第56話 Aランク冒険者ブレッド────さらばレイボストン
「忘れ物ない?」
朝早くに荷物をまとめるとラントルが部屋を見渡した。
クラウディも忘れ物がないかベッドの下や引き出しなど再度探した。もちろんインベントリも回収済で、男装もしっかりとしていた。
ラントルの荷物がやや多く、少女もいくらか荷物を預かる。
2人は1階に降りて退店の手続きをし外に出た。
目指すのは来た時と反対の南門で、霧が立ち込める朝の路地をゆっくり進んで行った。朝早いので誰の姿も見られない。時折路地裏から気配はするが、寝ているか、新しく入ってくるカモを待っているのだろう。
「ちょっと……」
クラウディが歩きながらチラチラと後ろを振り返る姿を見てラントルは肩を叩いた。
「そんなに気になるなら『来い』って言えばよかったのに」
「そういうわけじゃ……」
少女は頭を掻いて前を向いて歩いた。そうは言っても、もしかしたらあの僧侶が現れるかもしれないと思ってしまう。
20分ほど歩き、その間はラントルとクラウディは他愛もない事をポツポツと話した。
そして門の輪郭が霧に紛れて見えた時、門の下に門番の他に誰かがいるのが見えた。
「あっ!」
ラントルが何かに気づいて声を上げると、その影もクラウディ達に気づいたようで小走りで近づいて来た。
「良かったー!もう行ったかなと不安でした!良かったー!」
杖を両手で握りしめた僧侶のアラウだった。
「もう少し詳しい時間言ってくれないとわからないじゃないですか!」
「え、なに?一緒にくるの?」
ラントルが門に置き去りにされた荷物を見て言った。クエストに出るには少し大きいように思える。
「え、誘ってくれたんですよね?」
「…………」
「クラウディどうなの?」
「え、あ……」
ラントルは少女を振り返った。少女が黙ったままなのを見て背中をドンと叩く。
「よろしく頼む……」
クラウディは呟くように声を出したが、それが聞こえた僧侶は微笑んだ。
「はい、よろしくお願いします!」
アラウは門の所まで戻ると荷物を背負い、少女らが隣まで来ると並んで歩き出した。
そうして彼らは門をくぐり外へと出た。そのまま進んでいくと徐々に霧は晴れていき、朝陽が照らした。
久々の眩しさに彼らは手で影を作った。
「なんか久しぶりね」
ラントルが空を見上げた。
「そうですね……僕なんか1ヶ月ぶりな気がします」
「そんなに?」
「もっぱらレイボストンの中の依頼ばかりこなしてたので」
彼らが談笑しながら歩いていると、前方に馬車が見えた。
「あれ依頼者じゃない?」
馬車というより荷車みたいで、屋根がついている。馬は2頭で中に人影が見えた。
クラウディは人の気配が3つあるのに気づいた。
一行が近づくと御者台の方から誰かが降りて来る。
やや歳をとった執事の格好をした細身の男だった。それと同時に荷車の中から高貴そうな女性が姿を見せる。あと1人は荷馬車で待機しているようだ。
「あ」
依頼者とクラウディが同時に何かに気付き声を上げた。
「え、なに?知り合い?」
ラントルが交互に視線を送る。クラウディは相手が誰だかわかって頭を抑えた。
────そうかエイギレストって……
「クローさん……だったかしら?その節はどうも」
「偶然……だな?」
依頼主はエイギレスト関所の領主ローレッタだった。
なおも交互に視線を送っている2人の仲間にクラウディは事の経緯を説明した。死星との事件については言わないでおく。ただとても危険な目に遭う可能性があることはやんわりと伝える。
「護衛依頼ですか……それは確かにすごい偶然ですね」
ローレッタは執事の手を借りて地面に降りた。そしてクラウディらに軽く挨拶する。ラントルとアラウも貴族に対しぎこちなく挨拶する。
「クローさんが受けてくださるのは光栄です、どうかよろしくお願いします」
「……俺は途中までだか、不本意ながら了解した」
「途中まで?最後まで付いて来くれるのは後ろのお二人なんですね」
「いや、こっちのラントルだけだ。俺とこの僧侶のアラウはベルフルーシュに行く」
少女は自分の後ろの2人を指しながら説明する。
何か言いたげであったがローレッタは立ち話もなんだからと一行に馬車に乗るよう指示した。
「ローレッタ様」
クラウディたちは馬車に近づき乗り込もうとしたが、馬車の奥から声がした。
「失礼ながらこの依頼に相応しいか試させてもらっても?」
無骨な装飾がされた、柄が長く刃渡り1mはある幅広の剣を腰に帯びている男が奥から出て来た。
髪は黒く鋭い眼光をしており、大きな縦傷がある片目は眼帯をしている。身長は180ないくらいだろうか、首元にマフラーのようなマントのようなものをつけており、下に覗く衣類は冒険者のように見える。
彼は荷車の中、ローレッタのそばを通り過ぎてクラウディたちを見下ろした。左手には頑丈そうな黒いガントレットをしているのが見えた。
「こちらの人はAランク冒険者のブレッドさんです。今回の依頼書にもあった通り同行者となります」
────Aランク……確かギルドマスターはSランクをつけるって言ってなかったか?
