第92話 山賊一掃依頼①
次の日、クラウディは何とかアイラを説得、とまでは行かないがカイザックの必要性を説いて彼女とともにカイザックの元を訪れた。
取り敢えずクエストでも行って親睦でも深めようと思っていたが、肝心のカイザックは飲んだくれておりとても行ける状態じゃなかった。
「よお、お前らぁ~よく来たな……ゆっくりしてけよ~」
2人に気づくとヘラヘラと笑いながら手を振った。椅子に腰掛けてテーブルに足を乗せている。片手に酒、片手にタバコを持ち、傍らには美女が待機していた。
もちろん周囲から例の護衛が隠れているのだろう、気配がいくつか感じとれた。
2人は辺りを警戒しながら彼に近づいた。アイラがカイザックを見て舌打ちする。
「やっぱりやめとこうぜ、こいつ見てみろよベロンベロンじゃねーか」
────いやお前がいうか?
自分はいつも同じ状態だろうとツッコミたかったが、また不機嫌になったら面倒なのでクラウディはぐっと抑えて側にいる美女たちを見た。
1人は長い金髪に薄いワンピースの服を着ている。背も高くスタイルも良かった。もう1人も負けず劣らず。
「今日は話は無理そうか……」
「カイザック様はいつも退屈そうでした。私たちと遊んでいる時も……いや遊んでいる感覚すらなかったもしれないけど」
美女はクラウディを見ると微笑んだ。てっきり敵意を向けられると思っていたクラウディ。
「あなたと戦っている時の彼はすごく楽しそうでしたわ」
別の美女が言う。
「そうそうまるで子供みたいでしたね」
美女たちは顔を見合わして笑った。だが不意に真剣な表情になりクラウディたちに向き直った。
「カイザック様は大変貴重なお方です。カイザック様が決めたので私たちは何も言えませんが、くれぐれも身の程を弁えるよう」
アイラがそれを聞いてイライラした様子で何か言おうとしていたが、クラウディは手で制し頷いた。
美女たちもどうやらただ金やらで連れ添っているわけでないらしい。彼女らの強い信頼関係が垣間見え、争いを起こすべきでないと少女は判断した。
「明日、東門に早朝に待機しておく。クエストに行くからカイザックが話せるようになったら伝えてくれ」
美女たちは少女の言葉に頷き、半分寝ているカイザックの頭を撫でた。
クラウディがその様子を見ているとアイラが行こうぜ、と腕を引っ張り彼女らはその場を後にした。
翌日、クラウディとアイラはベルフルーシュの東門へ朝早くに向かった。門番の脇を通り抜けて外に出る。
「もう私たちだけで行こうぜ?」
カイザックと会いたくないアイラは先に行こうとグイグイと腕を引っ張った。
「ちょ……」
「酷い奴らだな。人を呼び出しておいて」
背後から聞き覚えのある声がした。彼女らが後ろを振り返るとカイザックが壁にもたれて立っていた。足元には彼の荷物が置いてある。
「カイザック……」
「ち……来てやがったか」
アイラはその場に残して、クラウディは彼の前に移動した。そして手を差し出す。
「これからよろしく頼む」
カイザックは何故か目を見開いたが、ニヤリと笑うと少女の手を払いのけ側を通り過ぎた。
「俺様が付き合ってやるんだありがたく思え」
「こいつ、ぶん殴ってやろうか」
様子を見ていたアイラが殴りかかりそうになったのを見てクラウディは慌てて止めに行った。
────これから忙しくなりそうだな
「『パーティ名』?」
「ああ、3人集まったんだから名前がほしいじゃん?」
その日の夜、一行は目的地の中継地で野営する事にした。残念ながら馬車などはないので往復完全に徒歩となる道のりである。
テントは2つでそれぞれアイラとカイザックの自前だった。クラウディは本当は持っていないが、自分用のものがあると適当に誤魔化した。
中継地に着くまで終始アイラとカイザックはお互いを敵視しており悪態のオンパレードにクラウディは仲裁するため少し疲れていた。
────まあカイザックが大人の対応だから少しは助かったか……?……大人?
