3.殺戮 ~エジョフシチナ~(2)
大粛清の結末。「彼」再登場。
ナチス・ドイツの脅威‐新たな戦争の始まり。
《注意》この回は特に、当作品がフィクション(創作・虚構・作り話)だということをよくご理解の上でお読みくださると、助かります。
ゲンリフ・ヤゴーダは、逮捕されてから体重が増えたという。肥ったのだ。しかし、フェアリーが会いに行った際は、さしもの彼も裁判でやつれていた。
「おお、信じます。信じますとも。精霊さま。御使いさま‥‥!」
ヤゴーダはフェアリーに向かって、もみ絞るように両手を合わせた。
「また、単純な人だなあ」
フェアリーは、頭を掻いた。
「そ、それで精霊様、私めは助かるので‥‥?」
秘密警察の前長官は、からませた指と指のくぼみから、ちらちらと覗くように妖精に視線を送っていた。
「そりゃあ‥‥あんたさ、自分がしてきた悪事を考えてみなよ」
「わ、私はただ、党と国家に従ったまでです!」
「そうは言ってもさ」
フェアリーは言った。
「あんたみたいな人が、スターリンをのさばらせて、ここまできたんだよ‥‥。あのエジョフの危険性だって、あんたが上司なら監督責任が――」
「――エジョフ! ‥‥あのチビめも、どうか罰してください!」
「‥‥罰するとか罰しないとか、ぼくにはそんな力はないよ。裁くのは人々さ――と言いたいけど‥‥」
フェアリーは言い直した。
「この国では〈人々〉ではないね。まあ、どこの国でも実は似たり寄ったりだけど‥‥」
フェアリーは、ヤゴーダに背を向け、ふわりと離陸した。
「とにかく、ぼくはもう行くよ。忙しいんだ」
妖精の去った後、ゲンリフ・ヤゴーダは呆然とへたり込み、わなわなと震えていた。
「なるほど‥‥」
フェアリーを前にしても、いままでのすべてを聞いても、ニコライ・ブハーリンは落ち着いていた。
「あいつの――スターリンの悪行も、いつかは明るみに出て、裁かれる日が来るよ」
フェアリーは、言いにくそうにつぶいやいた。確証はないのだ。嘘がつけない妖精の、これが精一杯の言葉であった。
「‥‥おそらくそうだろう。システムとして、こんなやり方が長続きするはずがない‥‥」
「あんた、凄いね」
フェアリーは、ブハーリンの、何処までも落ち着き払った態度に驚いていた。
「殺されるかもしれないのに――死が、怖くないのかい?」
「そりゃ、怖いさ。同志スターリンには、私と妻の助命を嘆願した」
ブハーリンはそこで、大きくため息をついた。
「私は私の死も恐れているし、妻と息子の――‥‥(ニコライ・ブハーリンはつらそうに顔を歪めた)。‥‥だが同時に、労働者の祖国・ソビエト連邦がこうなってしまった‥‥その事実に慄然としているよ」
ブハーリンの妻アンナは、まだ二十代であった。
「あ‥‥そうだ、これを伝えなきゃ。あんたにとってはたぶん――朗報だ」
「なんだい」
「あんたの奥さんと息子さんは、殺されることはないってさ。奥さん――アンナさんは、一九九〇年代まで生きるってさ。ゾーヤが、それだけは保証するって」
フェアリーは、言いにくそうだった。なぜならそれは、このニコライ・ブハーリンの生命を保証する言い方ではないからだ。「殺されることはない」という言い方も、必ずしも自由を意味していない。だが、ブハーリンには、それはやはり朗報だったようだ。彼は、わずかながら目を輝かせ、声を弾ませた。
「そうかい! そいつは――いや、私は神には祈らないが――幸いなことだ‥‥!」
ブハーリンは、本当に嬉しそうだった。
「実はアンナには、文を書いておいた。この恐るべき事実を世に知らしめてくれ、と」
「それはまずいんじゃないの? NKVDの手に渡ったら‥‥」
「アンナの意志に反して、誰の手にも渡ることはない――なぜならその文は、アンナの頭脳のなかにある」
「?」
「アンナには、私の文章を丸覚えしてもらったのだ。書いた紙は燃やして、完全に灰にしておいた‥‥。――それくらいのことはするさ。私とて、いちおう活動家だからな」
フェアリーが一安心していると、やがてニコライ・ブハーリンは、その目に別の輝き――好奇心を灯し、妖精に言った。
「一九九〇年代とは――途方もない未来だ‥‥。人間は如何に進歩しているかな! いや、見てみたいものだよ! アンナはその世界を見ることができるんだな‥‥!」
「うん」
「伝えてくれて、ありがとう。それで十分だ」
フェアリーは、最近では珍しく幸福な気持ちで飛び去って行った。しかしブハーリンのほうは、妖精が去ってしばらく経つと、再び憂愁の念に捉われていた。まず脳裏に浮かんだのは、いまは遠い旧友のことであった。
(トロツキーよ、君が正しかったのか――?)
アメリカ時代、ブハーリンはアメリカ人にも人気があった。ニューヨークだけでなく、各地にも足を運んだ。ロシアの過激派の活動家――どんな暴力的で剣呑な人物であろうかと思っていたアメリカ人たちは、彼の気さくな人柄、紳士ぶり、そして広く深い博学ぶりに驚かされたという‥‥。
――ニコライ・ブハーリンの精神は、深い深い闇の底へと沈んでいった‥‥。
この翌日、判決のわずか二日後の三月一五日、ニコライ・イワノヴィチ・ブハーリンは、銃殺刑に処された。まだ四九歳であった。ゲンリフ・グリゴリエヴィチ・ヤゴーダ、また他の被告たちも銃殺された。
「神は実在する――」
ゲンリフ・ヤゴーダは最期にあたり、自信に満ちた口調でこう述べたと、ひそかに噂が立った。
ブハーリンは死の直前、スターリンに手紙を送っていた。この手紙は、無事にスターリンのもとに届けられた。友達であった時代からずっと、彼からスターリンへの手紙の書き出しは、「親愛なるコーバよ!」で始まっていた。スターリンとブハーリンは、レスリングをしたこともある――ボリシェヴィキではハイキングが流行っていた――常にブハーリンのフォール勝ちであった。
「君にはいつもかなわんな‥‥」
ブハーリンが手を差し出すと、スターリンは笑いながら起き上がったものだ‥‥。しかし、この最後の手紙の書き出しは、違った。
「コーバ。なぜ私の死が必要なのか?」――。
スターリンは、この出だしだけ見て、即座にその手紙を破り捨てようとした。しかし、破けなかった。手紙は、そのままデスクに仕舞い込まれた。
これまで見てきたように、ニコライ・ブハーリンのゲームのやり方は、カーメネフ、ジノヴィエフ両名、またラデックと較べても、お粗末なものであった。というより彼は、そもそもそんなゲームなど、しているつもりは毛頭なかったのだ。彼は、最後の西欧旅行から持ち帰ったとされるマルクスの草稿の翻訳等により、ソビエト連邦の状況を改善し、また世界を変えられると、本気で信じていた。ブハーリンは、そういう人物であった。
カーメネフとジノヴィエフの真実の最期については、厳重な緘口令が敷かれ、むろん彼の知るところではなかった。しかし、ニコライ・ブハーリンが、やはり最期にあたって、それと知らずに切ったカードは、ヴィシンスキーと裁判官はともかく、何よりもスターリンを、先の両名のカード以上に追い込むものであった。強力な、必殺のジョーカー? それは、ブハーリンの性格上、出せるものではなかった。――本人自体がジョーカーであるようなラデックが同席であれば、あるいは共同で出せたかもしれないが‥‥。ニコライ・ブハーリンのカードは、柔らかな春の雨のようなものであった。だから銃殺隊も、その場で大きく動揺することはなく、ヴィシンスキーを油断させ、結果として長く話させることになった。――しかし、雨水はやがて、岩をも穿つのである‥‥。やはり控訴が棄却され、助命の願いが聞き届けられないと知ったとき、ニコライ・ブハーリンはその雨を降らせ始めたのだった。
「コーバに――いや、同志スターリンに伝えてくれ」
雄弁家ジノヴィエフのものとも、思索家カーメネフのものとも異質な、思想家の威厳がそこにはあった。
「私は諸君らよりもずっと深く彼を知っている。私の言葉をきちんと伝えれば、諸君らは安全なはずだ‥‥。この私、ニコライ・ブハーリンが保証しよう‥‥反対に、伝えなければ、彼は――同志スターリンは――また猜疑心に駆られるだろう‥‥。その場合、諸君らの身の安全は、このニコライ・ブハーリンは保証できない」
ヴィシンスキーは、銃を構えさせた。しかし、彼のなかに慣れと、この人物の話を聞いてやろうという好奇心も生まれていたから、すぐには発砲させなかった。
「三点ある‥‥。うち二点は、同志の認識についての指摘である‥‥。一点目は、国際情勢に関すること‥‥イギリスと、ドイツについてだ。思うに同志の頭脳には、前世紀の残影がこびりついているようだ。大英帝国はたしかになお老獪な帝国主義勢力である。だが、現在のナチス・ドイツの危険性を軽く見ないほうがよい。――二点目は、同志自身に関することだ。まとめきれてはいない‥‥私に時間が与えられていないことが残念だ――。私は、いままで同志をよく知らなかったようだ‥‥。‥‥囚われてみて気づいたことがある‥‥。刑務所、また牢獄とは、それが存在する社会のある反映の仕方である。このような貧しい――経済的な意味でなく、システムとして――刑務所、牢獄を作り出したこの社会、その指導者たる同志の心理には、同志も気づかない重大な欠陥があるのではないか。それは恐らく、ロシア帝国が同志のグルジアを支配していたことと無縁ではあるまい‥‥。私はモスクワに生まれ、ロシア文化のただなかで育った。同志はそうではなかった‥‥。人間の、文化、とは何か‥‥。――いま一度考えてみてほしい。ロシア文化、グルジア文化、といった話ではない」
銃殺隊は、やはり顔を見合わせることになった。ヴィシンスキーも、どうすればよいのか、わからなかった。
「三点目は、これら二点に較べて、私のなかでまだ茫漠としている‥‥。時間がほしい――‥‥人類の、科学技術の発展は、目覚しいものがあり‥‥未来の戦争は、われわれの想像を超えるものになると思われる。‥‥原子物理学――アインシュタインの相対性理論は、恐るべき兵器の誕生の可能性を示唆している。ロケット技術は、ドイツにおいて、極めて先進的な研究が進められているようである‥‥。また、遺伝学の大きな発展が今後見込まれるが――これを軍事分野に転用したいという誘惑に、人類は勝てるだろうか‥‥。‥‥何の話だかわかるか‥‥世界は、危機に立っているのだ――。親愛なるコーバよ‥‥! マルクスを読み直し――」
銃声が、この思想家のメッセージを中断させた。ヴィシンスキーには、最後まで聞く器量がなかったのだ。この言葉は、やはり後にスターリンに伝えられたが、むろん公にされることはなかった‥‥。
彼の妻アンナは逮捕され、幼い息子とともに収容所へと送られた。なお、幼き日のブハーリンに、生き物に対して、またそのほか様々な分野に対して関心を示す彼を導き、その後の彼の一部を形作ったといえる元小学校教師の父親――後に七等官に相当する地位を得た――は、この秀才の誉れ高い息子の死後も、しばらくの間生きた。その彼の別の愛息ないし愛娘ともいえる憲法は、しかし「スターリン憲法」と呼び馴らわされるようになってゆく‥‥。
エジョフに対する疑いを持ち続けていたベリヤは、NKVDを使い、悟られぬよう細心の注意を払いながら、情報収集を怠らなかった。そしてついに、自分を失脚させるための「事件」をエジョフが捏造しつつあることを知った。思った通りだった。一刻の猶予もならなかった。ラヴレンチー・ベリヤはモスクワへ飛び、スターリンに直訴した。果たして、この行動は報いられた。スターリンは中央委員会に――事実上――下命し、モロトフをトップとする調査委員会が作られることになった。委員会は、エジョフ配下の予審判事たちのファイルから、驚くべきものを捜し出した。彼はおろか、カガノーヴィチ、ヴォロシーロフ、カリーニン、ミコヤン等の有力者が、利敵行為を行なっていたという「証拠」が、すでに整えられつつあったのである。中央委員会のメンバーでこの「人民の敵」に加えられていないのは、スターリンとモロトフの二名だけであった。
「‥‥‥‥?」
ベリヤはあくまで冷静に、疑義を表情に出すだけに努めた。そして、スターリンには、これで十分だったのである。四月八日、エジョフは水上交通人民委員を兼務することになった。他の役職はそのままであったが、NKVDにおける彼の役割は、事実上、次第に削られていった。八月二二日、ラヴレンチー・ベリヤが内務人民委員代理に就任した。エジョフから減じた権力は、彼のもとへと移行していった。
