第52話 アラウの安否
その日の午後はアラウの事が気になって仕方がなくギルドへと向かった。
ドワーフと魔法使いが休むように言っていたがそんなことは無理だった。自分のせいで死んでしまっては寝覚が悪く、活動に影響が出るかもしれなかった。
こっそり行こうとするも本調子でないので結局見つかり、全員で行く事になった。
ラントルが言っていたのはクラウディのもとの宿に近い方の『ヘイルスケーリン』ギルドだ。
中に入るといつもの気怠そうな受け付けの男が目に入った。
「いらっしゃ────」
「アラウはどこだ?」
「お嬢ちゃんは誰だい?」
「クローだ」
いつもの仮面をしていないので誰かわからないのだろう。
「……え、あれ、おん────」
「いいからアラウは?」
男の言葉を遮りクラウディは詰め寄った。彼は驚いてたじろいだが、少し待つように言うと奥に消えた。5分くらいして奥に入るよう言われて一行は奥にある部屋に入った。
「あれ?クローさんって聞いてたんですけどどなたですか?」
青年は着替えていたのか外套を慌てて羽織る姿が目に入った。
青年がキョトンとした表情で、クラウディたちを見つめた。受け付けの男と同様、いつもの仮面をつけていないので顔が誰かわからないのだろう。
見たところ怪我はしていないようだった。
「怪我は?」
「え、ああ!大丈夫ですよ!口とかが結構やられちゃって大変でしたが、治してもらったあとは自分で治しました。僧侶なんで」
────あ、なるほど
「いやお前あれ死んでてもおかしくなかったからな」
呆れたように受け付けの男が言った。
「いやいやそんな、クロックさん」
「普通は死んでるって」
受け付けのクロックという男にはいつもの気怠そうな表情はなく真剣な表情だった。
「詳しく」
クラウディはそう言うと受け付けのクロックは説明した。
運び込まれた時は至るところに裂傷、骨折があり口内は焼けただれて見るも無惨な姿だったという。加えてかなりの出血で死んでいてもおかしくなかった。
説明する間『大袈裟な』とアラウは笑ったが、少女が睨むと黙った。
────死んでもおかしくなかった……か
クラウディはアラウに近づき外套をはぐった。
「あ」
いくらか治したのだろうが治しきれてない生々しい傷がいくつも残っていた。
────俺の……せいだな
「誰にやられた?」
クラウディは外套を戻して聞いた。
「あ、えと────」
アラウの視線が彼の背後に立つクロックに向けられる。クロックは首を振った。
「こ、これは企業秘密でして……」
────関係者以外話せないか
「実は────」
「ちょっと」
事件についてクラウディが話そうとするとラントルが遮った。
「どこまで話す気?」
こそこそと耳打ちするラントル。
「全部だ。大丈夫あいつは信頼できる」
魔法使いは驚いていたが、それ以上は何も言わなかった。当然だ、少女自身が巻き込んだのだから。
クラウディはことの顛末を全て話した。
話す間、アラウとクロックは終始驚いた表情をしていた。
「え、クローさんじゃなくて、クラウディさん?男じゃなくて女の子?え?」
信じられないという風に仕切りに一行を見ている。
少女は外套を着ていたが下はワンピースの寝巻きであったので、外套を脱いでワンピースの裾をはぐった。
「あ、え?え?本当に女の子?!ちょ、あ」
クロックは目を背けたが、アラウは顔を真っ赤にして凝視した。
「なにやってんの?!」
ラントルはそんな少女の行動に頭を強く叩いた。急いで外套を着させる。ドワーフはやれやれと肩をすくめた。
「これが手っ取り早いだろ?」
何で叩かれたのかわからないという風に少女は頭をさすった。
「あんな事があったばかりなのに……はあ」
呆れたのかラントルは頭を抱えた。
────え、悪いことしたのか?俺……
「クロ……クラウディさんが女の子なのは理解しました。今回の事件に関係しているとも」
皆が落ち着いた頃、咳払いをしてアラウが口を開いた。クロックに目配せすると彼も頷いた。
「なので正直に言いますが、僕を襲った人が誰だか分かりません」
その言葉に呆気に取られる一行。
「急に羽交締めにされたかと思えばボコボコでしたので。まあ複数人ではあったと思いますが」
「現在ギルドでも探してはいるが……この街だ。多分見つからんだろうな」
クロックがポリポリと頭を掻いた。それを聞いたドワーフがフンッと鼻を鳴らした。
「それで、その、クラウディさんはこれからどうするんですか?」
ラントルが渡したマナポーションでマナを回復したのか、アラウは傷を治し始めた。
ドワーフから仲間を集めろと言われてまず思い浮かんだのが、スコット自身。それから僧侶のアラウだった。
ドワーフには断られたが、アラウはきっと承諾してくれるだろうと踏んでいた。
たった数日の付き合いではあるが元男の少女はアラウを信頼していた。
子供にあれだけ好かれる人間が悪いやつなはずがない。
少女がじっと青年を見つめていると気恥ずかしそうに彼の目が左右に泳いだ。
「俺は『ベルフルーシュ』に行く」
そういうと彼は顔を上げた。
「あ……5日後に、朝……門から出て」
クラウディはパーティに誘おうとしたが、ふと今の状況を客観的に見てしまい言い淀んだ。誰のせいで彼が酷い目にあったのか考えてしまったのだ。
直接的には原因は少女にはないが何処かで原因を作ってしまったのだろう。ラインを殴ってしまったことか、蔑ろにしてしまったことかはっきりとはわからない。もっと他の理由かもしれない。
もちろん悪いのはラインたちであるが、再び彼を何かに巻き込んでしまうのではないかと後ろ向きな考えが前面に出てくる。
故に今回巻き込んでしまった男に『一緒に来て欲しい』といえなかった。言えるはずがなかった。
「すまない巻き込んで……無事……じゃないが生きててよかった」
クラウディは今更ながらそう謝った。
「じゃあまた。元気で」
少女は青年が何か言う前に足早に出て行った。ドワーフとラントルも慌てて追いかけ出ていく。
「急にどうしたんだろうな」
「…………」
クロックが開いたドアを見つめながら言う。アラウは黙ったまま何も言わずに再び治療に専念した。その表情には僅かに笑みが見えた。