今は3人が軽い食事を済ませて火を囲っていた。山脈に近いせいなのか少し冷える。アイラは赤味のあるビキニアーマーを装備しており、常に薄着で寒そうである。実際そうなのか火に近い。
「パーティって……俺は冒険者じゃない。実質2人だろ」
カイザックはタバコをアイラの方にふかした。それをモロに顔面にくらい咳き込む女戦士。
カイザックはあくまで情報屋であり冒険者ではなかった。
「こっちむけんな!ふ、2人でもいいだろ!?とにかく名前が欲しいんだよ~。クロー」
クラウディは名前に固執するアイラにどうしようかとカイザックを見た。正直そんなものはどうでもいいのだ。
カイザックは視線に気づいて肩をすくめた。唇が動き『適当に』と伝わった。
────適当、適当にか……あー
「あ、『アイラ探検隊』とかどうだ?」
言った瞬間にカイザックは吹き出した。
「さ、さすがにダセーよ……カッコイイのねーのか?」
────さすがに適当すぎたか……
「『アイラ親衛隊』とかは?」
ツボに入ったのかカイザックは腹を抱えて笑った。
「『私』から離れてくれよ……カイザックうぜーまじ」
アイラはなお笑う男をみてギリギリと歯軋りした。少女も名前をつけるセンスはなく、しばらく腕組みして唸るようにして考えた。
「『レゾナンス』」
ようやく笑い終えたカイザックが不意に言った。
「『共鳴』とか『共振』の意味があるんだが、どうだ?」
「……悪くないな、どうだアイラ?」
「『レゾナンス』……『レゾナンス』……ぐっ……く……か、かっけぇじゃねーか。悪くない」
名付けがカイザックなのが気に食わないのか不服そうではあるが、名前を復唱する辺り好感触なのだろう。
一行の名前は取り敢えず『レゾナンス』と決まった。ただ現状のパーティ内のイメージでいけばとても『共鳴』という感じではなく、なんとなく皮肉めいている気もした。
「そういやギルドの依頼は何を受けた?何も知らないぞ俺は。山脈近いってことは山賊狩りでもするか?」
カイザックは手を差し出した。何か寄越せと言うように手を動かす。
クラウディは受けた依頼書を見せた。そう、彼の言う通り山賊の殲滅だった。
ギルドクエスト────
内容 山賊の一掃依頼
場所 東の山脈麓
報酬 50万ユーン ※状況により追加報酬あり
適正ランク B パーティ推奨
推奨ランク B-A
────
「まじで山賊退治か……」
カイザックは依頼書に目を通した後やれやれと首を振りクラウディへと返した。
「正直賭博の方が儲かるんだがな。今からでも帰ってゲームでもしないか?」
草がまばらに生える地面に横になりながらカイザックはたばこをふかした。
「生憎俺たちは冒険者でギャンブラーには向いてない。出来ればお前にも戦って欲しい」
「俺はあくまで情報屋だぞ?戦闘なんか面倒臭いだろ」
「……でも戦えるだろ?」
並の動体視力でないことはすでに知っている少女。じゃんけんでそれは確認していた。
「………」
「大丈夫だってクロー。私とお前でよゆーよゆー。そんなやつほっとけって。取り敢えず今日は休もうぜ?見張りはどうする?」
やり取りを見ていたアイラが口を挟み話題を変えた。
「1人3時間交代だ。俺、カイザック、アイラの順でいいか?」
「だめだ、俺、クロー、アイラの順だ」
クラウディの提案にカイザックは寝転んだままダメ出しした。
「俺はアイラに触れたくないからな」
「は?私だってテメーに触れたくねーよ!」
向かって行きそうな勢いのアイラをクラウディは手で制し、早めに休むよう促した。彼女は青スジを立てていたが、なんとかなだめてテントへと入って休んでもらう。
出てこない事を確認し、火のそばに腰掛けて少女はため息をついた。
「はは、大変だな」
ケラケラとカイザックは笑った。
「アイラのことをある程度わかってるんだと思うが、あまり煽って欲しくない」
「あいつが突っかかってくるんだろ?」
────お互い様だろ……
クラウディはそうは思っても言葉にはしなかった。言い争っても仕方ない。お互い少しずつ慣れる事に期待するしかないのだ。
「時間を把握するものを持ってるか?」
「……いいや」
少女は荷物から砂時計を取り出しカイザックの側に行きそれを置いた。
「砂時計か、珍しいものを持ってるな」
彼は砂時計を手に取りサラサラと落ちる砂を眺めた。
「貰い物だ、これで公平に出来るだろ。俺はそろそろ休む」
カイザックの元から離れようとしたが、彼は少女の腕を掴んだ。
「まあまて、少し俺の相手をしろ」
そう言って先日渡した木製のトランプを取り出した。
「……眠いんだが?」
「そう時間は取らせないさ。何でもいいからゲームをするぞ。そしたらクエストも手伝ってやる」
進んで依頼を手伝ってくれるなら願ってもない。クラウディは地面にあぐらをかいて座り相手をする事にした。
「1時間だけな」
「それでいい」




