第57話 追う影
クラウディたちが出発してから約1ヶ月後。
元『神速夜行』冒険者パーティのラインはレイボストンの地下独房にて刑期を過ごしていた。
独房内は3m四方の狭い空間で、頑丈な鉄格子が張り巡らされてある。中にあるのは腕の太さくらいの穴が空いた簡易トイレと藁の敷物。
明かりは通路にある何本かの蝋燭のみで今が昼か夜かもわからなかった。
低い位置には通気口として顔ほど大きさの窓が付いている。当然鉄格子が狭い感覚で並んでおりとても脱出は出来ない。シーフとしてのスキルがあっても武器がなければ大した役には立たなかった。
それに手首には頑丈な魔鋼製の錠が付いており、力で外すことは不可能だった。
アストロでは受刑者の収容には限りがあり、押し出しとなったものは強制的に死刑となる。
今回は約5年の懲役となっていたが、受刑者の収容には余裕があり当分死刑になることはなく大人しくしていれば出れるはずだった。
────クソっあの女
藁の敷物に寝転がりながら襲おうとしたクラウディという冒険者の顔を浮かべる。
あの済ました顔が歪む姿に久しぶりに興奮して我を忘れてしまったことに後悔していた。
なぜもっと周りを見ておかなかったと。
シーフの探索スキルを発動させておけば良かったとか、場所を選ぶべきだったとかそういった後悔が浮かぶ。
ラインには罪に対する後悔自体は無かった。
少しでもあの女に触れたという事実が再び胸を高鳴らせた。
────覚えてろ……ここから出たら追い回してぶち犯してやる
ここ1ヶ月何度もそう思って1人で慰める惨めな日々。
彼はソレのイラつきを発散させる事がまだ出来ることに感謝した。
そして今日も1人横になって男のソレを扱く。
────くそ!くそが!
想像上で少女を犯し、唇を奪い、隅々まで犯し尽くすと1人虚しく果てる。
荒い息を整えると壁を殴った。
「ちくしょう……」
少し体力を使ったのでまた藁に寝そべっていると看守がやってきた。
────見回りにしては早いな……また尋問か?
「お前に面会だ」
「あ?面会?」
もしかしてあの『変幻術師』かと思って起き上がるが、看守に連れられて来たのは薄汚いローブを羽織り、フードを被った二人組だった。
そのうちの1人が看守に何か言うと彼はそそくさと出て行った。
本来ならどんな面会だろうと必ず看守が付き添うが一体どういう事かとラインは警戒した。
「スクアロ……」
背が少し高い方が名前らしきものを呼ぶ。低いが通った男の声だ。呼ばれたもう1人は頷いた。
「この者が元『神速夜行』パーティのラインという冒険者です。罪状は強姦未遂、及び拉致監禁助長疑いで刑期5年という話です」
こちらは女の声でその説明にラインは片眉を上げた。
「なんだ、てめーら?俺に何のようだ?」
背の高い方がラインを見下ろすと独房の扉の前に立ち、不意に腕を振った。
すると頑丈な鍵がその場に落ち、扉が開く。
その様子に訝しの目を向けていたが、ラインはなるほどとニヤリと笑った。
どうやら出してくれるようで彼は立ち上がった。
「ありがて────」
しかし出ようとするも背の高い方が入って来て目の前に立ち塞がった。
「あ?」
ラインは男を睨みつけるが急に首を掴まれて壁に叩きつけられた。
肺の空気が押し出され激しく咳き込む。
「貴様が……貴様が私のモノを辱めた糞か」
震える声がフードの奥から聞こえる。
「ぐが、誰だ!?てめ」
ラインは相手の腕を掴んでなんとか離そうとするが、逞しい腕は微動だにせず。
と、急に掴む力がなくなりその場に倒れるライン。咳き込みながら睨みつける。
目の前の男もしゃがんで目線を合わせた。
その時に蝋燭の炎に揺られて顔が見えた。おそらく金色の髪に吸い込まれそうな赤い瞳。その顔立ちは恐ろしい程美しく、男から見ても妬むほどであった。
ラインはそこで察した。面会に来たのは味方ではない。しかしあの女が関係していると。
「ふふん……あやつの身体はどうだった?ラインとやら」
妖艶な男が不意にそんな質問をする。
ラインは質問の意図がわからず、口端に笑みを浮かべた。
「な、なんだ?てめーらもあの女が気になるのか?良かったぜ~?あの女は」
乾いた唇を舐めて続ける。
「胸はでけーし、顔はいいし、匂いもいい雌臭がしてよ」
「ほぅ……そうかそうかそれはいい事を聞いた」
妖艶な男の眼がギラついた。
「は、はは。どうだ?俺と一緒にあいつを輪姦さねーか?楽しいぜきっと!前と後ろ────」
ラインの言葉は頭を潰されてそこで途切れた。夥しい量の血が壁に飛散する。
「耳障りだ。あやつは私のモノ。誰にも渡さん」
「……気は済みましたか?ラル様」
ラルと呼ばれた男の手から滴る血を見ながら、スクアロは服に飛び散った血を魔法で払った。
ラルは立ち上がり、頭の潰れた死体を見下ろした。
腑が煮え繰り返りそうな気分に死体を蹴り飛ばし息を整える。
「早く会いたいものだ**。いや……今はクラウディか」
彼らは死体はそのままにし、その場を後にした。
その後、ラインの死は不審死として内々に処理され、ごく一部を除いて誰にも知られることはなかった。




