第82話 Cランク昇格試験?
アイラは結局朝まで起きず、ようやく目が覚めたと思ったら窓を開けて盛大に吐いていた。
「やべ、飲み過ぎた……」
クラウディはそんな彼女はそっちのけでギルドに向かう準備をした。一応宿の食事と水をテーブルには用意しておく。
「悪ぃ、記憶なくて……なんかしなかった?どうやって帰ったんだか」
アイラは気だるそうに席についてゆっくり水を飲んだ。そこに少女が一連の昨日の出来事を話すと水でむせた。
「ごほ、わり、ほんとわりー」
「今日はゆっくりするんだな」
「どこか行くのか?」
ギルドに行く事を伝えるとアイラはにかみながら『行ってらっしゃい』と手を振った。
ギルドへ向かい、昨日の受け付け嬢と話すとギルドの中庭へ通された。
中庭は修練場みたいになっており、20m四方の正方形の空間であった。隅には木に鎧を着せたダミー人形や丸い的や木剣が置いてある。
「ここで少々お待ちください、試験官を連れて参ります」
受け付け嬢はそう言って再び中へと戻っていった。
1人残されたクラウディは置いてある木剣を手に取った。縁は所々ボロボロで何人も握ってきたのだろう柄はかなり汚れていた。当然真剣よりは軽い。
木剣は大剣や短剣まで色々あり、今回はこれらを使うのだろう。
────職によって試験が決まるらしいが
ラントルやアラウが言っていたものでは技能を見る感じだったが、『該当なし』のクラウディはどうするのかと首を傾げた。
該当がないなら測る技能もないのではないだろうか。
とは言っても剣は扱うだろうと、少女は自分が使う木剣を漁った。
その時不意に背後から殺気を感じ、振り向いて飛んでくる何かを木剣で弾いた。
それはクルクルと回りながら地面に刺さった。
────ナイフか
クラウディはナイフが飛んできた方向に顔を向けた。
そこには全身角のない簡素な鎧に身を包んだ者が入り口に立っており、その者がナイフを投げたようだった。側では先程の受け付け嬢がいるが、口に手を当てて顔を青くしている。
「な、何やってるんですか?!まだDランクの人なんですよ?!」
受け付け嬢が甲高い声で叫んだ。
「悪い悪い、手が滑ってさ」
鎧からくぐもった男の声がした。どこかで聞いたことある声な気がしたが、少女は思い出せなかった。
「…………」
クラウディはとても詫びるような感情はこもっていない彼の発言に返答せず注視した。
もう殺気は感じないが異様な雰囲気がある。
「すみません!クローさん!お怪我はないですか?」
「ああ、問題ない」
「あの、一応この人が試験官なんですけど今日調子がおかしくて……その、日をあらためて────」
「悪かったってルルーシ」
鎧の男は受け付け嬢の側に来ると肩を引き寄せた。
「ちょっとやめてください!」
ルルーシと呼ばれた受け付け嬢は急な事に男を突き飛ばして離れた。男はよろめき笑うとクラウディの方に向き直った。
「はは、大丈夫大丈夫試験できるから、な?新入り?」
「いけません!なんか変ですよ今日!」
クラウディに近づく男にルルーシは慌てて腕を掴んで引き離そうとした。しかし男は彼女を脇にやり、かと思うといきなりクラウディに突進した。走りながら腰に下げている剣を抜き斬りかかる。
────どんな試験官だよ?!
クラウディは横薙ぎの攻撃を下がって避け、続く切り返しを剣が折れないよう剣の平を斜めにうけて上に受け流した。相手が真剣である為下手に受けるとすぐに真っ二つになるだろう。
「やるね~。俺を倒してみろよ。それで合格にしてやる」
口笛を吹きながら余裕を見せる男。
────野蛮すぎだろ
試験官を倒すと言っても、全身鎧で固めた相手に木剣でどうしろというのか不平を言いたかったが、そんな余裕はない。
────こっちも真剣を使っていいのか?
