第77話 バウムート
クラウディは水の跳ねる音に反応し目を覚ました。
外を見ると陽が登っており明るくなっている。
アイラは起きて風呂に入っているようで仕切りの後ろから鼻歌が聞こえた。当然だが、聞いたことない曲のメロディだった。
数分後に彼女は湯から上がり髪を拭きながら出て来た。ただし全裸だ。アラレもない褐色肌の裸体から雫が垂れている。クラウディは慌てて顔を伏せた。
クラウディに気づくとニコリと笑った。
「おう!石鹸借りたぜ!」
「いいから早く服を着ろ!」
「おいおいサービスしてやってんのに~シャイな坊ちゃんだな」
カラカラとアイラは笑い、短パンにヘソの出たシャツにジャケットという服装に着替えた。肩から太いベルトをかけて背中に大きな大斧を背負う。
「クローはなんか予定あるのか?」
「受けたクエストに行こうと思ってる」
「ふーん……頑張れ!」
てっきり一緒に依頼でも行くかと思ったが、アイラは簡易な荷物だけ持ってクラウディが渡した金を握りしめている。
「お前は?」
「私は決まってんだろ?賭博だ」
討伐依頼────
討伐目標 バウムート1体 パーティ推奨
場所 郊外森林の家屋
報酬 1万ユーン
推奨ランク Dランク
適切ランク D-C
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クラウディはアイラの宿を出た後、依頼書を見ながらベルフルーシュの外に出て、近場の森へ向かって歩いていた。
外に出てすぐのテントの多くはほとんどそのままで門番が言っていたようには減ってはいなかった。相変わらず騒がしく街道を外れるほかなかった。
『バウムート』は牛のような巨体に犬のような頭を持つモンスターであり、最近はとある家屋の畑を荒らして被害が出ているらしい。
依頼書の通りパーティ推奨であるが、クラウディは色々試したいこともあり1人で向かった。
ベルフルーシュの周りには幾らか個人の家屋があるらしく、今回のは西の森林にある家屋のうちの一つらしい。
もう辺りにテントはなく、クラウディは街道に戻り進んだ。
30分くらい歩くと砂の街道が石畳に変わり、木の看板が目に入った。
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この先オノールノ農場
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少女は看板のある道を行き、農場の柵に持たれて座っている衛兵らしき者を発見した。
「お、冒険者か?もしかしてバウムートの件かな?」
男はクラウディに気がつくと、ヘルムを被り立ち上がった。ずいぶん痛んだ鎧で年もとっているようにも見える、だいたい60歳くらいだろうか。見える髪や髭には白髪が混じっていた。
「ああ、クローという。依頼はそちらが?」
「私はここの……一応駐屯兵をさせてもらってるラッツという。依頼はこの先、1番奥の家の主人が依頼したんだ────行きながら話そう」
手招きして少女が側に来るとラッツは並んで歩き出した。
「バウムートは先週くらいから森から降りて来たみたいで畑を荒らしているんだ。私も衛兵だから戦っては見たがまるで歯が立たんくてな。応援を呼んでも忙しいみたいでなかなかどうして……」
老兵はガックリと肩を落とした。
────街の治安悪いだろうしな……
ベルフルーシュではそこここで衛兵が走り回っており人が足りてないのだと今になって少女は思った。
こんな遠くまでの地へはなかなか人数は避けないのだろう。
そのための冒険者でもあるのだが。
「そういえば1人か?バウムートは手強いぞ」
「俺1人だ。まあなんとかする」
「高ランクの人だったか、これは助かる。さて着いた、ここの主人が依頼主だ」
目の前にあるのは木造の普通の家だが、横には畑が広がっておりたくさんの種類の植物が育って実をつけていた。
そして今まさにバウムートらしき大きな生き物が柵を破ったのか畑の実を頬張っていた。
体高2m、体長3mはあるかという柄のない白い牛。ただ顔は確かに鼻の長い犬で牙が大きく尖っている。後ろ足が異常に太く筋肉が発達していた。
「おい、まさに今やられてるが……」
クラウディは呑気に家屋の主人を呼びに行こうとしている衛兵の肩を叩き、畑を指差した。
「うわっ!?く、私が成敗してくれる!!」
老衛兵は剣を抜くと少女が止める間もなく柵を飛び越えてモンスターに突っ込んで行った。
クラウディも慌てて追いかけ、剣を抜いた。
モンスターは叫び声に気付き、後ろ足を蹴り出し突進した。えいやっと剣を振りかぶって衝突する寸前にクラウディは衛兵の首元を引っ掴んで横に転がした。彼は顔から土に埋まるが死にはしないだろう。
バウムートはそのまま通り過ぎて大きく曲がると再度突進して来た。
とてもじゃないが真正面から衝突すれば全身の骨が粉砕してしまうだろう。
少女はインベントリから『プリムスライム』を取り出して外に出した。急いで人型を模すよう命令し、自分は回避する。
スライムはモンスターが頭上を通り過ぎた後形を取り始め、剣を持った少女の輪郭を模した。当然だが、色は緑だ。
少女はスライムを囮として利用し、その間に飛び乗って弱点を突こうとしたのだ。
しかしバウムートはスライムには見向きもしないで少女に向かって突進する。
なんとか誘導してみるもののスライムは衝突して弾け飛んだだけで終わった。
────デコイは無理か!
