プロローグ
いまから三百年前。
この大陸は、八つの家のもとに分かたれていた。
狼、鷹、龍、剣、馬、黒塔、星、大樹。
それらの紋章は家々の象徴であり、誇りであり、互いに拮抗する力の印だった。
均衡は長く続いたという。
そこへ――異なる大陸より、一人の王が現れた。
銀の髪を持ち、背に白き翼を生やし、光をまとった存在。
彼とその血族は祈らず、詠まず、刻まず、ただ意志のみで森を燃やし、山を砕き、海を割った。
無から有を生む力。それが魔法。
八つの家が連なり、これに抗した。
だが強大な魔力の前に為す術はなく、二つの家が滅び、やがて他の家も白銀の王のもとに屈し、太陽の紋章を戴く王国が生まれた。
だが三百年の時は、力の形を変えた。
「最後の魔法使い」が死んで八十年が過ぎる。
彼の王は、神のごとき魔法を理論へと落とし込み、再現可能な技術へと変えた。
それが魔術である。
魔術は呪文と魔法陣、儀式と術式によって構築される体系だ。魔力さえあれば、血筋に関わらず再現できる。
だが問題は、その魔力だった。
この大陸の民の多くは魔力を持たない。
魔力を宿す者は、ほぼ例外なく王族の血をどこかに引いている。
ゆえに魔術もまた、貴族や王族という特権階級の術であり続けた。
***
王都の評議の間では、マリク=ゼノスが太陽の紋章を背に座していた。六十八歳。老いてなお威厳を失わぬ銀髪の王。しかしその背に翼はない。
八家の当主が円卓を囲む。
アルヴィス、ヴォルグ、ドレイス、ノク、セリウス、シルヴァ、ルナリス。
王はゆっくりと口を開いた。
「大術院への助成は、さらに縮小する」
ざわめきが走る。ハノア=ノクが低く言う。
「陛下。大術院から輩出される魔術師は軍備の根幹でございます。武具も、城壁も、負傷兵の治療も大術院の知識があってこそですぞ」
マリクは視線を動かさない。皆が陛下の言葉を待つ中、ガルド=ヴォルグが皮肉を込めて笑う。
「くふっ、ノク家の戦士は魔法のステッキでも振って戦っているのか?戦士は剣で戦う、魔術があっても無くてもそこは昔から変わらんだろ」
「だが、魔法無き今魔術による魔力の行使で国力を維持してきたのは事実だろう」
ハノア=ノクが静かに続けた。
「民はすでに魔法を知りませぬ。翼ある王を見たこともない。彼らにとって力とは、魔術と軍にございます」
王の指先が、わずかに卓を叩いた。
「今のは王への侮辱か?力は王家の血にある。魔術は王家の力である魔力を行使する道具にすぎん。」
王は息を吐きながら言う
「貴様らが何と言おうと、大術院の老人共にやる金など無い」
強く断言する王の一言に議会は沈黙で包まれる。かつては王の一言で全てが決まり、従わぬものなどいなかった。だが今では諸侯の忠誠心は薄れ、誰も心中では賛同などしていない。諸侯を今だ繋ぎ止めているのは、王国への誓いではなく王族の血に宿る強大な魔力だった。
そのとき、王の胸奥にかすかな違和感が走った。喉の奥に残る苦味。血の内側で、濁った何かがゆっくりと広がる。一瞬、視界が揺らぐ。だが王は微動だにしない。しかし、目ざとい幾人かの領主達は気付いていた”王はもう長くない”。
「本日の評議は終わりだっ。――イリシア手を貸してくれ」
王の退室を見送り、諸侯は静かに席を立つ。それぞれの胸に、異なる思惑を抱いて。廊下の奥で、ガルド=ヴォルグが低く呟いた。
「魔法などというおとぎ話にいつまで縛られるつもりだ臆病者ども.......」
誰も答えない。太陽はまだ沈んではいない。だがその光は、かつてほど絶対ではなかった。
その夜。
王国のどこかで、誰にも知られぬまま、ひとつの歯車が静かに噛み合った。
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