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シュガー&スパイス  作者: ゆぅ
第1章
3/3

一通の手紙(3)

 



 でも、時すでに遅し。手紙に来るという内容が書かれていたわけだ。大人の事情だと栄子も言っている。ここで本人が居ないというのに争う意味がない。俺はそれに気付いて冷静さを取り戻した。その様子に安堵する母の姿。




「いきなりで困るのも仕方ないけど、徐々にでいいの。ただ優しく受け入れてほしいの」



「・・・わかったけど」



後に続けようとする俺の言葉を遮って栄子は話を続ける。



「このことは実は前々から決まっていたことで、時が来たらいずれ遥翔に話すつもりだったんだけど・・・ちょっと時期が早まったってところかな」



「それで俺はこれからどうしたらいいんだよ?」



「いつものように優しく気遣ってあげて」



そういって微笑む様子を見て俺は、応えるために頷いた。


 



「さてと」



まだ済ませていなかった朝食の準備に取り掛かることにした。
















◇◆◇






『ピンポーン』





 インターホンの呼び鈴で目が覚めた。何時間経っただろう。朝食を済ました俺は自室で頭の中を軽く整理していたらいつの間にか眠りに落ちていた。腕を枕代わりにしていたせいか、少し痺れている。栄子が応接する気配もしない。あの後いつもの二度寝に入ったんだろうか。椅子から立ち上がり廊下へ抜け、玄関を開ける。




「ん・・・?」




目は完全に覚めたはずだ。しかしそこに人は居ない。こんないつかのいたずらをするなんて、世の中すべてが平和とはいかない。なんて思っていた矢先ーーー。






『ドンッ』




「ガハッ」


「・・・!?」


 腹部に強烈な痛みが走る。ダメージを受けた俺は膝をつく。いきなりのことがありすぎて腹を抱えたような姿勢になる。片目を辛うじて開けると、細い足首と靴が見えた。




「ふ~ん。私の攻撃を受けて気絶しないって、案外丈夫な体してるんだ」



 

 まだ痛む腹をおさえながら靴からのびる脚、体を上へと確認し、そう吐いた本人の顔をようやく確認する。

そう、丁寧に作られた人形としか思えないような端正な顔立ち。ぱっちりと開いた瞳、子犬のような小さな鼻で、ピンク色の薄い唇。白い肌をより一層際立たせている朱色の頬。触れてしまうと崩れそうなくらいにまで完璧に整っている。そして彼女の魅力を更に引き出すかのような腰まである黒髪。巫女さんに近いものがある。それなのにどこか近寄らせないオーラを漂わしている。もしかして今目の前にいるこの子が、母が言ってた、『あの中川椿御令嬢』であり、手紙の差出人なのだろうか。でも俺を冷ややかな眼差しで睨むこの子が(?)まさかとは思うが。




「なに1人で妄想してるわけ、一生し続けたいって言うならもう1発食らわせるだけなんだけど?」



「い、いえ・・・これ以上はやめてくれ」



「ふーん、まあいいわ、あんたMそうだし、気持ち良くなられてもキモいだけだし」



「・・・」



 まだ痛みで膝をついている俺は何としても敷居に通さないという強い意思表示のために、腹を抱え込んでいる手とは逆の手で通せんぼをしてみるが、如何せん、空しくその手は彼女の足で軽く払われた。俺を散々苔みたいに扱いなさった中川椿嬢と思しき人物は俺を横目で軽視し、スッと通り過ぎて、天条家の玄関を跨いだ。





 ひどい、あまりにも酷い話だ。見ず知らずの人物が当の住人に無許可で、家宅に押し入るとは。多分、刑法130条に規定されている住居侵入罪が適用されるはずだ。しかし母、栄子は顔見知りの様だし俺が安易に口を割って入っていいものなのかと躊躇するが、現状ではここ天条家の世帯主は扶養されている身分だといえ、俺と云っても差し支えないはずだ。言うなれば主。一家の安全を確保するのは必然的に務めである。多少の殴りには免疫がなぜかあった(栄子が言うのに親父の打たれ強さが遺伝したという)俺は、膝をついた足を上げ自由奔放極まりない異端児の収拾に取り掛かる。




 




 居間にその御令嬢の姿があった。さきほどの獰猛な野生のライオンみたく俺に噛みついてきたのがまるで嘘のように、大人しく椅子に座っている。その様子は嵐の前の静けさといったところだろうか、これからさらに良からぬ事態が起ころうとしているのかもしれない。俺は呆気にとられて口をポカンと開けたまま突っ立ていると鋭い眼光を放たれ何かしてはどうだと言わんとしていることを薄ら悟った。




「・・・茶でも飲みますか?」



「へぇ、あんた意外と気前がいいのね、さっさと入れて頂戴」



 急に言葉遣いが丁寧になり、より格式高い身分であるということを思い知らされる。御令嬢ってのはやっぱり、暴力を奮うなんてことと無縁だと思っていたが、こうして大人しく座っていることだし自分の立前を崩すわけにはいかないのだろう。俺はこの突然の訪問者へのおもてなしにふさわしいあの店の名菓と粗茶ではあるが添えて出す用意をする。湯を一度沸騰させて、7、80度くらいまで冷まして急須に茶葉を入れて蓋を閉じ約1分浸出させるといった具合に、この前テレビでやっていた『おいしいお茶の淹れ方』を試すに丁度良い相手だと思い、いつもより時間をかけて準備した。





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