第7話 謎の老婆④
「包帯?」
翌日の朝、少女は老婆を見つけると包帯が欲しいとそう言った。
「何に使うの?傷はもう治ったでしょ」
「これが邪魔だ」
元男の少女は自身の胸を指差した。なおも首を傾げる老婆に鍛錬の邪魔になると付け加える。
理解した老婆は包帯を持ってくると、やってあげようかと提案した。
「いや自分でやる」
クラウディは一度自室に戻り、包帯をキツく胸に巻きつけた。やや呼吸がしづらいが重心位置が変わり動きやすくなった。
少女は続いてナイフを取り出すと長い後ろ髪を束ねて切り落とした。頭が軽くなりさらにスッキリする。
────さて、今日も鍛錬だな
外に出ると前回と同じ場所で鍛錬を開始する。身体中が筋肉痛になっていたが構わず、イメージトレーニングも行うが、筋肉の硬直もあってか前回よりも動けずに少し打ち合って転んで終わった。
その後は『生命石』で寝転びながら火の玉や雷の塊を出現させては形を変形させたりし、魔法をじっくりと観察することにした。
魔法は石に触れてさえいれば、頭でイメージして使用可能らしい。流石に生き物のような複雑は形は無理だが、三角四角のような簡単な図形なら出現させられる。
今のところ出現させられるのは水、火、電気、光だ。そのうち攻撃に転用できるよう今は飛ばそうと躍起になっていた。
と、変形させている途中で急に魔法が消えた。石を確認したらマナを使い果たしたらしく輝きが消えていた。
「ふぅ」
少女は地面に大の字に倒れ、眼を閉じた。疲労が押し寄せてそのまま眠りに落ちてしまった。
「本?」
あれから1か月が過ぎ少女はかかさずトレーニングを行ったおかげで身体は引き締まり片手で剣を操れるぐらい筋肉がついていた。力を入れると筋肉の線がいくつも現れる。イメージトレーニングもほぼ互角に戦えるぐらいにはなった。
魔法はマナが尽きたら毎回フロレンスが込めてくれ、今では魔法を浮かせるだけでなく飛ばせるくらいになっていた。威力はカカシを吹き飛ばせるくらいだ。それ以上は結界に影響があるからと老婆が許さなかった。
「まあ歴史書みたいなものね。また暇な時に読んでみて」
夜、フロレンスはずっと編み物をしている。何を作っているか少女には分からなかったがここ最近夜に暖炉の火にあたりながらその様を眺めることが多くなった。毎回見るたびに形が変わっている。編み物といっても材質は革であったり、そうと思えば柔らかい布であったりさまざまだ。
クラウディは本を受け取るとパラパラとめくった。
そこで年表をみつける。
アストロ暦
97年 第一魔界対戦
100年 第一皇帝 レイル・アージュ 即位
152年 第二皇帝 レイル・ルージュ 即位
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432年 第十皇帝 レイル・アルフェン・ジーン 第4子王子 即位
437年 第一アストロ世界戦争
459年 第十一皇帝レイル・アルフェン・ウラス 即位
第一教皇 フルベラ・アルベルト 即位
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────
「あなたはこれからどうするの?」
フロレンスは穏やかな口調でいい編み物を続けている。
クラウディは時折これからのことを考えていた。それらを頭の中でまとめて口を開いた。
「やり残した事があったはず。元の世界に戻る方法を探そうと思う」
このままここにいたら安全な暮らしはできるかもしれない。だが、それでは一生後悔する羽目になるに違いなかった。
「そう、行くのね……いつ?」
少女は少し考え7日後と答えた。
「そう……ならもう1か月伸ばしましょう。私もそろそろ教えなくては。今日は早く休みましょう」
「1ヶ月?なぜだ?」
「いいから」
クラウディはよく分からないまま促されベッドに入った。
それから特に何もなく数日経ち、ある時クラウディは限界まで痛めつけた筋肉を休める為、ベッドで本を読んでいた。
この前渡された歴史書で、世界地図が載ったページを見ている。
死の森は左上の端にあり、その下南東に行くとローランドルという街がありさらに南東に下るとレイボストンという霧の街があるらしい。地図の中心には王都クレベストリアル。他にも大小様々な村や街があった。
地図の尺度がわからないため距離もわからない。漠然と方向と存在する街がわかる程度だ。
歴史も魔物や人同士の戦争を得て今があるという、割とありふれた物語と似たような経過を辿っているようだった。
────今はアストロ歴何年だ?
また後で聞いてみようと、パラパラとページをめくった。そこで硬貨についても記載されている。
ざっと見て硬貨のあり方が変わったのは4回。100年、452年、611年そして最後に大戦のあった1122年。
それからは変わってないようだった。読み方は古い順にカーラ、ミリア、ルウ、ユーンとなっている。現在もユーンと読むのだろうか。
────1ユーン2ユーン……か。相場は書いてないか
相場については前後のページをみても記載は無かった。これはとくに聞かなければと唸った。
元男の時から金銭間隔が変だと誰かに言われた事があり、以後特に気をつけるようにはしていた。
────それでもまだおかしいと言われてたっけな……
一瞬元男の時のやたらヘラヘラと笑う男が脳裏によぎった。
────よくスーツ姿でいた……あー
記憶がすぐに薄れてそれ以上は思い出せなかい。
また頭痛がするのはごめんだなと、深掘りせず、少女はため息をつきその日は遅くまで本のページをめくった。