第89話 賭け勝負①
クラウディは宿に帰ると早速ゲームを考えるために飲んだくれて眠っているアイラに水をかけて覚醒させ椅子に座らせた。
「な、なになに?!え?!」
何がなんだかわからない様子で辺りを見渡してクラウディを見た。
「ゲームについて教えて欲しい」
「えあ?!ゲーム?賭博のことか?」
「そうだ」
「ち、ちょと待ってくれ、よくわかんねーし……ねみー」
アイラはまだ眠たそうに机に頭を置いた。
「風呂に入れ」
「え」
クラウディが風呂の準備をし、少し無理があったが────効果があるかわからないが────ポーションも飲んでもらい湯に浸かってもらった。
「悪いな急に」
仕切り越しにクラウディは話しかけた。
「良いけどどした~?」
息をつきながらアイラが返答する。クラウディはどこまで話すか迷ったが、カイザックと3番勝負する事になった事を説明し、その際にゲームを考えなければならない事を伝える。ただし賭けの内容は教えない。
必ず反対されると思ったからだ。
「まじ?あのカイザック相手にかぁ……」
アイラは説明を聞きながら、ならばと手早く風呂を済ませて上がった。
「お、お前、前隠せ」
全裸のまま出てくるアイラにクラウディは顔を背けた。
「おいおい、女子同士だろ~?いい加減慣れろよ」
アイラはそんな彼女を見てニヤニヤと笑いながら少女の首に腕を回した。そしてイタズラもほどほどに服を着て椅子に腰掛けた。
「で?ゲームの内容を考えてんのか?」
「ああ────」
元男の少女は元世界に存在するゲームをしようと思っていた。
ただその中にこの『アストロ』世界に被るものがあってはならない。クラウディは存在するゲームを出来るだけ教えてもらえるよう頼んだ。アイラは唸りながらどんなゲームがあるかを捻り出す。
コイントスゲーム、コイン隠し、HiGH&LOW、腕相撲や陣取りゲーム、棒倒し、各種競技、星取り、水落ちetc……
クラウディも時折質問しながら何があって何がないのか、近しいものがあるのか色々と把握していった。
「────こんなところじゃねーかなぁ?」
もう出てこないと右に左に首を傾げるアイラ。クラウディは考えていたゲームに被りがない事を確認でき、準備しなければと荷物を準備し外に出ようとした。
「また出かけんのー?」
「ああ────一緒に来るか?」
つまんないとぼやくアイラにふと丁度いいなとクラウディは声をかけた。
3日後夜────
クラウディは再びカイザックの元を訪れた。テントは先日と違って豪勢な飾り付けがされており、辺りは賭け事を触れ回ったのか、観客が円を描いてひしめき合っていた。
────やってくれたな……
人混みが苦手な元男の少女は気が散る場をわざと設けたなとカイザックを睨んだ。
彼はすでにテーブルについており、タバコを吸いながら身綺麗な美人に肩を揉ませていた。招待人に気づくと妖艶な顔をニヤリとさせ、酒を一口煽った。
「よお、来たか」
「結構なお出迎えだな」
「気に入ったか?」
ざわざわとざわめく観客を見渡して不意に手を挙げた。すると一斉に静かになる。
「さて、早速ルールのおさらいだ。ゲームは3回。内2回勝てばお前の勝ち。何でも教えてやるよ。ただしお前が1回負けるごとに俺の言う事を聞いてもらう。イカサマはバレた時点で負け。マジックアイテム類はなし。いいな?」
「ああ」
「まあその仮面はお飾りっぽいから特別に許可してやる。ゲームは考えて来たか?やめるなら今のうちだが?」
「まさか。ゲーム自体は俺に有利なものとわかってるか?」
「……いい威勢だ。さっそくやろうか」
クラウディは荷物を置き、椅子に座った。アイラは面倒臭い事になりそうなので宿で休むよう言ってありここにはいない。
少女が席につくと美女の1人が細いグラスに入った飲み物を置いた。ややピンク色の透き通った飲み物だ。
見るからに酒で、苦手なクラウディは一瞥しただけで口はつけなかった。
「なんにも入ってやしねーよ」
手を出さない相手にカイザックは肩をすくめた。
「悪いが酒は飲まない」
「おっとお子ちゃまだったか」
彼は手を叩いて美女に下げさせた。美女は少女をみてクスクスと笑った。
「最初はどうする?俺から行こうか?」
クラウディは無視してそう切り出した。その扱いに美女は少し顔が引き攣ったがすぐにカイザックの側へ行った。
「いいぜ?なにをする?」
少女は立ち上がり拳を前に出した。
「じゃんけんだ」
「……?じゃ、じゃんけ?」
てっきり殴り合いでもするのかと一瞬身構えていたカイザックだが、そうではないと分かり片眉を上げた。
クラウディはルールを説明しながら、自分の手で手本を見せる。
「なるほど理解した。運ゲーか。無難だな。いいだろう」
カイザックも立ち上がり拳を前に出した。
「1回じゃつまらないだろ。2勝した方の勝ちで行くぞ」
少女がそういうと彼は頷きニヤリと笑った。
じゃんけん。一見誰もが同じ勝率の運試し。しかし実際は動体視力がものを言う。相手の出す手の変化を見ながら刹那に後出しをすることで確定で勝つ事ができる。
「最初はグー……じゃんけん────」
掛け声は少女がし、相手の手を見ながら自分の手を変化させる。
結果はクラウディが『グー』カイザックは『チョキ』となった。
「1-0。次で俺の勝ちだな」
「……なるほど」
カイザックは結果に目を見開いていたが不敵に笑った。
「次行くぞ」
クラウディは再び掛け声をし、先程と同じように相手の手を見ながら出すものを変化させる。
「っぽん……?!」
