距離
ダンジョンを出たのは、日が傾き始めた頃だった。
外の空気は、ひどく軽く感じる。
胸いっぱいに吸い込んで、ようやく息が落ち着いた。
「今日はここまでだ。」
ロランの判断で、少し離れた岩陰に野営地を作る。
手際は早い。焚き火。見張りの配置。食事の準備。
俺は、邪魔にならないように、言われたことだけをこなした。
薪を集める。水袋を運ぶ。火の番。
——前世なら、全部慣れた作業だ。
だが、今は。
「ガキ。」
マルセルが、干し肉を齧りながら言った。
「今日のアレ、なんで声出した?」
一瞬、言葉に詰まる。
「……抜かれると思いました。」
「だろうな。」
あっさり。
「分かってた顔してた。」
焚き火が、ぱちりと音を立てる。
「でもな。」
マルセルは、火を見つめたまま続けた。
「分かってるだけじゃ、ダメだ。出る場所と、出ない場所がある」
それは。
前世で、何度も聞いて、何度も言った冒険者の心得の様な言葉だった。
「今のお前は、後ろだ。前に出るのは、俺たち。」
ロランが、短く頷く。
ピエールが、穏やかに言った。
「無理をしない、という判断も大切です。生き残るためには、特に。」
ヴァンサンは、焚き火の向こうで、静かに言う。
「……だが、目は、よく動いていた。」
一瞬、驚いた。
ヴァンサンが、俺を評価するとは思っていなかった。
「罠も、敵の配置も。見ていた。」
それだけ。
それでも、胸の奥が、少しだけ温かくなる。
「勘違いすんなよ、ガキ。」
マルセルが、俺を見る。
「使えるって言ってるわけじゃねぇ。」
分かってる。
でも。
「……はい。」
それで、十分だった。
焚き火を囲みながら、俺は黙って、炎の揺れを見つめる。
(俺は、前には立てない。今は、まだ。)
だから。
覚える。
残す。
灰鴉の背中を。
戦い方を。
判断の速さを。
いつか、役に立つその日のために。
火が小さくなり、夜が深まる。
マルセルが、ぼそりと言った。
「……ガキ。」
「?」
「生き残れよ。」
それだけだった。
それが、今の俺には、何より重い言葉だった。




