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第6話 謎の老婆③


────なるほどな……


朝起きると、元男は机の引き出しから鏡を見つけ改めて自身の顔を眺めていた。何度見ても女だが割と整ったパーツの配置をしている。


「こういう顔は襲われる可能性があるのか……?」


どうしたものかと少し唸っていたが、どうしようもなく、取り敢えず鍛えねばと薄着のままシミターを持って外に出た。老婆が朝食の支度をしていたが、足音と気配を消していたため気付かれてもいない。


外に出ると朝日が顔面を照らし、冷たい風に身震いした。眩しさに思わず手で光を遮る。


(くら)んだ目に入って来たのはゴブリンに襲われた湖。


────いや違うか


よく見ると大きさも2回り大きいし、このエリアの中心にはない。どちらかと言うと端寄りだった。


少女は訓練の前に少し散策することにした。辺りは芝生のような柔らかい草原が100m四方に広がっており、そこから外は急に森になっている。上から見るとぽっかりと穴が空いているように見えるのではないだろうか。


家は完全に木造。コンクリートなどを使っている感じはない。三角屋根に暖炉の煙突が飛び出て食事の匂いが漏れている。広さは外壁が15m四方といった所だ。


裏に回ると井戸があった。


────湖とは区別してるのか?


井戸の近くには納屋があり、中を除くと薪や藁が沢山積んであった。他にも箒や農業の道具が立てかけてある。


少女が再び湖に戻る際に大きな切り株が目に入った。丸太と薪が側に積んであり、手斧が転がっている。


クラウディは剣を置いて腕を捲り手斧を手に取った。


────ぐっ……重い


元男の時は軽々振るったものだが、この身体では一苦労だった。


丸太を片手で乗せようとしたが小柄な手では掴めず両手で切り株に置く。よいしょと再び手斧を取り、中心に狙いを定めて振り下ろした。


カンッ、と良い音を立てて綺麗に真っ二つになった。


────技量はそこまで変わってないか……


少女は真っ二つになってもなお倒れない丸太を触って倒し、さらに分割させて積んであった薪の上に乗せた。


────さて、やるか


彼女は軽く湖の周りを走り出した。本来なら湖を眺めながら走れる所だが、半周もしないうちに息が乱れて来た。


「はぁ……はぁ」


尚も走るが、そこで原因のひとつが判明する。胸の前で踊る二つのものが非常に邪魔だった。


────お、重い


なんとか10周走り、息をある程度整えると、今度は剣を両方に構えた。目を閉じて元男の時にやっていた仮想の敵をイメージする。


相手は細剣を使う女性。出現するやいなや不敵に笑い、目にも止まらない速さで突きを繰り出してくる。


なんでそれをイメージしたのかわからないが元男は寸前で身を捩って躱し左手を振った。胴に触れる前に相手は細剣の柄で弾く。


バランスを崩した少女は右手を振る前に手首を蹴り上げられ胸を突かれた。


ハッと我に返り空を見上げる。


イメージに負けた元男はその場にへたり込んでため息をついた。


────まず筋肉をつけないとな


素振りを程々に腕立てや腹筋や背筋等、肉体のトレーニングを始める。しばらくやっていたがやはりどうしても身体が上手く動かない。


それでも少しでも以前の筋力に近づければ多少はマシになるはずだった。


────それにしても邪魔だな……


動くたびに揺れる胸に苛立ちを覚え始めていた元男はいつか切り落としてやろうかと悶々と考えた。







「どこに行ったかと思えば、こんなところにいたのね」


フロレンスは汗だくで鍛錬している少女をようやく湖の側で見つけた。


食事ができたので呼びに行こうとしたが部屋にはおらず少し探し回った。探索魔法でも使おうかと思った矢先だった。


「いつからやってたの」


側まで行くと少女は動きを止めた。薄着で汗だくになった少女は寝衣が透けてほとんど裸同然だった。年齢にして15、6歳くらいだろうか。若い肌質にふくよかな胸部は同じ女として少し羨ましかった。


こりゃ襲われるわねと呟くと少女の手を引き家に向かった。


手も豆が出来ておりいくつか破けていた。


────けど、ほんとに元は男だったのかもね


一人称が『俺』に、混じり気のない男言葉に仕草。ここ数日観察していても崩さない為に演技でも無さそうだった。


この世界の前世の記憶が蘇るなんてことは時折見られたが、異世界からの憑依あるいは記憶の移動とは聞いた事がなかった。


老婆は家に入ると魔法ですぐに湯を沸かし、入るよう少女に言った。


身体の負担に気を遣って、湿らせた布で拭く程度だった為、湯船に浸かる少女から吐息が聞こえた。


しばらくして身綺麗になった少女が出てきた。置いていた昔の老婆の服を着ていた。丈はやや大きいが動くには支障はなさそうであった。


「男物はないのか?」


「いやあなたは女の子でしょう」


着心地が気に入らないのかヒラヒラした装飾品を眉をひそめて触っている。今はそう言う類しかないと伝えるとため息をついて大人しくなった。


その後2人で朝食を取っていると少女が口を開いた。


「魔法は俺でも使えるのか?」


「……そうねぇ……」


老婆は言い淀んだ。はっきり言って少女には魔法を操るマナというものがほとんどなかった。この世界において魔法は身近であり多少なりとも誰もが持っているものであった。それが異常に低く、日が経っても変わらないのを見るとそういう身体のつくりなのだろう。


マナが無いとなるとこの世界では生きづらいかもしれない。


老婆は困ったように笑うと、ふと思い出して少女に待つよう言い、自室に戻った。


自室の戸棚の奥からある木箱を取り出し開けた。


────これこれ


老婆はリビングに戻りそれを少女に見せた。それはガラスのような透明な石だった。


これはなんだと首を傾げる少女。老婆はマナを込めると淡く光る。


「あなたにはマナがほとんどないから魔法は使えない。けどその『生命石』にマナを入れてもらうと使えるようになるの。まあ一種の武器と思った方がイメージしやすいかしら」


「電池のようなものか」


少女は眼が輝き、それを手に取ると手の中でいくらか転がした後、説明する間もなく炎を発現させた。


────うそでしょ。早すぎ……まだ何も説明してないんだけど


生命石を扱うにあたって、詠唱が必要ない分かなり鮮明なイメージが必要であった。それこそ直接その身に炎を受けないといけないくらいな。生命石はあくまでマナが尽きた時の最終手段としてごく稀に魔法使いが持っているが、使える量が感覚でわからず、いちいち覚えておかないと事故に繋がるため、まず捨てられるものだった。


そして少女が発現させれたのはおそらくその身に炎を受けたことがあるのだろう。


老婆は眉間を押さえ、込み上げるものをなんとか押さえた。


「それは貸してあげるから色々使ってみなさい。ただし危ないことはしてはダメよ」


「わかった」


少女は元男とは思えないぐらい眼を輝かせ、朝食をかき込むと外に飛び出して行った。


その日はその石から漏れるマナが断続的に続いた。


老婆はそれを感じながら鼻歌を歌い家事に勤しんだ。

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