第七話 わんわん
途中視点が変わります。☆印が目印ですので、ご注意を。
煙が徐々に引いていく。
霞んだ視界もそれに連れて鮮明となっていった。
そして視界に映ったのは死屍累々の数々。
夢を追いかけ、夢と共に散っていった男達の屍がそこにはあった。
「まったく。この程度の男たちが唯くんと付き合えると思っていること事態、腹立たしい。身の程というものをわきまえて欲しいものだ」
そしてその屍の上に立つ男、神谷涼はその美麗な顔に歪んだ笑みを乗せて笑っていた。手には血に濡れた木刀を持ち、その木刀からは転々と血が垂れ床へと広がっている。相変わらず恐ろしい。さすが生徒会ナンバー001。『悪魔』の名を持つ男だ。
「さて、こんなところで足止めされてしまってはかなわない。先を急ぐよ、常磐。早く唯くんを見つけ出さなくては。きっと彼女も僕のことを今か今かと待っていることだろう」
十中八九、そんなことはありえない。
そう言いたくとも今の私にはそんな権利などない。
仕方がないので、捕虜らしくすることにした。
「わん」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・すまない、常磐。その顔とその格好でそんなことは言わないで欲しい」
「なら、この首輪を外して」
「それはダメだよ。ちゃんと捕虜の証はつけないと」
私の首には神谷の捕虜の証である首輪が装着されてしまっている。犬がつける首輪だ。なんだかエロティックだ。ちゃんとリードまで付いているのが神谷らしい。
・・・・そう、今の私は神谷の飼い犬と化しているのだ。捕虜の運命とはいつも過酷なものだとはいえ、これを着けられたときの屈辱は聞きしに勝るものがある。まあ、これはこれで面白いから別にいいのだが。
「それで、次はどこに行く?」
神谷を見て尋ねる。神谷は「ふむ」と言い、顎に手をかけて考える仕草をした。もちろん、夢に散った男の体はしっかりと踏みつけている。なんだか一瞬「ぐえっ」という音が聞こえた気がしたが、気にしないでおこう。
「そうだね。しらみ潰しに探していこうかと思っていたのだけど、こうも人にうろうろとされては面倒だ。それにいちいち戦闘になっていては隼人に先を越されてしまうかもしれない。ここは絵里くんの思考を読んで、先回りすべきだろう」
「なぜ、香川さん?」
「全校生徒が敵と化している状態で、唯くんはたぶんおろおろするだけだ。そこがまた可愛いのだけど。加奈くんは暴れるだけ。そうなると必然的にブレーンは絵里くんとなる。それが一番合っている役割だろうしね。そして恐らく、今唯くんたちは逃げていない」
「・・・・隠れている?」
「その通り。そして隠れている場所もだいたい見当はついている。ただ、そうだとすると少し厄介だが。・・・・まあ、そこは常磐。君の出番となるだろう。くれぐれも唯くんを捕まえることのないようにして、唯くんを引きずりだしてくれ」
ずいぶんと無茶を言う。だが、捕虜には拒否権などない。
仕方がないので、捕虜らしくすることにした。
「わん」
「・・・・・・さて、行こうか、常磐」
そそくさと神谷は床に倒れ臥す男達を踏みつけながら先を歩いていってしまった。
まったく、冗談の通じない奴だ。
☆
すさまじい喧騒が外から聞こえてくる。だが、その音もこの部屋を通り過ぎていき、遠くなっていった。どうやらここに逃げ込んだのは間違いではなかったらしい。
「しかし、まあ。やってくれましたね。常磐先輩」
まさか校内放送をしてくるとは思わなかった。
常磐先輩の思考が読めないのはわかっていたが、放送室を占領してしまうなんて。おかげでこちらは重要な戦力を失ってしまうは、こんなところに隠れないといけないはで散々だ。・・・・・・まあ、私も面白そうだと思ってエールを送ってしまったから文句は言えないのだけど。
「大丈夫かな、高橋先輩・・・・」
「大丈夫でしょう。あの高橋先輩ですから。すぐにこちらとも合流できるはずです」
