ぬくもり
「小説家になろう」には初投稿になります。
1人称を書いていたのですが、どこか3人称になってしまいました。まだまだ技量不足です。
テーマは最終回。なのですが、そうなっているんでしょうか。私にはその自信がないです。
あと、この作品はE☆エブリスタでも公開します。
「ミナミ先輩! 東京に行っても……私達のこと忘れないでくださいね!」
「おう、向こうで頑張ってくるよ」
うざい。
壁に寄りかかりながらあたしは、後輩達に無難に挨拶をしているミナミの様子を見ていた。別にあたしに挨拶をしに来ない後輩達がムカつくんじゃない。というか、そもそもそこまで仲良くなかったし――
で、泣いてる後輩達はミナミの事、好きなのかな。あたしには送別会という建前で近づこうとしている馬鹿なやつにしか見えないんだけど。
「ミナミ! あたしは帰るよ!」
あたしの声に一人の後輩が振り向いた。そして、小動物のような可愛らしい動きであたしの前に来る。
「あれぇ~? 美咲先輩、二次会来ないんですかぁ?」
行かないよ。そもそもスーツだし、ヨレヨレになったらクリーニングとか面倒だし。なんでうちのサークルは、卒業式から速攻で送別会やるんだろうか。スーツが汚れるじゃん。
「……ごめんね。明日色々とやることがあるから」
「そうですかぁ。残念ですぅ~」
全然残念そうに見えない。女同士なんだからあたしの前くらいぶりっ子ぶるのは止めて欲しい。まぁ、それが無理な話ってくらい分かるけど。
腕時計を見る。短い針が十時を指そうとしていた。卒業式が終わったのが三時。それからゲーセン、創作料理屋で打ち上げと……結構な時間、拘束させられたもんだ。今日は早く家に帰ってゴロゴロしたかったのに。
あたしは後輩達に愛想笑いをしながら手を振った。周りから見ればかなり引きつっていたんだろうけど、構うもんか。とにかく早くこの場から離れたかった。早く家に帰ってシャワーを浴びたかった。
早歩きでその場から離れる。なんだろう、なんだか気持ちがムカムカする。
「おい、ミサ! 俺も帰るから待ってくれよ」
「え~。ミナミ先輩も帰っちゃうんですかぁ?」
「あ、えっと。俺も東京行きの準備をしなくちゃいけないんだ。だから……」
ミナミが後輩達に説明しているけど、あたしは止まらない。というか止まる必要なんてないしな。
ここからなら、そのまま地下通路を使って京都駅まで行くことが出来る。四年も通学していたけど、京都駅周辺には色々な店が揃ってあるのがマジで魅力的だ。楽に行けて楽に帰れる。
「お、おい! 待てよ、ミサ!」
「その呼び方、止めてって。美咲でいいよ、もう」
ミナミとは幼稚園、小学校、中学と同じだった。所謂、幼馴染ってやつだ。高校だけは違って向こうで色々やってたらしい。特に、ある二人の男女の恋を手助けしたっていう話だけは何度も聞かされた。興味ないって言ってるのにさ。
「まったく、こんな時間に女の子一人じゃ危ないだろ」
「ちょっと歩けば駅だし。それにあたしみたいな奴を誰が襲うってんの?」
ミナミはあたしの後をついてくる。もしかしてあたしを送るためだけに二次会を止めたのか? ない。ないない。そんな訳ない。この女の子大好き、変態野郎のミナミがあたしのためだけにそんなことするわけない。
「そういえばお前、佳奈ちゃんと一緒に帰らなくていいのか?」
やっぱそうだよな。こいつがお目当てにしてたのは、あたしといつも一緒に帰る佳奈のほうだ。
「佳奈は『二次会だー!』とか言って、後輩達引き連れてカラオケに行ってたでしょ? あたしはあんなゴミゴミしたところマジで無理だから」
「そっか」
佳奈じゃなくて悪かったな。あたしは人付き合いが苦手なんだよ。
京都アバンティの地下一階。そこのレストラン街があたし達がさっきまでいたとこだ。そこからまっすぐに歩き、外に出る。うう……。もうすぐ四月だっていうのに寒いな。地下だから風が直接吹いてこないだけマシかも……
足を出来るだけ伸ばし速めに歩く。なんだか逃げてるみたいだ。
「さむっ……」
ふーっ、と自分の息を両手で丸め込んでみるけど、全然温かくない。
手袋くらい着けてくるべきだったのかもしれない。さっきまで室内にいたから体温はまだ温かい、だけどすぐにあたしの手なんて冷えると思う。
「ん」
そんなときに限ってミナミはあたしに優しくする。
差し出された茶色のマフラーは、趣味が悪いと思ったけど十分温かかった。だけど、こんなもんで落ちるのは尻の軽い女だけだ。
