第三話 友達?
歓迎の宴の準備で城中が慌ただしく動き回っていた。
使用人たちは銀食器を磨き、厨房からは肉を焼く匂いが流れ、廊下には客人を迎えるための花が飾られていく。そんな中、柱の陰にひとり、剣を二本脇に抱えながらこちらをじっと見つめる少女がいた。
シェリア・ドレイスだ。
青い瞳が、こちらを見ては逸らされる。
視線が合うたびに肩がぴくりと動き、指先がぎゅっと握られる。
俺が一歩近づくと、彼女は慌てたように姿勢を正した。
「……何してるんだ?」
声をかけると、彼女は一瞬うつむき、それから少しだけ顔を上げた。
「べ、別に。ただ……」
言葉が続かない。
「お前も暇なのか?」
「うん……じゃなくて、違う、そうじゃなくて」
何が違うんだ。
俺が首をかしげると、彼女は急に言い直した。
「……一緒に遊びたい」
どうやら言いたかったのはそれらしい。
「いいぞ」
即答すると、彼女の表情がぱっと明るくなる。さっきまでの緊張が嘘のように消えた。
「ほんと? じゃあ騎士ごっこ!」
どこから持ってきたのか、木刀を二本抱えている。どうやら最初からそのつもりだったらしい。
なるほど。さっきのもじもじは、遊びに誘う勇気が出なかっただけか。
「厩舎の裏なら人が少ない」
「うん!」
彼女は迷いなく頷いた。
***
厩舎の裏は、馬の息遣いと乾いた土の匂いに包まれている。宴の喧騒が遠く感じられる静かな場所だ。
向かい合って木剣を構え名乗りを上げる。
「ちゃんとやってよ? 手加減なし」
「じゃあ俺には手加減してくれ。宴の前に服を泥だらけにしたら母さんに叱られる。」
「やだねっ!」
次の瞬間、彼女の踏み込みが土を蹴った。
重い。
受け止めた腕に鈍い衝撃が走る。
「っつ!……お前、剣習ってるのか?」
「ううん。見てるだけ」
彼女は当然のように言う。
「訓練場で。お父さまの騎士たち、毎日やってるでしょ。あれ、かっこいい」
「見てるだけでこれか……でもこれじゃ怪我するからもう少し加減してくれ」
「だって、やってみたかったんだもん」
少しだけ唇を尖らせる。
「母さまがね、女の子はらしくお裁縫やお茶を学びなさいって言うの。」
そう言って、また打ち込んでくる。
動きに迷いがない。力も強い。
魔力を持つ生き物は身体の機能も高くなると本で見たことがある。シェリアも王家の血が混じっているのだろう。
ロブに剣の基礎を教えて貰っていて良かった、ただ力に任せて受けていたら、腕がしびれるどころではなかっただろう。ロブに生まれてこれほど感謝したことはないだろう。しかし、俺には父さんやロブの剣術を見ただけで真似するような才能はないようだ。
額に衝撃。
視界が揺れる。
「っ……」
「わ、ごめん!」
彼女が慌てて駆け寄る。
俺は額を押さえながら笑った。
「参ったよ。悪いけど今の俺じゃお前の相手をするのは難しいみたいだ」
五歳にしてこれは反則だろう。
絶対にリベンジする。
父か叔父に剣を習おう。密かにそう決める。
「楽しかった!またやろう!」
彼女が笑う。
その顔は、肩書きも家名も関係ない、ただの子どものものだった。
***
ひと息ついた頃、彼女が俺の銀髪をじっと見つめた。
「リオンってさ、魔術つかえるの?」
「刻印とか覚えるの面倒だし、普通のは無理だな」
「えー。銀なのに?」
銀髪は魔力の象徴だ。期待されるのも分かる。
仕方ない。
「秘密だぞ?」
俺は掌をかざす。
空気が静まり、霜が広がり、氷が花の形を結ぶ。
透明な薔薇。
彼女の瞳が大きくなる。
「……すご」
両手で受け取り、光に透かして眺める。
「これ、溶けない?」
「すぐにはね」
