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新しい生

最初に感じたのは、寒さだった。

次に、硬さ。

背中が痛い。身体が、やけに小さい。


「……あ?」


声を出そうとして、失敗した。喉が鳴っただけで、言葉にならない。

代わりに、甲高い声が勝手に漏れた。


「――――ッ」


泣き声だと、遅れて理解する。

ああ、そうか。

俺、赤ん坊か。


視界はぼやけていた。だが、音ははっきりしている。


聞き覚えのない言葉。

けれど、完全に分からないわけでもない。

——近い。

前世で使っていた言語と、よく似ている。

語順も、発音も、半分くらいは通じる気がする。


だが、微妙に違う。

酒場で隣国の商人が話していた時の、あの「分かるようで分からない」感覚に近い。


(……別の国、か。)


心の中で呟いて、それを《残録》する。


抱き上げられる。

男の声と、女の声。

荒れた手。ゴワゴワとした布。

貴族でも、商人でもない。

この感触は、知っている。


労働者だ。土と汗の匂いがする。


「よしよし、どうしたのかな?」

と、優しそうな顔の金髪の女性が俺をあやす


「おしめか?お腹がすいたか?どうしたらいい?」

と、ガタイのいい栗毛色の男性が俺の顔と女性の顔とを交互に見ながらオロオロとしている。


言葉は違う。だが、意味は分かる。

分かってしまう。

理解できる。


この二人が俺の親か。


それを認識した瞬間、胸の奥が、少しだけざわついた。


記憶はある。思考も、ある。


だが、身体は完全に別物だ。

動かせない。力もない。

俺は、ただ見ているだけだった。


* * * * * * *


数日後。


場所が、はっきりしてきた。

村だ。開拓村。

周囲は森。切り開かれた土地は狭く、柵も粗末。

魔物除けの結界は……弱い。いや、ほとんど機能していない。

この辺りは、まだ「人の土地」になりきっていない。


(……危ねぇな。)

前世の感覚が、そう告げてくる。


それでも、人は生きている。


畑を耕し、木を切り、少ない収穫を分け合って。


祈りの言葉を、よく耳にした。


「創造神よ……」


「創造神に感謝を……」


神の名は出てこない。

ただ、「創造神」。


生命も、死も、獣も、植物も。

魔も、精霊も。

すべてをまとめた呼び名。

一神教だったか。


前世の国では、もっと多くの神に祈り、多くの神が信じられていた。


狩猟神に狩りの成功を。

鍛治神に武器の加護を。

商売神に商売繁盛を。


だが、この国では違う。

祈りは一つ。神も一つ。

それ以外は、古い言い伝えか、異端扱いだ。


(……文化の違いか。)


当たり前だが、そう実感せずにはいられなかった。

ただ、俺はそこまで信仰に厚いわけではなかったから、違和感はさほど感じなかった。


成長は、ゆっくりだった。

赤ん坊として、普通に。

普通すぎるほど、普通に。


身体能力が高いわけでもない。

魔力の流れを感じることもない。

前世で見てきた、

「才能のある子供」の兆しが、何一つない。


(……まあ、そうだよな。)


心のどこかで、納得していた。


才能がないから、シルバー止まりだった。

今さら、特別になれるわけがない。

調停神も、そんなことは言っていなかった。


与えられたのは、《残録》。


それだけだ。

だが。

言葉は、異様なほど早く理解できた。聞いた言い回しを、一度で覚える。

親の会話。村人の噂話。祈りの言葉。

すべて、頭の中に残る。


「……これが、俺の力か」


まだ確信はない。

だが、はっきりしていることが一つある。


俺は、この世界で強く生まれ変わったわけじゃない。


ただ、忘れないだけだ。


それが役に立つのか。それで、世界の崩壊を止められるのか。

不安は、じわじわと広がっていった。


それでも。


泣き声を上げ、母の腕に抱かれながら。


俺は、この世界のすべてを黙って《残録》し続けていた。

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