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ヒロイン視点


 結局のところ、私は生き延びてしまった。


 なんだかんだいって若い人間なのだ。体力もそれなりにあって、あれだけの高熱を出しながら生き残ってしまった。


 熱が下がり、茹っていた思考が明瞭になるにつれ、思う。


 一ー私、多分、離縁されるだろうな。


 もう死ぬもんだと思って、首絞めのことをうっかり話してしまったのだ。

 もう普通の夫婦ではいれないだろう。

 あーあ、またあの父親の元に戻るのか。嫌だなぁ。修道院でも行こうかな。

 そう思っていたのに、ダンテ様は、いつまで経っても私に離縁を切り出しはしなかった。





「離縁しないのですか」


 約一カ月後。どうにか病が収束し、いつぶりかにダンテ様の部屋に呼ばれた。

 夫婦の時間だわっ!と侍女たちにぺらっぺらの夜着を着せられた。こんなもの必要ないのに、と思いながらも、浮き足立つ侍女たちにはなにも言えなかった。


「しない。君は私と離縁したいのか」

「……だって貴方は、私のことを憎んでいるんじゃないんですか」

「質問の答えになっていない。離縁したいのか」

「それは……」

「……まぁ普通の人間であれば、あんな父親の元には戻りたくないだろう」

「! どうして貴方がそれを」

「聞きたければこっちに来て座れ」


 促されて、扉の前から、ダンテ様のベッドに座る。


「粗方調べた。君の男爵家での待遇も……、……でもナディア、その前に、ひとつ確認したいことがある」

「なんでしょうか」


 ぐらりと視界が揺れた。

 ダンテ様に押し倒されたのだ。

 なんで。どうして。どうしてこの期に及んで、この人は私を抱こうとするのか。


 わからない。 わからないけれど、散々暴かれてしまった体は、期待で勝手に震えた。






 夫婦の時間が終わって、つい習慣で、いつものように私は眠ったフリをする。

 するとダンテ様も、いつものように私の首に手をかけた。

 でももう眠ったふりはしなくて良い。目を開けると、ダンテ様と目が合った。


「……今夜こそ、私を殺すんですか?」

「……その前に少し私の話に付き合え。……私の両親は、君の両親がきっかけで自殺した。君の両親に復讐するために、私は君と結婚した。溺愛するフリでもして、そのうち愛人でも囲って……そうやって愛する娘を絶望に叩き落とせば、それが君の両親の復讐になると、そう信じて」

「……無理でしょうね。私の両親は、私のことを愛していませんから」

「そうだな。だから私にも迷いが生じた。君を殺したところでなんの益も得られない」


 私の首を絞めるダンテ様の力が強くなる。

 大丈夫、まだ、息はできる。


「知っているか、ナディア。私は、君を抱くために精力剤を飲んでいたんだ」

「……は、」

「憎いやつの娘なんだ。勃つわけがないと思ってな。だが今日は飲むのをやめた。それでも君に興奮した」

「……なにを仰ってるんです?」


 ダンテ様の言わんとすることがよくわからない。

 確かに今日の回数はいつもよりよっぽど少なかった。だがまさかそれが、精力剤を飲んでいないから、なんて思いもしなかった。


「……なんだろうな?でも私はあのとき確かに……お前が熱で魘されていたとき、死なないでほしいと思った」


 ダンテ様に答える言葉が見つからない。


「死ぬのは簡単だ。それこそ、私の両親が首を吊って呆気なく逝ったように……、……だからこそ、君を殺すのは違うと思った。君が死ぬのは違うと思った」


 言葉とともに、ダンテ様の手がゆっくりと首から離れていく。

 私の首は、今までにないぐらい汗ばんでいた。

 それが、自分が出した汗なのか、ダンテ様の手の汗なのか、もはや判別することはできなかった。


「……君が植えた花があるだろう?せめてあの花が咲くまで、夫婦をやってみないか?」





 しばらくして、私の両親の爵位が剥奪された。

 叙爵するために手を出してきた悪事が明るみにされたのだ。


 極刑されるような悪事ではなかったからまだ生きてはいるが、あの人たちにとって、平民落ちはなにより辛いことだろう。一度だけ伯爵家に、ずいぶんみすぼらしい男女が喧嘩しながら来たが、門前払いにされたという話を庭師のおじいさんから聞いた。


 私とダンテ様はまだ夫婦をやっている。

 私が最初に植えた花は、とうの昔に咲いて、とっくに散ってしまった。

 それから何度も何度も種を植え、何度も花が咲いて、散っていった。


「おやおや、奥様が土いじりなど」


 庭師のおじいさんがいつものように声をかけてくる。


「身重の奥様がする仕事じゃあありせんよ。ほら、変わって変わって」


 おじいさんの言うように、今、私のお腹にはダンテ様との子供が宿っていた。

 言われるままおじいさんに仕事を任せて、まだぺったんこのお腹を意味もなく撫でながら執務室の方を見上げる。ダンテ様もこちらを見ていた。


 もうあの頃のように、手を大きく振って名前を呼ぶこともない。そうするとダンテ様の方が、どこか諦めたような笑顔で、そっと手を振ってきた。

 思わず手を振り返してしまう。それで、ぐ、と込み上げるものがあった。


「……ダンテ様」


 ぽつりと呟くと、胸がじんわり熱くなる。

 私はこの感情の名前を知らない。

 でもどうしてだか一ーどうにもダンテ様に会いたくなって、私は、執務室を目指して歩き出したのだった。

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