お茶会が地味すぎてバイブス上がらないので、三段スタンドでフロア沸かせてみた
お茶会が地味すぎてバイブス上がらないので、三段スタンドでフロア沸かせてみた
「――皆の者、面を上げよ。本日集まった令嬢方には、伝統ある我が公爵家の格式高き『静寂の茶会』を体感していただく」
重厚なマホガニーの長テーブル。銀器がわずかに擦れ合う音すら許されない、張り詰めた沈黙。
冷たい視線を投げかけるのは、社交界の重鎮にして鉄面皮で知られるグロリア公爵夫人だ。
集まった令嬢たちは皆、コルセットを限界まで締め上げ、息を潜めて冷めた薄い紅茶を口に運んでいた。まるで修道院の反省会である。
その地獄のような静寂の片隅で、男爵令嬢ロザリア・フォン・ブライトンは、今にも貧乏ゆすりを始めそうなほど退屈に悶絶していた。
(……いや待って? マジで無理。無理寄りの無理。お通夜? これお通夜なの!?)
ロザリアには、前世の記憶がある。
渋谷や六本木のクラブイベントやフェスをオーガナイズし、週末になれば「ウェーイ! 今日も全員バイブス上げてこー!」とフロアを沸かせていた、生粋のイベントプロデューサー兼パリピギャルの記憶だ。
そんな彼女が、よりによって「沈黙こそ美徳」「笑顔は歯を見せてはならない」などというカビの生えた貴族社会に転生してしまったのだ。十八年間、息が詰まって死にそうだった。
(せっかくの午後のティータイムだよ!? なんで誰も喋んないの!? ていうか紅茶の温度ぬるすぎ! 茶菓子も乾パンみたいにパサついたビスケット一枚ってどういうこと!? テンション地の底なんだけど!)
耐えかねたロザリアの脳内で、DJブースのスクラッチ音が鳴り響いた。
きゅきゅっきゅー、ドロップ・ザ・ビート。
(決めた。この社交界、うちがリミックスしてアゲてやるわ)
* * *
数日後。王都の外れにあるブライトン男爵邸のサンルーム。
降り注ぐ柔らかな陽光の下、専属執事のクライドが青ざめた顔でトレイを抱えていた。
「お、お嬢様……本当にこの招待状を発送するのですか? 『アフタヌーンティー・チル・パーティー〜午後三時の至福、全員優勝スペシャル〜』などと書かれておりますが……!」
「いいから送って、クライド! ターゲットはね、普段のお堅い茶会で胃に穴が空きそうな若手令嬢たちよ。ドレスコードは『一番着心地がよくて可愛いワンピ』! 息苦しいコルセットは即ポイ!」
「し、しかし、他家のお茶会を批判するような真似は……」
「批判じゃないよ、アップデート! 美味しいお茶と甘いものはね、人をハッピーにするためにあるの! フロア(会場)の準備はバッチリ? 例の特注スタンドは届いた!?」
「は、はい。鍛冶ギルドに無理を言って作らせた、銀の『三段トレイ』でございますが……」
テーブルの上に置かれたのは、円形のプレートを縦に三段重ねた優雅な銀の骨組み。
前世のホテルラウンジでロザリアが愛してやまなかった、至高の発明品――アフタヌーンティースタンドだ。
「完璧じゃん! 神! じゃあ仕込みいくよ! 一段目はキュウリとサーモンのフィンガーサンドイッチ! 片手でつまめてドレスを汚さないやつ! 二段目は焼きたてサクサクのスコーンに、特製クロテッドクリームと自家製ベリージャム! そして最上段は……うちのシェフ渾身のカラフルマカロンとミニタルト!」
銀のスタンドにスイーツが並んだ瞬間、ガラス張りのサンルームがまるで宝石箱のように輝き出した。
漂うのは、芳醇なバターの香りと、ベルガモット香るアールグレイの華やかな湯気。
「クライド、BGM(生演奏)の手配は?」
「弦楽四重奏の楽団に、テンポの明るいワルツを軽快に演奏するよう指示しておりますが……」
「オッケー、音響よし! 今日の合言葉は『おいしい! たのしい! 超ハッピー!』でいくよ!」
* * *
午後三時。
おずおずとブライトン邸を訪れたのは、日頃の社交界に疲れ果てた五人の子爵・男爵令嬢たちだった。
彼女たちの顔には、「また失言に気をつけなきゃ」「作法を間違えたらどうしよう」という怯えの色が色濃く残っている。
「ごきげんよう、ブライトン様……本日はお招きいただき……」
ガバッ!
