第84話 胸サポーター
「カイザック?」
「ああ、『イコール』っていう情報屋の1人だと思うんだが」
翌朝、朝食中クラウディはアイラに情報屋について聞いた。
「んーあー……カイザックね……」
アイラは何か含むように名前を繰り返した。
「知ってるのか?」
「…………」
少女がじぃっと見つめると目が泳ぎ出す。
────なにか知ってるな?
クラウディは金貨を1枚テーブルに置いた。金欠Aランク冒険者はすぐに飛びつくかと思ったが、何度がチラチラと見て何か葛藤するように手を伸ばして震えている。
しかしもう1枚金貨を置くと素早く取った。
「ふぅ……言っておくが、あいつはやめとけ」
「知ってるんだな、この街にいるのか?」
「いるけどやめとけ」
アイラはそう言って頭を抱えた。酷く難しい表情をしている。
「どんなやつなんだ?」
「……酒、タバコ、女、ギャンブル。特に女が大好きな女たらしだ」
「……アイラも似たような趣味だろ」
「失礼だな!私はタバコ吸わねーし、男もたぶらかしたりしねー!」
アイラ興奮様に立ち上がったが少しして咳払いし、椅子に座りなおした。
「とにかくおすすめはしねー」
金を払ってもここまで拒否が入ると少女も少し不安になる。さらに金を積んで話を聞くべきか悩んでいるとアイラは食事を食べ終わり立ち上がった。
「この話は一旦ここまでだ!ちょっと出ようぜ?」
クラウディは言われて食事を済まし、いつもの男装をした。香水はアイラが嫌がるのでつけないでおく。
ちなみに口止め料として結構な額をすでにアイラに払った。驚いていたが満面の笑みで受け取った。
アイラたちは支度ができると外に出た。
「ん?防具屋?」
アイラは少女の手を引き防具屋へと来た。ただ普通の店と違い看板に『専門』という文字が入っていた。
「いらっしゃいませー」
中に入ると女性の声がし、カウンターを見ると若い女性が座っていた。髪色が薄いベージュで肩までの長さ。服装は簡素なシャツに鍛冶屋が着るような黒い前掛けをしていた。
クラウディは辺りを見渡した。鉄製から革製までたくさんの防具があり、種類も防具一色から部分装備まで揃っている。籠手にしてもサイズや見た目だけで何十種も置いてあった。
ただ気になるのがサイズが小さめなのが多い点だ。男性ものは少ない様に思えた。
アイラはそのカウンターに行き店主といくらか話したあと少女を手招きした。
クラウディが側に来ると店主は彼女たちを連れて店内を歩いた。
「えーと、確かここに……あ、ありました」
店主が案内したのは鎧の下に着るサポーターが置いてあるところだった。鎧を直接装備するわけには行かないので皮膚を保護するものがいるのだ。
クラウディは戦士であるアイラが着るものかと思っていた。
「これはどうだ?」
「え」
不意にアイラはとあるサポーターを少女に差し出した。それは首から胸までを保護するサポーターだった。
「サラシじゃ面倒臭いだろー。こう言うのをつけた方がいいって。防具にもなるし」
確かにサラシは時間かかるし保管も面倒くさい。
言われて少女は受け取り、他にも無いのか探した。店内にあるのは上半身を覆うもの、首だけなど色々あったが、胸部分だけを探した。胸部分だけと言っても種類があって布~鉄製、バストに合わせたサイズまであった。
「試着室ってあるのか?」
「あちらにございますよ」
店主に案内されクラウディは2m四方の個室に入った。
いくらか持ってきておりサラシを取ると早速試着してみた。
バストサイズが小さいものを選べばサラシみたいに胸が潰れるようで少女は買うことにした。
サポーターは内側が布で外側が革になっているものを選んだ。鉄製だと重いし、布だけだと胸が出てしまいそうだったのだ。
あとは前で調整出来るものにし、ボタン式と紐式があったが両方とも買うことにした。さらに予備も欲しいのでもう1セット購入した。最後に試着したものはそのまま着用して店を出た。
「ありがとうございましたー」
「どうだった?私の行きつけの防具屋なんだけど」
「ああ、助かった。おかげで良い買い物が出来た」
「へへ、そうだろそうだろ」
店を出たあとアイラは上機嫌に少女の背を叩いた。
防具屋のあとはアイラがすぐに酒場に行こうとしたので今日こそはクエストに行こうと半ば引きずるようにして『ナイトローズ』冒険者ギルドへと向かった。
「えー金があるのに働くのかよ~……面倒くせー」
「そんな使い方してたらすぐになくなる、いいから行くぞ」
ギルドに入ると周囲の視線が異様に刺さった。
────なんだ?