「悪く思うな、エジョフ」
ベリヤはひとりごちた。
(マヌケなんだよ‥‥)
ニコライ・エジョフは、自分の妻までも粛清していた。そして疑心暗鬼から、アルコール依存症に陥った。職場にも段々顔を出さなくなっていった。一方スターリンは、ベリヤに対し、年次最高会議の常任幹部会の席上で彼を非難するよう命じた。また一一月一一日、自らもモロトフとともに、エジョフ体制下のNKVDを激しく批判し、彼に対し内務人民委員を自発的に辞任することを求めた。そして一一月二五日、ラヴレンチー・ベリヤが内務人民委員に就任することになった。
一九三四年の第一七回党大会で中央委員または委員候補だった者一三九名のうち九八名が、この時期にNKVDによって逮捕、処刑された。一二名は、どうやら自死に成功した。また同党大会の一九六六名の代議員のうち一一〇八名が逮捕され、その大半が処刑された。全国では一三四万五千人ちかくが裁判で有罪とされ、六八万人以上に死刑判決がくだされ、六三万五千人ちかくが強制収容所や刑務所へ送られた。これは反革命罪に限っての数字である‥‥。
赤軍では、元帥でも五名のうちトゥハチェフスキーほか先のエゴロフ、ブリュヘルの三名が逮捕され、トゥハチェフスキーは前述の通りすぐに殺害された。軍司令官(大将)一五名のうち一三名、軍団長(中将)八五名のうち六二名、師団長(少将)一九五名中一一〇名、旅団長(准将)四〇六名中二二〇名‥‥大佐階級もおよそ四分の三が殺害された。赤軍監視のためのコミッサールも最低二万名以上が殺され、赤軍軍人で共産党員だった者およそ一五万名が殺された。
この年五月に、日本帝国では、後に津山三十人殺しと呼ばれる大量殺人事件が起きていた。中国大陸では、六月にその日本軍の進撃阻止のため、国民党軍が黄河の堤防を爆破、氾濫により数十万人の住民が水死した。一一月、ドイツ第三帝国において、「帝国水晶の夜(水晶の夜)」と呼ばれた反ユダヤ人暴動が起こり、ユダヤ人の住宅、商店、ユダヤ教の会堂などが襲撃、放火された。少なからぬユダヤ人が犠牲となったこの「暴動」には、政権――国家社会主義ドイツ労働者党――の関与も指摘された。
一二月に入り、中国に侵攻中の日本帝国の「大本営」は、「航空侵攻により敵の戦略中枢に攻撃を加えると共に航空撃滅戦の決行」の指示をくだした。重慶が狙われた。渡洋爆撃――戦略爆撃が開始されるのである‥‥。それは、別の機会に語られるべきものであろう。
先の液体燃料ロケット・エンジンの開発者であり、新設されたジェット推力研究所の所長になっていた前述のセルゲイ・コロリョフも、この七月にNKVDに逮捕され、コルィマ地方にある強制収容所に送られている。革命期のフランスと異なり、このソビエト連邦の大量殺戮は、これまでも続いてきたし、その最高指導者が――レーニンの時期を含めればレーニンも――倒されることは、なかった。また、システムそのものは、温存された。単に犠牲者の数の多さのみならず、悲しむべきことに、この体制は存続――延命したという点も、革命期フランスのそれと大きく異なる‥‥。
彼は、まさしく猜疑心の塊のような男であった。古今東西、同じような権力者は多い。しかし、そのような権力者の「王国」が長続きしてこなかったこともまた――幸運なことに――古今東西の、普遍的な事実である。なぜなら、彼らは文字通り猜疑心の虜となり、自滅、あるいは「臣下」によって倒される――放逐される、無力化される――のであるからだ。人は、少なくとも一個人は、それほど強くはできていない。それを、ヒトという種に備わる叡智のシステム、とするのは過ぎるとしても、しかし、幸運なことではある。
「しかし‥‥」
ゾーヤは、暗い目でフェアリーに語る。
「あいつは‥‥あいつへの支持は――‥‥何かが違う‥‥」
フェアリーには、ゾーヤの苦悩は半分も理解できず、ただ、そうなのだろう、と思うだけである。猜疑心の塊から、既に虜になり、なお彼は倒れなかった。その兆候すらない。彼の内にも、外にも。虐げられた人民、粛清され多くの人物が消えた党は言うに及ばず、精強を以て鳴る赤軍にも、反抗らしい反抗の、萌芽すらなかった。それが何故なのか、レーニンより早い時期に彼の危険性に目をつけていたゾーヤにも、わからなかった。ロシア人、また旧帝政ロシア地域の民の忍耐強さに関してはゾーヤも承知していたが、それで説明できる現象とも思えなかった。自分が知る、この世界の人間という種族が変容しはじめているのか――彼らのいわゆる科学技術の進歩は、ゾーヤの理解をも超えていた――そんなふうにも考え、暗澹たる思いに駆られるのであった。
‥‥外国の、世界の、スターリン支持者たちは皆、考えなしだったのだろうか? ソビエト連邦を労働者・農民の地上の天国と、皆が皆、信じ込んでいたのだろうか? 全員が、大がかりな詐欺に騙された被害者だろうか‥‥? 「醒めているがゆえに熱狂的に」――。
この世界には何も無い。ましてやこの社会に真実など無い。「日常」とは苦痛の別名であり、人生とはその堆積物でしかない。倫理? 道徳? それは、使いこなす者が強者になれるというだけの、政治性に富んだ作品でしかない。――愛? 己が充足できる愛に出会えた者は、たしかに幸福だろう。だがそれは、実は「市場」で取引されるものだ。愛と貨幣は似ている。投機し、蓄積し、運用する。得る機会は誰もが与えられる建前になっているが、実はそうではない。にも関わらず金と異なり、こういった指摘自体、何やらよろしくないこととされる。――情熱? 執着との違いを誰がどのように何を根拠に説明できるのか。厚顔鈍感の輩が己の執着を「情熱」と強弁しているのが実情だろう。――心? 便利な言葉だ。アドバイスしておこう。これを使いたがる者は、昨今はばをきかす以下の人々、ないしその亜種と考えたほうが安全である。すなわち、成金、娼婦、ペテン師。――本人たちは、自分がそれであるとなかなか認めたがらない。狡猾だからか。無論そういう者もいるが、なかには、本気で――自分がそういう種族ではないと――信じ込んでいる者もいるから、始末に負えない。これが「自由な社会」の現実なり‥‥。
この世界には何も無い。言うなれば、何も無いということ、ただそれだけが真実ないし真実のようなもの――。だがこの認識は、あまりにもむなしい。‥‥何も無いからこそ自由な主体である「私」は、断固として熱烈にソビエト連邦を、その共産党を、その指導者スターリンを、その政策を、支持する‥‥‥‥。
確たることを言明することは難しいだろう。正しい情報が遮断されており、実情を知らなかった者も大勢いた。
「‥‥‥‥」
ゾーヤもまた、多くを学ばねばならないことを噛みしめていた‥‥。
ニコライ・エジョフが公の場に最後に登場したのは、明くる一九三九年初頭の第一八回党大会である。顔を出す党員の多くが入れ替わったことは記した通りであるが、別の角度からもう一度見てみよう。この党大会の時点での正式な党員のうち、七〇パーセントは一九二九年以降の入党者であった。一九一七年以前からの党員は、たった三パーセントに過ぎなかった。一九三四年には地方党書記の平均党歴は二一年であったが、一九三九年にはそれが一五年になっていた。
女性およそ十万名を含む五十万名の若い党員に管理者としての地位を与えたことを、スターリンは報告した。スターリンはまた、「重大な誤りがなかったとは言えない」と、路線の誤りを認めたが、自分にその責任がある、とは一言も言わなかった。
三月三日、ニコライ・エジョフは中央委員会における全ての役職を解任され、四月一〇日、逮捕された。実は、一九三六年九月、彼がゲンリフ・ヤゴーダに取って代わったとき、無名の「おとなしそうな」役人がヤゴーダの後任とのニュースに、国内にはほんの一時、ほっとした空気が流れたのである。ヤゴーダもまた恐怖政治の象徴であったし、賭博と漁色に耽る悪党としても知られていた。その期待が無残に打ち砕かれたことは、見てきた通りである。エジョフ逮捕のニュースに、期待を寄せる者も少なくなかった。街で、農村で、そして収容所で――。しかし、彼らの期待は、またしても無残に打ち砕かれることになる‥‥。
新任者ラヴレンチー・ベリヤは、ソビエト連邦の基準から言えば、猛烈に「仕事」をこなす人物であった。「車のなかで仕事をした唯一のボリシェヴィキ」と言われている。実際にはレーニンもそうすることがあったのだが、特にこの時期の彼は、一日に一八時間も職務に励む、並外れた仕事マシーンであった。スターリンの病的な猜疑心は消えることはなく、そして秘密警察のトップの座にこの仕事マシーンが座ったのである‥‥。
粛清は、人民の心に深い傷跡を残していた。
――収容所にて。
「何年食らったんだ」
「一〇年」
「何かやらかしたのか?」
「いや、別に何も」
「そいつはおかしい。五年なら何もなくても食らうかもしれないが(――そのような例は枚挙にいとまがなかった)一〇年というからには、いくら奴らでも、何か理由をつけるだろう」
「そうだなあ。怠けたためかな」
「サボタージュか。しかし一〇年とは、相当なもんだな。あんた、地下組織のメンバーか何かかい?」
「いや、サボタージュじゃない。友達とある晩、ウォッカを空けて政治ジョークを披露しあったんだ。ウォッカを飲みすぎて、こいつを告発するのは明日でいいや、とつい寝込んじまったのが運の尽きだ。そいつは、その晩のうちに、NKVDに俺を告発したのさ」
――ジェルジンスキー通りにあるルビャンカ刑務所に、ラヴレンチー・ベリヤのための新しい広大な執務室が設けられた。この頃には、彼の体形は小太りというよりずんぐりとしたものになっていた。グルジアで、旨いものを食いすぎてきたのかもしれない。内務人民委員の座に就いた彼がここで初めて取り組んだ仕事は、前任者ニコライ・エジョフと同じであった。すなわち、組織内の前任者――エジョフ――一派の粛清である。まだ彼が逮捕されていない時期であり、残しておけばいつ寝首をかかれるかわからなかった。彼が無実の人民や党員のためにそれをしたわけではないことは、例えばヴィシンスキーをそのままにしておいた点からも明白である。彼は自分の組織作りに励み、そのために結果としておもに秘密警察のメンバーを救った。手練れで知られたが、一九三四年に左遷、一時は収容所に送られていたヴィクトル・アバクーモフという人物を時間をかけて救い出し、この時期、腹心の部下とした。エジョフ体制下で収容所に送られた秘密警察職員を多く釈放し――彼らを恩人である自分のために献身的に働くようにさせた。人民に対する彼の配慮は、せいぜいエジョフ派であった職員を見せしめに裁判にかけて、溜飲を下げさせるくらいであった。
そのエジョフから、彼に贈り物が届いていた。前述のようにスターリンは夜型であり、NKVDは深夜業務が当たり前になっていた。そのときもすでに夜の一二時をまわっていた。職員の間にもさすがに気だるい空気が漂っていた。
‥‥俺たちは国家を守護するNKVDなりぃ‥‥。押収品目に身も心も溶ろかせる旨い酒はないか‥‥――。
一日にうち、長ければ一八時間――短くても一二時間――も詰めていれば、もはやここは彼のもうひとつの家庭のようなものだった。職員は家族だ。彼らのたるみには喝を入れるべきなのだろうが‥‥。さしものラヴレンチー・ベリヤも、ついにトップに昇り詰めた満足感も手伝って、(少々大目に見るか‥‥)という気になっていた。
それはエジョフの部下が逮捕したヤゴーダのダーチャから発見したもので、逮捕直前に彼が新しい長官に託したということだった。素直にその品を執務室に持ってきた部下に、ベリヤはため息をついた。爆弾だったらどうするのだ‥‥。これが、NKVDの実情であった。自分がせねばならぬ改革が山ほどあることを、ラヴレンチー・ベリヤは痛感した。
「とにかく、そこに置け」
「調べさせはしました。液体の入ったビンのようだとのことです‥‥」
「開けろ。おまえがだ」
ベリヤが硬い声で命ずると、部下はすっかり怯え、震えながら紐を解いた。液体のビンだと? あのエジョフが気をきかせて、ヤゴーダ邸で見つけた上等のコニャックでも差し入れる? ベリヤには、そうは思えなかった。たしかに、それはビンであった。しかし酒のビンではなく、薬品のそれだった。部下が震える手で取り出したため、元薬剤師の前々長官の家から押収したという薬品のビンは、床に落ちてしまった。それは割れ、たちまち、ジュ‥‥!と白煙が立ちのぼった。シュウウウウッ‥‥!