扉を開けた瞬間、ロザリアは満面の笑みで両手を広げた。
「いらっしゃーい! みんな待ってたよ! きゃー今日のドレス超似合ってる! リボンの色マジ天才じゃん! さ、入って入って!」
「えっ……ええっ!?」
貴族の挨拶を完全にすっ飛ばした超ハイテンションな出迎えに、令嬢たちは目を白黒させた。
促されるまま案内されたサンルームには、ふかふかのクッションが置かれたソファ。そしてテーブルの中央には――。
「「「まあああああっ……!!」」」
全員の口から、感嘆の悲鳴が漏れた。
銀の三段スタンドに、色とりどりのスイーツとサンドイッチが咲き乱れるように盛られている。
「な、何ですかこの可愛らしいタワーは……!? まるでおとぎ話の挿絵のよう……!」
「これがうちの看板メニュー、『アフタヌーンティーセット』だよ! 下から順に塩気のあるサンド、温かいスコーン、最後に甘いケーキを食べるのが基本ルールだけど、ぶっちゃけ好きな順で食べてオールオッケー! スコーンにはこの白いクリームとジャムを親の仇くらいドバッと塗って食べてみて!」
「お、親の仇……!?」
戸惑いながらも、細身の令嬢エレナが恐る恐るスコーンを割り、クリームとジャムをのせて口に運んだ。
サクッ、と小気味よい音が響く。
「……っっっ!!」
エレナの琥珀色の瞳が、カッと見開かれた。
サクサクの生地から広がる小麦の甘み、濃厚なのにふわりと溶けるクリーム、そして甘酸っぱいベリーの三重奏。
「な、何これぇぇぇぇ……!? 美味しい! 信じられないくらい美味しいですわ!」
「でしょー!? はい、そこに淹れたてのダージリンを流し込む! はい優勝!」
言われるがまま紅茶を含んだエレナは、天を仰いで蕩けた顔になった。
「んんん〜〜っ! 幸せぇ……! 私、こんなに美味しいお茶会、生まれて初めてです……!」
その顔を見た他の令嬢たちも、我慢できずに手を伸ばした。
「このサーモンのパン、小さくて食べやすい!」
「マカロンがサクふわで可愛い! 見て、ピンクとミントグリーンよ!」
「そうそう、写真映え……じゃなくて絵画映え最高でしょ! どんどん食べて! おかわり無限にあるから!」
軽快な弦楽器の調べに乗せて、ロザリアが手を叩く。
緊張の糸が切れた令嬢たちは、気づけば口元にジャムをつけ、頬を染めて笑い合っていた。
「実は私、公爵夫人のお茶会が怖くて、昨夜も眠れなかったんです……」
「分かる! カップを置く音ひとつで睨まれるものね!」
「ここではそんな心配、欠片もいらないわ! あはは、スコーンおかわりいただいてもいいですか!?」
「いいよいいよ、どんどんいっちゃって! 美味しく食べる女子が一番可愛いんだから!」
サンルームは、貴族の淑女らしからぬ弾けた笑い声と幸福な溜息で満たされた。
誰もが背筋を伸ばすのをやめ、心からの笑顔を咲かせていた。
* * *
その噂は、瞬く間に王都の若い令嬢たちの間を駆け巡った。
『ブライトン男爵邸の三段タワー茶会がヤバい』
『あそこに行くと、日頃のストレスが全部消し飛ぶらしい』
『何よりロザリア様と話すと、信じられないくらい自己肯定感が上がる!』
気楽で、美味しくて、最高にアガるお茶会。
ブライトン邸には連日、招待を求める手紙が山のように届くようになった。
ロザリアは調子に乗るどころか、「よし、次はテラス席増設してフェス形式にするか!」と腕を鳴らす始末。
だが――そんな新興勢力を、面白く思わない者がいた。
「静粛に!!」
ある日の午後。
庭園で開かれていたティーパーティーに、黒いドレスをまとったグロリア公爵夫人が、取り巻きの護衛を引き連れて乗り込んできたのだ。
「ひっ……公爵夫人……!?」
参加していた令嬢たちが一瞬で青ざめ、立ち上がろうとする。
ピキリと張り詰める空気。
公爵夫人は扇子でテーブルの三段スタンドを指し、眉を吊り上げて吐き捨てた。
「ブライトン男爵令嬢! 貴女、下品な平民の市場のように騒ぎ立て、このような奇妙な鉄の塔に下品な菓子を盛り付けて……貴族の伝統を冒涜するのも大概になさい! これのどこが格式あるお茶会です!」
凍りつくフロア。
しかし、ロザリアは怯えるどころか、パッと目を輝かせた。