その視線はクラウディではなくアイラに注がれている。
「おい、闘神のアイラだ……」
「クエスト受けるのか?」
「一緒にいるのは誰だ?」
「実質Sランクのやつか────」
などなどいろいろな声もそこここから聞こえてくる。
「アイラは有名、なんだな……?」
「周りが勝手に言ってるだけだろ。気にしてねーよ」
今日のギルドの受け付けはルルーシで声をかけるとニコリと笑った。
「クローさん、先日はどうも」
「ああ、今日は依頼を────」
「そういえば依頼の達成報酬きてますよ」
────え?
少女は首を傾げた。受けた依頼はもう一つあるが、まだ達成はしていないはずで思い当たる節がなかった。
「護衛依頼です。依頼主はローレッタ様ですね。先日無事に到着したとのことで報酬を渡しますね」
「……そうか」
────無事に着いたんだな
『死星』とやらの件もあったので少し心配だったが、いらぬ心労だったみたいだ。Aランク冒険者のブレッドもいるのだからそもそも心配することはなかったかもしれない。
「10万ユーンです、どうぞ」
ルルーシが硬貨袋をカウンターに置いた。周囲の目線が集まりざわめき出す。
「おいおいクローちゃん儲けてますなぁ~。一体どんな依頼を受けたんだ?」
────こんなに報酬があったか?確か5万くらいだったと思うが……
首を傾げるも少女はありがだく受け取り懐にしまった。アイラがしきりに内容を気にしていたがまた今度話すとその場は濁した。
「えーと今日はどんな依頼をご希望で?」
周囲の視線に困惑した表情の少女に、ルルーシは依頼書の束を出した。
取り敢えずクラウディはアイラとのパーティ申請をし、Aランクの依頼を見させてもらった。
コカトリスの討伐
バジリスクの討伐
オーガの討伐
王都までの護衛依頼
山賊の一掃依頼
ワイバーン2頭の討伐
地下洞窟の調査
タイタンへの運搬護衛依頼 などなど
クラウディは明らかにヤバそうな依頼に眉を顰め、助言を求めるため依頼書をAランクであるアイラに見せたが、どれでもいけるぜとウインクしただけだった。
────山賊ならこの間倒したな……
仕方なく、経験があるなら少しは楽かと『山賊の一掃依頼』を受けることにした。しかし受け付け嬢は難しい顔をした。
「アイラさんはAランクですが、正直2人ではきついかと…………せめてもう1人はいないと難しいですよ」
「私なら1人でも十分だぜ?」
「山賊の1人がAランク級との噂が立ってますのでそう簡単には行かないと思われます。ギルドとしても死地に送るわけには行かないのです」
「じゃあもう1人入れたらいいんだな」
「最低限そうですね……」
クラウディは振り返って辺りを見渡した。こちらを気にしていた者たちがたくさんいたが、皆目が合うとサッと視線を逸らした。
「ルルーシ……だったか?誰かいないのか?」
「…………そうですね、他のAランクは出払ってますし……それに────」
ルルーシは名簿を見ながら話していたが、アイラの方をチラリと見た。
アイラは暇そうにしており欠伸をすると爪をいじり出した。その様子を見て眉間に皺を寄せ、こめかみを指で叩くルルーシ。クラウディはまさかと口を開いた。
「…………アイラ」
「ん?」
「お前何かしたのか?」
「何が?」
「パーティ組んだことあるだろ?なんか問題でも起こしたか?」
「私は別に何も悪いことはしてないぜ?」
少女はどうなんだと受け付け嬢の方に顔を向け、視線に気づいたルルーシは肩をすくめた。
「アイラさんはパーティを組んでも好き勝手やるらしくて基本誰も組もうとしませんね……容姿が良いので初見の人は組もうとするんですがすぐに解散してしまいます」
「まじか……」
「私はソロ専門なんだよ。強すぎるのも困ったもんだな!がはは!」
アイラは開き直り笑い飛ばした。それを聞いてそこかしこからため息が聞こえた。
確かに彼女は金がないと動けないような人間であり、自由奔放なので合う人は少ないかもしれない。だが貴重なAランクで少女は解散する気はなかった。
────俺が女なの知ってるしな……
「了解、取り敢えず今日は出直す」
「はい、くれぐれもギルド内でのいざこざは控えてくださいね」
「だってさ、クロー」
「…………」
少女はなおも笑っているアイラの腕を掴むとギルドを後にした。