結果はクラウディが『グー』カイザックは『パー』だった。
────まさか……
その結果にクラウディは顔を上げた。カイザックはニヤついており、その表情で理解した。少女がどのように勝ったのか把握したのだ。
「なるほど、運ゲーじゃなくて動体視力ゲーだったか……だが、甘いな」
手を握ったり開いたりさせてカイザックは相手を煽った。
周囲の観客たちは何が起こっているのか理解はできずざわつく。割と地味な戦いなので分からなくても仕方ない。
────やるな……
少女は黙って再び拳を前に出した。先程は相手の動体視力を舐めており不覚を取ったが、おそらく相手も同じくらいの動体視力であるとわかった。こうなるともはや手の読み合いになってくる。しかしこれを看破した者の姿が一瞬、元男の脳裏によぎった。
────やるしかないか
相手も拳を構えた。しかしクラウディは指を広げた。
「俺は『パー』を出す」
少女がそう宣言するとカイザックからニヤつきが消えた。訝しむように片眉があがる。
彼の頭の中では相手の思考を読むのに集中していた。本当に『パー』を出すのか。そう見せかけて『グー』を出すのか。それともその先を読んで『チョキ』を出すのか。
クラウディは相手の表情が消えたとみるや掛け声を発した。
「最初はグー!」
「くっ……?!」
「じゃんけんぽん!」
結果はクラウディが『パー』、カイザックが『グー』となり、クラウディが勝利となった。元男がいつか元世界でハメられた手だった。心理戦で思考を鈍らせ、間髪入れずの掛け声からの動体視力攻め。これを動体視力の劣る者にやられたのだった。もっともその一瞬の記憶はすでに思い出せなくなったが。
勝負の結果に周囲から歓声が上がる。
『え?!宣言通りに負けにいってるダセー』
『なんかよくわかんねーが、すげ!』
『あの男に勝ったぜ?!坊主』
『俺なんか見ぐるみ剥がされたんだぜ?!』
そんな声が上がる中カイザックはしばらく無表情で硬直していたが、やがて息をついた。
「やるな……心理戦と動体視力の複合か」
勝ちの仕組みに気づいてやられたなと笑った。
「こいつらには今の何がヤバいとかわかないだろうがな」
カイザックは周囲を見ながら鼻で笑い椅子に座った。
「いいだろう。勝ち1つだ」
彼は懐からコインを取り出した。最初に会った時に使っていたコインだ。
「今度はこっちの番だ」
カイザックはニヤリと笑い指で弾こうとする。
「余裕そうだが、あと1勝で俺の勝ちだ。気づいてるか?お前は1回でもアウトになれば負けだ。俺は1回負けてももう1回ある」
見え見えの揺さぶりであり、それを聞いたカイザックはまた鼻で笑った。
「ならこれも2勝先取と行こうか」
「待て、それはイカサマの恐れがある。コインを取ったらわからないようにテーブルに置け」
素人ならそんなことしたら音でバレたり、落としたりしそうなものだが、彼の腕はプロ級。そんなことは朝飯前のはずだ。
周囲の観客からも被害者なのか、イカサマを疑う声が上がりカイザックは舌打ちした。
「いいだろう、結果は変わらないがな」
カイザックはそう言ってコインを投げ素早くどちらかの手で掴み、流れるように静かにテーブルに手を伏せた。物音一つしない卓越した手捌き。
クラウディの目には右で掴んだのが見え、迷わずそちらを指す。
────どっちでもいいんだろ?
カイザックが右手を挙げるとそこにはコインがあった。
「正解だ」
負けたのにニヤニヤとカイザックはコインを拾って指で弾き、さらに左右上下から高速で手を動かし手をテーブルに伏せた。
クラウディは手をじぃっと見ながら考える風に首を傾げた。早くしろよとカイザックが顎で示す。
少女はカイザックの右手に自分の手を重ねた。こっちか?と彼が聞く。
「ああ、お前の負けだ」
その発言に彼は手の違和感に気づいて動きが止まった。中々動かない様子に観客もヤジを飛ばす。少しして彼の頬を冷や汗が伝った。
やってくれたなとカイザックの目がクラウディを睨みつける。
少女が手を挙げさせるとそこにはコインがあった。
「俺の勝ちだな」
観客がまじかよと叫び一斉に湧く。同時にこれで終わり?と首を傾げるものも多数。
────2勝。呆気なかったな
少女は、カイザックには遊びを楽しむという弱点がると見ていた。こういう手合いは勝負事において癖なのか知らないが、最初は相手に勝たせる可能性が高かった。そうすることで長く勝負を楽しむのだ。
そう、イカサマで。
ならクラウディも取る手段はイカサマ。相手にテーブルに手をつかせたのはイカサマをさせないためではなく、少女がイカサマをするための手段だった。相手が伏せたところに自分の手を重ねて隙間からコインを忍び込ませるという。
────握ったままでは出来ないからな
相手はクラウディが手を重ねた時点で高速でコインを弾いてテーブルから落としていた。なのでコインを入れられたら防ぐ手はない。
そこら辺で手に入るような観光グッズのコインを選んだのも敗因の一つだ。
クラウディは立ち上がり、項垂れたままのカイザックを見下ろした。彼の負けのはずだが動かない。敗北感からか焦燥感からなのかどんな表情をしているのかと身じろぎし、長い髪の隙間から顔をのぞいた。
その表情に少女の背に悪寒が走る。
彼は目を見開き笑っていた。
やがて顔を上げ声を出して笑った。
「なにがおかしい……お前の負けだ」
「ああ、そうだな……そうかもな……俺の負けだ」
今だに笑っているが、不意に少女の方に顔を向けると舌なめずりした。
「じゃあ行こうか3回戦」




