一般科学社会主義ver1.2.2(ver1.2.2を第1段階(仮)として定義する。)
注意:計算、数式の表記は省いている
そしてこれは思想である(科学的活動の)
そしてこれはパンフレットやのよう気軽に読むこと
まず、この主義について説明したいがまずこれは少なくとも現状の主義が組み合わさっていない”思想”としてはニューイデオロギーだといえる。
だが反論もあるかもしれない。なぜなら現状の主義が連なったものをしているからだ。
たがそれは違う、科学主義(広義)すなわち一般科学主義(と定義される)✖社会主義(拡張)であるから元々の主義とは異なりうるので、別物だといえる。
§1,ではその主義について話をする前に、根本的事柄について述べる。
まず科学とは何だろうか?
特殊区間:微小時間で見ると、固有(人)は負を生み出してきたとも言える。(何をするも人である)
しかし、科学はその都度、修正を繰り返してきた。
そしてかの有名なニュートンやアインシュタインのような人たちは他の研究者なしには
生まれなかったであろう。
ゆえに科学は固有によって発展してきたといえる。
ここで「固有によって発展する」を「科学を適用する」の定義として、さらに今までの思想が固定的である前提の元で「固有によって」を「流動性により」の定義とする。また、その時、流動性があるとは固有が十分であるということである
そして区分的流動性があるとは
そして「区分的流動性がある」を、常ではないが区間ごとに流動性がある状態として定義する。
(これは使わないが、常に流動性など不可能なため、厳密性がある用語として存在する。
普段は流動性と統合してる)
§2.次に「流動性」のための思想を書く
[0]固有について
固有はすべての森羅万象に適用されうる概念である。
すべてが固有であることにより違いや共通点があり
人は人であり続け、世界は世界であり、人は世界でないということが常に成り立つ
そして科学に限らず、流動性のためには「固有がある」ということが重要である
[1] 固有の性質について
ここでは固有の性質を固有から発生するすべての事象であるとする。
固有には必ずと言っていいほど、その性質が付きまとう。
そして科学に限らずではあるが、固有の性質は絶対視するべきでないし、かといって軽視すべきでない。
そして人においては例外な固有の性質として、視点やその人の能力がある。
その人の視点は自分もしくは誰かの思考の一部分をきりとったものでである。(積分表記可)
その人の能力場の一部がその人の能力である。これらには軽視、絶対視という動作は関係ないとする。
この上で、同様に、流動性のためには「固有がある」、「固有の性質を批評する」ことが重要である。
これに反することを流動性に反するとし、断定や強要は流動性に反することにつながるといえる。
(断定や強要は動作であり状態:過激化と一致してるので過激化も流動性に反してることになる)
[2]固有による任意行動
そして流動性に準ずる元で、仮に固有を自由にしてもよいとするなら、発展するだろうか?
とある軽い思考実験をしてみよう、無限に近い粒子が無限にちかい空間を自由に飛ぶとき、その系ではマクロでいつ安定化するかを考えると、無限個の粒子が無限の選択肢を持つので、局所的には平衡だが全体としては非平衡となる。また熱力学においては開放系より閉鎖系の方が安定しやすいといえる。
(ミクロでは常に変動し続ける)
すなわち単純に固有を自由とするのではなく最小の制限(流動性のため)で自由にすることが
重要である。
※以上の物は最小限の流動性のある固定軸であり、この軸から離れるほど流動性が必要とされるとする。
科学は流動性により発展してきたが根本になるにつれて最低限の流動性で済んだ。(定義など)
すなわち、流動性の元でこの固定軸では基本、「should」としても差し支えない。
*またいろいろな過程を経て流動性に反することを間接的流動性と呼ぶ。例:一極集中
§3.以上のことから「流動性のある」方針(政府でいうところの政策)を考える
[1]教育
