第9話 紫の魔女①
そしてその終わりの日が近づく────
いつものようにクラウディがトレーニングをしていると、見慣れない女性が湖に立っているのが見えた。
女性は深い紫色のローブを羽織り尖った帽子を被っている。見るからに魔法使いだ。
彼女は水の上を歩くと少女へ近づいてきた。それをみてクラウディは後退りし、常に体に触れることができるように、ネックレスとして作った『生命石』を首にかけた。そしてすばやく両手に剣を構える。
「フロレンス……か?」
凛とした女性はローブと同じ色の長くウェーブのかかった髪をもち肩に流している。見た目は若い女性だが、同じ気配を纏っており、少女はすぐに誰だかわかった。
魔法使いは指を少女へと向けるといきなり火の玉を投げつけた。クラウディは『生命石』で風を身体に纏い、剣で火を斬り裂いた。火は少女に触れることなく霧散する。
「さすがね…………あなたは私が大して助力しなくてもこの世界に順応しこの時まで力をつけてきた」
フロレンスは何もない空間から杖を取り出し水面をついた。
「正直このままここにいるならそれで悪くないと思ってた……けど外に行くなら話は別。このままでもあなたはある程度は戦えるだろうけど、ある程度止まり。あなたより強いやつなんていくらでもいるのよ」
マナが辺りを渦巻いているのか激しい風が巻き起こる。
「あなたはもう私の子も同然。親である私はそんな見殺しのようなことはできない!」
杖から激しい光が放たれる。少女はあらかじめ体勢を低くしており間一髪回避する事ができた。光は地面に当たって土を抉った。
「外に出るというのなら私に一撃入れなさい!」
────本気だ……
少女は目の前の強大な魔法使いがフロレンスだという事が信じられず、身体に緊張が走っていた。
言うことは至極真っ当だった。この先の事を思うとその通りだと剣の柄を強く握る。同時にこれが終わればこことは別れになると、少女は何とも言えない気持ちになり、それを振り払うように頭を振ると、今の全力がどこまで通用するのかと目の前の敵に突進した。
少女が魔法使いとの戦いでようやく一撃を入れられたのはちょうど1週間後だった。
さまざまな属性の攻撃であったり、見た目が同じでも効果が違う魔法などあり、攻略したと思えば並列魔法、連弾魔法などさまざまなものがいくつも少女の体を打ち何度も瀕死となった。
その度に目に涙を浮かべながらフロレンスは回復魔法をかけ、戦闘を促した。1日の戦闘はクラウディが気絶するまで続いた。
少女が苦戦したのは状態異常の魔法、特に毒や麻痺、精神操作だった。何度自身に刃を突き立てたか分からないほどだ。さすがに毎回自傷するのはきつく、やがて予兆があれば与えられた『生命石』のマナを使い、身体に微弱の電気を流すか空気の膜を纏う事で攻略していた。
「よくできました。クラウディ」
フロレンスは激しい魔法の応酬を掻い潜った末に肩にシミターを刺した少女を抱きしめた。気絶してしまっているが少女をゆっくりと地面に下ろして丁寧に回復魔法をかける。
凄まじい戦闘センスに手加減が出来なかった魔女は苦笑いを浮かべた。最後は気絶してもなお動く少女に、下手したら殺されていたかもしれない。
魔女自身も肩からシミターを抜き傷を塞いだ。剣もボロボロになって今にも折れそうだった。
泥のように眠る少女は愛らしくこのままフロレンスは手放したくなかったが、もう弱い存在ではないと首を振った。