スライムが簡単にやられたのを見て仕方なく『生命石』に触れ電撃の矢を敵に放った。対して効いてはないが、驚いたバウムートは減速し、その間に首元に腕を回し飛び乗った。
さらに驚いた敵は叩き落とそうと上下に激しく身体を降り動かした。
「ぐっ、この……」
剣を首根に突き刺しもう片方の剣で喉元を突き刺した。かなりの出血があり、動きが止まるものとしがみついていたが一層暴れ出し空中に投げ出された。
剣は片方は一緒について来たが、もう片方は喉元に刺さったまま。クラウディは空中でバランスを取ったが着地する際に敵が猛突進して来た。
────くそ
少女は咄嗟に剣の力を発動させ、牛の脳天に深々と突き刺した。そして足が地面につくと敵の股下に巻き込まれないよう踏ん張る。
数メートル敵の身体が少女を押し続けるが、やがて足が止まりドスンと顔面から地面に突っ伏した。
「はぁ……はぁ」
肩で息をしながら敵が死んでいるのを確認すると剣の力を解いた。倦怠感がどっと押し寄せる。
少女はフラフラと立っていられず尻餅をついた。
「おい!大丈夫か?!」
その様子を見ていた老衛兵が駆け寄ってくる。側には依頼者と思しき中年男性が同じく走っきていた。
「おお!1人で退治されたんですか?ありがとうございます!!怪我はありませんか?」
まじまじと大きなバウムートを見ながら依頼者はクラウディに手を差し伸べた。
少女は手を取りながらよろよろと立ち上がった。そんな彼女に彼は肩を貸す。
「すまない……」
「く、これ抜けん!よく分厚い頭蓋骨にここまで刺したもんだ!」
衛兵の声の方に顔をやるとバウムートの額に刺さったシミターを抜こうとしているところだった。喉元の方はすでに抜いていて血が蛇口を捻ったみたいに出ている。
しかしほとんど根元まで刺さっているもう一方はそう抜けないだろう。
「悪い、畑が……血も」
農作物が荒れ果て、モンスターの血でそこかしこが赤く染まっていた。
「ああいえ大丈夫ですよ。あのムートの肉でチャラでしょう。血とかも肥料になりますし……取り敢えず中で少し休んでください」
「いや、俺は外で休んだら帰る」
「そうですか……なら肉料理を振る舞うので少し待っていてください」
依頼者はニコニコと笑い、玄関まで肩を貸すと少女を階段に降ろし中へと入った。本当はさっさと帰る予定だったが、しばらく歩けそうにない。彼女はポーションを1本取り出してがぶ飲みした。
老兵はようやく剣を抜いて辺りを見渡しクラウディの元へと届けるために走ってくる。
「うわっなんだ?!」
近くまで来ると、いつの間にか持ち主の元まで戻って来ていたスライムに驚いて身を引いた。
少女は瓶にスライムを戻し懐にしまった。
「おかしなもんを持ってるなぁ……」
ジロジロと少女を見ながら衛兵のラッツが剣を彼女に返した。
「助かった……だがさっきのは無謀だ」
「ん?ああすまんすまんついカッとなってな。若い時からそうなんだ私は……」
彼は少女の隣へ座ると昔の話をし出した。
────老人は自分語りが好きだな……
老兵が話すことをなんとなく聞きながらクラウディは体力の回復を待った。そのうちに依頼者が出刃包丁を手に出てきて、幾らかバウムートの肉を剥ぎ取って戻り少しすると家の中からはステーキのような香ばしい匂いが漂って来た。
その匂いを嗅ぎ少女の腹も小さく鳴る。
やがて依頼者が皿に乗った肉料理を持って来て衛兵とクラウディの膝の上に置いた。
「お待ちどうさま!食べたら元気になりますよ!」
一口サイズに切ってくれたみたいで、クラウディは早速フォークで肉を口に運んだ。
塩で焼いただけだが肉の脂がすごく、口の中に肉の風味が広がった。
────米が欲しい……
そう思いながら肉を平らげ、皿を依頼者へ返した。
「あ、君。これも持っていってください」
依頼者は肉と素材も幾らか包んでくれ少女に渡した。
「いいのか?」
「ええ、ええ。報酬はギルドから別途もらって下さい。この度はありがとうございました!これで安心して仕事が出来ます」
クラウディが帰ろうとすると、依頼者は深々と頭を下げ、少女が見えなくなるまで老兵と一緒に手を振っていた。
少女は流石に包んでくれた荷物を持って帰れるほどの体力はなく、彼らが見えなくなるとインベントリに入れて帰路についた。
ギルドに戻って報告したかったが、ベルフルーシュは相変わらず人が多く、疲れていた少女は一旦宿に戻ることにした。
鍵はアイラが無理を言ってスペアキーを宿主から借りたのでクラウディはいつでも宿に帰る事ができる。
騒がしい街中を縫ってようやく宿に着いたが、部屋に入ってもアイラはまだ帰ってなかった。
────まあまだ昼過ぎたばかりだしな
少女は椅子にどっかりと腰掛けると仮眠を取るため目を閉じた。