まず教育者が流動性に準じなければならない。そして学習者も流動性に準じていかなければならない。
これは思想教育といえるが宗教的教育ではないことに注意が必要である。
[2]学習
まず、満遍なく知ることで可能性は生まれるが、それだけでは流動性があるとはいえない。
まず基本の元での能力場を考え、その人の意思に基ずく領域で最も高かった極値を方向性としてかんがえ
層型学習(方向性を中心として満遍なく学習)させる(数式化可)
(ただしその人の意思に基ずく領域は時間変化することにも気を付けること、また人の意思に基ずく領域の変化は知識吸収係数(時間変化での過程のみ存在)に依存する。)
※*基本の学習に関しては、単純基礎と複雑基礎に分けて、単純基礎を何の法則もなしに学習させる。そしてその元で、複雑基礎に関して集団の意思(個人の意思の和集合)の領域にての極値を多数取り、それらを多数の方向性と考えそれらが中心となるように層型学習させる。(領域の変化も同様だが集団的である)
[3]選挙
それぞれの人からの意思を反映させるため、名前だけでなくその理由を書かせる。そしてその理由も解析にかけ、一番多い理由にわけて順に並べ、それぞれの理由で投票数が多かったのを採用していく。
[4]任意性
任意性を量や可否に限定し最小の制限を設ける。例えば税金を自由な量を支払っていいが、
人生区間において最小に支払うべき税金を定めたり、同じく人生区間において最大の給料を定める。
そして保険やインフラ系料金、生活保障、贈与金も同様。さらに同様に可否比率定義域を定める。
可否に関しては束縛性はないが、あらゆる価格の予測関数を基に税金や給料などの予測をしてそのとき
そのときで「状況の確認」の緩和、厳格化を図る。
またさらに「上層部」になるにつれて任意性に限り「厳格化」を図るとする。
予算問題が出てくると思うが税金予測関数の元で未来(十分時間がたったといえる(十分に遠ければ、倫理は考えなくてよい))の税収を抜き取り、仮想予算として考えることで解決を図る。※だが、拘束なしに無制限は無秩序となるので、現在の税収などを基にフーリエ級数展開第1項をとり未来の税収の定積分により仮想予算とする。
[5]研究系
奨学金免除を研究者や技術者志望に限定する。
このように流動性に準ずる元で方針を定めた。これは科学を適用してるといえる。
そして本心としてこの思想の夢は全てに科学を適用することである。
§4.ではさらに流動性が必要な「体制候補」を考えてみよう
ただし、体制の前提として中央権力があり、それ以外の人にも同様のレベルの権力が与えられる。そして集団化するほど権力は薄まる、薄まる速度は中央権力が遅いとする。個人間の権力は無効とする。
(ただし以上に書かれてきた前提をかえてはならない)
[0]車輪の比喩
民衆は並進運動をして、技術者や研究者、専門家は回転運動をしてる。
[1]名称変更(部分)
○○専門家→○○研究者(統一)
医療従事者→医学技術者
介護技術者→介護技術者
メディアの人→メディア技術者
インフラ整備携わる人→インフラ技術者
農林水産に携わる人→農林水産技術者
軍人→軍事技術者もしくは災害対応技術者のどちらか
教育者→教育技術者
外交官→外交技術者
[2]:科学評議会体制
評議会の下に研究省、技術省、外交軍務省が存在。各庁に分かれる
投票は各省庁に関してである。
裁判所は健在。
そして流動性に反した場合は誰であれ、「厳重注意」や「禁固刑」、「追放通牒」のいずれかに処す。
「追放通牒」:国籍もしくは戸籍のどちらかかを取り消して国から追放する。
※独裁の元での民主主義だともいえる。
[3]:(他の体制候補)任意の人での権力の成分を方向決定・実行・制御として
任意の概念的値を無限に持つとする。
ここで権力の直交化をして固有権力として各個人での違う権力の扱い方ができるとする。
さらに権力は結果的に影響力ともいえ、加えて前提より、個人が集団に対して影響力をもち
なおかつ、上層の個人の影響力に従うこととなり上層の集団に対し影響力をもつこともいえる。