「ヒッ、ヒイィィィィッ!」
部下は悲鳴を上げて飛びすさった。液体の一部が彼の革靴に付着し、溶かしていたのだ。鼻を突く、恐ろしく強い異様な刺激臭。これは‥‥――?
すっかり蒼くなって震えている部下に、ハンケチで敏感な鼻を覆ったラヴレンチー・ベリヤはしかめ面で教えてやった。
「硫酸だ‥‥」
エジョフめ、味な真似をやってくれる。
しかし、あいつにこんなジョークのセンスが――‥‥?
(女だ‥‥)
ラヴレンチー・ベリヤは舌なめずりした。彼には、相変わらず励んでいることがあった。グルジア時代からの、女性に対する陵辱である。ベリヤは、午後の尋問の予定が無いとき、制服の部下一名を伴い、公用車でモスクワの街を流すことがあった。黒塗りのパッカード・リムジン――アメリカ製の高級車である。ちなみにスターリンは、やはり黒塗りの国産車ZiS‐101で例の通勤をつづけていた。
ベリヤの車は、軍劇場のそばで停車することが多かった。近傍にはドストエフスキー通りがあり、フョードル・ドストエフスキー高校があった。午後二時過ぎになると男女の生徒たちが下校してくるのだが、ベリヤは、車の窓の下半分を覆うカーテン越しに、そのうちの女生徒たちを狙っている。やがて、これはと思う少女に目をつけると、部下に合図する。青帽に呼び止められ、ついて来なさいと言われたら、拒否することはできない。車のドアが開けられ、好色さを満面に浮かべたラヴレンチー・ベリヤのリムジンに同乗することになる。少女は、白昼堂々誘拐され、ラヴレンチー・ベリヤの執務室で強姦されることになる。この犯罪の被害者は、肉感的な少女が多かったようだ。モスクワには学校はいくらでもあるし、女学校も多い。ラヴレンチー・ベリヤがどこに狙いをつけるかは、誰にもわからない‥‥。
ラヴレンチー・ベリヤの逸話は、多岐に渡る。それらは、事実とフィクションが、入り混じっている。女性の誘拐、暴行等は、事実が多いようだ。この恐怖の秘密警察長官の、数々の異様な逸話のもののひとつに「硫酸風呂」がある。ラヴレンチー・ベリヤのダーチャ、もしくは執務室の隠し部屋には、特別なバスタブがある‥‥。彼は、その必要がある場合、手ずから犠牲者を射殺した後、この硫酸を満たしたバスタブに遺体を入れ、溶かしてしまうというのである‥‥。
真偽を確かめるのは難しいが、秘密警察の最高指揮官が、そんなことをする理由があるだろうか。ベリヤが尋問中に激昂し、その場で射殺する例は、確かにトビリシ時代にはあったようである。人間を撃つ度胸、射撃の腕前は、それなりのものであっただろう。しかし、特にモスクワに移って以来、彼はまたスターリンの右腕でもあったのだ。遺体の処理に困るようなことは、なかったのではないか。スターリンが認めないような殺害は、ベリヤは控えたのではないか。ベリヤの性格、性癖や、度胸の問題とは別に、スターリンのお膝元のモスクワで、スターリンに知られては困る殺しが出来るほど、先のポスクレブイショフ率いる「特別部」の監視網は、ゆるくはないのではないか。――逆に言えば、スターリンが認めていれば、どんな仕掛けもありうるだろう‥‥。
ベリヤに最大の贈り物をしてくれたのは、三代前の長官ヴャチェスラフ・メンジンスキーであった。ヤゴーダ、エジョフ、ベリヤ、またジェルジンスキーの陰に隠れ、この人物が成したことはいまだによく知られていない。
(――奴の存在は、後代の人間からもよく見えないだろう‥‥)
この人物はベリヤに、己を目立たなくさせることの重要性を改めて教えてくれてもいた。
(それでこそ、秘密警察の面目躍如というものだ‥‥)
ヤゴーダが彼の下でナンバー2まで昇りつめたことさえ、賭博と漁色ですでに悪名高かったあの男をカムフラージュに使おうという、彼の計算が働いていたように思えた。
(――語学の天才であっても、あのうるさい奴のようにひけらかすことはしなかった‥‥。ここから俺は、何を学ぶべきか? 自分の才能をこれ見よがしに披露して、その場その場で少々の優越感を得る‥‥。昔のような世の中でならともかくも、安定期に向かいつつある組織・社会のなかで、それが――‥‥?)
彼の時代に築かれたこの国の各地の収容所は、国土のうちの膨大な面積を占め、囚人たちを奴隷のように働かせる生産組織として、この国を支えるようになっていた。NKVDとは、単なる秘密警察ではなく、国家内の国家であった。秘密警察組織は何処もこのような性格を持つ傾向があるが、NKVDはその支配面積、生産力という点でも、ずば抜けていた。帝国内の独立領――その支配者の座に、ベリヤは四十前にして就くことになった。
ベリヤの著作「スターリンの初期の著作と活動~」は無事出版され、その時期のスターリンの、事実上公式の伝記となった。そしてベリヤは、最大の狙いであったスターリンの歓心を買うことに成功していた。それでこそ、慣れない筆であれを記した甲斐があるというものだ――もっとも、「ザカフカース」という枠が無くなってしまったので、その点は後から改訂させた。‥‥ラヴレンチー・ベリヤは、歴史というものをほんの少しでも真面目に考えようとする人間にとっては、たとえ他の点に目をつぶろうとも、やはり仇のような人物である。彼はまた、スターリンに倣い、己の怪しげな――実際に怪しいのだが――経歴を隠そうと努めた。入党年月日の詐称は、既述の通りである。また、初期の頃の活動における、メンシェヴィキ、ミュサヴァト等々との関わりの痕跡を、可能な限り消し去ろうと努めた。自分のこれまでの歩みを、虚構で塗り固めようとした‥‥。
このようなことはおそらく――特に十月革命以後の入党者――党員、秘密警察関係者の間では、一般的とは言えないまでも、かなりの程度行なわれていたと思われる。政治上の始まりである「十月革命」は、聖なる起源と化しており、彼らに重くのしかかっていた。とはいえ、ラヴレンチー・ベリヤはやはり、極端な例である。スターリンは、少なからぬ独裁者がそうであるように、家族関係をできるだけ淡くしようと努めた。神は――唯一絶対の神は――できるだけ無に近い世界からの生まれであることが望ましいからである。ベリヤにはその必要はなかった。が、本人の性格や周囲の「配慮」により、美化された説が流された点には注意する必要がある。「事実」というものに対する彼の「感度」がどのようなものであるかは、既述の通りである。そして、こと活動歴に関しては、ベリヤのそれのほうが闇に包まれている。犯罪者気質の持ち主にして警察組織の長であった者が、本気で己の痕跡を消し去ろうと尽力したのであるから‥‥。
三回のモスクワ裁判、そしてニコライ・ブハーリンの処刑は、西欧の労働運動内においても、ソビエト連邦への疑惑を広げさせた。これまでにも、大量粛清に大量逮捕、あるいは飢餓――といったニュースは、たとえばイギリスの大使館ルート等から伝えられてはいた。しかしそれらは、まさにそのルートゆえによって、恣意的な、国際労働運動への悪意にもとづいたものとして、世界各国の労働運動の間では信用されず、彼らの間ではいままでは大きく拡がりもしなかったのである。スペイン内戦におけるソビエト連邦政府の不誠実ぶり、秘密警察の暗躍も、疑念と幻滅を深めさせていた。そして‥‥世界中にさらなる疑念を――というより、大いに驚愕させるプランが、彼の頭のなかで進行していた‥‥。
スペイン内戦は、この年一九三九年三月に、反乱軍側の勝利、すなわち共和派の敗北という形で終焉していた‥‥。なお、ソビエト連邦の政府からは、ウラジーミル・アントーノフ=オフセーエンコが、同内戦に派遣されていた。
スペインの争乱への介入は、みっともない結果に終わった‥‥。各国の労働運動内部のわが国への不信も、見過ごせない域に達しつつある――コミンテルンからも、悪い情報が入ってきていた。そんなある日、ヴャチェスラフ・モロトフはスターリンに呼び出された。そして、妖精と老婆の話を聞かされたのである‥‥モロトフは、ただただ眼鏡の奥の目を丸くさせただけだった。
「‥‥どう思う?」
「どう、と言われましても‥‥」
モロトフは、親分が自分をからかっているのだとしか思えなかった。
「疑うのか、スターリンを‥‥」
「め、滅相もございませんっ。とんでもありませんっ!」
「――まあいい。実はもうひとつ、用事があるのだ」
「は」
スターリンは、すぐには口を開かず、じっと部下の目を見た。それは、モロトフを威嚇し、緊張させるのに十分な効果を発揮した。
「――リトヴィノフを、解任する」
スターリンは、外務人民委員の名をあげた。
「あいつはユダヤだからな。奴との関係上も、好ましくなかろうて」
「‥‥‥‥」
モロトフには、親分の意図が読めなかった。リトヴィノフをクビにするのはわかった。だが、なぜ自分にその話をするのか。自分の妻ポリーナも、ユダヤ人だ‥‥。スターリンは、まるでモロトフの不安を楽しむかのように、また十分な間を置き、そして噛んで含めるように言った。
「後釜はおまえだ、モロトフ」
「私が? 外務人民委員に、ですか。――光栄でありますが‥‥」
言葉とは裏腹に、モロトフの表情は、ますます不安に曇っていった。このスターリンの国では、人事の異動には裏があるのだ。エジョフがそうだった‥‥トゥハチェフスキーもだ。ヴャチェスラフ・モロトフは、曲芸団の犬のような表情になった。調教師の鞭が左右に振りおろされるなか、後足立ちでシーソーに挑む‥‥。ヨシフ・スターリンは、ニヤリと笑った。
「安心しろ。兼務だ。――大事な仕事があるのだ。事態は差し迫っている」
「あ、ありがとうございますっ」
モロトフは深く一礼し――しかしまだ警戒心を解けないまま、無理に笑顔をつくり、尋ねた。
「して――その仕事、とは‥‥?」
「奴と、同盟を結ぶのだ‥‥」
ヨシフ・スターリンはことさらゆっくりと述べ、明後日の方角を向いた。モロトフは、親分の言葉を聞きもらすまいと耳をそばだてた。
「――同盟が難しければ、せめて‥‥そうだな、相互の‥‥不可侵条約でもな」
「‥‥‥‥」
モロトフは、頭をめぐらせた。答はすぐに出たが、それは驚くべき結論だった。そして、自分から言う必要があることを悟った。それが、スターリンの好みなのだ。半信半疑であったが、いまは言わねばならない。モロトフは恐る恐る、尋ねた。
「ヒトラー、とですか‥‥?」
スターリンは振り向かず、だが、否定もしなかった。それが、スターリンの答だった。
ヒトラーと結ぶ? モロトフの目から見ても、アドルフ・ヒトラーは危険な男だった。ヨーロッパの王になろうとしている。それも、ツァーリやかつての西欧列強の王族のような、うすのろの旧いタイプではない。この二〇世紀の、合理主義に裏打ちされた、最先端の〈王〉だ。それは、モロトフにしてみても、魅力的に映っていた。もし自分がドイツに生を受ければ、彼に仕えたであろうと思う。だが、実際はロシア人なのだし、彼が敵視するボリシェヴィキであるのだ。敵である以上、ヒトラーは危険この上ない存在に思えた。だからこそ、いまのうちに味方に引き入れてしまえ、という親分の発想は、わからないでもないのだが‥‥。しかし――。先の第一七回党大会でのブハーリンの警告を聞いて、モロトフも、ヒトラーの「わが闘争」なる著書をひそかに入手し、読んでいた。東ヨーロッパ、そしてスラヴの地へのヒトラーの領土的野心は、本物に思えた。親分や、イタリアの目立ちたがりのファシスト、ムッソリーニなどとはまた違う、狂った使命感に燃える歪んだ芸術化肌の政治家。それが、モロトフの抱くヒトラーの印象であった。
