9実技試験
問題は、午後の実技試験だ。
名を呼ばれた五名の者が部屋に通される。
「それぞれ、好きな楽器を選んでください。」
目指すは古箏一択。古箏を選ばなければ、詰むわ。昨夜の合奏でコツを掴めた気がするし。
燕燕は辺りを見回した。
ん?
「珠蘭様、どうぞ。先にお選びくださいませ。」
「ええ。先にどうぞ」
え?どういう事かしら。これがあの忖度ということかしら。
義賊『黒燕』に育てられた燕燕は曲がったことが大嫌いである。
しかし、今回は背に腹は代えられないわ。彼女は腹を括った。
周りは生まれた時からの生粋の令嬢。それに比べて自分は付け焼き刃の令嬢。
圧倒的不利な状況。そして、王珠蘭ならばここはきっと……。
「ありがとう。お先に選ばせて頂きますわ。」
にっこりと微笑めば、その姿に周りの令嬢が顔を赤らめる。
作戦通り、楽器は『古箏』を選んだわ。燕燕は心の中でガッツポーズする。
他の楽器では音が出ないのだから仕方ない。それが彼女の名誉ある落選計画だった。
しかし、試験官が告げた言葉が、計画を打ち砕いた。
「これより、五人一組での合奏を行います」
はあ?個別の演奏じゃないの?燕燕の顔が引きつった。
合奏で音の大きな古箏を弾けば皆の足を引っ張ってしまう。
これでは音が鳴らない楽器の方が目立たず良かったのではないか。
狼狽する燕燕は余裕そうな表情を浮かべながら辺りを見回した。なにか良い解決策があるはずよ。
すると、隅で真っ青な顔で震える少女がいた。 柳惜月だ。
彼女は一番格下の家の出で、楽器を選ぶ権利がなく、残った「唄」を担当することになっていた。
そうっと側に近付く。
「ど、どうしよう……絶対に合格しなければならないのに。私、極度のあがり症で、人前では声が出ないわ……」
柳惜月のちいさなつぶやきが耳に入る。その時、燕燕の脳裏に閃きが走った。
これだ! 私も極度のあがり症という線でいけばよいのでは。
極力小さな声で歌えば良い。楽器を無理に演奏して失敗するより。緊張で震えて歌えない令嬢、なんて可愛げがあるのかしら。
前半で歌わずに皆の演奏や踊りをしっかり見てもらえれば、周りの足を引っ張ることもない。まさに一石二鳥だわ。
燕燕は優雅な笑みを浮かべ、柳惜月に歩み寄った。
「貴方、古箏は弾けるかしら? もし良ければ、私とお役目を交換しましょう」
いきなり大貴族の令嬢に話しかけられた柳惜月は緊張のあまり目を白黒させている。
「えっ……でも、古箏は花形の楽器。王家のご令嬢が譲ってくださるなんて……」
周りからの断りなさいよという視線に耐え切れず必死に断る柳惜月に、燕燕は親切を装って笑顔を浮かべながらさらに畳み掛けた。
「いいのよ。困っている人を助けるのが王家の教えなのですから。」
まあ、そんな教えなどあるか知らないが……。とりあえず今を乗り切れれば良いのだ。
その慈愛に満ちた姿に周囲からは「なんて慈悲深い」「余裕の表れだわ」と感嘆の声が漏れる。
燕燕は内心ガッツポーズをした。
しかし、燕燕は知らなかった。
震える柳惜月が、実は古箏の天才であることを。そして、柳惜月の後宮に入りたい理由が皇帝が男色と信じてのことであるということを。
「私は、曲の後半から歌いますので、皆様は気になさらず、演奏をなさってください。舞を一番前に、真ん中に楽器の3人が座り、私は後ろから皆様を見守りますわ。」
「そんな、珠蘭様。それでは目立ちませんわ。」
「埋没してしまいます。」
ええ埋没、まさしくそれを目指しています。ここは埋没し、ただ去るのみなのですわ。
「ご心配なく。それよりも皆様、今までの努力を見せる最高の機会ですわ。ご自分達の実力を協力して精一杯見せてごらんなさい。私が見ているのです、半端は許しませんよ。」
王珠蘭のグループの演奏が始まった。
さすがだわ。今までずっと練習していた甲斐があって皆すごく上手い。そして一際引き立つ柳惜月の古箏の音色。
どうしよう。この演奏をぐちゃぐちゃにする私をどうかお許しを。燕燕は天に許しを請うた。
そして、ごく小さな声で歌い始めた。ただ、もともとの声量に加えてその艶やかな声が抑えられることで却って目立つ。
囁くような静かな歌い出しに人々の気が惹きつけられる。
そんな人々の視線に、卒なく終えることだけに必死な燕燕はまだ気付いていない。
だが、人々の注目が集まった最悪のタイミングで燕燕の絶対音痴感が仕事を始めてしまった。
しかし、なんということだろう。
その瞬間、柳惜月の奏でる古箏が音程のズレを包み込むように、変幻自在の伴奏でカバーし始めた。
燕燕が半音下がれば、古箏が転調してそれを憂いを帯びた旋律に変える。
燕燕がリズムを外せば、古箏がそれを絶妙な『溜め』として昇華させる。
な、何なのこれ!? 私の下手な歌が、前衛的な芸術作品みたいに聞こえる。燕燕は焦った。
焦った燕燕は声を抑える事ができなくなっていく。
彼女の元々の伸びやかな声量に応じて古箏が激しく呼応し、フィナーレに向けて計算し尽くしたかのような華やかなクライマックスを演出していった。
応じた舞いは花が開くように派手に踊り、琵琶や二胡も負けじと呼応する。
彼女は急ごしらえの選秀女試験とは思えないほど完成された舞台芸術を作り出していた。
演奏が終わると、会場は静まり返り、やがて割れんばかりの拍手に包まれたのだった。
「素晴らしい! 既存の枠に捕らわれない、新しい音楽だ!」
「王嬢の慈悲深さと、柳嬢の才能が起こした奇跡だ!」
燕燕は呆然と立ち尽くした。柳惜月が、涙ぐみながら感謝の視線を送ってくる。
頭を抱える蒼月が見える。違う……こんなはずじゃ……ない。燕燕は泰然と微笑みながら、心のなかで頭を抱えた。




