第75話 『ベリーベリー』踊り子店
クラウディは店主に言われた通り地図を見ながら『ベリーベリー』という店を探した。
空はもう暗くなっているが、辺りはまだ開いてる店が多く明るい。
大通りを逸れて少し細い路地に入ると一旦暗くなるが、少し歩いてすぐに明るくなった。ただ明かりはピンクや、青、赤といったものが多くなり妖しい雰囲気が漂っている。
なんとなく若い男女2人組が多い気がし、少女はできるだけ端を歩いた。
そのうちに、客引きをしているのか、若い男2人組が近寄って来た。
「ねえねぇ、そこのお嬢ちゃん僕らの店においでよ。サービスするからさ」
「結構だ」
仮面をつけているので男の低い声が出て、彼らはそれを聞くと舌打ちしすぐに離れた。
その様子を見ていた、今度は若い1人の女が近寄ってくる。顔は悪くないが薄着で下品なイメージを受ける。
「坊やど?お姉さんと楽しいことしない?店じゃなくてもそこでもいいわ」
売女は暗い路地裏を指差した。クラウディの脳裏に貞操の危機に陥った時のことが思い出され、仮面の奥からギロリと女を睨んだ。その様子に気圧されたのか短い悲鳴を上げるとそそくさと離れて行った。
────大人しく外に出るかな……
嫌な思いをこれ以上したくなく、街の外で野宿しようかと思ったが、しかし距離があるのでそれも面倒臭かった。
クラウディは仕方なくもう少し探すかと歩き出した。
そして10分もしないうちに例の店を見つけた。コロコロとしたピンクの明滅した文字で『ベリーベリー』という看板が目に入る。
入り口は小さかったが、入って階段を降りると広いホールへと出た。
部屋全体は暗いが、赤やピンクの光が繰り返されちょくちょく明るくなる。
「時間無制限3000ユーンだよ。1度出ると再度お金かかるのと、飲み物や食べ物は近くにいるウェイターに声をかけてね。それも別途かかるから気をつけてね」
降りてすぐのところに小さいカウンターがあり、そこの受け付けの男性が丁寧に説明した。
クラウディは高いなと思いながらも金を支払い、中に入った。
席は半分も埋まっていなく、端の方に座る。近くには若いウェイターがいるが特に気にしてないようだ。
正面にはステージがあり、3つのポールを軸に露出の多い女性が代わる代わる踊っていた。目には毒なので出来るだけ見ないよう努める。音楽も流れていたが激しいものではなく寝ることもできそうだなと欠伸した。
「ファナちゃんー!いいぞー!」
「リナちゃん!もっと腰振って腰ー!」
「アイラちゃん笑って笑って!お客が逃げちゃうー!」
時折踊り子のファンらしき男が立ち上がって応援する姿があったが、基本はみんな静かに見ていた。ただ荒い息はたびたび聞こえて来てそれだけが耳障りではあった。
クラウディは物取られにやられないよう荷物を抱き抱え、手にナイフを仕込んで仮眠を取ることにした。
────殺気
飛んでくる斧をクラウディは反射的に手に仕込んだナイフで弾いた。かなりの威力に指が痺れる。
何事かと一気に目が冴え、椅子の背後に隠れた。悲鳴が聞こえ幾らか人が慌てて出ていくのが見えた。
「へぇ、やるじゃねーかてめー!」
ステージの方から何処かで聞いた声がした。少女がそちらに顔を向けるとバニーガールのような格好をした色黒の女性が斧を器用にジャグリングしていた。
そして再び斧を少女に投げつける。椅子を背にしていたが斧が貫通しクラウディの肩の横から刃が飛び出した。
────冗談じゃない!
彼女は次々投げられる斧を姿勢を低くして躱しながら出口へと向かった。
「ちょっとアイラちゃんまた?!暴れないでよ!!店壊れるって!!」
店主らしき女性が慌てふためき他の従業員と共にまとまってアイラと呼ばれた女性を止めに行く。
その隙にクラウディは抜け出し外に飛び出した。
「はあ……はぁ……」
クラウディは路地裏の無造作に置かれた樽や木箱を背に隠れるようにして息を整えた。
いきなり斧を投げつけられるなんてそうそう経験することはないだろう。少女はなぜこんな目に遭うのか全く身に覚えがなかった。
この街に来てまだ1日目であり、恨みを買うような行為をした覚えもない。
────アイラ、だったか?なんかどこかで聞いたような
そういえば外で腕相撲した相手がそんな名前だったような気もする。
「見つけたぜ」
不意に聞こえた声に少女の心臓が跳ねた。上を見上げると先程のバニーガールが建物の屋根から覗いていた。
慌ててその場から逃げようとするも目の前にバニーガールが降りて来て立ちはだかる。
「まあ逃げんなよ、取って食おうってわけじゃねーよ」
アイラは身体についた砂埃を払った。そしてクラウディに近づくとグイッと顔を寄せ、にやりと笑みを浮かべる。
「…………」
「さ、寒くないか?そんな格好で……」
沈黙が流れるも、じぃっと見つめられ耐えられなくなった少女はそういった。
夜は肌寒く、露出の多いバニーガール姿は確かに寒い。アイラは片眉を上げそんな言葉を吐く少女を睨んだ。
「私が好き好んでこんなことしてると思ってんのかよ?誰のせいだよ誰の」
そういって指をクラウディへ突きつけて続けた。
「こんなことになったのもてめーのせい!あの後運がなくなってボロ負けしてさ!もうすっからかん!だからこんなやりたくもない踊りもやってんの!!」
────いうほど俺のせいか?
「お互い同意の上の勝負だっただろ?俺のせいではない」
「いーやてめーのせいだね。負けてから負けが続いたんだから」
────この世界には話が通じない奴が多いな
「金は返さないぞ」
そう言ってアイラの側を通り抜ける。しかしアイラは横に並んで少女の肩に腕を回した。
「いやいや何もカツアゲしようってんじゃねーよ、ん?ちょいとばかり貸してくんねーか?」
人差し指と親指をくっつけて金を現す。
「……断る」
金の貸し借りなんてものほど怖いものはないと少女は腕を払いのけた。
「そういうなよ……ほんと困ってるんだって、斧投げたの謝るからさ」
クラウディは意味のわからない言葉を無視して路地を出た。なんとか撒いてやろうと足早に練り歩くがバニーガールは負けじとくっついて歩いた。
────しつこい
「なあ頼むよ、20万……いや10万でいいからさ!すぐ返すから!そうだ!お前もしかして宿がないんじゃないか?あんなとこで寝るなんてそうだよな?!それなら私のうちにこいよ!しばらく止めてやるから、もちろん無料で。ほら風呂もついてるぜ?」
『風呂』というワードにクラウディは足を止めた。
この数日間まともに身体を洗っておらず、香水で誤魔化してはいるが身体が臭うだろう。
「…………見てから決める」
渋々少女がそう答えるとアイラは目を輝かせた。
「そうこなくちゃ!」




