4特訓
特訓は令嬢にとって、まさに地獄絵図そのものだったのだろう。
しかし教育は奪われない、それを信条として生きてきた燕燕にとっては非常に有意義な時間だった。
燕燕は本来の令嬢 王珠蘭の代わりをするため、王蒼月の指導を受けることになった。珠蘭の替え玉の件を他の誰にも知られるわけにはいかなかったからだ。
厳しかろうと一流の教育を受けられるこの機会を逃す燕燕ではない。
頭に水盆を乗せて歩きにくい衣装と高い沓でまっすぐ歩く。貴族の令嬢必須の特訓だが、持ち前の運動神経の良さと体幹を活かして燕燕はすぐにマスターした。
満足気にうなずいた蒼月が目の前に座るように促した。
「気を抜くな。姿勢が悪い、背筋を伸ばし顎を引け。お前が座っているのは、後宮で最も格式ある皇后殿の椅子だと思え。顔が硬いぞ優雅に微笑め。」
気を抜いた途端、叱責が飛んでくる。お茶一つ飲むのさえ気を使う。
蒼月は分度器と定規を使い、日常の全ての所作、座り方、立ち方、お辞儀の角度、茶の飲み方、視線の動かし方まで、全てを測って矯正した。
特に後宮では視線の角度ひとつでも命取りになる可能性がある。厳しくて当然だ。
燕燕は下町で宮女試験のために礼儀を学んだ時を思い出した。
教師の教える曖昧な礼儀作法を覚えるのは難しかった。
それは教師自身に完璧な礼儀作法が型としてきっちり入っていなかったからだと気付く。
しかし、蒼月の礼儀作法は違う。徹底して礼儀を身につけたものだけが知る完璧な数字。
そう、暗器の角度や飛距離を瞬時に計算し扱うすべを子供の頃から叩き込まれた彼女にとって蒼月の教える明確な数字を使った礼儀作法は覚えやすかった。
最高峰の知識が惜しげもなく燕燕に分け与えられる。こんな貴重な機会はもうない。
この後解放された暁には礼儀作法の教室を開き儲けるのも良い。燕燕は頭の中で算盤をはじく。
これは、官吏として働くより儲かるかもしれない。
燕燕は渇いた海綿が水を吸い込むように蒼月の与える教育に食らいつき、複雑な宮廷礼儀を数日でマスターした。
気を抜いて腰掛ける姿ひとつとっても、後宮の妃の如き気高い品格が滲み出ている。生まれながら王家の令嬢である妹、珠蘭の所作を超えている。
「やるじゃないか。」
たった数日でよくもまあここまで化けるものだ。蒼月は舌を巻いた。




