第5話 不思議な少年
竜の裾野と呼ばれる森の奥地。危険な魔物ばかりが生息するなど、その異常な生態系から危険地帯として名を馳せるこの地。そんな場所に足を踏み入れているマーカス達だったが、それができるのも冒険者として強大な力を持つが故。加えて、パーティを組んでより強固な一団となり、尚且つギルドからの手厚いサポートがあってこその安定した探索だった。ひとつでも要素が欠けていたら成し得なかったことだろう。
それ程までに厳しい環境にある竜の裾野の奥地にて、1人の少年が釣りをしている。
遠くからそれを目にした時、マーカスは自分の目を疑った。幻でも見ているのかと。もしそうであれば危険な状態であるため、一刻も早く撤退する必要がある。そう思い、仲間達に確認をした。あの少年が見えるかと。
答えは全員一致。少年が暢気に釣りしてるねと。
流石に混乱したマーカスは、思考を落ち着かせるために仲間と話し合うことにした。
「なあ、あの少年、なんでこんなとこで釣りしてんだ?」
「知らないっすよそんなの。ここらに住んでるとかじゃないっすか?」
答えてくれたのはマーカス率いるパーティ「戦士の誓い」のメンバーであるバッジェス。
「噂に聞く狩人の民かしら?」
「どうですかね!エルフの中でも森の民と呼ばれる一族が魔法であの姿になっているとも考えられます!」
「ん。どっちでもいい。少年は少年。大事なのは釣果がどうなってるか。」
そんな会話をしているのは、合同クエストを請け負ってくれた「花霞」の面々。話した順に、ルチナ、ヘレン、セシャ。
「このあたりの住民にせよ、冒険者にせよ、こんなところに1人でいるってことは相当な実力者なのは間違いないですよ。」
そんなまともな意見を言うのは残りの一人。「戦士の誓い」のメンバーであるベルゴ。
「そうだよなあ。なら釣りしてるとかはこの際どうでもいいか。それより、もしここらに住んでいるとしたら土地勘があるはずだ。情報源として接触する価値は高いと思うんだがどうだ?」
「そうっすね。友好的ならかなりありっす。」
「そうですね。こんな地でも釣りするぐらいですから、心の余裕もありそうですし、友好的に接触できる余地は十分にあるかと。」
「確かにな。まさか釣り情報が活きてくるとは。そんじゃあ接触する方針で行こうと思うがそっちはそれでいいか?」
戦士の誓いの面々で話し合い、早々に結論が見えてきた様子。
「ええ、いいと思うわ。問題は誰が行くかね。」
「はい!私行きますよ!第二陣で!最初は警戒されないように少数が無難かと!ベストは1人ですけどね!マーカスさん!」
「ん。釣りの邪魔しないようにね。マーカス。」
「いや俺で決定なのかよ。まあ言い出したのは俺だし別にいいんだけどよ。もうちょっとこうなんかないのかね…労わる感じとかさ。」
「大丈夫ですよ!マーカスさん!今回は途中までついて行ってあげますから!」
「ん。ヘレンは元気だからワンクッションが大事。ついでに釣果も見てきて。」
「そうね、だからマーカスが適任だと思うわ。お願いね。」
そんな感じで花霞の面々に、雑に送り出されるマーカスだった。
川の上流側。少年がいる方へゆっくりと近づいていく。警戒されないようにとにかくゆっくりと。
なぜか途中までヘレンがついて来てくれるらしいため、その護衛としてバッジェスも連れて来た。
だんだんの近づくにつれて、釣りの様子を窺えるようになった。
使っている釣具は一見普通だ。構造もシンプルに見える。最近巷で流行りのリールと呼ばれる釣り糸を巻き取るパーツも付いていない。つまり最新の釣具を買うほど熱心なわけではないのだろう。
少しの間見ていると、どうやら魚がかかったようだ。竿は大きくしなりを見せる。それでも美しくしなやかで、折れそうな気配など微塵も感じさせない不思議な感覚。引きが弱まると、竿は瞬時に一直線に舞い戻る。
最新の釣具はここまで見事なのかと感嘆する。が、ここで矛盾が生じたことに気がついた。竿は今まで見たこともないほどの一級品なのに、噂に聞くリールとやらは付いていない。これまた見えないほど特殊なリールでも付いているのかと目を凝らすが、そんなものはどこにも見えない。リールのことを考えて今更気づいたが、よくよく見ると釣り糸は目に見えないほど恐ろしく細いではないか。これまた最新の技術なのだろうか。
