8選秀女試験
選秀女試験会場、母に引き留められた燕燕は刻限ギリギリに到着した。
既にきらびやかな衣装を纏った令嬢たちが宮殿に集う中を威風堂々と進んでいく。
早めに着いて深呼吸しようと思っていたのに、燕燕は若干焦りながらも、王珠蘭であったならば決して焦ることはないだろうと周りを睥睨した。
派手な色合いを好む王珠蘭にしては珍しい淡い色合いの襦裙は豪華な刺繍で周りより遥かにきらめいていた。
上に合わせた長い上衣と披帛が風にたなびいて、この世のものとは思えないその儚さに周りの令嬢たちからため息が漏れた。
皇太后派が幅を利かせている今のこの国において唯一牽制する力を持つ王家のご令嬢であり、母は先代皇帝の同母妹、凛灑公主。
公主が父である先々代皇帝から賜った数多の貴重な宝飾品は有名だった。
特に皇族でも貴重な東珠の耳飾りや玉の腕輪などを惜しげもなく身につけた姿に度肝を抜かれる。
だが、それらの高価すぎる宝玉にひるむことなく、凛と佇む美しい令嬢。
さすが名門大貴族、王家の珠蘭様だわと周囲は感心していた。
一方、王珠蘭として注目を集める燕燕は、優雅に歩きながら苦しんでいた。
重い、重いわ。耳飾りの重さで耳がもげそう。みんなの羨望の的である貴重な東珠と繊細な黄金細工の豪華な耳飾りは付けた当初こそ緊張したが、今や燕燕にとってはただの重石にしか思えなかった。
蒼月は本番と同じものを着て、練習に臨むように手配してくれていたけれど……。
番狂わせが起こったのは、今朝。準備に余念がなかった燕燕を王家の正妻、凛灑公主の呼び出しが襲った。
朝の出来事はあまりにも衝撃でいまだ夢だったのではないかと思っている。しかし、このずっしりと重い見事な東珠の耳飾りが朝の出来事が夢でないことを燕燕に思い知らせる。
だが、そんな心の内を全く見せずに大輪の花のような彼女は静々とゆったり歩く。その姿は辺りを払うような威厳があり、彼女の通る場所に自然に道が出来る。
「王珠蘭様よ。」
令嬢が隣の令嬢に囁く。声を抑えていても、燕燕の地獄耳には内容が聞こえてくる。
「本当に美しいわね。あの美しい所作とても真似できないわ。」
「見て、東珠よ。凛灑公主が賜ったという宝を惜しげもなく。」
口々に囁かれる声を敏感な耳で拾いながら、燕燕はほっと胸をなで下ろした。
良かった。誰も私が偽物だと気付いていない。この歩く宝飾品を見れば、そちらに気を取られて偽物かなんて気が回らないわよね。燕燕はほっと胸をなで下ろした。
燕燕は王珠蘭として、挨拶をしてくる令嬢達に鷹揚に接した。本来ならば試験会場では同格だが、珠蘭の性格を考慮して蒼月と考えた作戦だ。
息をするように自然に出る美しい所作と完璧な礼儀作法。それは試験でも順調だった。
しかし。
筆記試験は手を抜くように言われていたのに、今回の試験は例年の試験とは様子が違った。
こ、これは。宮女試験並み、いえそれ以上のクオリティの問題だわ。
燕燕の筆が乗る。はっと気がついたときには解答用紙には綺麗な楷書の文字が埋め尽くされていた。
やってしまったわ。
流麗な行書で慎ましく書くよう言われていたのに。ガッツリ堂々たる楷書で書いてしまったわ。これが吉と出るか凶と出るか。
書き上がった答案用紙を睨みつけながら燕燕は思案した。
その姿は燕燕の心情とは裏腹に国を憂う国母の風格すら感じさせたのだった。




