第88話 情報屋カイザック
次の日の朝。クラウディはいびきをかいて寝るアイラをそのままにし、身支度した。胸サポーターを着けて胸を潰し、旅人の服を着ていつもの男装をする。
香水も幾らかふりかけ仮面をつけると最低限の荷物を持って宿を出た。
早朝だというのに街は賑やかで人が常に往来していた。
朝食はまだだったので出店でオーク串を2本買い、食べながら北門を目指した。
北門は検問をしており外に行列が出来ていた。少女はその脇を通り抜けて外へと出た。
外は多くの大小のテントが広がっているが、毎回人は変わるのでテントの配置や彩は変わっている。
石畳の街道を進みながら大きいテントを探す。その際も来た時と同じように色んな人が、道行く少女に話しかける。
娼婦や筋肉自慢男、ギャンブラーや手品師などなど。
クラウディはそれらをことごとく無視しながら辺りを見渡した。
────大きいテントって……あんまり変わらなくないか?
気づけばテントの群の端が見えて際立って大きなものがないのを確認し振り返る。
探しようが足りなかったのだろうかと足を前に出すがふと止まる。
────え、これまた戻るのか……
また客引きに群がられる可能性にクラウディはため息をついた。
そうは言っても仕方なく来た道を戻ると案の定また別の客引きが始まる。うんざりしながらも先程よりも細かく探し、ふと大きなテントの前に座るある男が目に入った。
胸の開いた白いシャツに灰色の髪。左目の下に黒子。妖艶な顔立ちをしており、タバコを咥えてふかしていた。
その男はクラウディが初めてベルフルーシュに来た時に会った男だった。コイントスゲームで最後にイカサマを仕掛けられ負けたのだった。
────賭けたのが1000ユーンだったが
クラウディは彼の側に女性がいたのを覚えており、もしかしてと彼に近づいた。
男は彼女に気がつき、じぃっと見つめる。警戒はしておらず、ふいに口端を上げた。
「どこかで見た顔────いや仮面か」
彼は来いよと手招きし、いつかのテーブルを顎で指した。物は変わらないが配置は変わっている。
クラウディは椅子に座り辺りを見回した。取り巻きの美女の姿はない。おそらくテントの中だろう。
「で、また遊びに来たのか?」
男も座り背もたれに腕を乗せた。
「単刀直入に聞くが、お前が『カイザック』だな?」
その言葉に口元にタバコを持って行こうとした手がピタリと止まる。
その瞬間背後から殺気がし左右から首元にヒヤリと冷たいものが突きつけられる。
「やめろ」
目の前の男はクラウディの背後にいる者に手を挙げヒラヒラとさせた。
「あーほらお前も……」
クラウディは突きつけられると同時に背後の者の首元に、後ろ手で剣を突きつけていた。
男は尚やめない両者にため息をつき、手で何か合図した。すると少女の首元から剣が退けられ、背後から気配が消えた。
クラウディも剣を納めた。
男は一度煙をふかすとまたため息をついた。
「ったくあいつら……これじゃあ名乗ったみたいなものだな……そうだ、俺が『カイザック』だ」
カイザックはやれやれと肩をすくめタバコを吸う。
少女は煙たい空気を押しやるように手で煙を仰いだ。煙は手にまとわりつき離れない。
────ようやく見つけた……情報屋!
