第90話 賭け勝負②
「はっ?」
────何を言ってるんだこいつ?もう終わっただろ
そんな疑問をもつクラウディにカイザックは口を開いた。
「言っただろ?勝負は3回やるって。2回勝った時点でお前の勝ちだが、俺にはまだ1回戦残っている。誰も勝敗が決まった時点で終わりとは言ってないぜ?」
白々しく言い観客にも問いかけるよう手を広げた。
観客からは────『確かに』『これで終わりはつまらないもんな』『言ってないな』────など肯定の声が次々と上がった。
「何ならここで降りてもいいぞ?痛み分けってことで。俺が勝ったらお前の勝ちは消せるもんなぁ」
ここで降りてしまえばカイザック程のギャンブラーに同じ手は使えない。ルールを変更させたとしても確実に負けるのは目に見えていた。
観客からも続きを見せろと続々と声が出て上がり、もはや息の合ったアンコールになっていた。
「く……そ」
────そういうことか
ほとんど焦った様子がなかったのはこういう裏があったからと、気づくのが遅かった。つまり全て勝たなければいけないのだ。
少女は仕方なく椅子に座った。
それを見た観客は一斉に歓声を上げた。
「最後はお前の番だ……楽しませてくれよ」
────これで負けたら……次はない
仮面で相手にはバレていないが、少女の顔には脂汗が滲み出ていた。
クラウディは荷物から薄い木で出来た長方形のものをいくつも取り出しテーブルに置いた。
何だこれはとカイザックが1つの厚さが1mm程のものを手に取り確認する。そこには1~10までの数字4枚ずつと、下手くそだが、謎のピエロみたいな絵柄が1枚あった。計41枚の薄い木札だった。
アイラに木を伐採してもらい出来るだけ同じ形で薄く切って整えたものだ。
「それは『トランプ』というカードを模したもの。もっとも本来なら54枚数だが、今回は2人だから41枚で作った」
少女が説明し、カイザックは興味深そうに再度確認した。
「この絵柄は何だ?お前が描いたのか?」
とあるカードを見て少女に見せる。
ピエロの絵柄、つまり『joker』のカードだ。
残念ながら元男の少女に絵心はない。馬鹿にされているとは感じながらも無視して説明を続けるクラウディ。
「それは『joker』という他10枚のカードのうちどれにでもなれるカードだ。今からやるゲームは『ダウト』というゲームだ」
ほぅっとカードを眺めながらカイザックは真剣にルール説明に聞き入った。
『2人ダウト』────
1から始まり、10までのカードを宣言して裏向きで順番に出していくゲーム。手札が早く無くなった方の勝ちだが、お互い嘘をついて場にカードを出す事ができる。お互い相手の出したカードが嘘だと感じたら『ダウト』を宣言し、カードをめくることができる。宣言された側のカードが嘘の場合、場のカードは全て宣言された側が回収。嘘でなかった場合は宣言した側が場のカードを全て回収する。場からカードを回収する際には1枚山札から新たに追加する。次のカードはダウトされたカード番号から。jokerは何でもなれるので、同時に出せるカードは上限5枚まで。なお初手は7枚の手札とする。
説明する間カイザックは熱心に聞いているようで一言も口を挟まなかった。
ただその間カードを何度も見返しているようで、あまり雑に扱うなと注意する。
「悪い悪い、癖でな」
彼はカードをまとめるとテーブルに置いた。
「質問はあるか?」
少し間を開けて少女は聞いた。
「いや理解した。ただjokerを当てても勝ちにするか?それで要求を2つ増やすってのはどうだ?その方が楽しめるだろう。ちなみに外しても負けにするが」
