ベテラン
今話から2章です。
1章までは書き溜めていたので一気に出せましたが、2章以降はプロットはあるものの完成はしていないので、ゆっくり書いていきます。
ダンジョンの入口を見た瞬間、胸の奥がざわついた。
——ああ、嫌な感じだ。
岩肌を穿っただけの粗い坑道。
冷たく湿った空気。
音が、奥へ奥へと吸い込まれていく。
(十年ぶり…か。)
三十代後半まで冒険者をやっていた身だ。
シルバー止まりとはいえ、ダンジョンの匂いは忘れない。
「入るぞ。」
ロランの短い声。
隊列が組まれる。
先頭はマルセル。軽い足取りで進み、視線だけが忙しく動く。
次にロラン。
剣に手をかけず不足の自体に対応できるようにしている。それでいていつでも斬れるように剣への動線を確保している。
三番目が、俺。
十歳の身体。
今は、何の力もない。
父の槍の穂先を短刀に加工した物を護身用に渡されている。
その後ろに回復とバフを担うピエール。
最後尾に遠距離攻撃ができて、冷静に全体を見渡す副リーダーヴァンサン。
(……完全に守られてるな。)
分かっている。文句を言う立場じゃない。
ダンジョンの中は静かだった。松明の火が揺れ、影が歪む。
(罠……あるな。)
前世の感覚が、勝手に警鐘を鳴らす。
次の瞬間、マルセルが片手を上げた。
全員が止まる。
「……ここ。」
彼はしゃがみ込み、床を指差す。
石と石の隙間。ほとんど見えない細い糸。
「浅い。」
鼻で笑う。
(浅いが、引っかかれば足を取られる)
分かってる。
「ガキ。」
マルセルが、振り返らずに言った。
「近づくなよ。踏んだら終わりだ。」
「……はい。」
短く返す。
ロランが、俺だけに聞こえる声で言う。
「覚えとけ。ダンジョンは、人を殺すためにある。」
——知ってる。
だから、黙って頷いた。
罠を解除し、再び進む。
奥から、音。
カラリ。
骨が擦れる音。
マルセルが、指を三本立てる。
「スケルトン。三体」
ロランが前に出る。
一歩。剣閃。
骨が砕ける。
「——砕く」
最後尾から、ヴァンサンの低い声。
短い詠唱。魔力弾が空を割き、残りを砕いた。
一瞬。
戦いは終わった。
俺は、何もしていない。
だが。
マルセルのスムーズなポジションチェンジ。
ロランの鋭い踏み込み。
ピエールが距離を保つ位置。
ヴァンサンの詠唱の速さ。
全部、頭に叩き込む。
(……懐かしいな。)
前世で、何度も見てきた光景。
「……どうだ、ガキ。」
マルセルが振り返る。
「怖ぇか?」
一瞬、考える。
正直に答えた。
「……はい。」
それは嘘じゃない。
だが。
「でも、目は離せませんでした。」
マルセルが、少しだけ口角を上げる。
「変なガキだな。」
ロランは何も言わず、前を向いたまま頷く。
ピエールが、穏やかに言う。
「それで十分ですよ。今は、覚えていれば。」
ダンジョンは、まだ続く。
俺の役目も、まだ。
剣も、魔法も、今はない。
——だが、“覚えて残す”ことならできる。
前世のベテランの目を、今度は、生き延びるために使う。
そう思いながら、俺は黙って、奥へついていった。




