第83話 ひとつ屋根の下
その後は宿に戻るとアイラが床で大の字になって寝ていた。せっかく片付いていたのに酒瓶があちこちに転がり液体も溢れている。
彼女を揺すってみたが起きず。取り敢えず抱えてベッドに横にし散らかった瓶などを片付けた。
────Aランクなのにクエストには行かないのか?
まだクエストに出かける姿を見ていないアイラ。金があれば受けなくてもいいだろうが常に金欠のイメージがあるのでいつかは行くのだろう。
少女は宿に食事を取りに行き、ささっと食べた。そして昼からはアイラを娯楽に誘おうと思ったもののいびきをかいて眠る彼女は全く起きなかった。
結局クラウディは宿で本を読んで過ごし、アイラが起きたのは陽が沈んでからだった。
「ああー!よく寝た!お、飯か!いただくぜ」
クラウディは晩御飯を取りに行き自分は食べてアイラの分もテーブルに置いていた。彼女は見つめる少女を気にせず食事を摂った。
「クロー、また金くれよ。酒でなくなっちまってさ」
食べながらアイラは手を差し出した。クラウディは本を閉じ、本でその手のひらを叩いた。
「あ痛っ」
「少しは働け」
「そんなぁ、いいじゃんいっぱいあるだろー?」
「そんなポンポン出してしたらすぐになくなる。明日にでもクエスト受けに行くぞ」
「え~……まあいいけどさ」
アイラは口を尖らせた。どうやら明日はクエストを受けに行きそうであるが、道草を食う可能性があった。
「俺もついて行くから」
「え、何?一緒に行きたいのか?」
「どこかで酒を飲むかもしれないからな」
「…………ッチ」
図星だったのか舌打ちし黙って食事をかき込んだ。そして立ち上がって伸びをする。
「あー風呂でも入ろー!」
アイラはそう言って上半身裸になり、クラウディの横でピタリと止まった。
「…………」
「…………?」
「なぁ、なんで襲わないんだ?」
「え」
テーブルに手をつきクラウディの顔を覗き込んだ。褐色肌に大きな胸が目に入る。元男の少女は顔を背けた。
「なんだ急に」
なるべく平静を保てるように声音に気をつける。
「これでも私、容姿には自信あるんだけど」
「…………」
────なんて答えるのが正解なんだ?褒めるべきなのか?
女心がわからない元男の少女は困惑した。もっとも仮面をつけているので微かな表情の変化はわからないだろうが。
「なんか、怪しいな……」
「何がだ。襲うなんてするほうがよっぽど変だろ」
「男と女が同じ屋根の下にいるのに何も起こらないほうがおかしいって。雄と雌がいるならやることはひとつだろ」
────……一体なんなんだ、まったく
クラウディはここにはいられないかもと思い立ち上がった。一旦出て行こうと荷物を持つ。インベントリは部屋に隠しているがまたあとで回収すればいい。
そのままドアに向かうがふいに力強い腕に掴まれて身体が浮いた、かと思えば、気づけばベッドの上に転がっていた。
アイラがクラウディの上に四つん這いになる。風呂に入ろうと解いた長い髪が少女の仮面を撫でた。
クラウディは自分の心臓の音が少しずつ早くなるのを感じた。
「クローさ、そんなに自信がねーの?そんなに傷が酷いのか?」
「…………そうだ。とても見せられない」
アイラはクラウディの身体を触ろうと胸に手を伸ばした。少女が慌ててその手を掴んだが、しかし力が強く両手を使う羽目になる。
「もしかしてさ」
アイラはその隙に少女の仮面を取った。
「ほら傷なんてない…………え、女?」
彼女は傷のない綺麗な少女の顔を見て驚いた。そして上着をはだけさせてさらに驚く。サラシを巻いた胸に目を見開いていた。
「え、女じゃねーか」
────あー……
クラウディは隠してても案外簡単にバレるなと、もはや抵抗しなかった。一緒の宿に泊まる以上は時間の問題ではあっただろうが。それにもうバラしたほうが楽なのかもしれないとも思った。
「お、怒ってる……か?」
少女は肩を震わせているアイラに恐る恐る聞いた。声も仮面がないので女の声となる。
最悪殴られるかもしれないとも覚悟した。だがアイラは突然笑い出した。
「女の子だったかぁ!騙されたー!声も変えてるし!」
少女はそれを聞いて仮面を再びつけようとしたがアイラが少女の腕を押さえつけた。
「香水も男物だしさ、話し方もな。いつ迫ってくるかこれでも緊張してたんだけどさぁ……損しただけかよぉ」
「…………」
アイラは何も言わないクラウディの首元に顔を埋めた。
「お風呂入ろ?」
少女は今日は一緒に風呂に入るなら騙したことは許してくれると言うので共に風呂に入った。
「あの香水も私の前では使うなよ」
「なぜだ?」
「あれ妙な成分が混ざってんじゃねーの?近くで嗅ぐと変な気分になるし。男には効かんかもだが」
少女自身は特に、嫌な匂いぐらいにしか思わなかったがもしかすると心の持ちようで違うのかもしれない。少女の魂は正真正銘男なのだから。
クラウディはじっと見つめるアイラに気づいた。
「なんだ?」
「いや、私は容姿には自信あるんだが……クローもなかなかだなと」
「そうか────っ!」
少女は言いながら湯の下で胸に伸びてくる指に気づいて叩いた。
「ちっ、だったら私の胸触れよ。おあいこならいいだろ」
そう言ってアイラは元男の前に自身の胸をグイと突き出した。しかしまともに見慣れてない元男は凝視したまま固まった。
「あん?大丈夫か?なんだおまえ、女なのに女の体苦手なのか?おもしれー!」
褐色女は面白がって少女に馬乗りになり胸を顔面に押し付けた。
「うりうり~どうだ?騙しやがってよ!おらおら~もうニ度と騙すんじゃねーぞ!」
最初はバシャバシャと水をはねらせて抵抗していたがやがて動かなくなった同居者にアイラは慌てて離れた。
クラウディはのぼせて意識が飛びかけていた。
「悪かったって怒るなよ……」
風呂から上がったあとクラウディはフラフラと乾いた旅人の服を着、促されてベッドに寝ていたがそっぽを向いていた。激しい既視感に襲われる。
────ラントルとも似たようなやり取りがあった気が
ベッドからは酒と女性のいい匂いがする。
その後は再び謝りながらアイラが背中に抱きついてきて、やはり胸を触ろうとしたので徹底して防いだ。サラシは面倒で窮屈となるので巻いていない。
「なんで男装してたんだ?不便じゃね?」
アイラは寝たふりする少女に聞いた。
クラウディはこの世界に来た時のことや例の事件について話すべきか迷った。正直アイラには関係の無い話であり話したところで何か解決するわけでもない。
そもそも仮面も、元男の時も付けていたので違和感ないのだから苦にはなっていない。
「女性は色々と……その、不便だから」
当たり障りない言葉を選んで少女は答えた。アイラはふーん、と詳しくは聞かずに彼女の背中に顔を埋めた。
「あまり俺のことを言いふらしては欲しくないんだが」
ふと不安になって身じろぎした。
「……え~?男として扱えってことかぁ?」
「……金やるから」
これはすぐにでも言いそうだなと思った少女は仕方なくそう言った。
「お?まじで?口止め料ってやつか……へへわかってるな」
「口外したら縁は切る」
「わかったわかった」
彼女らはそれから他愛無い話をしてそのうちに2人は眠りに落ちた。