赤ずきんの格好をしているわりに、なぜか小動物に見えてしまう唯に視線を向けると、唯はなんだか落ち着かない様子だった。まさしく狼と呼んで遜色のない男たちに追い掛け回されたのだから当然かもしれないが。
・・・・・・その群れに女子が混ざっていたのは唯に言わないほうがいいだろう。
虫が湧くようにして出てきた男、男、男、そして女から逃げるため、私たちは廊下を全速力で走っていた。廊下を走ってはいけないなどという規則はすでに神谷先輩が握りつぶしているので何の問題もない。しかし、走っている途中で高橋先輩は急に立ち止まると、私たちに背を向けて、一人、大群に顔を向けた。
「ここは私にまかせて!あやぽんとえりっちは今のうち逃げときなさい」
「・・・・わかりました」
「そ、そんな、絵里ちゃん!高橋先輩はどうなるの!?」
「私のことはいいの。私は可愛いものを守るために生まれてきたのだから」
「せ、先輩」
「二人で、幸せになってね」
「・・・・・・いや、あの何かがおかしい気が」
その顔が笑っていたのを思い出す。とても晴れ晴れとした笑顔だった。
そして大群に顔を向けたときの顔を思い出す。阿修羅、と喉まで出掛かった。
大群を高橋先輩にまかせて走り出した私たちの後ろから聞こえてくる、悲鳴と断末魔。
とてもではないが後ろを振り返ることなどできなかった。
あのときの情景を思い出し、私としたことが身震いしてしまう。
そして横を見れば唯も震えていた。どうやら唯も同じことを考えてしまっていたらしい。
唯を落ち着かせるのも私の役目なんでしょうね。たぶん
「ここまでくれば恐らく大丈夫ですよ。そんなに怯えなくても」
「本当?絵里ちゃん」
怯えの中でも目を輝かせる唯。それに私は笑顔を向ける。
「恐らく、です。確証はありません。神谷先輩は何を仕掛けてくるかわからず、常磐先輩は何を考えているかわからず、遠藤先輩は何をしてくるかわかりません。まあ、池西先輩ならここには来ませんね」
事実をしっかりと嘘偽りなく伝える私。
がくっ、と唯はうなだれた。
唯を落胆させるのも私の役目なんですよ。たぶん。
「うう。・・・・でも、それなら池西先輩に捕まったほうが楽じゃないかな?池西先輩は別に私とデートなんてしたくないだろうし」
「・・・・・・本気ですか?または正気ですか?」
「え、えっと何?本気だけど、あと正気だよ」
・・・・可哀相な池西先輩。
まあ、私の知ったことではありませんが。
「とにかく。ここにしばらく隠れていましょう。何の解決にもなりませんが、しばらくこの騒動が治まるまでここにいないとすぐに見つかってしまいます。あなただって、見ず知らずの人とはデートなどしたくないでしょう」
「う、うん。・・・・でも、どうしてこんなに人が追いかけてくるのかな?やっぱり神谷先輩や常磐先輩が何か裏でしていると思う?私を捕まえたら賞金が出るとか。あの人たちは私のことをおもちゃにして楽しんでいるんだよ、絶対」
「・・・・・・・・・・」
「うええええええええええん。黙らないでよ!そこは否定しようよ!ちょっとだけ『そんなことはありませんよ、唯』って言葉を期待しちゃったよ!」
「・・・・・・いえ、もう何からツッコメばいいのか」
本当にもう、この天然は。
何か、文句とか忠告とか説教とかいろいろと織り交ぜたものを言おうと口を開く。
――その口を開く前に目の前のドアが開かれた。
それに慌てて視線を向ける私と唯。けれどそこに入ってきたのは女子のようで、とりあえず安心。とはいえ、女子の中にも特殊な趣味の持ち主はいるので完全に安心はできない。
警戒した目でその女子を見ていると、何か、違和感を覚えた。
何かが、おかしいような。どこかで見たことがあるような、そんな違和感。
もちろん、目の前の人物など見たことがない。
肩まで伸びた綺麗な黒髪に、少したれ目の可愛らしい目。スカートから伸びる白い長い足。モデルかアイドルかと思わせるほど可愛い子だ。けれど、おかしい。こんなに可愛い子なら一目を引くはずだし、目に留まらないはずがない。・・・・というより、その首にかかっているのは何だろう?首輪か?
