく眠っている所を起こされれば、それが例え優しく声を掛けられただけでも不機嫌になり、低血圧の人なら本気で怒る者も居る程。


 なのによりにもよってダガーで思いっきり突き刺さされたゴブリンは、当然事ながら―――



「グルルルアアアア!!」

「うあっちゃ~……」




 ご立腹となるのは至極当たり前の事だった。しかもダガーで突き刺したのだから、思いっきり敵対意識を向けられても仕方が無い。


 予想だにしないモンスターの登場から冷や汗をかいているベリルだったが、すぐにその表情を余裕な物へと変える。




(見た所、コイツは角あるから私達と同じ亜人じゃ無くて、話の通じない《野人型》みたいね……一匹なら楽勝苦笑モノだし!)




 ベリルは後ろに飛び退ってバッグに手を突っ込むと、ダーツのようなものを道具入れと思わしき箱から数本取り出して右手に持ち、残りを腰の簡易ポーチに入れてダガーを構えた。左手には小型火縄銃の様な遠距離武器も所持している。


 技もなく振り下ろされたゴブリンの棍棒をフッと笑いながら避け、ダガーで二・三回切りつけて死角に回り込みもう一度切り付ける。


 此方へ振り向こうとしたゴブリンへ向けて魔法弾を発砲するも、それは掠っただけで終わってしまう。しかし、魔法弾にひるんだすきを突いて蹴り飛ばして、今度は魔法弾を腹に命中させて転げさせることに成功した。




「ハゴオオッ!?」

「よゆーよゆー!」




 銃を器用にクルクル回し、言いながら突貫して突き刺して捻り、そのあとゴブリンが闇雲に繰り出した蹴りを楽々避けて、斬り降ろしと切り返しで二回切り付け、怯んだ所をついてゴブリンの胴体を土台に跳んで後ろに下がった。


 攻勢により順調だと笑うベリル……だが、余裕でいられるのはそこまでだった。




「グラララ……?」

「ガルル」

「グルルルル!?」

「あ、やばっ……!?」




 騒ぎを聞きつけたのか、なんと仲間のゴブリンが数匹姿を現したのだ。状況を見て仲間が危機にさらされていると判断したらしく、荒いが陣形を組みベリルを囲む。


 最初から首に狙いを定めておけばよかったと彼女は後悔しながらも、何とか突破口を開いて―――その場合キャンプ道具が無駄になるが―――逃げ出そうと考えた。


 四方に魔法弾を幾つも乱発して牽制した後、先にダメージを与えてフラフラなゴブリンに狙いを定め、首めがけてダガーを一閃する。魔法弾の所為で仰け反っていた為防御が疎かになったうえ首が空き、ダガーは物の見事に首を捉えて盛大に血しぶきを上げさせた。


 更に深くともう一度切りつけて、魔法弾を傷口にぶち込む。



「コォォォアァァァ……ゴホッ」

「よしっ! このまま――――」




 他三匹のゴブリンには目もくれず、ベリルは一匹を仕留めた事により緩んだ包囲網の穴を付いて、そこへと猛ダッシュを駆ける。


 そうはさせるかと一番近くにいたゴブリンが駆けよってくるのを見て、彼女は一瞬蹴り飛ばすか飛び越えるかで悩み、どうせなら一緒くたにしてしまおうと跳び上がるべく足に力を込める。


 跳びあがろうとした、正にその瞬間だった。




「ガルル!!」

「あぐっ!?」




 ベリルの脚に激痛が走り、痛みから踏みきれずに思い切りバランスを崩されて受身も取れず、最初のゴブリンの如く派手にすっ転んでしまう。

 彼女が痛む頭で後ろを見ると、ゴブリンのうち一匹が武器を収めて石をお手玉しており、脚に石を当てられたのだと理解する。


 が、気づいた所でもう遅い。ゴブリンは一気に包囲網を縮め、少女を無理やり立ち上がらせると実に楽しそうな笑みを浮かべる。




「グルルルル♫」

「ガル!」

「グララ……!」




 実のところ、野人型のゴブリンは人間を襲うがそれは金品や武器目的で、肉はどうも嫌いらしく食わない。何も奪わず殺す事もあるのだが、人間が害虫や害獣を食べる為に殺す訳ではないと言う事と一緒……即ち縄張りを侵されただとか、単純に邪魔だからという理由もある。