(――ドイツよりもイギリスと結んだほうが、得策ではないか――)
モロトフはそう考えていた。無論、ずる賢いあの王国は、こちらを利用しようとするだろう。だが、そこは承知の上で、こちらも彼らを利用すればいいのだ。しかし、親分には逆らえない。
六九型巡洋艦「クロンシュタット」が、一九三八年からレニングラードにおいて起工されていた。まもなく、二番艦「セヴァストポリ」もセヴァストポリで起工。これは巡洋艦とは銘打っているものの、三〇・五センチ砲三連装三基、計九門の重武装を持つ、事実上の巡洋戦艦であった。計画では実に一五隻の建造が予定され、列強諸国の海軍艦隊に対抗するものとされていた。
ゾーヤの命により、フェアリーは、獄中のニコライ・エジョフにも会いにゆかねばならなかった。
「くそっ。モロトフの奴め! 奴は所詮、貴族だ‥‥!」
小柄な大量殺戮者は、爪を自分の掌に食い込ませて、同僚たちへの怒りを見せた。
「‥‥スターリンさんのことは、いまでも――こんなふうになったいまでも、憎まないの?」
「‥‥‥‥」
「あいつは、あんたを利用しただけなんだぜ」
ニコライ・エジョフはフェアリーの質問には答えず、中空を睨み、社会主義体制を賛美する文句をとうとうと述べ始めた。政治的反対勢力がどのように反国家的策謀と結びつくか。いかにしてそれに抗するか。強力な治安の必要性――。
「だから、そんなあんたをさ‥‥」
エジョフの虚しい演説が終わったところで、フェアリーがぽつりと言った。ニコライ・エジョフは黙り込んだ。
「また、いっぱい殺したもんだよね‥‥」
フェアリーの小さな声は、悲しみに震えていた。エジョフシチナ‥‥この大量――あまりにも大量な――殺戮は、彼の名を取り、そう呼ばれつつあった。
「俺は任務を遂行したまでだ。おまえが神の使いだろうが何だろうが、懺悔などしないぞ」
ニコライ・エジョフは嘯いた。
「任務だけじゃないだろう? それだけで、こんなに殺せやしないよ」
「‥‥おまえにはわからん」
エジョフは、格好をつけて頭に手をやり制帽を目深に被ろうとし、すぐにそれが、いまは彼の頭の上にはないことに気がついた。おたつくエジョフはさながら喜劇映画のチャップリンのようで、フェアリーは思わず、クスッと笑ってしまった。しかし、すぐに悲しみの表情に戻った。
「ほんと、悪い人には見えないよな‥‥。こんなこと、簡単に言っちゃいけないんだろうけど」
エジョフはうなだれたまま、口を開こうとしなかった。
「ぼくは感じるよ。あんたの心の内側の――怒り、憎しみ‥‥ううん、それだけじゃないな。悲しみ‥‥だね」
「馬鹿な。――悲しみ、だと? そんな感情は俺のなかには、ない」
小男は、口の端を歪めて笑い、そして真面目な表情を作った。
「――そんなものは、このニコライ・エジョフのなかには、ない。見当違いだな、チビの妖精よ。おまえさんも大したことはない」
「さすが共産主義者だね。よく飼い馴らされてるよ。人間的な感情を、イデオロギーで消し去ることができると思う? ぼくは、あんたが哀れだよ。あんたは何もわかっていない。ぼくはそういう――」
聞いていた小男は、最初こそ目を丸くして、フェアリーが小さな腕を振りまわして熱弁を振るう様を見ていたが、やがて笑い出した。哄笑であった。そして言った。
「――なあ、小さなトロツキーさんよ、あるいは俺の幻覚なのか? まあそれはどちらでもいい。いまの俺には確かめようがないからな」
その表情は、先刻のつくった顔ではなかった。
「仮におまえが人知を超えた能力を持ち、人の心を正確に読めるのだとしても、悲しみなどは、俺のなかにない」
そして、フェアリーの目をしっかりと見据え、付け加えた。
「おまえが俺のなかに何を見つけたかは知らないが、それは、悲しみ、などではない。そのようなものがあったにせよ、それはおそらく形骸だ」
「けい‥‥がい? えーと‥‥?」
フェアリーにはその単語自体、理解できないようだった。エジョフは苦笑し、逮捕以来初めてとなる余裕を取り戻した。それとともに、彼の脳裏に、何かが闖入した。若い――というよりまだ幼い時分、学校の教師になることを夢見ていたことを‥‥。しかしそれは、思い出すこと自体、数十年ぶりのことだった。遠い目をしている彼を見つめるフェアリーに、ニコライ・イワノヴィチ・エジョフは、いまここでそうなれることに気づいた。
「残骸‥‥残りカスということだよ、坊や」
「えーと、つまり‥‥‥‥カタチだけってこと? その悲しみが?」
フェアリーは目を丸くした。エジョフは不思議な気持ちだった。
東ヨーロッパは、風雲急を告げていた。一〇月一日、アドルフ・ヒトラー率いるドイツ第三帝国は「緑」作戦を実行に移し、ドイツ系住民が多数を占めていたチェコスロバキアのズデーテン地方を占領・併合した。これに先立つ九月末、ドイツはミュンヘンにおいてイギリス、フランス、イタリア、ドイツの首脳らによる会談が行なわれていた。武力をちらつかせるアドルフ・ヒトラーに対し、イギリス、フランス両政府代表は、これ以上の領土要求を行なわないとのこの男の言葉を信じ、その要求を認めていた。当のチェコスロバキア代表の駐英大使と駐独大使は会議には参加できず、隣室で待たされた。世に言うズデーテン危機とミュンヘン協定である‥‥。
フェアリーは宙を舞いながら、ニコライ・エジョフの言を反芻していた。
「私が終えたのは、初等教育のみだ。雪のサンクトペテルブルクを、ぼろ切れを足に巻きつけ、泣きながら歩いたものだ‥‥。その後は服屋や工場で働いた」
「戦争が始まると、私は食うために軍隊に入った。二月の欺瞞の革命後、私は白ロシアでボリシェヴィキに入党した」
「同志レーニンは偉大であった‥‥。大人どもが右往左往していたあの日和見の時期、彼の言葉は、学も力もない私を導いてくれたのだ。――同志レーニンはこう言った。『権力を! まず何よりも権力を‥‥!』――。私はそこに、自分が進むべき途を見つけることができた。その後は進んで赤軍に加わり、身を挺して闘った」
「しかし当惑させられたことに、私の解する同志レーニンの偉大さは、ボリシェヴィキのなかでは理解者が少ないように感じられた。幹部クラスになると特に――。唯ひとり、私と同じ同志レーニンの言葉を聞き、心から賛同を示してくれた指導者がいた。それが、同志スターリンだった‥‥」
「その後のことは、おまえもよく知っているようだ‥‥」
なお、ニコライ・エジョフのボリシェヴィキへの入党年月日は、十月革命後の一九一八年であるとする異説もある。「一九一七年」は、ヤゴーダやベリヤと同じく(スターリンが認めたうえで)後から改竄されたものだ、とする説である。
――チェコスロバキアは、一〇月末、隣国ハンガリー王国との領土問題の調停をドイツとイタリアに依頼し、ウィーンでの会議の結果、さらにハンガリーに南部地域を毟り取られてしまっていた。これを受けて国内の民族運動が激化していた。ミュンヘン協定の結果、同国では新しい大統領エミール・ハーハの政権が誕生していたが、一連の混沌の前に立ち尽くしていた。翌一九三九年三月一四日、スロバキアがドイツ第三帝国による後押しを受けスロバキア共和国(独立スロバキア)として、またカルパティア・ルテニアがカルパト・ウクライナ共和国として独立を宣言した。そしてハンガリーが、このカルパト・ウクライナに侵攻を開始した。スロバキアも彼らに狙われていた。
エミール・ハーハはドイツの支援を求め、三月一五日未明、ベルリンの総統官邸においてアドルフ・ヒトラーとの直談判に臨んだ。しかしヒトラーは、ここで同国残部のボヘミアとモラビアの割譲を要求してきた。これはつまり、ドイツによる同国の併合を意味する。すでに軍には進駐命令を出してある、とのことであった。首都プラハは、ドイツとの国境からそう離れていない‥‥。
「あすこの街なみはたいそう美しいが――まことに残念なことでありますな‥‥」
用意された併合の受諾文を示しながら、すでにスペイン内戦で悪名を馳せていた、ドイツの肥満体の空軍総司令官デブッチョことヘルマン・ゲーリングも恫喝してきた。もともと心臓疾患を抱えていたエミール・ハーハは、苦悩の末、気を失った。
――同日午前六時、ドイツ軍がボヘミアとモラビアに武力進駐、翌日にはスロバキアにも軍を進めた。カルパト・ウクライナもハンガリーによって併合された。チェコスロバキア共和国は、消滅してしまったのである‥‥。
大粛清により、党から多くの古参党員が消えことは、前述の通りである。一九一七年の最初の政治局員で、生き残っているのは二名だけであった。ひとりは、言うまでもなくスターリンである。もうひとりは‥‥? ‥‥国外にいた。
「ハハハハ!」
カール・ラデックは、乾いた笑い声をあげた。
「ハハ、は‥‥。――こいつは驚いたな。噂に聞く『妖精』が、まさか実在したとはな」
ラデックは心底おかしそうに、まだ笑いながら、ひび割れ汚れた眼鏡を直した。
「なるほど、おまえと、おまえの飼い主の超常の力はわかった」
その眼鏡の奥に、鋭い光が点った。「飼い主」という表現は、スターリンと同じであった。不愉快なフェアリーは、そのことを指摘しようとしたが、やめた。
「それで、おまえたちは、一体何ができるんだ?」
「何が‥‥って?」
「その超常の力が、どんな役に立つかと聞いてるんだ」
「ああ‥‥」
ラデックの皮肉な声に、フェアリーも面白くなかった。
「言っておくけど、『俺をここから出してくれ』なんてのは、できないよ。そんなことのために、ぼくやゾーヤが存在しているわけじゃないから」
フェアリーは、フェアリーなりに頭をめぐらせ、先回りして言った。しかしラデックの皮肉な調子は、止まらなかった。
「存在理由、ね‥‥。俺に限らず、囚われ人は、まず何よりもそれが切実な願いだと思うが。――まあいい、なら、銃殺をやめさせることは? これも別に、俺に限らない。他の人間たちのを、さ」
「できない」
「大量逮捕をやめさせることは? ――全部とは言わないが、幾らかでも減らすことは?」
「できない」
「政治犯を収容所から出してやることは? 農民を集団農場から解放してやることは?」
「できない」
「人民を満足に食わしてやることは? 言論の自由を与えることは? ――せめて、ツァーリの時代なみに」
「できない」
「人民の頭から、シラミを駆除することも? 一切れのニシンのために、年寄りたちが行列しないで済むようにすることも?」
ラデックの意地悪に、フェアリーが腹立ちまぎれに、「――できないって言ってんだろっ!」と叫ぶと、ラデックは、笑いを爆発させた。
