7母 凛灑公主の呼び出し
選秀女試験の朝
支度を終えた王珠蘭の下に蒼月がやってきた。
王珠蘭になりきった燕燕の清楚な美しさに目を見張る。
豪華な刺繍がされていた襦は咲き初めの花のように淡い色合いが透ける薄絹。
胸もとまで高く引きあげた裙には下に行くに連れ次第に濃くなっていくよう染められた美しいものだ。
その裙には豪華な金糸銀糸で細かな刺繍がほどこされており、歩く度に光を反射してきらめいていた。
その豪華な襦裙にふわりと長い薄絹の上衣を羽織り、披帛を肩にかけた姿は今にも天に登ってしまいそうな儚さで、天女もかくやという美しさだった。
蒼月は思わず手を伸ばしそうになって慌てて手を引っ込めた。
「母、凛灑公主の呼び出しだ。すまないが来てくれるか。」
時間はある。しかし、王珠蘭の実の母親を騙すことなんて出来ないのではないか。
無理だと言いかけた燕燕の耳元に蒼月がそっと囁く、絶対にバレやしないと。
聞けば、凛灑公主は娘の珠蘭に全く興味を示さなかったのだという。
年に一回年始の挨拶で会うのみの希薄な親子関係だったようだ。
今日も挨拶のみで解放されると……。
「母上、ご機嫌よろしく。」
小さく膝を折り、角度も完璧に淑女に会釈をする燕燕の前には凛灑公主。
想像していたよりも遥かに若く愛らしい姿だが、鋭い眼差しの迫力に燕燕は気を引き締めた。
なんなのだろう、この迫力。侠客の親分もビビって逃げ出しそうだわ。
「今日は選秀女試験と聞いたが……。そなた雰囲気が違うな。」
可愛い顔に似合わない鋭い眼差しが一層険しくなる。
「蒼月兄上に、特訓していただきましたので。」
挨拶はきちんとしたのだからもう解放して、このままではバレるわ。
一言挨拶すれば興味をなくすと言っていたのに、蒼月の嘘つき。
蒼月に視線を送る。
「実に良い。努力したのだな。褒美に妾が珠蘭が前から欲しがっていた東珠の耳飾りを付けてあげよう。珠蘭こちらへ。」
ひいっ。近づくとバレるわ、確実に。
「母上、もう試験に行かねば。」
なんとか蒼月が凛灑公主から燕燕を引き剥がそうとするが視線で制される。
「蒼月、時間はまだある。何か隠しているのかしら?珠蘭、早くここに。」
覚悟を決めて、少しでも美しく見えるように静々と進む。
「この耳輪は?」
驚いたような凛灑公主の声に顔をあげた。
燕燕は実は捨て子だ。小さく極細の金の耳輪は、父黒燕が燕燕を拾った時には既に耳にあったという、燕燕にとっては実の親の唯一の手掛かりとなる大切なものだ。
だからこれだけは何があっても外さないようにしていたのだ。
珠蘭ではないとバレたか。しかし、凛灑公主の目にはうっすらと涙が。
「ああ。これは私が珠蘭が生まれた時に施した耳輪だわ。ここが少し歪になってしまってね。いつか直さねばと思いながらこんなに時がすぎるなんて。この母を赦しておくれ。」
え?簡単に騙された?
どうしたの。王家の娘の太く立派な黄金の耳輪が下町の捨て子の歪んだ糸のように細い耳輪が同じ筈ないじゃない。
でも、騙されてくれているならいいか。
そう、今日無事に不合格になれば晴れて父と家に帰れる。
「宝飾品をこれへ。」
漆塗りの盆の上に照りよく艶めく大粒の東珠が飾られた壮麗な金細工の耳飾りを手に取った。
嘘よね。令嬢らしく優雅に微笑みながら燕燕は冷や汗をかく。
貴重な真珠の中でも一際貴重で一部の皇族にしか許されていない東珠をつけるなんて怖すぎるわ。
「母上、時間が。」
蒼月もなんとか阻止しようと声をかける。替え玉が付けてよいようなものではない。
「あら、選秀女試験なんて待たせておけばいいじゃない。行かなくても良いわよ。玉の腕輪もここへ。」
いや、それだけは本当に困る。無駄な抵抗を諦めた私たちは、豪華すぎて恐ろしい重しを身に着け試験に挑む羽目になった。
ああ、全身がずっしり重い。今まで娘に無関心だったのよね。
選秀女試験でみっともない所を見せたら、自分の恥になるから?
混乱する燕燕の髪を撫でながら凛灑公主が囁く。
「選秀女など受からずとも良い。必ず帰っておいで我が娘。」
どういう事、バレた?それともバレていない?
難しい顔をして考え込む蒼月とともに燕燕はもやもやを抱えたまま試験会場に向かうのだった。