 しかし、この野人型ゴブリン達には、ある恐ろしき特徴があった。それはなまじ人の様な理性と欲を持っているからこそ、そして野生という砲も秩序も無い世界だからこそ肥大してしまった欲。




「い、いやっ……!?」




 楽しげな表情でゴブリンはベリルの服に尖った爪を立て、思いっきり服を破いて彼女の半裸体を晒す……この行動からもう分かるだろう、金銭欲以外に肥大した欲とはそれ即ち『性欲』なのである。


 それはベリルも知っているのだろう、顔色は一瞬で真っ青になり、見ようによっては紫にも見えてしまう程怯えている。




「や、やめてっ……初めては好きな人にって―――」

「グラッ!」

「あ……キャアアッ!?」



 残っていた服を思いっきりちぎられ、持っていた武器も既に取られもはや成す術もない。暴れようにもがっちり抑えられて足掻けず、最初の余裕な表情や普段の快活さは何処へやら、絶望一色の表情でベリルはは歯をカチカチと震わす。



「あ……や……いや……ぁ」

「ルルル!」

「グル♫」




 彼女の思いなど勿論構わず、ゴブリンは少女を縄で木に巻きつけて、嬉しそうに巻いていた布を取る。ここからはゴブリン達にとっては最上級のお楽しみタイムが、しかしベリルにとってはたとえ生き残れてもずっと残るトラウマと絶望を刻まれる時が、始まってしまうのだ。











「刀伸」




 ゴブリンがベリルに触れたのと同時、その布が取られてさらけ出された股間を、ピンポイントで赤黒い色でべったりと塗られた『何か』が打ち抜かなければ。



「mギアwノイガメウィウfjハウイフェh!?」



 ほぼ声になっていない悲鳴を上げて、ゴブリンは地面を転がりのたうち回る。……それもそうだろう、股間の急所を思いっきり打ち抜かれたのだから。


 だが、打ち抜いたはずの何かはもう見えなくなっており、辺りを見回しても痕跡すらない。


 ゴブリン達もベリルも共に驚いて唖然としている中……唐突にベリルの体の自由が効くようになった。いつの間にやらロープが切れていたのだ。



 前の名話はそのままにずり落ちて行ったのを見るに、恐らくは木の後ろからベリルを拘束していた縄を斬ったのだろう。


 ゴブリン達がキョロキョロと見回しているのをチャンスとばかりに、裸なのも構わずダガーと少々の荷物を持ち駆け出そうとする。


 ……しかし、現実はそう上手くはいかない。




「ゲゲゲ!!」

「グルル!!」





 依然のたうち回り、今にもショック死しそうな悲鳴を上げる仲間から目線を外した一匹が、少女の姿を捉えたのだ。逃がしてたまるものかとばかりに、二匹のゴブリンは少女に追いすがる。


 逃げるだけなら何とかなるかも知れない……そう思った彼女の足は、しかし滑らかに動いてはくれない。未だ恐怖が残っているのだろうか。


 下品な笑みでも驚愕の顔でもない、怒りの表情そのままに突っ込んでくるゴブリン達。




 が、棍棒を振るおうとしたその横からまたしても声が響く。




「刀伸《」

「ハコォ!!」

「グル!?」




 物凄い速度でかっ飛んできた『何か』は、赤黒い光芒を引いたままゴブリンの頬を勢いよく打ち抜く。そのまま木に叩きつけられて木を削り、ダメージの大きさからかゴブリンは動かなくなる。




「だ、だから誰なのよ一体!?」

「グゲエエエッ!!」




 ベリルは戸惑いゴブリンは吠え、謎の闖入者の姿を探す。だが、ゴブリンが声のした方向に向かおうとも姿はなく、再び森の中は静寂に包まれるのみ。


 暫くじっとしていた一人と一匹だったが、2体のゴブリンを撃沈させた人物は現れようともしない……まあ当たり前だろう。


 そこで、ベリルは自分が犯していた愚かな過ちに気が付く。




(……って何やってるのよワタシ!? 今の内に逃げれはいいじゃん!?)