とりあえず、首にマフラーを巻きつけた。
「ふん。お礼なんて言わないからな」
あたしにアプローチしたって無駄だろ。あたしにするくらいなら佳奈にアプローチしとけばいいじゃん――
* *
券売機で切符を買った。ICOCAもあるけど、お金をチャージするのをすっかり忘れていた。どうやらそれはミナミの奴も同じようだった。
「おいおい、ミナミもチャージするの忘れたのかよ?」
「いや、向こう――東京だとICOCA使えないって聞いたんだよね」
東京なら使えるはずだけど――言うのは止めて置く。そっちの方が面白そうだったから。
切符を改札機に通す。今日で最後だ。もう後輩達とも佳奈とも、ミナミともこの切符は買うことがない。“一緒には”って意味だ。
「んー。今日で学校に行くこともないんだよな。いや、文化祭とかは行こうと思ってるけど、生徒としてはこれが最後か」
ミナミはあたしの後ろでそう言った。同じことを考えていた。別に驚くなんてしないけど、“寂しい”っていう気持ちはあるんだな。年中呆けてるって思ってた。
「意外だ」
「ん? 何が?」
別に何でもない。わざわざそれを口に出す必要なんてないだろ。
改札を進めばすぐに階段だ。でも、この後も階段だ。下がった後、また上らなくちゃいけない。なんで京都駅はこんな建て方なんだ。ただ上るだけにしてくれればそっちも色々と楽だろうに。
この通路はほんとに薄暗いしところどころゴミが捨ててあって汚い。そんな通路を二人で通る。隣にはいつの間にかミナミがいる。何にも気にしていないような顔をしているけど、それが“彼氏面”に見えて仕方がない。
横を通りすぎる中年のサラリーマンがこちらチラっとだけ見て、もう一度前を見直しているが見えた。こっち見てんのバレバレだっての。
でも……やっぱり彼氏彼女に見えるのかな。付き合ってもいないのに。キ、キスも……あ、それは子供の時にしたな。
「あー、電車行っちゃったみたいだな……」
「は?」
鈍い金属音がこの地下通路内に響いていた。どうやらさっきまで止まっていたのが行ったみたいだ。丁度、あたし達が二と三番乗り場への階段の前に着いたときだった。タイミングが悪い。
「もうこんな時間か……」
ミナミがスマホを確認しながら言う。前からだけど、なんでミナミは腕時計をしないんだろ。……そういえば最近、そんなどうでもいい質問もしないな。
ホームへの階段を二人で上がる。いつものこの時間ならいるはずの人も今日に限ってはあたし達だけだ。ホームに出れば何人かいると思うけど。
「……なぁ、お前なんで二次会行かなかったんだよ」
「面倒だったからー。あと、スーツだし」
「なんだよ、それー」
おまえらしいなー、と言いつつミナミは腹に手を押さえ、オーバーに笑って見せた。いつも学校の中であたしに見せていた笑顔だ。……確かに、これがもう見れないと言われると“寂しい”な。
「……うるさいなぁ……。ミナミこそ、なんで行かなかったんだよ? ほんとは佳奈と一緒にいたかったんじゃないのか?」
「はぁ? 何言ってんだ? まずあの場に佳奈ちゃんはいなかっただろ」
「だから、『先に行ってる』って言って出ていってたじゃん。後輩達について行けば佳奈と会えたのに。割とボケてるよなー、ミナミって――」
あたしのこと送ったら戻るのかな。佳奈のところに。
階段を上がると駅のホームがあたしたちの目の前に現れた。あたしが湖西線で、ミナミが琵琶湖線だ。琵琶湖線の方は結構な頻度で止まるけど、湖西線って本数少ないんだよな。止まってる時間も長いし。
さっき行ったからか、湖西線の止まる三番乗り場の方には人がいないな。逆に反対側の二番乗り場にはサラリーマン達が疲れた表情で並んでる。来月からはあたしもこの人らの仲間入りをする訳になる。文字通り社会の歯車になるってことだ。
「そういえばミナミさー。なんで学校の文化祭の時、あんな変な格好してたの?」
「あー、あれかー。中々似合ってるコスプレだっただろう?」
「お前の半裸のキューピット姿なんてみたくなかったよ。きもかったし」
なんでだろう。
ミナミの顔が見れない。もう見れなくなるのに。
あたしの目は見たくもない自分の足に向いていた。そこを見ようなんて思ってない。だけど、いつの間にか視線は落ちてしまっていた。
「大学で久しぶりにお前に会った時は驚いたよ。なんせお前がスカートを履いているんだからな」
「中学も高校も履いてた」
終わらせたくない。この会話。
なんで?
