第四話 デート争奪戦
常磐京極視点となります。
「てめぇ、涼!それは俺が先に取ったんだろうが!さっさと寄こせ!」
「嘘を言うのはよくないな、隼人。正確に言えば0.05秒ほど私の方が早かった。手を離すのは君のほうだよ」
「あ、あの、先輩方。喧嘩はよくないと・・・・」
「くそ!いつもいつも俺の邪魔ばかりしやがって。何の恨みがあんだよてめぇは!」
「別に恨みなどないが、君がそう言うのはおかしくないかい。うん?何だね?どうして君がこのチケットを欲しがるのかな?誰か誘いたい人でもいるのかな?」
「ぐっ、そ、それは・・・・」
「ほほぉ、これはまったく隅に置けないな。どう思う、唯くん。彼にはどうやらもう心に決めた人がいるらしい」
「え!?そうなんですか?池西先輩。一体誰何です?」
「ち、違うぞ!そんな人、俺にはいない!」
「照れなくてもいいですよ。大丈夫です。私、誰にも言いませんから!」
「・・・・・・・・・・」
そんなわけで今日も生徒会は絶好調だ。
私は購買で買った耳ちゃんをほうばりながら、とっくの昔に仕事を終わらせた高橋さんと、つい先ほど仕事を終わらせた香川さんと一緒にこの喜劇を見ている。ニヤニヤ笑いを浮かべている高橋さんは、基本的に仕事中以外でならどんなに騒ごうとカナゴンに変身しないので安心だ。落ち着いてこの恋愛沙汰を見ていられる。
ああ、そういえば一人忘れていた。
遠藤は壊れたマリオネットのような状態で床に倒れ臥している。
・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・では、こうなったいきさつを説明しよう。
事件は遠藤達也、趣味はナンパで特技が振られることの男が発端だった。
遠藤が来るまでは落ち着いて――いや、我が生徒会の中では比較的落ち着いた状態で私たちは仕事をしていた。
神谷は綾瀬さんにこちらが聞くのも恥ずかしい甘い言葉で口説き。
綾瀬さんはその言葉にいちいち反応して真っ赤になり。
池西はその様子に青筋を立ててシャーペンを五本無駄にし。
高橋さんは顔を真っ赤にする綾瀬さんを見て悶え。
香川さんはそのカオスの中で冷静に仕事をこなし。
そして私は携帯でテトリスをしていた。
一応、そのときにはもう皆がほとんど仕事を終わらせていたということを、桜坂生徒会の名誉のために言っておこう。もちろん、私はしていないが。
そんな状態の生徒会室に今日も遅れて遠藤は来た。気のせいか、生徒会室までの廊下を歩く音がスキップ交じりになっていた気がするのだが、正直そんなことはどうでもいいうえ、できれば遠藤が陽気にスキップしている姿など想像したくはないので記憶の中から除外しておく。
そして、生徒会室のドアが開く。
「やあ、みんな!今日も元気ぃ!?」
鳥肌が立つような可愛らしい声がドアを開けた遠藤から出された。
神谷はしかしそんな遠藤を完膚なきまでに無視し。
綾瀬さんも神谷の精神的攻撃に耐えるのに必死なようで、結果無視する形となり。
池西は馬鹿に構っている余裕はないらしく。
高橋さんは一度ゴミを見るような目つきで遠藤を見るも、すぐに綾瀬さんへと視線を戻し。
香川さんはやはり冷静沈着に仕事をこなしていて。
私はテトリスをしていた。
ドアの前で硬直する遠藤に声をかける者は誰もいない。
いつもならそこで泣き崩れるかいじけるかする遠藤なのだが、今日は違った。なぜか怪しい笑いを口元に浮かばせて大きい声で笑ったのだ。無視することができないような大きい声で。
結構必死だった。
目じりには涙が溜まっていた。
「ははははははは!おいおいおい。いいのかな?そんな態度をとっちゃってもいいのかな?今日の俺は一味違うんだぜ!」
「・・・・あっ、遠藤先輩。こんにちは」
「うん、唯ちゃん。今日も可愛いね。そしてできれば『今気付きました』みたいな顔はしないでくれるかな?天然は無慈悲で残酷なんだよ」
遠藤の目から溜まっていた涙が一気に流れる。
それに戸惑う綾瀬さん。しかし何のことを言っているのかはわかってはいないようだ。自覚がないとは恐ろしい。
「いやいや、いいさ。気にしなくていいんだよ、唯ちゃん。唯ちゃんは俺の心のオアシスなんだから。鬼や悪魔や変人が跋扈するこの生徒会で君だけが心の支えだよ」
「は、はぁ。え、えっと。ありがとうございます?」
やはりよくわかっていない綾瀬さんは疑問系でお礼を言う。
そして綾瀬さんを取られてしまった神谷や池西や高橋さんは、無視していた遠藤に視線を向けた。言うまでもなく、視線は冷ややかだ。