ここで影響力の直行化の意味するのは、権力と同様であるであるが権力より扱いやすい概念であるし
そしてさらにそれはその人の影響力の「主体」が外部に干渉しない(影響が外部に漏れだす)
イメージをしてもらえばよい。
ゆえに組織全体の相互作用を考えるのであれば直交化された影響力よりそして影響ポテンシャルというものの総和を考えて総合的各々の権力は一様に分布する、なおかつ直交化された影響力の総体が組織の方向決定・実行・制御すなわち変化力という外側に働く力をつくるといえる。
これを、現状の体制に対し、加えた元での体制にすべきである。(考察中)
参考:権力f=F’NΦ/n 、Φ:影響ポテンシャル、n:人数、N:人数補正、F’:概念補正
([2]では破綻しそうなので)
[4]実力行使系統(全体制候補にて)
まず、上層部は「科学」が成立しないのでプロパガンダ系統をするべきではない。
(思想の奴隷になる原因よりでもある。固有により思想はなによりも扱える範疇でなければならない (固有による回転力(概念)に一定比率をかけたものに思想の回転力(概念)が超えててはならない) ※固有による回転は流動性の上でのどこかの地点の回転である。また、もちろん回転力の時間変化をする。)
「狂人」と「愚者」の共通項は他人を排除するもしくは自らをそうであると自覚するものにわかれるところである。
それを踏まえて、リーダーがどうあるべきかというよりも、固有や流動性がやはり重要であるし、独善・絶対視は論外である。
弱者の正当化の過激化→軽視 強者の過激化→軽視、どちらの過激化(正当化の過激化)も断定につながる
正当化=実力行使は必要だが過激化させてはならない、断定(状態;過激化)につながり前述につながる
※この思想において、根本になるほど正当化を必要としないのも確認できる(軸⇔方針など)
また科学の中でも同様に、根本になるほどほど正当化(非確実の中で)を必要としなかった。
※(不確実のなかで)正当化量の累積が科学であり、根本で正当化量が少なくて済んできたので、科学の適用において正当化(↑)を根本になるほど「必要」としないのは矛盾しない。(↑は正当化であり、それによって形作られるのが正当化量である)
そしてその上で、理論提唱→理論論理肯定→理論批判論理が通常であるが、理論肯定まですむなら根本でありそれ自体までは正当化といえる。ここで正当化の過激化とは「理論準拠、他理論軽視につながること」を指す。(科学話省略)
ちなみにブラックボックス化は一種の正当化と一つであり過激化すると断定につながるといえる。
短期間、批判の絶対視、固有の軽視などをおこさないためという下での上層部の肯定を言葉にしたもののの拘禁系、批判を軽視、絶対視、否定にしたとき、の拘禁系を行うことは重要ではないが「必要」である。
そしてまた「科学の適用」の定義の肯定であれば例外とする(そしてその肯定が例外なのは裏に「科学の適用が間違いだと思うのは定義(根本の誤解の積み重ねであるからである」があるからである。)
(あくまで一般論)
そのときの上層部の役割は対外系政策、常内政(財政関連、教育関連、研究関連、技術関連などに関して方針や体制のもとで淡々と作業をし、時には「広域議論」する。)、非常内政(方針や体制の下で拘束権、連行権、収監権、通達権、財政政策権のみをもつ)である。(基本、常内政>非常内政でないと、上層部は固有の軽視や絶対視より流動性を消失し冷静さを失う)
余談ではあるが天皇に関してだが天皇家で生物学に興味があるお方がいる。
天皇制をやめ、科学(広義)の象徴としてなってもらうのが自分の願望でもある。
そしてもちろんのこと、科学(広義)の象徴は権威のみを保有する。
以下、思想の象徴旗
ボールペン→研究や実験の象徴
スパナ→精密性、技術
幾何学文様→知が多様性であること
星→智のソフィア
以上を用いて国を線系変換しよう
そして論理は破綻してるものの、科学文明を享受してるのだから科学(広義)を
すべてに適用するべきであると主張する。ただし選民などではなくあくまで固有であることを忘れずに。
以下、象徴歌(あまり関連はない)