「でも、お前、昔は下にズボン履いてたろ? それじゃ、興奮しないって」
「スカートはすーすーするから苦手だったんだよ。……昔は」
ああ、やっぱり“寂しい”んだな。あたしは。……本当に?
――もうすぐ、二番乗り場に電車が参ります。危険ですので、黄色い線の内側にお下がりください。
アナウンスがスピーカーから流れてくる。女の人の声だ。今までに何百回と聞いた声。それが終わった瞬間に金属の鈍い音が近づいてきた。いつもと変わんない鉄と鉄の擦れる音だ。電車がやってくると、あたしたちに寒い風を吹きつけた。電車のキーンっていうあたしの嫌いな音は、珍しく今日は短かった。やがて電車が溜め息を吐いた――ように聞こえた。扉が開く音がそう聞こえたんだ。一日中仕事をし続けた故の溜め息なんだろうな。
「それじゃ、俺はここで」
ばいばい、なんて言えなくなってた。
違ってたんだ。寂しいんじゃなかったんだ。
ミナミの姿が電車から漏れる光に包まれていく。行かないで! あたしを一人にしないで! それは、はっきりと言葉にならない。口から出てくるのは、言葉のなりそこないの汚い嗚咽だった。
電車がもう一度息を吐いた。
今、分かった。あたしはミナミのことが好きなんだ――
鉄の塊が動く音があたしを通り過ぎっていった。
思い出が頭の中を巡った。小さな頃にした下らない約束のこと。小学生の時に裸を見られた時のこと。中学のときに購買のパンを取り合ったときのこと。――大学で再び出会ったときのこと。
だけど、この気持ちは忘れなきゃならない。ミナミの今後のために、あたしのために。ミナミなら簡単に相手が見つかるだろう……
涙が垂れる。それを汚くなるのにスーツの袖で拭った。
どうして気づかなかったんだろう。どうして、告白できなかったんだろう。とっくの昔からミナミのことが気になっていたじゃないか。
なのに――
なんで――
「おい」
目を開けた。そこにはあのお調子者で、後輩達からモテて、自分のやりたいことを好きなだけやるミナミがいた。あたしは恥ずかしくなって咄嗟に目を擦った。
「な、なんで……。お、お前、行ってねーんだよ?」
「泣いてる女、放っておける男がいるかよ」
ああ……。やっぱりこいつ女たらしだ。なんでこういう時に限って、欲しい台詞を言うんだよ。
「う、うるせー。これから東京に行っちまう奴がそういうこと言うな!」
最低だ。いつも本心とは逆の言葉が出る。せっかくあたしの事をもう一度見てくれたのに。
「はぁ……。そんな顔するなよ。男としては好きな女には笑っていて欲しいんだぜ?」
「好きって……。おま、ミナミは佳奈のことが好きなんだろ! 今から佳奈の方に行くんだろ!」
腰にミナミの手が回る。そして、体を引き寄せられた。このぎゅーっと腰を締められる感じが嫌じゃなかった。
「なにを……」
「お前が好きだ」
お前が好きだ。
ミナミの言葉があたしの左の耳から入ってくる。その声はあたしの頭の中で何度も、何度もリピート再生される。壊れた音楽プレイヤーみたいに。
その言葉が五回くらいリピートされたところであたしは、思い切りミナミの腕を解いた。思ったよりもあっさりと抜けられ、あたしの足は数歩後ろに下がる。
「えっと……その!」
「佳奈ちゃんじゃなくて、お前が……ミサが好きなんだよ!」
まっすぐミナミはあたしを見つめてくる。あたし以外見えていない少し寂しそうな目。目を逸らしてしまう。恥ずかしい。言うべきなのか。あたしの想いを。過去のあたしには言えなかった言葉を。
――「好き」だって。
「……あー、恥ずかしいな。やっぱ今のは忘れて――」
そんなの嫌だ。
言え、あたし! 言ってしまえ!
「あたしだって、お前のことが……ミナミのことが好きだ!」
やっぱり“忘れる”なんてできるもんか。言ってやったぞ。
ミナミはボリボリと頭掻き毟る。おい、なんか返事よこせよ。頼むから。こっちだって恥ずかしいんだ。
「……はは。よかったー。俺、お前に嫌われたかと思った」
「そ、そんな訳ないだろ」
「なぁ、もっかいぎゅーってしてもいいか?」
自分の顔が真っ赤だってことは簡単に分かる。こんな時間のホームで、スーツ姿で、防寒具といえばこのマフラーくらいなのに、寒くない。顔が火照る。恥ずかしさとか嬉しさで。
再びミナミに抱き付かれた。今度はもう振り解かない。
振り解いてたまるもんか。絶対に。この「温もり」は忘れない。