「……いいだろう」
クラウディに取っては願ったり叶ったりだ。負けたら一つも二つも変わらない。
────さすが理解が早いな……
クラウディは『積み込み』を使おうとしたがカイザックもイカサマの恐れがあるからとお互いシャッフルすることになった。
────あの手は使えないか……
心の中で少女は毒づき、カードを配る。
「先行は譲る」
クラウディの手札は『9 8 2 4 6 5 4』。jokerはない。
「いいのか?では『1』3枚だ」
場にカードが3枚出される。
────いや流石に暴挙だろ
「ダウト」
クラウディは宣言し、カイザックは当たりだと静かに場のカードを回収し山札から1枚引いた。ゲームの感覚を調べているのだろうか。
「『1』」
次は少女から始まり、ゲームを続けるためカードを場に出した。嘘のカードでありその数字は『4』である。
「『2』」
彼は特に気にせずカードを場に出した。表情は特に変化はない。
2人は交互に3、4、5、6、7、8とカードを場に出していった。
「…『9』」
「『10』2枚」
「『ダウト』だ」
「っ」
少女が宣言するとカイザックははわずかに声音に出たかと呟き、場のカードを全て回収し、山札から1枚カードを引いた。
「『10』」
「……『ダウト』」
少女は進めるが、少し間があってカイザックが宣言した。嘘のカードなのでクラウディは舌打ちし場のカードを回収し山札からカードを1枚拾った。『1』だ。現在の手持ちは『2 4 6 1』。
「『10』」
カイザックが続けて場にカードを出した。この時点で相手のカードは13枚。ダウトをするには危険すぎた。相手の手札が多ければ多いほど手が多くなりダウトは通らなくなる。逆にこちらはダウトされやすくなる。いかに嘘を本当と通すか、本当を嘘と通すかが鍵となる。
「『1』」
「『2』」
「『3』」
少女は出来るだけ声音に出ないように嘘で『4』のカードを出した。
「『ダウト』」
────まじか
しかしカイザックは見破り、ダウトを宣言した。
「いいのか?jokerの可能性もあるぞ?」
残り少ないカードであるが、ここで相手がjokerを宣言して外せば無条件で勝ちだ。
「いいから『ダウト』だ」
「っ……」
揺さぶりは通らず、クラウディは場のカードを回収し山札から1枚引いた。数字は『9』だ。ただ先程回収したカードにjokerが混じっている。相手がどちらかで使用したのだ。
────なるほど、わかってたのか
「『3』を2枚」
カイザックがゲームを続けるためカードを出した。複数枚出すのはダウトされやすいが、まだ相手の方が手札は多い。2枚あってもなんらおかしくはない。ここは無視するのが無難である。
「『4』」
「『5』」
「『6』」
『6』は持ってないので嘘のカードを出す。
「『7』」
そのまま通り心の中で安堵の息を吐いた。
「『8』」
『8』もないので嘘をつくしかない。一瞬相手の手が止まりダウトを宣言されると思ったが
「『9』」
相手が場にカードを出し、再開される。
「『10』」
────通ればあと2枚……
「『1』」
無事に通り、最後はjokerを出そうと思うが手が止まる。事が上手く運びすぎているのにふと違和感を感じたのだ。
後2枚で上がる札。大して相手は何枚もある。そしてこちらにjokerがあることは知っている。となれば残る2枚どちらかに必ず宣言してくるだろう。
どうせ負けるのなら宣言した方が得だからだ。
となればカイザックが黙ってやられるはずがない。なにか仕掛けをしているに違いない。
────なんだ?どこだ?