見つけるまで長かったと密かに握る拳に力が入る。ここまでに色んな事があったと。
「で、そう呼ぶからには何かあるんだろ。何の用だ?」
黙っている少女に眉間に皺を寄せるカイザック。クラウディは高ぶる気持ちを抑えながら深呼吸した。
「情報を売って欲しい」
「だろうな……何を売って欲しい?」
「『転生』と『次元移動』系全般だ」
カイザックは片眉を上げた。何を言ってるだこいつと言わんばかりの表情だ。
この世界では異端であることは少女も理解している。しかし情報屋とはそういう偏見は持たないと思っていた。金さえ積めば情報を売る、それが仕事のはずだ。
「何故その情報がいる?」
「答える必要はない。売るのか売らないのか。金ならある程度持っている」
クラウディはそう言って金貨100枚入った硬貨袋を荷物から取り出しテーブルに置いた。硬貨同士が擦れる音が量の多さを物語る。
カイザックはチラリと袋を一瞥するが、表情は変わらない。
「それを知る意味がどんな事か理解しているのだろうが、おいそれとは教えてやれないな」
「っ?!何故だ」
「……俺たちはある程度は犯罪の可能性があろうが金さえ積めば情報を売る。だがこれは話が違ってくるんだよ。自分を省みてみろ?お前は妙な仮面を被った男だ。正体を隠し偽名まで使う、な。そんな怪しいやつに情報は売れないな」
────こいつどこまで……
少女は言われてたじろいだ。クラウディが偽名を使っているのを知っているのは10人もいない。
相手はある程度こちらのことを調べ済みだということらしい。
だとしたらどこまで?この仮面の下のことも性別も知っているのでは?こんな変装は無意味では
────いや
相手は自分がここにいる理由は知らない。クラウディはカイザックの顔を見た。表情を変えないがかえって怪しい。
少女が得た情報を悪用しようというなら話は別だが、背景を知っているなら売ってもいいはずだった。
つまりカイザックは金では売れないと言っているのだろうか。
────金、女、酒、ギャンブル
少女は選択肢を頭に浮かべ、無難なものを選ぶ。
「なら賭けをしよう」
それを聞いて彼は一瞬笑みを浮かべた。
「へぇー……何を賭けるんだ?」
「勝った方は相手の言うことを1つ、何でも聞く」
「…………ありきたりだな。この俺とお前が釣り合うとでも?Cランク殿?」
────まあ知ってるか
たかがCランク冒険者と情報屋、確かに価値が違う。しかしそんなことで今更引き下がるわけにはいかなかった。
「ならもしお前ならどういう条件を出す?」
「…………そうだな。それに加えて、勝負は3回として1回負けるごとに俺の出す要求を飲んでもらう。お前は2回勝てば良しとしよう」
「よし、乗った」
冗談混じりの発言にクラウディが即答すると一瞬困惑する表情を浮かべた。
「正気か?2回負けたらお前の人生終わるかもしれないぞ?」
「構わない」
さらなる即答にカイザックは呆気に取られ身じろぎ一つしない。それはそうだ、圧倒的に不利な条件に即答なんて信じられないだろう。
タバコの煙だけがゆらゆらと漂い灰の先が落ちた頃、彼は突然笑い出した。
「お前、やばいな必死過ぎ!馬鹿すぎて面白いわ!良いぜそれで行こう!」
しばらく腹を抱えて笑い、落ち着くと新しいタバコを取り出して少女の方へ向けた。彼女が吸わないと断るとそれを自分で火をつけて2本目をひと吸い。
「3日後……3日後の夜にここでやる」
クラウディは今すぐにやりたかったが、それを聞いて立ち上がった。
「それとさすがに俺もギャンブラーだ。3ゲームのうち2つはお前が考えてこい。面白いのを待ってるぞ」
「それは俺に有利にならないか?」
「一方的なのもつまらないだろ。これは俺なりの敬意だ。だが、2回勝てなきゃお前は終わりと思え」
カイザックはニヤリと笑いタバコをふかした。
少女は頷き、その場を後にした。
「良かったので?」
仮面の男が去った後、カイザックの背後から先程の黒ずくめの男2人が姿を現した。
「いいさ、俺が勝つし」
「あの者を得るメリットを感じませんが」
黒づくめの男の1人が心配する。しかしカイザックはそれを鼻で笑った。
「気づいてないのか?あいつはお前らより強い。下手したら俺と並ぶかもしれないぞ?」
そんな馬鹿なと2人は顔を見合わせるが、真剣な表情の主人を見てそれ以上は何も言わなかった。
『クロー』『Cランク冒険者』。カイザックは賭博場での彼の勇姿を聞いており、気になって独自に仮面の男を調べていたが、分かったのはそれだけだった。
出自不明、年齢、性別、本名も不明と来た。冒険者ギルドも秘匿しており、さらに調べるには時間がかかりそうだった。
情報を扱う頂点において、調べられない事があるとより一層興味をそそられる。まるでダンジョンの宝箱を探すような感覚だった。
────勝って丸裸にしてやるよ
カイザックは卑しく笑みを浮かべた。