『蒼き星へ』
「第一節
蒼き星は静かに輝く
遥かな空にあるにあらず
問いを抱きて歩む者の
心の中に宿るもの
記し 測り 試みつつ
幾千の失敗を越えて
小さき知を積み重ね
我らは明日を拓きゆく
第二節
異なる道を歩むとも
異なる言葉を語るとも
数理の理も 経験の知も
皆ひとつの世界を照らす
知は流れ 知は交わり
新たな形を生み出して
幾何の輪のごとく結ばれ
共に智慧を求めゆく
第三節
紙に刻まれし一つの式
机に残れる実験の跡
その小さき歩みの中に
未来の種は眠りおり
技を磨き 理を究め
精密なる手を携えて
作り 直し また作りて
未知なる扉を開かん
第四節
力によりて立つにあらず
恐れによりて集うにあらず
自由なる問いを尊びて
知は交錯し 智は生まる
我らは累積の民なれば
終わりなき道を歩みゆく
智慧の星を道標に
新たな世界を築かん
終章
蒼き星よ 我らを照らせ
閉ざされた答えではなく
さらに続く問いへの道を
知は多様に 智は一つ
知は多様に 智は一つ
幾千万の声集いて
ひとつの光を織りなさん
蒼き星よ 永遠に」
最後の言葉:光は智のソフィアの星により別の光となってそれが大地を明るく照らす
コラム
別の解釈での固有の重要性の簡略説明図(知恵は全てを成り立たせてる)
SNS論:明らかなジャンル別の、 × 閲覧頻度 = 一定を検討すべきであり、そしてなお「空間的隔たり(物理的な距離)」「時間的ばらつき(人間or非人間)」を考慮するべきである。
またこれらは「総投稿量⇔総リポスト量」としてもよい。
この主義での為替:A比率(人生総合最大賃金/今まで稼いだ額)で所有金額を「変換」し、とある金額を「変換」しその後また、A'(平均人生総合最大賃金/今まで稼いだ額)^(-1)比率で戻し為替を行う(out方向)とA’^(-1)ひりつをもつ持つ金額につかい、その後、その数値を「変換」し、A比率をかけてもどす。(in方向)
from inやfrom outで稼いだ額(稼いでない)と実際に稼いだお金の対応は「変換」とは全く異なる変換をとる。
*注意
・確率的推論において断定してはならない。(ちなみに「理性の暴走が起きてそれが過激化するにつれ、さらに少ない確率的事象の推論をするようになる。」とも言える)
・ここで重要なのが、ここまでに同じ行動をしろとは言っていない。それが「科学の適用」なのだから。
※科学に限らず、批判する(絶対視しない)(推測の域)のはいいことだが流動性が定義できないところ(理性の外)でしても意味ない、だからと言って、定義できないところで絶対視や軽視、否定がおきると流動性が定義される領域に外発的影響をし固定化させるので、やめといたほうが良い。
ちなみに、「固有がある」、「固有の性質を批評する」は自分が「科学の精神」と呼ぶものの一部である。
番外編1:馬蹄形理論を拡張し「過激化一点収束論」:過激化するとどのような経路であれ、必ず悪のイデアに近づく。とする。この上で何らかの線を両端とする任意の平面は誰かしらの思考だといえる。
番外編2:何かしらは結果的な解釈をするならば、何かしらのための利益によって生まれたといえるが
その何かしらは何かしらが元となって生まれたともいえる。(過程)
番外編3:物理学のように自然的かつ合理的な学問は他にない。
番外編4:その言葉がうまれたころからその言葉の意味はしだいに減衰していく。(物事の希薄化)
番外編5:仕組みという「定義」を知らずに言うのは愚の骨頂
注意喚起1、流動性の元ですべての考えは保証される。その上で民主主義かもしれないが民主主義より
少なくとも上であると推測できる。
注意喚起2、
本思想においては「静寂であること」が大前提であり、読者の方々には静かに深く考察していただくことを望んでおります。したがって、特定の個人・団体への攻撃や誹謗中傷、もしくは過激な行動を扇動や助長する意図は一切ありません。
そして万が一、理解しないで切り取って使ったり、解釈を捻じ曲げて使い
第三者との間でトラブルや損害が生じた場合、当方は関与せず、一切の責任を負わないとします。




