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シュガー&スパイス  作者: ゆぅ
第1章
2/3

一通の手紙(2)

 




俺は今まで母のこんなにも真剣な顔を見たことがあっただろうか。口元にあてられた手。

煙管を持たせ、ベレー帽を被ればどこかの探偵と間違えるかのような風貌。俺は栄子の意外な一面を見ることが出来た。



そして訪れる沈黙。




 真夜中の0時。1人の老婦人だけが住むその森の家。辺りにその家以外にあるものは無い。そこに突如忍び寄る黒い人影。茂みに隠れ徐々にその人影は老婦人の家へと近づく。闇夜に浮かぶ月が照らす銀色の刃物ーーー。




「あっ! これ解けた」



「ほんとかっ!?」




 沈黙の中、俺は勝手にいつかの映画のシーンを脳内再生していたところに母の声。

なにやら謎が解けてすっきりしたような顔だ。




「へへへ、えっちゃんに解けない謎なぞなんてこの世には無いんだ~」



「そうだな、まだ酒残ってるのか知らんが俺に教えてくれ」




 脳をフル稼働させたせいで栄子は再度、眠りにつくために天国へと行こうとしたが、俺の似非『神のご加護があらんことを』合掌姿に悪い気もしなかったんだろう。ゆっくりと悟るように語り始めた。




「まず、簡単にいうとね、このBは、アルファベット26文字で何番目にあたるかわかるよね。そう、2」



 俺は、どちらかというと、頭は冴えてるほうだと思う。しかし2、3分でこの暗号を解読した母の頭の回転に驚いていた。



「さっきの2に続けてJ・35、F・6、S・44、B・2、H・8、G・43。これを50音のひらがなに変換すると?」



「いまからいくね、ってね」



 俺は言われたとおり、きちんと合ってるか確かめるために指折りでアルファベットと数字を数えた。



「・・・なるほど」



 もしかして母、栄子はアルファベットが26を超えると、またAから振り出しということまで考えて数えることに2、3分を費やしていたということか。ここまであっさりと『B・J・F・S・B・H・R』の、このワードを数字に置き換えてそれを、50音順のひらがなに当てはめていくとは単純だからこそ思いつかなかった。




「でも、どうしてそんなに早くこの暗号が解けたんだ?」




 それはそうだろう。こんなだらしない性格で寝起きの母が、まるで最初から仕組みを理解していたかのような早さで解読したからだ。何故2,3分で解けたのか気になるのも当然だった。年齢で考えても俺のほうが栄子よりも、半分くらい(以前年齢を聞いたときは、秘密と言われた)は若いはずだ。頭の回転なら若さで勝てたはずだった。

 俺は謎解きの仕組みというよりも、ある意味、栄子の解読の早さに疑問を抱いている。普段起こしても全く起きない母の体たらくっぷりを知っているが故の疑問だった。



 優越感に浸って大人げなく息子に誇らしげにする母親に、俺は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。その様子を見てか、おまけにクスクス笑う様子に時に親とは人であることを自覚させられる。普段俺のほうが勉強等で栄子に勝る部分が多い分、ここぞという場面で栄子を天狗にさせるほど俺は人が良くない。これ以上質問すると、かえって相手に調子をのさせるだけだと踏んだ俺は栄子が口を割るまで一言も話さないという示しとして、栄子を背に翻り、腕を組んでやった。



 俺の断固たる姿勢に母はようやく折れたのか、布団を捲って俺の前の椅子に腰かけて話し始めた。



「さっき解決した通り、『いまからいくね』は遥翔はるとが見た差出人、椿のものよ」



 栄子は確かに『椿』とそう呼んだ。察するに、少なくとも栄子とその中川椿は親密な関係にあるのだろう。わざわざ知っている人物のフルネームなんて占い、結婚式くらいにしか滅多に呼ばない。




「椿はいわゆる御令嬢にあたるのかしら。跡取り娘になるかはまだ分からないところなんだけど」



「はぁ・・・でも、何でわざわざその御令嬢とやらが、うちに来ることに・・・?」



 この事態を手っ取り早く終息させるためにも、冷静さを保ちつつ、母に適度に質問をしていく。



「まあ、いろいろあるんだよね。大人の事情ってわけなんだけど・・・、遥翔がこんな説明で納得するとは思わないけど、追々わかることだと思うから今はこの状況をどうにか理解してくれない?」



 大人の事情ってのは確かにいろいろあるが、当事者が都合よく隠すために用いられる決め台詞みたいになってきている部分もあり、腑に落ちないが親父の事もあってか以前より気にすることもなくなってきた。




「・・・一応理解した。けど、来たら来たでどうすんだよ? ずっとこの家に居座られるわけにはさすがにいかないだろう」



「そこは大丈夫。ちなみに椿は遥翔と同い年ね」



「・・・」


 栄子は握り拳を作って両手を腰の部分にあてて自信満々な様子。

栄子が大丈夫なんて言おうが、説得力に欠けまくりなんだが今はその事について言わないでおく。




「えっと~、うちは1人の女の子を家に泊める分だけの経済力はあるし。なにしろ家事ができる遥翔がいるもん」



「・・・・・・はぁ!? ちょ、何言ってんだよ!? 」



「まぁまぁ、落ち着いて、ね?」



 この人は何を言ってんだ。どこが問題ないんだよ、ありまくりじゃないか。経済力云々とかの問題じゃない。

というよりも差出人の名前を確認してうすうす気付いてはいたが、つまりその『中川椿御令嬢』の性別が女だということに俺は今、不安を抱えている。今まで俺が家事の全般を担って栄子とどうにかして暮らしてきたわけだが、高校2年生の俺と母、そしてその子を率いる3人でこれから1つ屋根の下で一緒に衣食共にするだと。有り得ない。ましてや1度たりとも会ったことがない見ず知らずの子だ。今まで17年間生きてきた中で、最も驚愕すべき事態がこの天条家に訪れようとしている。ただの手紙に書かれた事実を俺は素直に受け入れていいのだろうか。

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