「ハハハハハハ!」
ラデックは、体を折って笑っていた。看守に聞こえるのではないかとフェアリーが心配するほどだった。
「なら、おまえたちも、俺たちと一緒じゃないか。ハハ、ハ‥‥。こいつはケッサクだ。無能の神の御使いが、無能の共産主義者に説教を垂れる‥‥人民は救われない、永久に――。ハハ、ハ‥‥」
別に説教じゃ‥‥という言葉は飲み込んだが、フェアリーも腹立ちは収まらない。フロイトであれば、この男を典型的な口唇的性格者と分析したであろう‥‥フェアリーにとって、こんな反応は初めてであった。怒りと混乱が、妖精を惑わせた。
「ぼくはもう‥‥行くよっ!――あんた、ブハーリンさんを売ったんだろう? 最低だね‥‥」
「‥‥‥‥」
「――あんたは、トロツキーさんにもブハーリンさんにもかなわなかった。だから、だろ?」
「‥‥‥‥‥‥」
「都合の悪いときは沈黙かい? ブハーリンさんはその点、さすがだったけどね。――じゃあね、ぼくは本当に行くよ」
「‥‥まあ、待てよ、坊主。――悪かった」
ラデックは、フェアリーが驚くほどあっさりと頭を下げた。
「そうだ。おまえの言うとおりだ‥‥」
「俺は、いまでこそこんなだが、これでも昔は理想家だったんだ。誰も信じないだろうが」
無残な眼鏡の奥の目は、彼方を見ていた。
「世界各国のいろんな言葉を覚えるのが好きで‥‥なんだろうな、ひとつの国語を学ぶと、その度、新しい世界が拓けてゆくような気がしたんだ」
それは、稀代の皮肉屋として知られた男の、述懐であった。
「理想はいつしか、現実に食い潰された。だが俺は党に残った。なぜだろうな‥‥」
フェアリーは、言葉を探してあげようとした。使命感、歳月による疲れ、あんただけじゃない‥‥だがどれも、この男には通用しないような気がした。
「俺は、少しおしゃべりが過ぎたんだろうな‥‥。まったく、中世にでも生まれてりゃ、宮廷道化師として名を馳せることができただろうに‥‥」
「道化ねえ‥‥。そこでも王様を怒らせて、結局、牢屋に入れられるんじゃないの?」
この男につきあっていると、こちらの口調も皮肉めいてくるのが不思議だった。言ってからフェアリーは、ラデックが怒りを見せるかと首をすくめたが、「――違いない! ハハハ、してみると、これは結局、俺の運命ってわけだな。ハハハハハ!」と、彼は相変わらずの調子。どこまでも乾いた自嘲であったが、フェアリーは、その快活さに救われる思いがした。それが、見せかけのものであっても。
「なあ坊主、『現実』とはかくも厳しい。ご覧の通りだ」
とラデックは、両手を広げて自分を示した。ひび割れた眼鏡や囚人服はともかく、神経質そうではあったが細面で才気煥発を絵に描いたようだった男は、いまや無様に太り、顔は脂でつやつやとしていた。「あいつは、顔色が悪いほうが似合うのに‥‥」
とゾーヤが苦笑しながらつぶやいていたことをフェアリーは思い出したが、さすがにそれは口にすべきか迷った。黙っていても、嘘をつくわけではないからいいだろう‥‥と妖精は煩悶していたのだが、それをラデックに見咎められ、結局言うことになった。
「ハハハハ! 俺はずっと極左活動家のままのほうがよかったか――いや、自分ではいまでもそのつもりなんだが。ハハハハハ!」
ラデックは気にする様子もなく、また乾いた笑いをあげた。ひとしきり笑うと、ラデックは彼なりに――ブハーリンを売ったわけだが――国際情勢に関する懸念を口にした。
「危険なのは、うちのスターリンだけじゃないさ。ドイツの――知ってるか? アドルフ・ヒトラー」
「うん」
フェアリーは、深く頷いた。ゾーヤもいま、スターリンと並び最も危険視している男の名であった。
「本を読んだが、あれは‥‥」
彼もまたひそかに「わが闘争」を入手し、読んでいた。
「独語がわかるということが、あれほど嫌になる本も珍しい」
カール・ラデックは、皮肉のなかにも怒りを見せた。
「これから何が起こるのか、俺は知らん。が、なんとなく予想はつくね‥‥ここで銃殺されたほうがマシな気がするよ」
「‥‥‥‥」
「うちのスターリンも、あのヒトラーも、いつの日か生物学的限界が訪れるだろう。一日も早く、その日が訪れてほしいがね‥‥ハハ‥‥」
ラデックの内面で、何かが動いていることを、フェアリーは敏感に感じ取っていた。
「しかし‥‥次の世紀になっても、人類は(ラデックは、こういう言い方をした)同じようなことをやっているんじゃないのかい? 形を変えても、さ」
「それは‥‥ゾーヤになら、見えるかもしれないけど‥‥」
「本当に、何か手を打てないのか、おまえと、その同志ゾーヤは」
「‥‥少なくとも、ぼくには‥‥誰かにメッセージを伝えることしか、できないよ」
「‥‥‥‥」
「伝えることなら、この広いロシア‥‥ソビエト、かい? どこへだって行けるよ」
「他の国へは? 海を越えられるか?」
「うん、世界中のどの国へだって、行けるよ」
その答は、ラデックを満足させたようだった。
「‥‥俺はいずれ、消されるだろう。奴らのセンスの無さときたら絶望的だからな‥‥そのうち、『ラデック、作業中に事故死』とかいう、つまらんことになるさ。その前に、だ」「‥‥‥‥」「頼みがある」
ついぞ見たことのない、この活動家の真剣な眼差しが、フェアリーを捉えていた。
「この俺、カール・ラデックの、一世一代の頼みだ」
フェアリーに託してしまうと、彼はもう、さばさばした調子で言うだけだった。
「――行ってくれ。そして、ゾーヤ女史に伝えてくれ。少しでも歴史を、未来を想うのなら、これをしてくれたっていいじゃあないか、って」
フェアリーは、小さな顔を難しくして、自信なさげに頷いた。こんなことは、初めてだったからだ。
「みじめに死を待つ囚人の願いだ。共産主義者だって耳を傾けるぜ‥‥」
ラデックの乾いた台詞は、妙に残った。
「エジョフにはアドバイスしてやったんだが、あいつはスターリンにヤゴーダの『あれ』を贈らなかったんだな。奴のことだ。届いていたら大騒ぎして、俺にもわかるはずだからな‥‥。あの単純馬鹿までは確実に――‥‥遠隔操作は活動家の基本だが、なかなか難しいってもんだ。――天国と地獄があるかどうか、俺はおまえに聞かないよ。この最後の一事はそこでも自慢できるだろうが、他のことはできない。しつこいかもしれんが、奴らには悲しくなるほどセンスってものが無い。どうせつまらない殺され方をするんだろうから、それも自慢できんだろうし‥‥」
小さな妖精は、ふらふらと上空を舞い、消えていった。
――五月、カール・ラデックは、ヴェルフネウラリスクの強制収容所にて別の囚人と争い、コンクリートの床に頭から落とされ、死亡した。
ナチス・ドイツは、前大戦の敗戦によってドイツ領から国際連盟管理下の自由都市となったダンツィヒと、ポーランドを隔てて飛び地として存在する所謂ドイツ領東プロイセンの「問題」の解決を目指していた。ダンツィヒの返還および東プロイセンとドイツ本土を結ぶ治外法権道路の建設を、ポーランドに強く要求した。ポーランドはこれを拒否、ドイツによるチェコスロバキア解体に驚き、危機感を共有していたイギリスとフランスから軍事援助の確約を得た。
「私は、記述というものに――ひらたく言うならペンの力に、重きを置きすぎたんだろうね。現代において事物は、もっとザッハリッヒに表明されている。人間もそれによって――英語の喩えとしては間違った用法かもしれないが、ハードボイルドに――動く‥‥」
その初老の眼鏡の男は、アメリカで流行しつつある小説の用語を用いた。それは彼が、この新大陸に来て――戻って――触れた、新しい文化の一端であった。進取の気性は、未だこの男の肉から、失われていなかった。
「私は人間の行動の――すなわちそれによって構築される社会の――少なくとも一部を変えたつもりでいた、あの革命において‥‥!」
男は、激する心を自制するかのような沈黙の後、達観とも自嘲ともつかぬ弁を口にした。
「私のもとに集まってくるいまの若い人たちを見ていても、彼らはペンの力を信じつつも、それだけではない何かを見て、聞いている。テレビジョンというものを、私も観た‥‥。彼らの世代から、また豊かな文化と思想が生まれだすだろう。私のような、記述に頼る物書きは、滅ぼされるべき前時代の遺物なのかもしれない‥‥」
「‥‥‥‥」
「それで、なんだい? 私を笑いにきたのかい? おちびの精霊さん。――『負けの味は、どうだい‥‥?』」
「――なんか、弱気になったね」
フェアリーは、素っ気なく答え、初老の男の名前を口にした。
「いまは『セドフ』だがね」
男は言った。男は、かつての名から、妻ナターリアの姓「セドフ」に改姓していた。「レフ・ダヴィードヴィチ・セドフ」である。男はしかし、こう続けた。
「君がそう呼びたいなら『トロツキー』でいいさ。実際、世間ではそう呼ばれている」
かつてそう呼ばれ、また現在もそう呼ばれる男は、疲れた様子でそう言った。
――ここはメキシコの首都、メキシコシティ。トロツキーの現在の住居があった。
「――ゾーヤがさ、怒ってさ。ラデックさんがあんまり勝手なこと言うから‥‥ぼくが、ブハーリンさんも同じようなことを言ったし、と言ったらますます怒って――でもまあゾーヤなりに考えて、ぼくをあんたのところに寄越したって、こういうわけなんだ‥‥」
妖精は、そうすれば伝わるとでもいうのか、小さな手を必死に振り回し、息せき切ってわあわあと「説明」した。相変わらずの要領の得なさ。これにレーニンは怒ったものだったし、トロツキーも、かつての彼なら、それと同じ態度をとったことだろう。だが、いまの彼は、違った。久々のラデックの名前には刺激されたし、ブハーリン、そしてジノヴィエフやカーメネフの最後の日々を聞き出したい衝動に駆られもしたが‥‥。聞いて、何がどうなるというものでもない。書けることでもなく、自分ひとりの憂愁の念が深まるだけ。
(――私は、国際労働運動のリーダーなのだ――)
己に言い聞かせるトロツキーである‥‥。
(私の頭脳は、私ひとりのものではない――)
国際労働運動――しかしそれは、ファシズムとコミンテルンとの挟み撃ちにあっていた。トロツキーは、諦めていなかった。前年、各国の「左翼反対派」と俗称される人々をまとめ上げ、その名も「第四インターナショナル」というグループを設立し、帝国主義やファシズムとは無論のこと、事実上スターリン支配下にあるコミンテルン――第三インターナショナル――とも闘おうとしていた。
イギリス、フランス、アメリカ‥‥巨大な資本主義勢力は、相変わらず大手を振っていた。東アジアの日本帝国は、軍部勢力が実権を握り、ヒトラーのドイツ、ムッソリーニのイタリアに接近し、先の日独伊防共協定を経て、さらに軍事同盟を結ぼうとしていた。これでアメリカ、イギリス、オランダ等に対抗する一方、中国大陸へ侵攻し、勢力拡大を図っていた――その中国は、これも先の通り、国民党が内戦を引きずりつつ共産党と手を結び、これに対抗。