「・・・・それで、なぜ君は『殺して欲しい』とも取れるような声とテンションで挨拶をしたのかな?教えてくれるかい?遠藤」
「か、神谷。頼むからその背後のオーラを消してくれ。なぜか魔力の波動を感じる」
「いいから、答えたまえ」
くい、と眼鏡を人差し指で上げる神谷。
キラン、と眼鏡が光る。
この動作は最終警告だ。次に何か無駄で愚かなことを述べてしまった場合、そいつは存在を抹消される。嘘偽りでなく、本当のことだ。
かつて、この学校では稀少動物となっている不良がこれを無視し、悲惨な目を受けてしまったことがある。神谷が一体どんなことをしたかというと、まずどこから手に入れたのか知れない手紙を全校放送で朗読したのだ。しかも授業中に。
それは小学生が書いたものらしく、拙いが実に優しく、愛に満ち溢れた言葉で書かれていた。
『せかいじゅうのみんながきらいになってもぼくはずっとずっとだいすきだよ』。
この文が流れたときは皆知らず知らず頬を緩め、しっとりと頬を濡らしていたに違いない。
現に内のクラスではそうだった。
そしてその中の一人は青ざめていた。
つまりはその手紙は小学生のラブレターだったのだ。
全て朗読し終えてから一つため息を漏らし、神谷は穏やかな調子でこう言った。
『本当に、実に素晴らしい。これほど愛に溢れたラブレターは僕にも書けそうにない。これを小学生のときに書いたというのだから驚きだ。ねぇ、×××××××君』
死刑執行。
それからその不良のあだ名は『恋の狩人』となった。
そんな過去を持つ桜坂高校の覇者、神谷涼。
長い付き合いの遠藤がこの動作を無視するはずがなく、慌てて付け加える。
「あ、ああ、あのさ。これ。これだよ。これを手に入れたんだよ。昨日の母親からパシ――いや、親孝行で商店街に買い物に行ったときのくじ引きで当たったんだ。三等だぜ?一体これが何見える?なあ、何だと思う?はははははは!知りたい?知りたい?」
ウザッ。
の一言ですむ態度の遠藤はポケットから何かのチケットを取り出した。
「なんと!最近話題の遊園地、フェアリーパークの無料チケットだ!妖精と戯れ、踊り、愛を語らおう!さあ、女子の諸君。俺と一緒に行きたい人はこのチケットを掴むのだ!」
素早く神谷と池西がダブルで遠藤を吹き飛ばし、二人同時にチケットを掴んだ。
そして現在に至るというわけだ。
神谷と池西の言い争いは未だ終わることがない。綾瀬さんが必死に止めようとしているが、おそらくなぜ争っているのかもわかっていない綾瀬さんでは、この二人を止めることなど不可能だろう。むしろ火に油を注いでいる。
「う〜ん。どうしよっか。いい加減この言い合いも飽きてきたよ」
あくびをしながら高橋さんは言った。
確かに、そろそろ進展が欲しいところだ。けれどただ決まるのでは面白くない。周りを巻き込んで、より面白可笑しくなるような決め方でないとつまらないのだ。主に私が。
そんなことを考えつつ、香川さんに視線を送った。
香川さんはその視線に気付くと、にっこりと笑う。
「私にいい考えがありますよ」
私の視線の意図を完璧に読み取ってのこの発言。
なかなか素質がある。
「でも、まずはあの二人を止めないと。こちらの話しなんて聞こえてないですよ」
「ああ、それなら私に任せて。お〜い、神谷、池西」
朗らかに高橋さんは言う。
けれども言い争っている二人にはそこまで声量を伴っていなかったその声が届くはずもなく、喧騒は変わらない。
高橋さんは笑顔のままだ。
笑顔のままで。
机を叩き折った。
静まり返る生徒会室。
「聞け」
その教室にその一言はよく響いた。
神谷は人のいい笑顔を浮かべてこちらを見る。ただ、額には冷や汗をかいている。
池西は憮然とした表情でこちらを見る。ただ、足は震えている。
綾瀬さんは怯えた表情でこちら見る。めちゃくちゃ涙目だ。
「な、何だよ。何か言ったのか?」
「ああ。つーか、これから言う。じゃあ、えっちゃん。後は任せた」
目の前の残骸が目に入らないのか、満開の笑顔を香川さんに向けて高橋さんは言った。恐らく、この生徒会室にいる人間にはもう暗黙の了解ができている。
高橋加奈には逆らうな。
それを忠実に守っているのか、香川さんは頷くと、神谷たちに視線を向ける。
「こんなのはどうですか?」
常磐京極→他の生徒会メンバーで視点が変わると言いましたが、やっぱり変更になりそうです。しばらくは常磐京極視点だと思います。・・・・すいません。