第50話 屈辱③
クラウディは今ドワーフに背負われて移動していた。側から見れば不恰好な様だ。
しかし小さいが力強く逞しい背中に少女は顔を伏せた。炭が焼けたような臭いがする。しかし安心する匂いだ。
「…………すまない」
少女は長い沈黙のちに、呟くように言った。体の痺れはラントルがポーションを飲ませてある程度治り、言葉は普通にしゃべる事ができた。ただ身体はまだ少し痺れが残っている。歩けないほどではないがドワーフがダメだと強引に背負った。
スコットは一度少女を背負い直し、辺りを見渡し何処かへと再び歩き出した。ラントルは衛兵たちと何処かへと行ったみたいで今は姿は見えなかった。
「…………すまない」
聞こえなかったのかと少女は再び言った。
「……お前さんが何に謝っているのか分からんが」
スコットは振り返らずにため息をついた。
「今は休め」
元男の少女はそれ以降は口を開かず、ドワーフの小さな背に揺られる。なぜここにいるのか、なんで助けてくれたのか言いたい事は沢山あるが、ただ目を瞑った。
大して疲れてはいないが、精神的な疲労があったのだろう。小さな足音を子守唄に、クラウディは眠りに落ちていった。
少女が目を覚ますと見覚えのない天井が目に入った。
────どこだここ
クラウディはベッドから起き上がって辺りを見渡した。以前泊まっていた宿のより一回り大きい部屋で机と簡易的な衣装棚があった。
少女の荷物は机の上にあり、特に無くなったものはなさそうだった。
「起きたか」
声の主の方向を向くと、部屋の隅の床に胡座をかいて腕組みするスコットが目に入った。
「気分はどうだ?」
「あ、すまない。寝てしまった」
「…………」
「…………?」
スコットが目を細めて少女を見る。
何故ここにあのドワーフがいるのか等、寝ぼけた頭で考えるが、見つめられてふと意識を失う前の出来事が一気に脳裏に走った。
慌てて自身の身体を確認する少女。服は女物のヒラヒラしたワンピースの寝巻きとショーツでサラシや男物の下着は穿いてなかった。
「落ち着け、何もされとりゃせんよ」
「女になってないか?俺……」
「可笑しなことを言う」
そうは言うがドワーフはピクリとも笑わなかった。
「…………こんな事になるとはな」
元男の少女は項垂れてため息をついた。
『可愛いから男に襲われないよう気をつけてね』というフロレンスの忠告が頭に響いた。元男の少女は別に容姿が良いとも思っておらず、襲われる事はないだろうと決めつけていた。
外見は女でも中身は男だしな、と今となっては謎の理論からくる自信だった。それに加えて、ある程度戦えると思い、返り討ちにできると言う慢心もあった。
しかし実際は全ての戦闘手段が封じられてしまい、今回の事件へと至ってしまった。
「…………俺はそんなに弱そうか?顔がいけないのか?」
少女はドワーフへ顔を向けた。彼は困ったように肩をすくめた。
「ワシは人間の容姿の良し悪しはあまりわからん」
────種族が違うからか
「ただ、おぬしからは危うさを感じた」
「危うさ?」
ドワーフが頷く。
「おぬしがどういう理由でそうしているのかは知らんが、所作からして男としての無防備さがな」
「??」
理解できないと首を傾げる少女を見てドワーフは自身の髭を触った。
「ふむ……難しいか」
彼は少しの間何とか伝えようとしている風に唸っていたがやがて諦めて肩をすくめた。
「これからはより一層気をつけるしかないな」
────それはそうだな
「何故ここに?ここはどこだ?」
少女は後回しにしていた質問をした。
「ここはワシたちの宿だ。まあ感謝するならあのラントルという娘に言うんだな」
「どういうことだ?」
ドワーフは顎髭を弄りながらこれまでの経緯を説明し出した。
ドワーフは武器屋を継続していたが、とある日にラントルが訪ねて来たのだという。クラウディが奴隷商に売られるかもしれないというので急いで追いかけて来たという事だった。
ラントルが言うには仲間の1人がそう言う計画を立てているのをたまたま知ったらしく、クラウディと関わりがあるスコットを頼ったという。
なかなか見つからない中、色んな人に聞いて足跡を辿って、ようやく見つけた時にはあの有り様というわけだった。
ちなみに少女が眠ってから丸1日経ったという。
「すまんな、成り行き上、ラントルにはお前さんのこと『女』ということは言ってしもうた」
────口が硬いんじゃなかったか?
「……ラントル?」
「あの娘は昨日に引き続き今度はギルドへ行っとる。そろそろ帰ってくる頃じゃろ。というか盗み聞きしとる」
ドワーフがそういうとドアの外から咳払いが聞こえて赤い巻き毛が覗き、ラントルが入って来た。外に誰かいるのは少女も気配で分かっていた。ラントルとは思わなかったが。
魔法使いのラントルは後ろ手にドアを閉めた。
そしてゆっくりとクラウディのベッドサイドの下に膝をついた。
「クロー……いやクラウディ……ごめんなさい。もっと早く助けられたら良かったのに」
とんがり帽子を取り、申し訳なさそうな表情でラントラは謝る。クルクルとした巻き毛がゆらゆらと揺れた。
「……お前は悪くないだろ。俺は大丈夫だから」
クラウディがそういうと魔法使いは涙目になり、不意に抱きついた。
「大丈夫じゃない!大丈夫じゃないよ!」
────首、入っとるっ
首に腕が入り苦しんでいると啜り泣きが聞こえた。
「俺は男だから……」
「お前さんは女だ。か弱い、な」
ドワーフが少女の言葉を訂正する。
────か弱い……か
少女は男の時には言われたことがない言葉に拳を強く握りしめた。
男としては屈辱の言葉だった。だが、そう言われても仕方ないほど弱くなった。
クラウディはラントルをゆっくり引き離した。
「アラウは?」
「アラウ?」
「俺を騙した男が化けてた姿の元になったやつなんだが」
少女は首を傾げる2人にもう少し詳細にいうと、ラントルが思い出したように声を上げた。
「そういえばギルドに怪我した若い男が運ばれてたような?確かに名前もそんな感じだったかな」
────生きているのか
殺されてないかと内心不安に思っていたが生きているようで何よりだった。
「ラインはどうなったんだ?」
ラントルは少し戸惑ったが顛末を話し出した。
あの後ラインは衛兵に連れて行かれ強姦未遂の罪で牢獄へ入れられたそうだ。現在は別件の誘拐事件の関連にて尋問中らしい。当の本人は反省の色が全くなかったとの事だった。
────まあもう出てこないなら問題ないな
ふとラントルがクラウディの手に触れた。よく見ると自分の手が震えている事に気づいた。
────あ、まじか
「すまない……ちょっと……1人にしてくれるか?」
ラントルとドワーフは顔を見合わせると何も言わずに出ていった。
2人が出ていった後に少女は膝を抱えて顔をうずめた。
────声大丈夫だったか?
声も震えていたんじゃないかと不安になる少女。
そして頬に熱いものが流れるのが分かった。
その感情が安堵からなのか、恐怖からなのか元男にはわからなかった。
そんな機微なものは元男は持ち合わせていないのだ。
「クソっ……」