いぶかしむ私。唯は相手が女子ということでもう安心しきっている。
よく見なさい、唯。首輪をつけて、そこにリードまでついているのが普通の人間なわけがないでしょう。
目の前の人物はドアの近くに立ったまま動かなかった。そしてその女の子は無表情のまま、
「わん」
と言った。
頭の上にハテナマークを重ねる私たち。
けれどそれを問いただす暇などなく、またしてもドアが開いた。
「ごくろう。やっぱりここにいたか、唯くん」
そして現れた生徒会長、神谷先輩。
「か、か、神谷先輩!?」
狼狽しまくる唯。当たり前だ。神谷先輩はここをどこだと思っているのか。
「し、信じられないです!ここ、女子トイレ室ですよ!」
唯が本当に信じられない目つきで神谷先輩を見る。しかし、神谷先輩はそれに飄々とした笑顔で答えた。
「大丈夫さ。事前に確認しておいた」
私は無表情で佇むその女子に視線をやる。
「・・・・その女の子ですか。しかし、他人を巻き込むとは神谷先輩らしくないですね。しかも、唯以外の女の子を手にかけるなんて」
「・・・・・・・・・・なんだ。絵里くんも気付いていなかったのか」
「何のことです?」
「・・・・ふう、悪ふざけがすぎるんじゃないか、常磐。僕まで誤解されてしまったじゃないか」
・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・えっと、何て言いました?この先輩は。
私と唯は呆然とその女の子を眺めた。つま先へと視線を下ろし、顔へと視線を持ち上げる。そこにいるのはどっからどう見ても完璧な女の子。服もしっかりと女子用の制服を着ている。
そして、その女の子は不意に笑った。目は笑っていない。口元だけの笑みを。
「ふふふふふ。予想通りの反応。楽しかったよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・マジですか?」
「マジ」
目の前の女の子、常磐先輩は頷いた。
その言葉にフリーズしていた唯が我に返る。
「え、ええええええええええ!な、な、な、何でそんな格好をしているんですか!?常磐先輩!?いえ、あの、その、似合っているから全然OKですけど!」
「誤解しないように。別に趣味じゃないよ。神谷のせい」
「それだと僕の趣味みたいじゃないか。誤解を与えるような発言をするな」
神谷先輩が常磐先輩を小突く。その格好の先輩たちだとバカップルに見えないこともないから恐ろしい。
「何、簡単なことだよ。こんな状態では男子が入ることができない場所へと隠れるのが普通だからね。そこを上の階から順に調べていっただけさ。こちらには常磐という武器もあったから難なく調べられた。服も簡単に調達できたしね」
「捕虜とされてしまった不幸」
よよよ、と泣き真似をする常磐先輩。けれど、その顔は相変わらずの無表情なのでなんとも言いづらい。
「さて、それでは唯くん。もう少しロマンチックな場所にしたかったが、仕方がないだろう。ここでゆっくりとすますとしようか」
「な、な、な、な、何をですか!?」
「何って、唯くんの捕獲だろ?」
「・・・・・・」
「何を想像していたんだい?」
清清しい笑顔を浮かべる神谷先輩に唯は顔を真っ赤に染め上げていった。
ま、どうせ唯のことだからキスとかその辺りが限界でしょうけど。
そして迫っていく神谷先輩に後ずさりする唯。けれど残念ながら、この狭い空間では後ろに退くのも二、三歩といったところ。案の定、すぐに唯は後ろに詰まってしまった。
「あ、あの。せ、先輩。無理はいけないと思うのですが」
「別に無理にしているわけではないだろう。君だってこのゲームには同意したじゃないか」
「そ、そうですけど!それは何というか、詐欺にあったというか、そんな感じなんです!」
「大丈夫。優しくするよ」
「だから何をですか!?」
ああ、これは本当に唯の貞操の危機かも。
そう思いつつも、立ち位置は常磐先輩の横へと移動して傍観モードとなっていた。私も神谷先輩に逆らう気はない。なにより、この面白い情景を見逃す手はない。
「え、え、絵里ちゃん!いつものことだけど、何で君は助けてくれないの!?」
「楽しいから、ですかね」
「うえええええええええええん。ひどいよぉ。ひどいよぉ」
泣きじゃくる唯。本当に泣いているからやっかいだ。
仕方がない。後でお菓子でも買って機嫌でもとっておきますか。
そんなことを考える私は常磐先輩が何か呟くのを聞いた。しかし、あまりに小さな声だったので何と言ったかよく聞こえない。何と言ったのかを尋ねようとすると、
――ドアが突然ものすごい音を出して開いた。