嬉しそうだ。やはり女の子には花を贈れというライサの言葉を思い出して良かった。シェリアなら氷の剣の方が喜んだかもしれないが、流石にそんなものを作ったら危ないし、魔法を使えることが広まってしまうだろう。
「シェリアと遊べてよかった。俺にとって初めての友達だ。」
「私も!大人以外とこんなに遊んだの、初めて!」
そういえば彼女の兄はヴォルグ領にいてドレイス家では子供は一人だけなのか。そうか、彼女もただ、友達がほしかったのか。
***
宴が始まる。
大食堂には灯りが満ち、ワインが注がれ、楽師が弦を鳴らしている。
席に着くと、こちらに気づいた父が俺の前髪を撫で上げ、額のあざを見られる。
「階段で転んだか?」
俺はシェリアに貰った木刀を見せながら言う
「シェリアに負けたんだよ。ロブに教えて貰ったのだけじゃ敵わなかったよ。」
父は笑った。
「女の子に負けるお前が悪いさ。まだ早いと思っていたがお前は賢いからな危ない真似はせんだろう、近いうちにちゃんとした指南役をつけてやるよ。ただし弓も一緒に学んでもらう。ガルディアは北部山脈が近い。あそこから降りてくる獣は剣で相手するには危険だ」
確かに狩りをするなら弓を学んだ方が良いなと頷いていると後ろから父よりもさらに筋肉質な金髪の男が俺の頭をくしゃくしゃ撫でながら言う。
「剣なら俺が教えてやろうか?男の子なら弓より剣を学びたいだろう?当代一の剣士に剣を学べるなんて幸せ者だぞ?」
「カイルお前は3日後には西の戦線に向かうんじゃないのか?ゆっくり子供に剣を教える時間なんてないだろう?」
「まあそう急ぐ必要はないさ、いつものように国境付近の村でヴァレクの騎兵と小競り合いがあっただけだが王家の馬鹿どもに駆り出されたんだよ。出発を1日遅らせて4日すれば多少の手ほどきはできるだろう。別に構わんだろ?俺も息子に剣を教えてみたかったしな。もし才能が有りそうだったら俺の方から良い剣士を紹介してやる。」
俺はあんたの息子じゃないんだが?しかし、これはありがたい申し出だ。たとえ3日だけでも剣聖と呼ばれる男から剣を学べるなら、ぜひお願いしたいところだ。
***
宴も深まった頃。
酔った男が新しい侍女に絡んでいた。侍女は迷惑そうにしていたが誰も助ける様子がない。
食堂の中であちこちのテーブルの料理をつまんでいた俺とシェリアはテーブルの下からこっそりと酔っ払いの背後に忍び寄り、木剣で酔っぱらいの尻を叩く。
「.......がっこのクソガキども!」
声にならぬ悲鳴とともに転げ回る男。
どうやら酔っ払いはロブだったようだ。
俺たちは笑いながらロブから逃げるように食堂を走り回る。
その騒ぎを止めたのは、ドレイス夫人の鋭い声だった。
「シェリア。」
彼女は娘の肩をそっと掴む。
「はしたない真似をして。嫁ぎ先でこれ以上恥を晒すのはやめなさい!」
……は?
空気が止まる。
俺は瞬きをした。
嫁ぎ先?シェリアはまだ6歳だぞ?この家の誰に嫁ぐというのだ?
同時に、母さん――アリシアが俺の肩を押さえる。
「リオン。まだ正式に決まったわけではないから言っていなかったけど、彼女はあなたの婚約者としてしばらくこの城に住むことになるわ。仲が良いのは良い事だけど、あまり彼女に危ないことをさせないでね?」
俺は驚くと同時に納得した、ただ世間話をするためにはるばるこの城まで来たわけではなかったらしい。今日は俺とシェリアの顔合わせだったのか。
そしてさっきまで一緒にチャンバラしていたシェリアの方を見ると。
シェリアは少しだけ気まずそうに、それでも小さく笑った。
どうやら知らなかったのは俺だけらしい。
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