第66話 迷いの街②
「────さん────ぃさん」
激しく揺れる地面にクラウディは目を開けた。
「クラウディさん!」
泣いているアラウの顔が少女の目に入った。
────なんで、泣いて……?
少女は意識を失う前の記憶が戻り飛び起きた。激しい頭痛が襲うが構わず立ち上がる。
────なんだ、どうなった?!
慌てて周りを見渡す。激しく揺れるのはどうやら荷馬車の中のようで執事が馬を飛ばしているようだった。
心配そうに震えるローレッタの姿も目に入った。
「起きたか」
荷馬車の後ろの方からブレッドの声が聞こえた。特に消耗した様子はなく、目立った怪我もしていないようだった。ほらよと回収したのか毒短刀を放る。それを受け取ったが見える人数が足りないことに気づく。
「ら、ラントルは?」
そう聞くとブレッドが顎で床を指した。その先にはラントルが横たわっていた。激しい揺れで生きているのかどうかわからない。
「安心しろ生きてる。ただ、奴らの攻撃で一時的に意識を失っているだけだ」
「クラウディさん!まだ治療しますんでこちらに!」
言われて揺れる中フラフラとアラウの側に行きヒールをかけてもらう。
「一体何が……」
「オークたちは何とか、ブレッドさんが倒してくれました……でも」
「あれは『魂喰らい』だ」
魂喰らい────
物理・魔法攻撃無効のAランクモンスター。生物に寄生し操って生活し、最終的に魂を喰らうという。その最悪さから勧んで討伐に行く者はいない
簡単な説明を受けてクラウディは理解した。
「ラントルはどうやって助けたんだ?」
「僕の『レイス』で怯んでくれたので、その隙にブレッドさんが……」
悔しそうにアラウは唇を噛んだ。
「すみません、僕のせいでクラウディさんが」
「気にするな、それで今は?」
「あの後奴らが大量に湧いてきて逃げてる最中だ。だがやつらの精神攻撃の範囲が広くてここから抜け出せない。クロー、案内行けるか?」
ブレッドが少女をまっすぐ見た。彼女は頷いて『生命石』のマナを使用して電気を纏った。
「見せろ」
クルメル執事の側に行くと彼の肩に手を置きながら道を案内する。
クルメル執事も馬2匹も汗だくになりながら必死に荷馬車を飛ばす。
だが、そんな必死な行動とは裏腹に道中何者にも出くわさなかった。
「なるほどな」
不意にブレッドが鼻で笑った。
「アラウ。残りのマナで何が出来る?」
「え……と、ヒール4回か、レイス2回てとこですかね」
「そうか……ならここにいろ」
違和感を持ったブレッドが荷馬車を飛んで前に躍り出た。その行動に慌てて執事は轢かないよう馬を止めた。荷馬車内が激しく上下する。
何があったのか前方を確認するとクラウディたちも理解した。
『魂喰らい』は彼らを追わず、真っ直ぐに出口に先回りしていたのだ。彼らには『迷いの街』の呪いとやら意味がないのだろう。そもそも彼らが元凶なのかもしれないが。
その数は数え切れず。無数の蠢く寄生されたモンスターに全滅を余儀するしかなかった。
「俺が相手をする」
ブレッドは剣を軽々振り回し眼前に構えた。
「行け」
どうやら彼は自分が犠牲になろうとしているようだった。
────いや、この数は無理だ
たとえ寄生されたモンスターを倒せても『魂喰らい』は倒せない。操られて生き人形になるのがオチだった。
「行け!!」
ブレッドはそんな様子の一行に発破をかけるように叫びモンスターの群れに突進した。
衝突してモンスターがいくらか飛び散るがすぐに覆い隠すようにブレッドを取り巻いていく。
だが、僅かに門へと通じる道が端に見え、執事のクルメルは馬を走らせた。
いくらかモンスターを跳ね飛ばしながら何とか突破する。
「アラウ、気休めかもしれないがレイスを」
クラウディはモンスターに埋もれていくブレッドに少しでも生き残れるようアラウに頼んだ。
僧侶は泣きながら頷き、モンスターの頭上に『聖球』を落とした。一瞬『魂喰らい』たちが怯むのが確認出来たが、すぐに動き出しブレッドは完全に見えなくなった。
逃げる荷馬車にいくらか単体の『魂喰らい』がフワフワと追いかけてきたが、森の外が見えてくると諦めて引き返していった。
執事は荷馬車を走らせ続け森を抜けて100mくらいのところでローレッタが止めた。
「ブレッドさん……もうダメなんでしょうか」
不安げにクラウディを見つめる。
「十中八九ダメだろうな」
広範囲の精神攻撃を躱しながら戦闘なんておそらく無理だろう。ただブレッドはS級に近いAランク冒険者であり、強靭な精神を持っている可能性はあった。
少なくとも倒されることはないのではないだろかとは思った。
「少し待とう……」
少女は呟くように言った。それの言葉には誰も何も言わず俯いていた。




