理由
その日は、ダンジョン帰りだった。
街からみて南西の奥にある中規模ダンジョン。
灰鴉の主な稼ぎ場だ。
空は、やけに低い。
風が冷たく、嫌な匂いを運んでくる。
マルセルが、足を止めた。
「……焦げ臭ぇな。血の匂いもする。」
ロランが頷く。
俺も、分かった。
5年前の記憶が、ざわつく。
道の先、丘を越えた向こう側。そこだけ、空気が違う。
「……祝福持ちがいます。」
ピエールが、低く言った。
姿は見えない。それでも、分かる。
圧。重さ。
人間なのに、人間じゃない何か。
「……数は?」
ロランの問いに、ヴァンサンが答える。
「一人。だが、周囲が歪んでいる」
マルセルが、舌打ちした。
「関わる気はねぇな。」
「同感だ。」
ロランが即答する。
俺は、思わず聞いた。
「……助けに行かないんですか?」
一瞬、空気が止まる。
マルセルが、俺を見る。
「坊主。」
「はい。」
「状況を見誤るな。」
短い言葉。
ロランが、続ける。
「祝福持ちは、最前線か王宮にいる。ここにいる時点で、ロクな状況じゃない。」
ピエールが、静かに言った。
「私たちが行けば、火に油を注ぐだけです。」
ヴァンサンが、淡々と付け足す。
「……勝っても、負けても、恨まれる」
納得できる。
前世でも、そうだった。
(介入は、混乱を増やす。)
だが。
「……見捨てるんですか?」
そう聞いてしまった。
マルセルが、鼻で笑う。
「違ぇよ。本隊には近づかねぇだけだ。」
ロランが、真っ直ぐ言う。
「俺たちは、冒険者だ。英雄じゃない。」
ピエールが、少しだけ悲しそうに微笑む。
「だからこそ生き残れる人もいるのです。」
丘の向こうで、何かが弾ける音がした。
地鳴り。
祝福持ちの力だ。
俺は、拳を握る。
(止められない。放っておくしかない)
胸の奥に、嫌なものが溜まる。
マルセルが、ぽつりと言った。
「坊主。近づかない理由を、覚えとけ。」
——覚える。
残す。
英雄になれない理由を。
冒険者である理由を。
それが、いつか。
止めるために、必要になると。
その時、初めて思った。