誰が入ってきたかもわからず、その人は私と常磐先輩の間を風のごとくすり抜けると、神谷先輩へと飛び蹴りをかます。神谷先輩も途中で気付いたのか、なんとかそれをガードした。
「涼!お前、綾瀬を泣かして何してやがった!」
そして女子トイレに響く池西先輩の声。ドアは跡形もなく壊れてしまっている。
・・・・・・どうでもいいけど、ここが女子トイレだということを忘れてはいないでしょうか、この先輩たちは。
「・・・・やれやれ。本当に君はいいところで邪魔をするな、隼人」
「お前のいいとこっていうのは大概が止めるべきことなんだよ!」
「まったく、君のせいで唯くんとなかなか進展できないじゃないか。こうして唯くんも僕の熱い抱擁を待っていたというのに」
「私、待っていませんよ!?」
「そんなもんさせてたまるか!」
そして言い争う先輩たちと唯。
やっぱり、今日もいつもの展開ですか。
私と常磐先輩はその光景をただぼんやりと見ていた。
本当に進展なんてありはしない、腹黒い先輩とお子様な先輩とボケボケの唯。こうしてこちらが手助けしても変わらないなんて、まったく、この人たちは。
「それで、いいと思う」
まるでこちらの思考を読んだような常磐先輩の一言にドキリとして視線を向けた。常磐先輩は男の子とは思えないような顔と格好で口元だけ笑っている。
・・・・読心術まで使えるなんて設定はいらないですよ、先輩。
「しばらくはこのままでいい。居心地がいいこの関係が壊れてしまうのは、嫌だ」
「・・・・そうですね」
「ふふふふふ。ま、今日は楽しめた。それじゃあ、私は退散するとしようかな」
「お邪魔虫にはなりたくないですしね。私も退散するとしますよ。一緒に行きましょうか、先輩」
そして私と常磐先輩は女子トイレ室を出て行った。中ではまだ言い争いが続いている。
本当に、いつまでも変わらない。
☆
「一つ、聞いてもいいですか?」
「何?」
男たちが倒れ臥し、静かになった廊下を歩く私と香川さん。黙ったまま歩いていると、香川さんが私に尋ねてきた。
「池西先輩を呼んだの、常磐先輩ですか?」
「なんで、そう思う」
「いえ、勘ですけど。なんとなく、そう思っただけです」
「・・・・その通りだよ」
「そうですか」
そして私たちはまた黙って歩き出した。
残してきた神谷と池西と綾瀬さんはどうなっているのか、見なくてもだいたい想像はつく。きっとまだいつも通りの言い争いを続けているのだろう。最後にチケットがどうなるのかはわからないが、できれば丸く収まるようにして欲しい。
いつまでも変わらないで欲しいから。
私と香川さんは男たちが倒れ臥す廊下を歩く。
やや、騒がしくなってきた廊下を歩き続けた。
何かを忘れているような気がして首を傾けるも、たいしたことではないだろうと思い、すぐさまそれを頭から振り払う。
そして私たちは廊下の角を曲がった。
「ごべ、ごべんなばい。調子にのって、ごめんなばい」
「え・ん・ど・う。なーんでお前ごときが私に歯向かおうとしているのかな?しかも他の男子の影に隠れて」
「いや、違うんです。これは不可抗力とか、そういうものでして」
「『喰らえ!長年の恨みだ、このカナゴンが!』」
「・・・・・・」
「そう、言ったよな。なぁ、遠藤」
「はははははは」
「はははははは」
「ごめんな―――ぐはっ!」
「さようなら、遠藤。お前といた日々はもう覚えていないや」
「ええ!今、現在進行形でやっていることを毎日されていたのに!?って、ああ。ごめ、ごめんなさい!もう、本当にごべ、ごべんなばい。もう、しばべんから!」
「ひとーつ。ふたーつ。みっつ。よっつ。いつつ・・・・・・・」
「ひぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいい」
くるり、と私は向きを変える。
香川さんも私と同じく、今来た道の方へと体を向けた。
「香川さん」
「何でしょうか?」
「突然、喉が渇いた。お茶を飲もう」
「奇遇ですね。私もなぜか急に喉が渇いてきました。きっと生徒会室に緑茶があったはずです。飲みにいきましょうか」
「そうだね」
そして私たちは生徒会室へと足を運ぶ。
決して後ろから悲鳴とか悲鳴とか悲鳴とか断末魔とか、そんな類のものは聞こえてこない。
ああ、今日も楽しい一日だった。
ふぅ、なんとか収まった・・・・かな?
途中しんみりするような場面があったかもしれませんが、基本コメディですので。
ちなみにこれでデート争奪戦編は終わりです。これからは一話完結型に戻すと思いますので、これからも読んでいってください。お願いします!