第86話 カルザル②
姿が見えるほど近く、白い姿と鳴き声で例のカルザルだとわかる。
どうやらヘイトを集めるスキルを使ったようで、今にも襲いかかって来そうだった。
そう思った矢先に猿たちは襲いかかった。主にアイラの方へと向かっていくがうち数匹はクラウディへと飛びかかった。
体高は1mほど。両腕が体高ぐらい長く、先に行くほど細くなっていて関節が一つ多い。顔は鼻が長い猿といった感じだ。
めまいから回復した少女は鞭のように伸びてくる腕を上体を反らして躱し、その腕を落とそうと斬りつけた。刃はすんなりと通り関節から先が地面に落ちて血飛沫が舞った。
カルザルは悲鳴を上げてのたうちまわった。
────皮を剥ぎ取るから傷は少なくしないとな
クラウディはバタバタと地面を転がる猿の心臓に刃を突き刺すと次の対象へと向かった。
次の2匹がめちゃくちゃに腕を振り回して少女を攻撃する。少女は木の幹を背にして身を守り、姿勢を低くして敵の背後に回ると同時に首を刎ねた。
立て続けにさらに2匹が恐れて逃げ出すが、ナイフを膝裏に投げて刺すと転げこれも心臓に剣を突き刺して仕留めた。
襲いかかってくる敵はいなくなりアイラの方を見ると最後の1匹を真っ二つにしていたところだった。
すごい威力の斧だと思ったが例の属性斧でなく別の斧だった。アイラは属性斧は極力使わずに自身の膂力で圧倒していたのだ。
────さすがAランク
倒したのはクラウディが5匹、アイラが12匹だった。ただそのうち依頼の素材に出来そうなのは4匹だけだった。
「あら、そっちにもヘイト飛んじまったか」
アイラは武器をしまいながら辺りを見渡した。彼女が倒したのはほとんど縦か横に真っ二つで使えそうなところがない。
もしかしたら仕立て屋によっては部分的でも大丈夫だろうが出来れば傷の少ない個体を回収したかった。
「アイラ……できるだけ首を狙ってくれたほうが助かる」
「まじ?早く言えよ。柔らかすぎてやりすぎてしまったぜ……」
アイラは申し訳なさそうに頭をポリポリとかいた。クラウディは取り敢えず使えそうな4体を剥ぎ取ろうと彼女にも手伝うよう言った。
カルザルの死体の側に座ると背中側に切れ込みを入れて皮を剥いでいく。流石にラビラビのようには綺麗に剥がれず肉片が所々付いてしまう。時間も30分以上かかった。
アイラは剥ぎ取りは苦手らしく1匹ズタズタになってしまった。
「むずいかしぃー……悪いやっちまった」
「……あとは俺がやる。そいつはなんか使えそうなとこだけ剥ぎ取れ」
「怒んねーの?」
クラウディは手を止めた。何故怒る必要があるのだろうか。
「大体のやつはブチ切れたりするぜ?」
「得手不得手があるだろ。今度また教える」
少しの間アイラはクラウディを見つめていたが、手を動かして鼻歌を歌い始めた。よくわからないが機嫌が良い。
────あと最低でも2匹分か
3匹分の皮をインベントリに入れた。アイラも剥ぎ取り終わったみたいでインベントリに詰めていた。
「そう言えば属性斧は使わないのか?」
アイラの背負う斧を見ながら近づく。属性斧とは違うが、頑丈そうな斧だった。
「あれは強いやつとだけのとっておきだから置いて来た。サルだし。あと何匹狩るんだ?」
相手によって使い分けるとは、全てが脳筋というわけではないらしい。
「最低2匹だな。頭を落としてくれるとありがたい」
「了解~」
2人はもう少し森の奥へと足を運んだ。すると少し窪地になっているところに数匹カルザルがいるのが見えた。
クラウディはアイラをその場に待機させ、窪地の反対側へと回り込んだ。
音もなく歩き気づかれずに位置取るといつでも行けるように武器を構えアイラに手で合図した。
彼女は頷き大声を上げながら武器を振り回し群れに突進した。
カルザルは驚き少女の方へと逃げ出す。しかし木の幹の間を通ろうとしてその首が刎ねられ立て続けに数匹が地面に倒れ伏した。
もう何匹ががそれを見てたじろいだが後ろから来たAランク冒険者に叩き伏せられる。
「これで終わりか」
「ああ、ご苦労様。ちょっと休んでろ」
クラウディはアイラにそう言い倒したカルザルの剥ぎ取りを開始した。
時間にして15時くらいだろうか、作業中アイラはウロウロと辺りを動き回っていたが腹の虫が鳴ると空腹を訴え地面に座った。
「終わったなら飯にしよーぜ」
「森から出てからにするぞ」
「え~……」
文句を言うが木の目印を辿りながら帰路に着くとアイラも黙ってついて来た。
「結構歩いたぜ……疲れた~」
森の外に出るとアイラは再び地面に座った。荷車が通るはずで、その間クラウディは食事の準備をした。
簡単な焚き火を組むと火をつけ、この間のバウムートの肉を焼き出す。その様子を見ていたアイラも張り付くように眺めていた。
「まだかよー」
「もうちょっとだ……」
インベントリから入れたものは品質に変化がほとんどないので、ほぼ新鮮な状態だった。
本来なら中までしっかり火を通すが、新鮮な状態であったので焼き加減はレアで、酒とニンニクっぽいものやらで味付けし皿に盛った。
アイラによそって渡すが手で食べようとするのでナイフとフォークを渡した。
レアで食べるのが初めてなのか一瞬戸惑ったが、口にすると目を輝かせた。
「うま!」
それからはガツガツと食べ始め、クラウディも頬張った。味は普通にステーキでワインソースとまでは行かないが酸味の効いたソースが美味かった。
2人が食事を摂っていると荷馬車が通りかかり馬の足を止めた。
「おや、良い匂いがするな……」
2人はステーキを荷馬車の人にも分けて乗せてもらい、ベルフルーシュへと向かった。
荷馬車の中は食べ物が多く積んであり見たこともないのがまだ多くあった。
荷馬車のペースは歩く速度と変わらずベルフルーシュへと着く頃には日は暮れていた。
クラウディは荷馬車に揺られて眠ってしまったアイラを起こし、御者に礼を言うと降りた。荷馬車は検問を受けて中に入り市場の方へと向かっていく。
疲れていた彼女らはギルドへの報告は明日にすることにし宿へ戻って早めに休んだ。