木剣で倒せるとしたら頭部に渾身の一撃を入れて脳震盪を起こしてもらうしかない。だがそんな隙があるだろうか。
クラウディは迫る縦斬りを左足を軸に半回転して避け、その勢いで相手の後頭部を木剣の柄で打った。
一瞬動きは止まったが相手はすぐに振り向いて突きを繰り出してきた。
それを木剣で跳ね上げるも、その際に剣が真ん中から半分に折れた。鎧男はここぞとばかりにもう一度鋭い突きを放つ。
しかし驚くことに少女は空中を舞っていた折れた木剣の刀身を反対の手で掴むと、剣を交差させて突きの進路を曲げつつ、そのまま真剣の刀身に沿って木剣の剣の柄を鎧男の顔面に叩き込んだ。
彼女は男がぐらりと体勢を崩したところにさらに顔面に膝蹴りを食らわせた。
本当なら地面に押し倒してマウントを取るつもりだったが、鎧男は器用に背中を反るとそのまま後方に回転し距離を取った。
「これでDランクか……」
「おい!マティアス!聞いたぞ!何やってる?!」
張り上げる声が中庭入り口から響き渡った。どうやら受け付け嬢のルルーシが応援を呼んだらしく大楯を持った大男が入ってきた。もう1人僧侶らしき女性も側にいる。
それを見てマティアスと呼ばれた鎧男は舌打ちし剣を下げた。
「いいところだったのにな、まあいい」
剣を鞘に納めるとクラウディに背を向けた。
「こいつは合格、問題ない」
大男の横を通り過ぎる際にマティアスはそう言い姿を消した。
ルルーシと僧侶がクラウディの側まで走ってきて怪我の具合を確認した。幸い膝の打ち身ぐらいで僧侶の『ヒール』1回で傷は完治した。
「すみません!本当!普段はあんな人じゃないんですが!」
「それはいいんだが……俺は合格で良いのか?」
そう言うとルルーシは僧侶と顔を合わせ、続けて大男を見た。
「まあマティアスもAランクだからな。あいつに顔面膝蹴りして合格と言われたんなら良いんじゃないか?」
大男は冗談で言って笑ったつもりなのだろうが、誰も笑わなかった。
「あ、いや合格でいいと思う」
すまんと頭を下げる大男を見てルルーシはため息をつき、クラウディにギルドロビーで待つよう伝えた。少女は折れた木剣を大男に返した。
「悪い、折れた」
「ん、ああ大丈夫だ。替えはいくらでもある」
少女はギルドカードを渡すとロビーへと戻り、空いたテーブル席について結果を待った。
よく分からない試験だったが、こういうものなのだろうか。マティアスという男は他の人が言うには様子が変だったと言うが。
クラウディは自分が考えても仕方ないと頬杖をついて出入りする冒険者を見ながら某っとした。
ほとんどがパーティを組んで3~5人くらいでまとまって動いていた。
基本的にソロの少女はそろそろまたパーティを組んだほうがいいのかと悩んだ。先日のバウムートも切り札まで使ってしまったのだ。もし仕留めきれずに戦闘が続けばやられていたかもしれない。
そんな事を考えているとルルーシがクラウディの目の前の席に座った。本来なら少女が呼ばれていくべきだったが、先程の件もあって自ら来たようだ。
「クローさん、ギルドカードお返ししますね」
クラウディは差し出されたカードを受け取った。カードの色は『銅』となっていた。『Cランク』の記載もある。
────ラントルたちに追いついたな
「この度は不快な思いをさせてしまって申し訳ありませんでした。Cランク昇格おめでとうございます。これからもクエスト頑張ってください」
深々と受け付け嬢は頭を下げ席をたった。そしてもう一度頭を下げるとカウンターへと戻っていく。
クラウディはカードを懐にしまうと立ち上がり宿へと戻った。
その際に鎧男のマティアスとすれ違ったが、少女は気づかなかった。
マティアスは受け付けに行きこう言った。
「すまん、遅れた……試験ってどいつを見ればいいんだ?」