クラウディはこれまでのことを振り返った。
────そういえば
ゲーム開始前、相手が癖と称してカードを少し擦っていた事を思い出す。もしかしたら傷をつけたのかと思い、手探りでjokerのカードを確かめる。
するとカードの下のヘリに僅かに削られたような段が出来ていた。少女は訪れる前に全てのカードを念入りに確認していたのでこんな傷はなかったはずだった。
クラウディは仮面の下で片眉を上げた。
────なるほどな
「カイザック、もしお前が勝ったらどうするんだ?」
会話で気を引き、座り直しながらジョーカーと2のカードの位置を入れ替える。続いて相手の視線に合わせてカードの角度を調整して残る『2』のカードを少しずつ薬指で削っていく。
「俺が勝ったら?さあこの勝負をなかったことにしても良いしお前を俺様の配下にしても良いな」
ちょうど彼は新しいタバコを取り出して火をつけた。
────よし……いい感じ
相手が呑気にタバコをふかす間に仕込みが完了したクラウディ。
「早く出せよ、あと2枚だろ?」
相手に急かされ、少女は焦るなと言いながら待ってましたと心の中で思い、新たに傷をつけたカードを場に出した。
「『2』」
────宣言しろ
jokerに扮した2のカード。カイザックは片眉を上げて指を差した。
────よし、お前の……ま
しかし彼は何を思ったか手を戻し、代わりに3を3枚と言って場にカードを重ねた。
呆気に取られるクラウディ。その瞬間に仮面の下に再び冷や汗が吹き出した。
────お、落ち着け、まだ負けたわけじゃない
「ダウト!」
ここで少女自身が相手の場のカードを回収出来ればまだチャンスはあった。
しかし捲ると現れたのは『7 6 3』と、人を小馬鹿にしたようなものだった。
「おっと……やられたなぁ」
わざとらしくカイザックは残念そうな顔をし、場のカードを回収し、山札から1枚カードを引いた。
そして
「お前のターンからだぜ?クロー殿?」
うやうやしく手で場を示すギャンブラー。クラウディは敢えなく最後のカードを場に伏せた。
「『3』」
それを見てははっと笑うカイザックだが、見下ろすように指差した。
「『joker』」
「……外したら負けだが?」
悪あがきをするが、既に相手は全てのカードを握っているのだ。残り1枚のカードなど分かりきっていた。
「『joker』」
「っ……」
抵抗虚しく再び宣言され、返す言葉が見つからない。震える手でカードを捲ると『joker』が姿を現す。自分で描いておいてなんだが、笑っている絵柄はさながら小馬鹿にしているようだった。
カードが暴かれるとルールを理解している観客から歓声があがり、次々とそれに続いて歓声が追加され大きくなっていく。
────そんな馬鹿な……
嘆く声も多数聞こえるが、すぐにかき消される。カイザックも声に応えるように手を上げ周りにお辞儀する。
────くそ
どこで間違ったのか、仮面を被っていたので表情でバレることはない。声音も十分に気をつけていたはずだった。
「さて、これで勝負は終わりださあ散った散った!」
カイザックは手を叩き観客に知らせる。観客からはブーイングが起こったが、彼の護衛や仲間らしきものたちが無理やりはけさせた。
しばらくして辺りは静かになり、カイザックとクラウディがその場に残った。
「…………」
クラウディは身じろぎ一つしなかった。相手は願いを1つ帳消しにしてもう一つ何か言うだろう。果たしてもう一度勝負して勝てるだろうか。そもそも相手が再戦をうけるのか。色んな考えが頭をめぐる。
そんな様子の少女をみてカイザックは口端を上げた。
「そうしょげるなよ。楽しませてもらったんだ。誰も本当にお前の要求を帳消しにするなんて言ってないし。あくまで可能って言っただけだぞ?曲がりなりにも2回勝ったしな」
「……なに?」
クラウディは顔を上げた。
「で、何だっけ?『転生』『次元移動』だっけか?あれは────」
「待て。そう言うことなら俺の要求は違う」
手を上げ彼の言葉を遮る少女。カイザックは首を傾げた。
「本当に何でも良いんだな?帳消しは無しだぞ」
「ああ。いいぜ?男に二言は無い。追加条件はあるかもしれんがな」
少しの間少女はカイザックを見つめた。彼は一体何を要求するのか不明だが、そんなことよりひとつなんでも言うことを聞かせられるのだ。
情報をひとつふたつ聞き出すだけでは勿体無い。
「俺と一緒に来い」
カイザックは新しくタバコに火をつけ口元に持っていくがそれを聞いて地面にポロリと落とした。
そう、歩く情報を手放すわけには行かないのだ。少女はついに目的のものを手に入れたのだった。
※ 自身が有利なカードを引けるよう山札のカードの順番を意図的に変更しておく不正行為