「ブレッドって、確か『ブレイダー』の?」
ラントルが何か知っているのか呟いた。
「知ってるのか?」
「うん。確かSランクに最も近いとされる内の1人であの剣とガントレットで戦うのが有名……だったと思う」
実質Sランクということかとクラウディは納得し彼に向き直った。
「試すとは?」
「確かCランクとDランクと聞いた。実績もないものが来ても無駄死にだ。俺と戦ってどのくらいのものか試させてもらう」
「え?!僕も?!む、無理無理!」
それを聞いたアラウは後退りした。ラントルも杖を前に出して警戒している。
「ならば帰るか?」
そんな様子を見て威圧するような声音でブレッドが言う。
するとラントルとアラウは不自然に膝をついた。
────なんだ?
クラウディは敵の目にも止まらぬ速さで剣を片手に構えた。同時にナイフも反対の手に隠し持つ。
「ほう、びくともしない奴がいるな。それに速い」
ブレッドは地面に降りた。それを見ていたローレッタは待ったをかける。
「その人達は大丈夫だから!それにこんな所じゃ目立ちます!」
「大丈夫です。すぐに終わらせますので」
ローレッタには男は丁寧な口調で言い、剣を抜いた。刃の平が広い片刃のバスタードソードだ。
「ラントル、アラウ。3人がかりだ」
クラウディがブレッドに聞こえるよう、膝をつく2人に手を貸し立たせる。
「いいだろう。まとめて相手をしてやる」
それを聞いたAランク冒険者は構えた。
少女は自分だけなら相手できるが、他の2人はもしかしたら実力不足で帰らされるかもしれないと思いそう言ったのだった。
────チーム戦ならサポートさせて評価をもらえる
クラウディはラントルとアラウに簡単なサポートを頼みブレッドの正面に立った。
「その仮面、視野が狭くなる。外した方がいい」
ブレッドは忠告のつもりで目の前の相手に言った。
クラウディは構わずブレッドの隙を探したが、実質Sランクとはよく言ったものでほぼ隙がない。
見たところは剣士で力によった攻撃をしてくるだろう。
後ろからラントルの呪文の詠唱が聞こえた。
作戦は単純だった。クラウディが相手を牽制し、魔法で削る。
ブレッドは呪文の詠唱を見るやいなや剣を下げて滑るように突進して来た。とても人間技ではない。彼は少女の脇を抜けてラントルに剣を振りかぶった。
「『シール』!」
だが僧侶のアラウがあらかじめ先に呪文を詠唱しておりラントルの正面を塞ぐシールドを張った。ブレッドは驚くものの剣をぶつけていとも簡単に破った。シールドが割れてキラキラとマナの輝きがあたりに散らばる。
クラウディはすぐさま追いかけており背後から首元に斬りかかった。
ブレッドは後ろ向きのままそれを左のガントレットで防ぎそのまま少女を殴りつけた。
彼女は空中で身体を捩って躱し反対の手に握っていたナイフを敵の膝裏に突き刺した。
痛みに呻いて膝をつくブレッド。そこに詠唱を終えたラントルが魔法を放つ。
「『ウィンドランス』!」
激しい風の衝突に爆発したように砂煙が舞い上がる。
少しの間見守ってるとほぼ無傷のブレッドが現れた。衝撃で幾らかは下がっているが、ガントレットで防いだようで目立った外傷は見当たらない。
「嘘……1番威力高いやつだったんだけど」
その様を見てラントルの頬に冷や汗が流れた。アラウへ目配せし、次の詠唱を始めようとしていた。石を飛ばす程度なら詠唱も速いので防御魔法と合わせれば入るはずだった。
「なるほど……悪くない連携だ」
だがブレッドはそう言って剣を鞘に納め乱れた髪を整えた。クラウディもそれを見て剣を納める。
「まあいいだろう。クロー?だったか?」
彼は刺さったナイフを抜くと投げて返した。少女は危うく顔に突き刺さる所だったナイフを剣で弾いて空中で掴むと回収する。
「お前はいい動きをするし、他の2人も弱いなりにやる」
「それはどうも」
彼は馬車の方を顎で指しクラウディたちに乗るよう示した。そして自身はそそくさと乗り込む。
「え、認められたってことですかね?」
呆気に取られたアラウとラントルは杖をしばらく掲げていたがようやく下げた。
「……まあ乗りましょ」
────戦力を把握したかっただけかもしれないな
思えば彼はダメだったからと言って帰すとは言わなかった。少女たちは不安に思いながらも中へ乗り込んだ。
ラントルの荷物が一際多くやっと一息つけるとドッカリと荷馬車にクラウディは座り込んだ。
少しして荷馬車が走り出し、『霧の街レイボストン』が徐々に遠ざかっていく。
少女は色々な事があったなと眺めた。
────死星とやり合ったり、貞操の危機に陥ったり
少女はもう2度と来ないだろうと見えなくなるまで顔を向けていた。
「さらばレイボストン……」