しかし、これらファシズム、帝国主義との闘争はともかく、コミンテルンへの反対と抵抗は、なかなか理解を得にくかった。なんといってもソビエトは、労働者の祖国である‥‥。スターリンの秘密主義が功を奏し、その苛酷な実態は、外部には充分に伝わっていなかった。トロツキーは書いた。ペンこそが、彼の武器であった。この頃には、彼の見たあの男について――「レーニン」なる著作を執筆することで、国際労働運動を正位置に戻そうとしていた。
スターリンは執拗に、彼の命を狙っていた。すでに、危険がトロツキーの近辺に迫っていた。スターリンのトロツキーへの敵意、殺意は、リアリティを欠いていた。しかし、トロツキーがまだ、ひっくり返すカードを探し求めていることも、また事実であった。すべてをひっくり返すカードを‥‥。スターリンが国内の敵をあらかた片づけてしまった現在、トロツキーは残る最後の有力者であり、スターリンの頭のなかでは最大の強敵でもあった。
スターリン同様、彼も老い始めていた。しかしだからこそ、己の生をこの賭けにのめり込ませていた。なかば意図的に――。それを、政治的に敗北した元革命家のロマンティシズムと切り捨てるのは簡単だが‥‥。
「あいつは、なぜか放っておけない‥‥」
すでに遠い日の、たった一度きりの邂逅に想いを馳せ、小さく膝を抱えて座るフェアリーに、そうこぼすゾーヤであった。
「‥‥このままでは、ソビエト連邦は滅びるぞ‥‥!多くの同志たちと作り上げた労働者の祖国が‥‥!」
妖精を前に、トロツキーは怒りをぶちまけた。
「奴は馬鹿だ! トゥハチェフスキーまで手にかけるとは‥‥! まったく‥‥赤軍の至宝を‥‥!」
「ほんとに悔しそうだね――殺されたのは、彼だけじゃないんだけど」
トロツキーは、フェアリーの皮肉に気づいたのか気づかないのか、そのまま続けた。
「‥‥軍組織のことも、戦術のことも、よくわかっている。旧いロシアの軍人でありながら、近代戦にも精通している。――あれほどの軍人は、もうソビエトには現われまいよ」
彼は彼で、「君もラデックに遠隔操作されてやしないか?」という皮肉を飲み込んでいることなど妖精は露知らず、ゾーヤから聞いている情報を伝えることにした。
「ジューコフさんってのがいるよ。アジアのハルハ川ってところで、日本の軍隊と戦ってる」
トロツキーは、素直に興味を示した。
「聞いている。日本帝国の軍もなかなかやるそうだが‥‥たしか、ゲオルギー・ジューコフだったな。近代戦のことをよくわかってるのか」
「ぼくは専門家じゃないもん。わかんないよ」
フェアリーは、肩をすくめ、とにかく彼の使命――話を伝えること――を急いだ。
「あんたには教えてあげる。ジューコフさんは勝つよ。損害は出すけどね。日本の軍隊を押し戻すんだ」
「ほう‥‥戦術の才ありか」
「よくわかんないけど‥‥彼は戦車とかの使い方がうまいんだって。ゾーヤが言ってた」
トロツキーには、それで十分だった。
「なるほど‥‥。それで?」
「スターリンさんに認められるよ」
「認めざるを得ないか、奴も」
トロツキーは、フンと鼻を鳴らした。
「奴の‥‥スターリンの性分からして、トゥハチェフスキーの二の舞にならなければいいが‥‥。くそっ、私がモスクワにいれば‥‥!」
‥‥妖精が去った後、レフ・トロツキーは、スターリンの支配下で苦しむ人民たちとともに、いまはもう会えなくなった旧友のことを思い出していた。(ブハーリン――‥‥)
不意に、懐かしさが込み上げてきた。トロツキーは、自分のその感傷に少し驚きながら、思い出さないわけにはいかなかった。一九一七年一月、ニューヨーク。旧大陸を追われその街にたどりついた彼であったが、社会主義者の国際的な反戦運動の崩壊に失望し、その頃は疲れきっていた。(その私の前に、君が現れた――)
革命派の新聞「ノーヴィ・ミール」の編集室に足を踏み入れたトロツキーを、ニコライ・ブハーリンが、大きく手を広げて快活に出迎えたのであった‥‥。トロツキーのウィーン時代、ブハーリンもやはり同じウィーンに住んではいたのだが、激しい分派抗争のため互いに引き離されていた。ニューヨークでのブハーリンは、彼に、自由の空気を教えてくれたのだった。
(友よ――私は、生きる‥‥! そして闘う‥‥! 君の分までもな――‥‥)
レフ・トロツキーは、ひとり瞑目した。
そして、一九三九年八月二三日、ソビエト連邦は、ナチス・ドイツとの間に不可侵条約を結んだ。敵対しているはずの両国の握手には、労働運動のみならず全世界が一大衝撃を受けた。ハルハ川(ノモンハン)でソビエト連邦と軍事衝突しており、ドイツとの軍事同盟を目指していた日本帝国では、時の内閣が総辞職に追い込まれた。ソビエト側の署名者はモロトフであった。このため、ドイツ側の署名者の名と合わせて、モロトフ=リッベントロップ協定とも呼ばれ、揶揄された。
単にソビエトとドイツが、スターリンとヒトラーという両首脳が相互不可侵を誓った、という平和で穏やかな話ではなかった。特に、両国に東西から挟まれるかっこうの東欧諸国――いわゆるバルト三国と呼ばれるバルト海沿岸のエストニア、ラトビア、リトアニアの三国、そしてポーランド、ルーマニア――といった国々の未来に、これは暗い影を落とした。ソビエト――スターリンはまた、フィンランドという失地回復も狙っていた。
そして、その暗い影は、すぐに現実のものとなった。アドルフ・ヒトラーは「白」作戦を発令、九月一日、大量のドイツ軍――とドイツ側についたスロバキア軍――がポーランドへ侵攻した。チェコスロバキア併合により苦い思いをしていた英仏は、ポーランドとの約束により、三日、ついにドイツに宣戦を布告。「第二次」世界大戦がここに開始された。
これが、始まりであった。破局の‥‥。
スターリン――ソビエト連邦もことを急いだ。九月一七日にポーランド東半部へ軍を侵攻。二八日には、ドイツと再び条約――「ドイツ・ソビエト境界友好条約」という、あからさまな名前がつけられた――を結び、先の不可侵条約での領土配分をさらに綿密にした。ソビエト側の代表はまたもモロトフ。この頃から彼の名も西側諸国に知られるようになる。油断ならぬ者として‥‥。ポーランド東半部は一〇月上旬には制圧、そしてリトアニアもこの条約の秘密条項により、ソビエトのものと決まった。こうしてポーランドも、地上から消え去った。神は何処にいるのか。
極東における日本軍との軍事衝突――ハルハ河紛争(ノモンハン事件、ハルハ川戦争)は、九月に終息を見ていた。第1ソビエト・モンゴル軍集団の司令官ゲオルギー・ジューコフは、この戦いで、戦車旅団による機動戦を行なって日本軍に大きな打撃を与え、彼なりの手ごたえを得ていた。二週間のうちに敵「関東軍」は撤退した。この「関東軍」の使者が、自軍の将兵の遺体の回収をしたいとジューコフのもとを訪れた。ゲオルギー・ジューコフは認めたが、「今度は非武装で来ていただこう」と言った。これは国境線をめぐる紛争であり、結果的にはソビエトとモンゴルの主張通りそれは確定された。この功績により、ゲオルギー・ジューコフには「ソビエト連邦英雄」の称号が与えられた。
――ソビエト連邦は、一一月三〇日、圧倒的な戦力をもってフィンランドに侵攻した。国際社会はソビエトを非難し、国際連盟は一二月、ソビエト連邦を追放した。厳寒の北欧でのこの紛争は冬戦争、あるいは蘇芬戦争(ソビエト・フィンランド戦争)とも呼ばれる。スターリンは、フィンランドをひと月程度で制圧できると考えたが、マンネルヘイム率いるフィンランド軍の抵抗は根強く、赤軍は苦戦を強いられた。威容を誇るソビエト赤軍の意外な弱さが世界中に露呈され、スターリンは怒り狂った。他ならぬ自分が、大粛清により赤軍を骨抜きにしてしまったことを棚に上げて。ベリヤは、スターリンと赤軍の両方に呆れたが、口には出さなかった。スターリンは、国防人民委員(国防相)クリメント・ヴォロシーロフを激しく叱責した。珍しく――少なくともベリヤは初めて聞いた――ヴォロシーロフがスターリンに怒鳴り返した。
「あんたが! わが軍の優秀な将校を処刑したんだろうが!」
と。ベリヤも内心ヴォロシーロフと同意見だったが、スターリンに楯突いてまでヴォロシーロフの味方をするいわれはなく、黙っていた。モロトフも同様のようだった(ベリヤはあらためて、油断ならない奴だと思った)。この事件は、単に内戦期からのスターリンとヴォロシーロフの主従関係にひびが入った、というだけの話ではなく、スターリンの宮廷内部に、ある不穏さを広げる結果となった。しかし、こういったどたばたよりも、ソビエト連邦にとってもっと深刻な事態が起こっていた。赤軍の弱体ぶりをじっと観察していたアドルフ・ヒトラーが、ひそかにある決断をしつつあったのである‥‥。
一九四〇年――また、新たな十年代が幕を開けた。国際情勢とは別に、ソビエト連邦において、ある人物が裁かれようとしていた。一月下旬のある夜、フェアリーはその男ニコライ・エジョフを、モスクワにほど近いヴィドノエはスハーノフカ刑務所に再度訪ねていた。同刑務所はソビエト連邦中でも最悪の刑務所と言われていた――この人物にはまったく相応しい。
「『わが闘争』は読んだ? あんた、ヒトラーさんと気が合うんじゃないの‥‥」
フェアリーは、いささか投げやり気味に皮肉を言った。ニコライ・エジョフは反論した。
「全部ではないが、あれなら訳させて、私も読んだ。人種論のことを言っているなら‥‥」
エジョフは、彼なりに言葉を探しているようであった。
「――くだらん。あんなのと一緒にしないでくれ」
「‥‥あんたのは、どう違うのさ。人種と階級を入れ替えただけ?」
「‥‥‥‥特定の人種ないし民族に焦点を絞り、それらを絶滅させる、というのは、やはり、単なる『趣味』と言わざるを得ない‥‥」
「――階級敵? それならいいってこと?」
「階級敵――おまえが言うのは、たとえば資本家、富農か――彼らを絶滅させるのは、段階の一過程にすぎない」
「段階? 共産主義社会建設の段階?」
「違う。それを外してもいいだろう――というより、こんな言い方を許容してもらえるなら、いまにして思えば、この私、ニコライ・エジョフにとっては、マルクス主義も方便にすぎなかった。カール・マルクスに謝らねばな」
「‥‥方便? にすぎない? として、なんだというの? まさか、そんな『告白』をすれば神に赦される、とか思ってるの?」
ニコライ・イワノヴィチ・エジョフは、いわば「エジョフ思想」を語るはめになった。
「違う。私、ニコライ・エジョフは、この私、ニコライ・エジョフ以外の何者でもない‥‥。私は――生育過程に問題があったのか、それはわからない――こうなるべきだったのであり、現にこうなったのだ。他国、また他の時代に生まれても、私はやはり、私の全叡智を傾けて『ニコライ・エジョフ』になろうとしただろう‥‥。思想、社会――というシステム――等は、それを実現するための手段でしかない‥‥。〈敵〉は絶滅させるべきなのだ――。何を〈敵〉と規定するか、それはその時代の『社会』が決めることだが、その規定への要請は、人類の文化に普遍的に存在する。暗黙裡にだが‥‥。‥‥認めようとしない輩は、決して認めようとしないだろう」