 全く持ってその通り、と言うか何故にゴブリンに合わせて、律儀に茂みの中まで探そうとしたのだろうか……ましてや裸のままなのに、未だ隠さないのは果たして何故なのか。




「お前は馬鹿か」

「うっさい! 誰が馬鹿よっ!?」




 図星を突くような言葉をかけられて、思わず大きな声で反論してしまうベリル。と、そこでこの会話の不自然さに気が付いた。




「ってアレ? 今の……誰?」

「グルル?」

「この状況だと一人しかいねぇだろうが、馬鹿が」




 そこで、この場にいるのは自分と喋れないゴブリンだけの筈なのに、なぜだか罵倒されたことに気づく。


 もし、ほかにしゃべることのできる人物がいるとすれば、それはただ一人―――――そう、|謎の攻撃を仕掛けてきた《・・・・・・》人物のみ。


 つまり、彼女の背後にいるのは……




「まさか、あなたが助けてくれたの?」

「俺以外誰が居る馬鹿猫、お前やっぱ馬鹿か」

「ア、アナタね!? 初対面の人に馬鹿馬鹿言わないでよ!? ……って言うか最初も今も疑問じゃなかったし! 言い方的に馬鹿だって断定してるし!」




 振り向いた先にいた男……グレーの髪を七分刈りにし、アクセントも何もない青い色の服を着込み、布で出来たリングの二つ付いた迷彩柄のズボンを履いた男は、彼女が恐る恐る聞いた質問にまたもや馬鹿かと返し、その言葉に彼女は再び憤慨する。


 呆れているような声色ではあるが、ヘッドギアと高い服の襟のせいで目元しか見えない為、表情は分からない。




「それよりもっ! アナタ、一体どうやって遠距離からゴブリンを倒したの!? 弓矢じゃないみたいだし、射出武器も持ってないのにどうやって・・・」

「種明かしはしてやる、最後のゴブリンを倒すためにな」



 言いながら男は、棍棒を頭上で振り回し一時落ち込んでしまった気持ちを高めているらしいゴブリンの方を向いて、腰の鞘に収まった剣を抜くがそこに存在していたのは単なる鉄の棒。


 しかし何故損の者をと驚く間も無く……何と鉄の棒が飴細工の如くねじ曲がって刃を形造った。



 その刃物は片刃で、刀身と柄の長さがある程度均等であり、さながらそれは奇妙な形のマチェテと言える。そして一番奇妙であり、一番驚愕すべき現象――――その鋼鉄は峰が黒く刃が赤く光、今にも形を崩さんばかりに由来めいていたのだ。




「そ……それって……!?」


「グゲエエエエッ!!」




 ベリルが口を開こうとした刹那、頭が足りないのかそれとも怒りで判断を失っているのか、仲間が2匹倒されてしかも正体不明のものを相手にしているのに、ゴブリンは木造りの棍棒片手に真正面から男へと突っ込んでいく。


 男は体を少しひねり、まるで突きを繰り出す前かのように構えている。相手の隙を狙うのか……と思いきや、ゴブリンが射程に入っていないにも関わらず、男は一歩踏み出して左手に持つ『揺らぐ剣』を突き出す。



 次の瞬間驚くべきことが起きた。男が剣を突き出したと同時に、なんと刀身が高速で『伸び』、離れた位置にいたゴブリンの腹を打ち抜いたのだ。

 ただ突っ込むだけの体勢だったゴブリンは受身も取れずに遺跡の瓦礫にぶつかり、派手な音を立ててぶっ倒れる。




「ゴ、ブラアァァッ!? ゴボォッ……」


「ハ……技もクソもありゃしねぇか」




 ゴブリンに当たったと思ったときには既に刀身は元の長さに戻っており、まるで伸びたことが夢幻だとでも言うかのような早業であった。



 目の前で起きた所業に、しかしベリルは呆然としているだけではなく、あることを思い返していた。……おぞましき赤黒い刀身、不定形であるが故に伸縮する変幻自在の刀身……それは『ある神器』の持つ特徴であり、男の所業を見たからかベリルは昔聞いた事のあった『ある神器』の、その力と名を。



(……変幻自在の刀身を持つ、赤黒くぬらリと光る決定された型を持たぬ刃……その刃は存在しえる数多の刀剣へと変わり、その力は敵を瞬く間に肉片と化す……あれが……)





少女は震える手を伸ばしながら、静かに呟く。




「神器、『万変(ばんぺん)・レーヴァテイン』・・・!」




 男の持っていた剣、その名を “万変・レーヴァテイン” ―――――それは彼女の求めていた、数ある神器の内一つであった。


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