第72話 腕相撲の女戦士
街道沿いに進んでいたがまず大小様々なテントが外壁を取り囲むように立っているのが見えた。
近づくにつれて音楽を奏でる音や笑い声、怒号など聞こえて来て、夜なのに人々は外でかなり騒いでいてうるさい。
冒険者らしきものから高貴そうな者や貧しそうな者、子供まで様々な姿が見える。
街道にもはみ出ていて歩くクラウディに気づいた者たちがちょくちょく絡みに来た。
「よおよお、姉ちゃん?坊主か?」
クラウディはいつかの行商人から買った香水をつけており、近づいて来た酔っぱらいは男性だと思い込んだ。
「酒買わねえか?安くしとくぜ?」
目の前で空いた酒瓶を揺らし、馴れ馴れしく肩に手を回され、少女は不快感に手の甲でそれを弾いた。
「酒は飲まない」
そのまま無視して進んでいく。
「なぁ、そこのお兄さんこっちへおいでよ楽しいことしない?」
今度は正面から薄着の女性が腕に絡みついて来た。
酒臭く下品な姿に眉を顰め少女はその腕を振り払った。どたりと地面に倒れ小さな悲鳴を上げるが気にせず門へと近づいて行った。
しかし次々と絡まれるので仕方なく街道から外れて気配を消し、遠回りをして門まで行くことになる。
門まで着くと門番たちが少女の前に槍を交差させた。
「悪いが通門時間は過ぎている。今は通せない」
「通門時間?次はいつなんだ?」
「明日の朝、日の出からだ」
「まじか……」
クラウディは背後を振り返った。相変わらずドンチャン騒ぎでこの中野営しようとは考えたくはない。
そもそも通門時間があるなら日の出に合わせて来れたのに、情報がないと言うのは痛いことだった。
かといってせっかく来たのに戻って野営するのも面倒だった。
────朝までウロウロするか、どこか端で野営するか
「こいつらはみんな朝になったら中に入るのか?」
クラウディはテントを指差しながら門番へ聞いた。
「ここにくるのは初めてか?坊主。こいつらはそうだなぁ半々ってところかな。残るやつは外で賭博したり女と遊んだりするのがほとんどだ。ああっと気をつけろよ?衛兵が介入できるのは街中だけだ。外は何が起ころうと助けてもらえないと思え」
中年男性の門番はニヤニヤと笑ったが、もう1人の若い門番が、からかうなよと注意する。それからクラウディは門から離れるよう注意を受け、仕方なくウロウロと歩き回った。
半数が中に入るのなら近場で過ごして早く並ぶか、検問の終わり頃を目指して遠くに野営するか。
しばらく歩き回ったが確かに賭けごとや女遊び等が目立った。硬貨をかけて腕相撲したり、コイン投げ、ナイフ投げ、見たことないカード遊びなど様々だった。
その中で気を惹かれたのが賭け腕相撲だ。2人の逞しい腕の持ち主同士で呻き、汗を流しながら力比べをしている。
それを老若男女の人たちが取り囲んでいた。
看板が立っており『3回戦勝ち抜き。1人5000ユーン』と書かれている。つまり8人でトーナメント、40000ユーンを最後の1人が総取りできるというとだ。
そして次が最後の戦いらしく、小柄で明るいベージュのポニーテールの褐色女と筋骨隆々のいかにも『戦士』という感じの女性がテーブルの上で手を組んでいた。テーブルは腕相撲用なのか、中央に二つ窪みがあり、両端には身体を支えるためのハンドルがある。
「ファイ!!」
審判役の男が掛け声をすると両者腕に力を入れ腕を引き合う。戦士の女性は勿論だが、驚いたのは小柄の女性の方で腕の筋肉が盛り上がりまくり装備がメシメシと悲鳴をあげていた。
最初は拮抗していたが、徐々に大柄な戦士の方が押され始め、なんとか身体を捻り堪えるが、やがて手の甲が机についた。
「くそ!!!」
戦士の女性は悔しそうに悪態をつき、金を置くと観客の輪を押し除けて出て行った。
「勝者アイラ!」
観客がそれを聞いて沸く。
────40000総取りか……いいな
4万といえば護衛依頼並みの報酬だとクラウディは思った。それがすぐに手に入るなんて羨ましい限りだ。
「アイラもう一戦ぐらい行けるんじゃねーか?それかけて誰かやろーぜ?!」
「ぜぇ……ぜぇ……へ、いいぜ!調子いいからな!けどこっちが指名するぜ?」
煽られて、アイラと呼ばれた女は期待に応えた。それに観客がさらに沸く。
彼女は周りに視線を送り、クラウディの方を見た。そして指差す。
「お前、来いよ」
クラウディは周りを見渡し誰かと探した。
「違う違うお前だよ、仮面野郎」
────げっ
少女は参加するつもりはなく、慌てて逃げようとしたが観客の壁に押し戻された。
「諦めな小さいの」
観客の逞しい男の腕がクラウディの肩を掴んで前に押し出した。少女は前のめりになりながらアイラの正面に立った。
────まじか
「無理やりなんだから参加費は奢ってやる。私はもちろんこれを────いや、全財産賭けてやるよ!」
余程自信があるのか別の袋も取り出して置いた。ドンッという重々しい音からして銀貨数千枚はあるのではないのだろうか。
────何回やったんだよ……
「さあ!こいよ!」
アイラは右腕を差し出し、少女も同じようにするよう促す。
クラウディは勝てるわけないと肩をすくめたがよく見ればアイラは連戦で消耗しており息も上がっている。
少女はもしかしたら、と黙って左手を出した。
「へぇ、サウスポーか?いいぜ」
案の定相手は合わせてくれて左腕を組んだ。組んだだけでわかるががっしりしていて本来なら勝てる気がしない。
「さて、いくぞ────」
審判役が両者の拳の上に手を置いた。ルールはスキルなしの単純な膂力勝負と簡単に説明する。
「ファイ!!」
掛け声と共に置かれた手が離れた瞬間、アイラとクラウディは同時に力を込めガクンと身体が斜めに止まる。
────思った通り疲弊してるな
アイラの身体が異常に震えている様子を見て少女はそう思った。
クラウディは左右の手をほぼ均等に鍛えているため右利きの者と力比べなら左の方が有利だった。
おそらくその場で小柄で弱そうなクラウディを選んだのだろうが、少女もまた、かなり鍛えていたのでしばらく拮抗状態が続く。
アイラの方は疲弊が溜まっており余裕の表情が崩れていた。
「おいおいちっせーのに負けんじゃねーぞ!」
「負けか?!負けるのか?!アイラー!!」
その様子に観客がやじを飛ばす。
その声に負けんと少しずつクラウディが押され始めたが、少女は息を吐くと本気で腕を倒しにかかった。
アイラは右手のハンドルを掴む手に力が入っていないようで、やがてくの字に身体を曲げたかと思えばパタリと手の甲がテーブルについた。
一瞬の静寂のあとクラウディの勝利で観客から歓声が上がった。
「ち、きしょー!!」
アイラはテーブルを激しく殴りつけた。
「てめー!名は?!」
ギロリと憎しみに似た視線をクラウディへと向ける。
「クロー」
「覚えたぞ!その名前!」
そう捨て台詞を吐くとアイラは先程の戦士と同じく観客を押し除けて足早に去って行った。
クラウディは賞金の4万ユーンとアイラの硬貨袋を受け取ると、他の観客が押し寄せて来たので気配を消し、ミラージュクロスも被って空いた隙間からそそくさと立ち去った。