(キタキタキタ! ラスボス降臨じゃん! ていうかこのオバ様、眉間にシワ寄りすぎてて肌荒れヤバくない? 完全に糖分足りてないわ)
「いらっしゃいませ公爵夫人! わざわざお越しいただきマジ感謝です! 立ち話もなんですし、こちらの特等席へどうぞ!」
「なっ……なれなれしい! 私は貴女の戯れ言を聞きに来たのではなく――」
「まあまあ! お怒りになる前に、こちらの最上級ウバ茶と、焼き立てのプレーンスコーンをどうぞ! 怒るとせっかくの綺麗なアイラインが崩れちゃいますよ!」
「なっ……!? き、貴様……!」
有無を言わさず押し付けられた、湯気立つティーカップと、黄金色に焼けたスコーン。
怒りで震える公爵夫人だったが――立ち上った暴力的なまでのバターと茶葉の香りに、思わず喉が「ゴクリ」と鳴ってしまった。
公爵夫人は、極度の完璧主義者だった。
誰よりも厳格で、誰よりも節制し、誰よりも「公爵夫人らしく」あろうと、十代の頃から好きな甘いものを断ち、冷めた紅茶をすする人生を送ってきたのだ。
「ふ、ふん……毒見をして差し上げます。どうせ見た目倒しの――」
公爵夫人は、小さくちぎったスコーンを口に放り込んだ。
サクッ。
ホロッ。
「…………ッ!?」
瞬間。
公爵夫人の脳裏を、遠い幼少期の記憶が駆け抜けた。
まだ厳しいマナーを叩き込まれる前、母と二人で食べた、焼きたての温かい焼き菓子の記憶。
(な、何なの……この口溶けは……!? 外は信じられないほど香ばしいのに、中はしっとりとして……そしてこの濃厚なクリーム……!!)
「はい、そこで熱いウバ茶をゴクリ!」
ロザリアが合いの手を入れる。
公爵夫人は抗えず、カップの紅茶を口に含んだ。
芳醇な渋みと花のような香りが、クリームの後味を完璧に洗い流し、極上の余韻だけを残す。
「……ん、んんぅぅぅ……っっっ!!」
公爵夫人の鉄の仮面が、音を立てて崩壊した。
強張っていた眉間のシワがスーッと消え、青白かった頬がポッと薔薇色に染まる。
「お、おいし……っ……いや、しかし……このような、はしたない……」
「我慢しなくていいんですよ、夫人」
ロザリアはふっと柔らかい笑みを浮かべ、夫人の手元にそっとマカロンの皿を寄せた。
「誰よりも格式を守って、誰よりも気を張って生きてこられたんでしょう? でもね、午後三時くらいは、誰の目も気にせず、ただの『美味しいものが好きな女の子』に戻ったってバチは当たりませんよ」
「……お、女の子だなんて……私はもう、孫もいる身ですのに……」
夫人の目から、ぽろりと一筋の涙がこぼれ落ちた。
数十年間、誰にも言えなかった「しんどい」という弱音を、この派手な男爵令嬢に一瞬で見抜かれてしまったのだ。
「ほら、ティッシュ……じゃなくてハンカチどうぞ! このイチゴのタルトもめっちゃウマいんで、全部食べてストレス発散しちゃってください!」
「……いただきます。……いただきますわ……っ」
公爵夫人はハンカチで目元を拭い、夢中でタルトを頬張った。
その姿を見て、周囲の令嬢たちから「まあ……」「夫人、とても幸せそう……」と優しい声が漏れる。
いつしか、庭園を包んでいた威圧感は消え去り、そこには温かい午後の光だけが満ちていた。
* * *
それから三ヶ月後。
王宮の大広間では、定期的に開催される『王立アフタヌーンティー・フェスティバル』の熱気で溢れかえっていた。
「みんなー! 今日の新作『ピスタチオと木苺のエクレア』、焼き上がったよー!」
エプロン姿のロザリアがワゴンを押してフロアを回ると、令嬢たちから「キャーッ!」「ロザリア様、こっちのテーブルにも!」と歓声が上がる。
そして、フロアの中央、一番目立つVIP席のソファには――。
「ロザリア、こちらのダージリンのセカンドフラッシュ、香りが実に見事ですわ。スコーンのおかわりをいただけますこと? もちろん、クロテッドクリームは“山盛り”でね」
満面の笑顔で紅茶を楽しむ、すっかり柔和になったグロリア公爵夫人の姿があった。
「了解です、夫人! クリームマシマシでいきまーす!」
格式ばった社交界のルールを、三段トレイと溢れるバイブスでぶち壊した男爵令嬢。
彼女が開いた午後のティータイムは、今日も王都中の人々を、最高に甘く、最高にハッピーに沸かせている。




