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ヒーロー視点



『奥様、結婚の際にドレスを全然持ってきていなかったんです』


 一ーナディアの輿入れ道具など微塵も興味がなくて知る由もなかったが、おかしな話だ。

 成り上がりの男爵こそ、己の力を誇示するために、その身に不釣り合いな豪華な召物で着飾るものだ。だがナディアにはそれがなかった。


『奥様ねぇ、食べられる植物がどうのとか仰ってまして。いくら新興とはいえ、男爵家のご令嬢が食べられる植物、だなんて……それにまさか土いじりをするとは思ってもおらず……』


 一ー成り上がりの男の娘なのだ。『伯爵家の夫人が土を触るなんて!』と言ってもなんらおかしくない。だがナディアにはそれがなかった。



 侍女と、庭師から報告を受け、密かに調べを進めていた。

 ナディアが男爵家でどういう扱いを受けていたのか。男爵家で働いていたという人間を見つけ出し、金を握られせればすぐに暴露してくれた。


『ナディア様は結構ひどい扱いでしたよ。男爵様、あれだけ成り上がったってのに、ナディア様には新しいドレスひとつ与えませんでしたからね。食事抜きもよくありましたし。まぁなにか、ナディア様のすることが気に食わなかったんでしょう』


 そうか。

 だからナディアは、ドレスを持っていなかったのだ。

 だからナディアは飢えを凌ぐために、食べられる植物のことを知っていたのだ。


 使用人は軽く言ってのけたが、使用人が見える範囲で行われた行為がそれだけだということで、実情はもっとひどいものだったであろうことは容易に想像できた。


 もはや習慣となっている、ナディアの細い首を絞めながら考える。

 ナディアを殺して、ナディアの両親は悲しむのだろうか。

 ナディアを殺すことが、復讐になるのだろうか。

 答えは見つからない。見つからないまま、今日もナディアの首を完全には絞めることはできなかった。





 手元の溺愛小説を読みながら考える。

 愛するとはなんだろう。溺愛とはなんだろう、と。


 ぐるぐるとした疑問を抱きながら窓の外を見る。 

 庭では、ナディアが楽しそうに雑草を抜いているところだった。

 晴れやかな笑顔。どうしてだか、あの笑顔を見ると、目が逸せなくなってしまう。

 しばらくじっと見ていると、ふいにナディアが振り向いた。ガラス越しに目が合う。ナディアの顔がぱあっと明るくなって、ぶんぶんとこちらに手を振ってきた。


「……馬鹿な女だ」


 私はお前を殺そうとしてるのに。

 殺そうとしてる男に、そんな笑顔で、手を振ってくるなんて。


 小さく手をふり返すと、ナディアは少し顔を赤くした。

 思わずため息が出る。

 嫌だな、と思った。なにが嫌なのか、自分でもよくわからなかったが。





 それから数週間、どこからやってきたのか、高熱が出て死に至らしめるという流行り病が、突如として街を襲った。


 体力があれば死には至らないというが、老人やら子供が次々と死んでいく。対応に追われてナディアとも顔を合わさない日が続き一ーあくる日、顔を真っ青にさせた侍女が執務室にやってきた。


「旦那様!ナディア様がっ、ナディア様が……!」


 侍女に呼ばれるままナディアの自室へ急ぐ。

 日当たりの良い部屋。扉を開ければ、ベッドで力なく横になるナディアがいるではないか。


「……ダンテ様……?」

「起き上がらなくて良い!お前、まさか熱が」

「へへ、そうなんです。どこから貰っちゃたんでしょうねぇ……」


 よろよろ起き上がろうとするナディアを制し、ベッドサイドに置かれた椅子に座る。

 ナディアの状態は素人目から見ても酷かった。

 寒い寒いと冬用の布団も被り、それでもなお寒いとナディアは言う。顔は顔面蒼白で、一ーナディアの顔は、死んでいった子供や老人のそれとそっくりだった。


 それから、侍女の言葉を押し除けて、政務の合間にナディアの自室に通い詰めた。

 自分でもなぜこんなことをしているかわからなかった。

 放っておけば良いのに。移るといけないから、と侍女に世話を任せれば良かったのに。

 どうしてもできなかった。理由もわからないまま、見えないなにかに突き動かされたようにナディアの元に通った。



 あっという間に、ナディアが発熱して数日が経った。

 この病に薬はない。

 対処療法しかなく、死ぬか生きるかは、罹患した人間の体力次第だった。


「ダンテ様、そこまでしなくて大丈夫ですよ……」

「大丈夫じゃない」


 日に日にナディアは弱っていく。

 水を浸した布をきつく絞り、ナディアの額にのせる。ただの気休めだが、なにかせずにはいれなかった。


「……変なの」

「なにが変だ。病に伏せる妻を心配するのは当たり前のことだろう」

「……そうですかね……。だってダンテ様、……私を殺そうとしていたではありませんか」


 ナディアの言葉に時が止まる。

 恐る恐る彼女の方をみれば、ナディアは、力なく笑っていた。


「……ねぇダンテ様、私、知ってたんですよ。あなたが、私の首を絞めていたの」

「なにを……」

「今更ですよ。……ダンテ様、手を出してくれませんか」


 言われるがまま、手を出してしまう。

 ナディアの手が、私の手を握った。ナディアの手は恐ろしいぐらい熱かった。


「ほら、こうして」


 私の手を握ったナディアの手が、ゆっくりと、ナディア自身の首にかかる。


「毎晩毎晩、私の首を絞めていたじゃありませんか……」


 これ以上は無理だ、と言わんばかりに、ナディアの手が私の手から離れていく。私は、ナディアの首に手をかけたまま、動くことができなかった。


「……もしかしたら私は、このまま死ぬかもしれません。殺すなら今しかありません……」


 話すのもしんどいのだろう、ナディアの言葉は、だんだんと弱くなっていく。

 私は、ようやく首を横に振ることができた。違う。違う違う違う。違う、なにが違う?ナディアを殺すことが?ナディアをこのまま死なせることが?過去の自分が?なにが、違う?


 私の様子を見ながら、へへ、とやはりナディアが笑った。それから、それがまるで最期の言葉かのように、ゆっくりとつぶやいた。


「……ダンテ様の、意気地なし……」

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