そしてエジョフは、彼は知る由もなかったが、最期のブハーリンがスターリンのなかに見出しかけていた、ある憎悪を述べたてた。エジョフもスターリンも、もちろん他の誰も――気がつくことはなかったが、これこそが、スターリンとエジョフを連帯させていた無意識の橋であった。
「‥‥人間は、基本的には殺されるべき生き物なのである。――『社会』などという奇怪なものを作り上げ、『文化』などというやはり奇怪な阿片で、連続し蓄積する生の痛みを誤魔化そうとする不誠実さが、その罪状としてあげられるだろう。――『宗教は阿片である』などというマルクスは、私に言わせれば手ぬるいのだ‥‥。宗教、信仰‥‥何と呼んでもいいが、そのおおもとにある‥‥『文化』――人間のあらゆる‥‥少なくとも文明化された社会の――『文化』それ自体が、手の込んだ、悪質な阿片なのだ‥‥!」
「うーん‥‥。原罪、みたいな話? ――あんたの話を聞いてると、人類全部を抹殺しなけりゃならないように聞こえてくるけど‥‥」
「原罪! 偽善を権力で塗り固めたキリスト教と一緒にするな! ‥‥後者のほうは、そうだ、と答えてもいいだろう。――まあ待て(エジョフは妖精を手で制した)。‥‥そういった思想、主義、行動様式が有り得る、そのことによって救われる人間は、どんな社会においても――わずかでも――存在する。‥‥仮に、階級差別が完全に消滅しても、人間社会において、差別は形を変え残るだろう。他ならぬ『文化』が、その主犯だ。気づかぬ者‥‥阿片の常用者は決して認めないだろう。少数の奸智に長けた者は、あるいは気づきつつ、自らの――自らが安閑としていられる――足場を崩されたくはないがために、人々にそれを伝えぬだろう‥‥」
「‥‥‥‥」
「『文化』は、それにすんなりはまれる者と、そうでない者を生み出す。知っているだろう‥‥? しかも厚かましいことに、権力と異なり、そこに上位・下位という分類が――すなわち差別が――あることすら、ときに認めようとしない。‥‥言っておくが、何々文化と何々文化、といった話ではないぞ。ひとつの文化内部での話だ‥‥。これが――これが悪でなくて、罪でなくて‥‥何なのだ! ‥‥権力が美しい、とは、私も言わない。だが、権力は、少なくとも『文化』に較べれば、正直で、かつ整然としている‥‥。複雑な人間社会で、これほど見えやすい基準が、他にあるか‥‥! 権力は、上位と下位を作り出す。だがその作られ方は、誰にも――少なくとも権力を感じる、見ようとする者には――平等に、同じように見えるではないか‥‥。なぜ、世の多くの者は、この点を見ようと‥‥語ろうとしないのだ?」
「‥‥‥‥」
「その昔、キリストは磔にされて叫んだそうではないか、『わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか!』と‥‥。――いいか、わが神、だぞ。僕の、私の、おまえの、その『神』だ――おまえが別の名で呼んでいたとしても、該当する――神、という用語が問題ならば‥‥人格神などというつまらぬ話をしているのではない‥‥――世界。そうだ、世界を秩序だてている法則、でもいいだろう――それを人は『神』と呼ぶのだから‥‥。その前では、というより、その『秩序』には当然、愛情や記憶‥‥といった思念、思慮は含まれる――含まれる、という言い方がひっかかるなら、それらの前提としてある、と言うべきか‥‥。それを『神』と呼ぶのだ――。さて、その神‥‥‥‥そうだ、その『神』のことだ‥‥。その『神』を想って、この言葉をよく味わってみろ。声に出して‥‥。‥‥どうだ? ‥‥――教会が、イエス・キリストなる者の悲痛な叫びを、いかに歪めて自分たちに都合よく解釈しているか、盗んだか、よくわかるだろう‥‥? 磔にされて、手足に直接釘を打たれた状態で、叫んだ言葉だぞ‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥いたのだ昔にも。ドイツのあのゲッベルスのような、ある種の鋭い『嗅覚』を備えた人間が。ひとりとは限らないがな‥‥。――そうだ。まんまと最高のキャッチコピーを手に入れたというわけだ。本人はすでに土のなか‥‥『その解釈は違う』なんて言い出すことはない‥‥」
「‥‥‥‥」
「――彼はそのとき、それまでの人生を覆っていた幻想から醒めたのだ‥‥。世界の真実を知ったのだ――‥‥! 私がしてやった――もっともっと多くの者にしてやりたかったことはそれだ! 真の覚醒を‥‥! ――阿片の扱い方を心得ている支配者どもにたぶらかされている被害者たちの目を、醒まさせてやりたかったのだ‥‥!」
初めて耳にする珍説に、フェアリーもなかなか口を挟めなかった。
「殺す相手は誰でもいいのだ‥‥。――この、人間社会の内部において、この私、まごうこと無き人間である、このニコライ・エジョフによる、人間という同種の生き物の無差別大量殺戮。この行動、そして事実は、やがて年表に載せられるだろう‥‥。私の行動は、未来の彼ら――すなわち先の、こういった思想、主義、行動様式が有り得ることを知ることによって救われる者たち――を‥‥やはりわずかでも――慰めるだろう。『社会』と名づけられた欺瞞のシステムから、不断の圧迫を受けている彼らを‥‥。――願わくは、そのとき彼らが軽やかな生の感覚をおぼえんことを‥‥! そのことに『社会』的意義がある、などとは言わない。しかし、何らかの、名づけ得ぬ意義はあるだろう。――以上だ」
「‥‥‥‥」
「――政治的配慮から、同志スターリンは私を――少なくとも公職には戻さぬだろう‥‥。あるいは――‥‥。――しかし、私は確信している‥‥! いつの日か、年表のなかから私の行為に注目し書いてくれる者とそれを読み心のどこかを惹かれる読者の出現を‥‥。敢えて性別は問わない‥‥。その時代の、『社会』という嘘で押し潰されそうになっていたその者たちは、初めは戸惑いながら、しかし徐々に、私の行為に同志の姿を見出すであろう‥‥。あるいは、紙という媒体上ではないかもしれないが――ブハーリンの未来論は、私には少し難しすぎた。やはりしっかりと聞いておくべきだったと、その点だけは後悔している‥‥。自分が行けぬとはいえ、未来を想像するのは、なるほど楽しい作業だ‥‥。見えるようだ――その者たちの目つき‥‥聞こえるようだ、その者たちの息づかいまでもが‥‥。大勢の――‥‥未来の同志の姿がな‥‥!」
「‥‥‥‥」
「おお、生き難き者たちよ‥‥! わが同志よ‥‥同胞よ! 世界中の誰もが認めずとも、私は――私だけは、おまえのことがわかる‥‥。――繊細で、誠実で、怜悧で、公正な、おまえの、その震える魂が‥‥。そうとも、私はここで、声を大にして言ってやるぞ‥‥! おまえは正しい‥‥! おまえのその想い‥‥『殺意』と名づけられてしまうその視線は、間違ってなどいないのだ‥‥! 同志エジョフはここにいるぞ‥‥! 早く‥‥早く、気がついてくれ‥‥おまえと同じことを感じ、同じことを考え、同じように『社会』に騙され、暴力的に矯正され、目覚めてからは圧迫――弾圧され‥‥しかしなお闘った者が、かつていたのだということに――‥‥。――無秩序と混沌の世界の救済を‥‥先駆者としての業を背負いてひとり歩む――‥‥」
男の独白はトーンが落ちてゆき、やがて小さく、聞きとりにくくなっていった。
「‥‥妖精よ、私の言葉を正しく記憶していてほしい。真実を後世に伝えるために‥‥。予感がするのだ――。未来に登場する、年表のなかから私の行為に注目し書いてくれる者は、世に私の真実の言葉を伝えようとは思いつつも、臆病者ゆえに、これを薄めてしまう「編集」を――すなわち牙を抜く作業を、無意識のうちにでも行なってしまうのではないかと‥‥。残念ながら、現在に生きる私には、それに対する自由は持ちあわせていない。読者には、断片の山――くどいようだが、その者が記し何らかの形で世に発表するであろう文章――から芒をよりわけ、真実という名の麦を見抜く慧眼を持ってほしいが、多くには難しいことだろうな‥‥。――孤独な思想者にとり、最初期に出会う同志こそ、最大限に警戒すべき相手‥‥――。これが、先駆たる覚醒者の苦悩というものか‥‥。‥‥――もしも、先人のなかにこの苦悩を味わった者がいるのならば――おかしな言い方になるが、人類の文化というものも捨てたものではないかもしれん‥‥。が、このような先駆的覚醒者の深い苦悩に対して、『社会』一般が敬意を払っているようには、到底思えぬのだ‥‥」
これが「エジョフ思想」主義者の一世一代の陳述であったが、しかし妖精に理解されることはなかった。じっと注意深く男の話を聞いていた妖精は、こう指摘したのだ。
「救われるとか慰めとか‥‥結局、あんたのも宗教じゃないか。あんたはその――未来の殺人者予備軍の、教祖様になりたいんだろ?」
ふたりのやり取りはこれで終わった。ニコライ・エジョフは怒り出し、妖精は飛び去った――彼が逮捕されたことを、ベリヤとスターリンに感謝すべきなのか、懊悩しながら‥‥。
二月三日、ニコライ・エジョフはベリヤの執務室に呼び出された。ニコライ・エジョフは精神錯乱気味であったが、「自分のような人間を見出してくれた同志スターリンに、私は変わらず感謝の念を抱いている」と、言いきった。その場で判決――死刑――が言い渡され、ニコライ・エジョフは泣き崩れた。ベリヤはエジョフに服を脱ぐよう命じ、またエジョフを叩くよう警備の者に命じた。ベリヤでさえこの人物をどう扱ってよいかわからず、エジョフを退出させるには、体ごと運ばさせなければならなかった。翌日、ニコライ・イワノヴィチ・エジョフは銃殺された。彼の死は発表されなかった。
春‥‥。粛清のペースが、ベリヤによって再び加速され始めた。彼は、ポーランドとバルト三国の占領政策、及びこれらの地の人々の強制移住を指揮した。そして、ヨシフ・スターリンは、悪夢にさいなまれるようになった。
「うすのろめ‥‥!」
「無能が‥‥!」
悪夢は様々な形をとり、長さもまちまちであったが、最後はいつも同じだった。――レーニンとトロツキーによる、罵倒と嘲笑であった。
その夜も悪夢にうなされていたスターリンが目を覚ますと、現実の世界でも彼に呼びかける者がいた。細く小さい、しかし、はっきりと聞き取れる〈声〉‥‥。
「眠れないようだね‥‥」
ベッドの彼の足元に、黄色の光があった。光はやがて、紫色に変わった。
「‥‥‥‥! ――おまえか‥‥」
一瞬、スターリンは全身を緊張させ身構えたが、落ち着いた声を出した。
「久しぶりだな」
そして、狭い額に浮かんでいた脂汗を右手の甲でぬぐった。フェアリーは気づかなかったが、スターリンは平静を装いつつも、全身の緊張を解いていなかった。それが彼なのだ。ヨシフ・スターリンは常に緊張し、人民にも同じことを求めた。世界にも‥‥。
