3
ヒロイン視点
「ここ、自由に使って良いんですか?」
「好きにしろ」
「やったぁ!」
嬉しくて思わずぴょん、と跳ねてしまう。
「私は仕事に戻る。わからないことがあれば庭師にでも聞け」
「はい!」
ダンテ様を見送って、私は、さっそく腕まくりをする。
街で見つけた私の暇つぶし一ーそれは、庭いじりだ。
もとよりあまり家の中にいるのは性に合わなかったし、草木を触るのは好きだった。だからダンテ様に頼み込んで、私でも扱える小さなスコップと、いくつか花の種を買ってもらったのだ。
ダンテ様の許可をもらって、庭の一角を私専用のものにしてもらった。
ふんふん、と適当な鼻歌を歌いながら土を掘り返す。伯爵家の庭なだけあって、土もすごく状態が良い。ふかふかの土をいじっていると、
「本当に奥様が土を触ってるなんて」
後ろから声がかけられた。
振り向くと庭師のおじいさんが、びっくりした顔で立っているではないか。
「あっ、すみません。お仕事の邪魔にはならないようにするので……」
「いやいやお気になさらず。それで?そこの種を蒔くんですか?」
「はい!」
「あぁそれでしたらね、種同士の間隔にちょっとコツがあって……」
庭師のおじいさんに教えられながら種を蒔く。
種を蒔くあいだにも、おじいさんは植物の色々なことを教えてくれて、驚きの連続だった。
「はいはい、これで大丈夫。あとは毎日水をやるだけです」
「ありがとうございます!私ったら食べられる植物のことしか良く知らなくって……」
「食べれる植物?」
あ、しまった。
うっかり口が滑ってしまった。
「……へへ、実は食い意地がすっごい張ってて……食べられる植物ないかなって、勉強したことあるんです」
「なるほどなるほど。確かに、思いもよらぬ葉っぱが食べれたりしますからねぇ」
「そうなんですよ!」
あぁ良かった。どうにか切り抜けられた。
「おや、」
おじいさんがふいに上を向く。
なんだろう、とおじいさんに倣って見てみれば、自分達がいるところは、執務室の窓が見えた。
そしてその窓越し、ダンテ様が、こちらを見ているではないか!
「一ーダンテ様っ!」
思わず手を振る。すると苦虫を潰したような顔をした後、ほんのちょっとだけ、手を振りかえしてくれた。
「おやおや、きっと恥ずかしがってるんですよ」
「そうでしょうかねぇ。私には本当に嫌そうに見えましたけど」
もう誰も立っていない窓を眺めながら、おじいさんとそんな話しをした。
それから、では残りの花の種も撒きましょうか、と、私とおじいさんは、土いじりを再開したのだった。
*
「種は無事植えられたのか」
「もちろん!ダンテ様だって見ていてくれたじゃないですか」
「……気のせいだ」
夜、ダンテ様のベッドに転がりながら、その日あったことを話す。もっぱら話すのは私ばっかりだったけれど、ダンテ様は呆れたような顔をしながらも、いつも相槌を打ってくれていた。
「花が咲くの楽しみです!どんな色になるのかなぁ」
「赤と黄色と紫だろ。そう店主が説明していた」
「そうですけどっ!もしかしたらピンクの花も咲くかもしれませんよ!」
「どうだか」
と、ダンテ様が私に口付けをしてきた。
また今夜も抱かれるらしい。
毎夜毎夜、よく飽きないな、と思う。それに、憎い私に欲情できるなんてすごいな、とも。
私はそっと目を瞑る。すぐに夜着を脱がされて、夫婦の時間が始まった。
ぐう、と首に強い圧迫感を感じる。
あぁまた、この時間が始まった。
ダンテ様が、私の首を絞める、この時間が。
……苦しい。
首を絞められるの、とっても苦しい。
ダンテ様は、私は眠っていると思っているはずだから、目も開けられない。眠ったフリをしたいなければならない。大丈夫、もうすぐ終わる、終わる、終わる、念じていると、ぱっ、とダンテ様の手が離れていった。
良かった、おわった。でも今日は、いつもより短かった気がする。
眠ったフリをしたままホッとしていると、ダンテ様の指が、私の首を撫でた。
一ーまた絞められるのだろうか?
しかし懸念とは裏腹に、ダンテ様はそれを最後に横になってしまった。
わからなかった。
ダンテ様の考えていることが、私には、わからなかった。