竿と糸は最新なのに、リールは付いていない。なぜだろう。古風な考えのタイプなのだろうか。そんな風に思考がグルグルしていると、少年は見事に魚を釣り上げた。
少年は、釣り上げた魚に手早くとどめを刺して、血を洗い流し、鉄の糸のようなものを抜き差ししている。何をしているのかわからない。その後、氷水の入った箱に魚を入れた。
これまた驚かされた。まさかの氷水。氷を作る魔道具など相当高価なはずだ。それを持てるほど裕福なのか。あるいは、氷の魔法使いなのか。
わからない。あれもこれも疑問が尽きないが、本来の目的はそうではないとマーカスは少年に話しかけることにした。
ヘレンとバッジェスと別れ、マーカスのみがまたさらに少年に近づいて声をかけた。
「やあ、少年。釣りの調子はどうだい。ああ、俺は冒険者パーティ戦士の誓いのマーカスってんだ。よろしくな。実は聞きたいことがあって声をかけたんだがな。俺たちはとあるものを採取しにここまで来たんだが、見たところ少年はこのあたりに詳しそうだろう?だからぜひ情報提供をお願いしたいんだ。ああ、もちろんただとは言わねえよ。謝礼はたんまり払わせてもらうさ。それで早速本題なんだが、竜眼草って知ってるか?この辺りに群生地があるって聞いて来たんだが。」
返事をしてもらえないことに落ち込みつつも、目を合わせてくれてはいるからと、とりあえず話を進めたマーカス。聞きたいことを伝えたつもりだが、妙に焦ってしまったようで小恥ずかしい気分だった。
すると少年は何やらジェスチャー。耳、聞こえない、すまん。とでも言っているようだった。
先程は冷静ではなかったマーカスだったが、それを反省してか、この時は冷静かつ正確に少年の意図を読み取った。
「まじか、そうだったのか。そうとは知らずにすまんな。ちょっと仲間にも伝えてくるよ。」
そう言いながら、せめて謝罪の気持ちだけでも伝わるように、少年を真似て手を合わせ頭を下げた。
そして仲間にもすぐに状況を伝えた方がいいだろうと、駆け足で仲間に合流した。
「待たせた。あの少年なんだがな、どうやら耳が聞こえないみたいでな。こちらの意図が伝わらなかった。それでどうしたもんかと思ってとりあえず戻って来たんだ。」
「なるほど!でも近づけただけでも進歩ですよマーカスさん!伝える手段さえあればまだチャンスはあると見ました!いったんみなさんと相談しましょう!」
「そうっすね、戻りましょっか。」
そうして3人は、残りの仲間が待っているところまで戻ることになった。
そして戻ると、仲間達に改めて事情を説明した。
「なるほどね。状況は理解したわ。何か方法はあるかしら?」
「そこはもうボディランゲージですよ!マーカスもそうしたみたいですし!勢いでなんとかなります!」
「ん。それでうまくいってるのはヘレンだけ。」
「そうですね。そもそもボディランゲージで竜眼草を表現するのは不可能でしょうし。」
「だよなあ。俺もそう思ってとりあえず頭下げて戻って来たんだ。」
「むう!では他に何かあるんですか!バッジェス!」
「俺っすか!?いや、思いつかんっすね。」
「ん。バッジェスもヘレンと同類。」
「ふふ。それはバッジェスに失礼よセシャ。それはさておき文字とかどうかしら?」
「失礼ってなんですかルチナ!それはさておき天才ですね!」
「どうでしょうか。耳が聞こえないとなると文字を覚えるのも大変でしょうし。そもそも辺境の識字率は高いと言えませんし。それでも試してみる価値はあると思いますが。」
「なるほど文字か。可能性は低いかもしれんが手当たり次第やってみるか。何か書くもんあるか?」
「ん。書いてあげる。」
「では次は私もついて行きますね!文字を見せる私が優秀に見えるはずです!」
「打算しかねえっすね。」
「まあなんでもいいが。じゃあ行くか。バッジェスは今度は残ってキャンプの準備を頼む。」
「うっす。了解っす。」
そうして再び、今度はマーカスとヘレンの2人で少年のもとに赴くことになった。