フェアリーはつづいて、ラヴレンチー・ベリヤとも会った。ベリヤもまた、この妖精とコンタクトしていることを、スターリンは知らない。数年前、酔ったスターリンから打ち明けられたとき、ベリヤは懸命に含み笑いをこらえたものだ。スターリンから聞いた話には、ベリヤの知らない部分も多くあったから、ためにもなった。
「ボスの調子が悪くてな。ここのところ、よく眠れてないようだ」
ラヴレンチー・ベリヤが、相談役にもちかけるように言うと、「ぼくはその原因、知ってるよ」と妖精は、何でもないことのように言った。
「さっき、話を聞いてきた」
「なに――?」
いまのスターリンの話を拝聴できるというのは、ベリヤら臣下にとっても簡単なことではない。ベリヤは、このおしゃべり人形の首を絞めてでもさっさと話させたい気持ちに駆られたが、そうはしなかった。
(するりと逃げられては、な――)
単にフェアリーが意外に速く飛べるということだけではなく、いま女主人からの情報が途絶えるのはまずい、という計算だった。ベリヤは、努めて冷静さと素直さを装い、聞いた。
「ほう‥‥。フィンランドの件か」
妖精は黙って、かぶりを振った。
「とすると――‥‥ヒトラーの野郎か?」
ポーランド侵攻で見せたドイツ軍の能力には、ベリヤも注目していた。いまとなっては遅いが、ドイツではなくイギリスと手を結ぶべきだったのではないかとも思っていた。
(フィンランドの件で、イギリスに無用な警戒心を与えてしまったのでは‥‥)
話し合ったことはないが――というより、ヴォロシーロフの一件以来、以前にもまして互いに口をきかなくなったが――モロトフも同意見のようだった。彼は彼で、やはり以前にもましてこちらをいっそう警戒しているようだった。しかし、妖精の小さな口からもれたのは、意外な人物の名だった。
「ジューダス・エスカリオトさん、さ」
「なんだと?」
ベリヤは近年の彼には珍しく、眼鏡の奥の瞳に素直な好奇心の光を宿らせた。それは、あのバクーでの少年時代の彼を思い起こさせたが、フェアリーはそれは言わなかった。そしてベリヤに、スターリンとの会話の内容を話した。ジューダス・エスカリオト――イスカリオテのユダ――とは、スターリンとメキシコのソビエト大使館との間で交わされるやりとり上での架空の名前――ある人物の別名である。
「トロツキー、か‥‥」
スターリンの帝国では、とりわけ宮廷においては、隠語が好まれた。レフ・トロツキーも、そのような別名――イエス・キリストを裏切ったとされる一二番目の使徒の名――で呼ばれていたのであった。ベリヤは、怪訝な表情だった。彼には、ボスの、トロツキーへの異常な憎悪が理解できなかった。
「あの人は怖いのさ」
ベリヤが問うと、フェアリーはそう答えてきた。
「怖い? トロツキーが?」
「と、レーニンさんがね」
ベリヤは、まだ腑に落ちない表情だった。そうすれば何か理解の道筋がつくか、とでもいうように、頭を抱えた。
「わからんな‥‥。トロツキーなど、現実的な脅威ではなかろうに‥‥」
ベリヤにとって、トロツキーは過去の人物であった。たしかに、その名声は伝え聞いている。西側で、あるいはこの国の収容所で、彼を熱烈に支持する厄介な連中の存在も、承知していた。しかし、彼は西側諸国の政府にとっても危険極まりない人物であり、トロツキーが彼らと結ぶことは有り得ない。いまやこのソビエト連邦全土に君臨するスターリンが、不眠に陥るほどの脅威とは思えなかった。
「あの人にとっては、何が〈現実〉なのやらね。‥‥いま、現実的脅威といえば、あんたが察するように、間違いなくヒトラーだろうにね」
ベリヤは唸り、フェアリーの言葉の最後のほうは特に、ろくすっぽ聞いていなかった。
(トロツキーに‥‥)
レーニンもだ。圧倒的な影響力を持ち、ズバ抜けて切れる頭脳の持ち主にして、癇癪持ちのリーダー。スターリンも、その存在に怯え続けていたであろうことは、ベリヤにも推測できる。だが、いまなお威光を放つとはいえ、すでに死人ではないか。霊廟のガラスの棺に、昨日も今日も横たわっているではないか。世の中には不可解なことが多すぎる。
「――じゃあね。ぼくはまだ、他に会う人がいるから」
かつての勉強好きの少年時代とは違い、妖精はこの頃まったく不親切で、悩むラヴレンチー・ベリヤを背に、何のヒントもくれぬまま、飛び去っていってしまった。
(トロツキー‥‥か)
手を打とうとしていたのは、フェアリー――ゾーヤだけではなかった。
(厄介な仕事だが――)
ベリヤもまた、考えをめぐらせていたのだった。
(片づけねばなるまい‥‥)
フェアリーの言う通り、スターリンは本気でトロツキーの存在を案じていた――護衛の者から聞き出したのだ(聞き出すのは、ベリヤの立場でもたいそう骨が折れた)。スターリンは、毎夜のようにうなされ、レーニンと、たしかにトロツキーの名を口にすることがあるというのだ。
(もう少し、肝が太いと思っていたが‥‥)
ベリヤは、スターリンの意外なほどの臆病さを内心嘲笑し、軽侮した。
(老いたか‥‥)
そうも思うベリヤである。とはいえ、いまのベリヤの力だけで、スターリンの帝国をひっくり返せるわけではない。親分に従わざるを得ないのである‥‥。
メキシコのトロツキーに対しては、すでに暗殺を狙い、息子を誘拐して殺害するなど、手は打ってあった。だがトロツキーも警戒し、自宅を要塞のように固めるなど、用心深くしているとの報告を受けていた。
(二の矢、三の矢を放たねばな‥‥。さて、どうするか‥‥)
ベリヤの脳裏に、様々な構図が浮かんでは消えた。「どうする」の中身は、一重にトロツキーを襲う計画だけではないのである。モロトフ、マレンコフ、また、最近頭角を現し始めたあのフルシチョフ‥‥。彼の鋭利な脳裏に現れるのは宮廷のライバルばかりで、アドルフ・ヒトラーとドイツ第三帝国はなかった。
北極海の軍事利用が本格的に着手されていた。商業利用の正式な開始と同じ一九三五年、海軍のバルト艦隊の一部が北方航路を移動し、日本軍との衝突が予想されていた太平洋沿岸地域へ回航された。長年、ロシアの軍部が、またツァーリが夢見たきたことが、三十年代に現実のものとなったのである。内陸奥深く、シベリア鉄道に沿うように、オビ川上流の支流イルトゥイシ川河畔のチュメニ、そしてオビ川河畔のモゴチン、エニセイ川上流のプレジヴィンスク、もうバイカル湖に近いレナ川上流のカチュークに、造船所が建設されていた。軍事砕氷船「キーロフ」も建造された。
「若き親衛隊」――誰ともなく、そう呼び始めていた。ベリヤはこの表現を好んだ。元はコムソモールの同盟歌のタイトルである(さらに大元は一九世紀のオーストリア革命歌曲で、ナポレオン軍に殺害されたはチロルの愛国者を称えた曲である。これに、ソビエト連邦において新たな歌詞がつけられた。故に、どことなくドイツ的なメロディーを有す)。‥‥ここではコムソモールの理想に燃える紅顔の少年たちのことではなく、少年たちとは違うモノで顔面をてからせているスターリンの宮臣のある一群――ベリヤ、マレンコフ、そして、まだ新顔であるがフルシチョフ‥‥といった面々のことである。宮廷内の限られた空間において、彼らにこのような愛称がついていた。革命とレーニン時代には無名で、スターリン時代に実力者となった者たちだった(ニコライ・エジョフも属するが、彼は死んだ)。
この表現の成立には、彼らと対になるグループの存在があらかじめ内包されていた。「古参の親衛隊」。旧くからのスターリンの同志たち(――といっても、生き残った者に限るわけだが)。すなわち、モロトフ、ヴォロシーロフ、カガノーヴィチ、ミコヤン、そしてレニングラードで腕を振るい、この前年の一九三九年には政治局員にまでのしあがっていたアンドレイ・ジダーノフ‥‥。入党年月日を偽る必要がない者たちである。別の観点では、革命をボリシェヴィキの指導的な一員として闘い抜き、またレーニンと「会った」ことがある者たちである(ミハイル・カリーニンは、全連邦中央執行委員会から改組された最高会議幹部会のやはり議長におさまり、政争を避け、自ら名誉職の仕事と老後の生活を楽しんでいた)。
彼らは相対し、ささやかながら対立するようになっていった。
(しかし、俺たちが‥‥)
「古参の親衛隊」と全面的に闘うには、まだ地力が足りない‥‥。マレンコフやフルシチョフとも、格別仲がよく、連帯できているわけではない。しかしベリヤは、特にマレンコフのなかに、自分と同じような不満がくすぶっているのを見てとっていた。たかが数年の経験の差で、いつまで奴らは大物風を吹かすのか‥‥!
(あいつとは組める――)
ベリヤは二十年代の彼との邂逅を思い出し、また遠からず「古参の親衛隊」を片づける日が来ることを、予感というよりは予測できていた。スターリンは、多くの古参党員を消した。それは自分の過去を修正するためであったが、それだけではない。非常に単純化して言えば、彼らが邪魔者になったからである。(十年後、いや五年後でも――)同じことが、もう一度起きてもおかしくはない‥‥。
エジョフシチナはまた、結果として、ヤゴーダのような旧いタイプではない、多くの若く熱烈なスターリン支持者――彼の命令であれば、どんなことでもこなす――を用意していた。二名を紹介する。
セミョーン・デニーソヴィチ・イグナチェフ。ベリヤよりも五歳若い、ヴェーチェーカー時代からの秘密警察員で、二十年代、中央アジアのバスマチ運動の鎮圧で名を上げ、三十年代なかばに中央政界入りしてきた人物であった。大粛清では並々ならぬ働きを見せ、一九三七年にはまだ三十代なかばで最高会議代議員に選ばれると共にブリヤート・モンゴル州委員会第一書記となり、先の第一八回党大会で中央委員に選出されていた。いまは遠方にいるわけだが、野心溢れる男で、ベリヤ配下のNKVD職員でありながら、直接スターリンの目にとまったことを自慢していた。
また、ベリヤより少し年上のニコライ・ブルガーニンという男もいた。一九三一年から首都モスクワのソビエト議長を務め、反対派の粛清やモスクワ市改造計画を推進したことでスターリンの目にとまった男だった。ヴェーチェーカー出身であるが、ベリヤと同じように、三十年代に入ると政治の世界に入ってきた。一九三七年にはロシア・ソビエト連邦社会主義共和国人民委員会議議長に任命され、やはり第一八回党大会で中央委員に選出されていた。生まれはミコヤンと同年、正確には数ヶ月先輩であったが、経歴的には「若き親衛隊」に属しているといえた(アナスタス・ミコヤンが特別で、歳若くして早い時期に出世しすぎたのである)。
あいつらと組めるだろうか――ラヴレンチー・ベリヤは考えをめぐらせるのである‥‥。
2013年8月28日、次の修正を行ないました。
==================
(修正前)
こうしてポーランドは、地上から消え去った。神は何処にいるのか。
(修正後)
こうしてポーランドも、地上から消え去った。神は何処にいるのか。




