6絶対音痴感
残るは、唄と古箏。
古箏は、複雑で短時間での習得は難しいから残るは唄か。
「唄は、歌えるか?」
ハリのある伸びやかな声、豊かな声量。良い声だ。良い声だが、どうしてなのだろう。変な場所で謎のビブラートが入ったり音程がずれるのだ。
蒼月の眉間にくっきりとシワが刻まれる。これは、紛れもなく音痴だ。
まだ、声が小さいのなら誤魔化しが効く。しかし、この声量では誤魔化せない。
「燕燕、残念だが……。古箏を覚えようか。」
「ええ、そういたしましょう。」
壊滅的絶対音痴感、そびえる絶壁の高さにため息をついた。
☆☆☆☆☆
「何故。」
燕燕の顔が絶望に染まる。
努力を惜しまない彼女は、わずかな時間しかなかったにもかかわらず、古箏の扱いを完璧に覚えた。曲も完璧に暗譜できている。
なのに……。
「教本通りに暗譜したのに……。」
燕燕の表情も曇る。
そう、技術は完璧、暗記も完璧。古箏を弾く姿は天女のごとく。しかし、そのかき鳴らす曲は地獄の咆哮のごとき出来だった。
テンポか、テンポなのか。
悩む燕燕の頭にぽんっと手のひらが置かれた。
「明日は選秀女試験だ。お前は良くやった。休め。」
「兄上。」
蒼月が燕燕の手を取った。
「こんなになるまで、頑張ったな。」
弦を押さえすぎて切れた指先に手早く軟膏を擦り込む。
「あれー、夜中に未婚の男女が二人っきりなんて、いけないんだ。」
相変わらず酒臭いチャラ男、風天である。手には酒瓶を持っている。コイツ、酒盛りをする気だな。
「珠蘭は妹だ。」
「ふうん。燕燕は他人だよね。それに珠蘭も妹ではない。後宮試験に落ちたら蒼月の正妻になる予定だったから、試験勉強に必死になっていたんじゃなかったっけ?」
蒼月は貧しい分家の出だ。その才を買われて養子になったのだという。
その時に、礼儀作法を覚えるために編み出したのが、分度器測定法だったらしい。
音楽も必死で覚えたのだとか。結局どれも出来なかった燕燕には蒼月の努力に頭が下がった。
「結局、燕燕ちゃんは古箏も壊滅的なんだ。弾いてみてよ。」
興味津々といった表情の風天に蒼月が燕燕の手を押さえて制止する。
「じゃ、俺左手で弦を抑えるわ。蒼月は唄ね。」
蒼月の唄に合わせて弾いていく。テンポと右手と左手のバランスが絶妙に崩れて不協和音を奏でていた燕燕の音が綺麗な音をかき鳴らしていく。
なんて素敵なの。その楽しさに燕燕の顔がほころぶ。
耳元に響く深い低音の蒼月の唄が普段より甘さを含む。
ちらりと見た、月に照らされる兄の精悍な横顔になんだか恥ずかしくなって横を向いた。
左には酒臭いが微妙に良い匂いのする顔が綺麗なだけの男が笑いながら顔を覗き込んできた。
「燕燕ちゃん、音楽は楽しまないとね。明日の試験も軽くやればいいよ。本当の目的は不合格なんでしょ。」
「そうだな。明日は楽しんでこい。音楽くらい失敗しないと間違って受かってしまうからな。お前は既に珠蘭を超えている。」




