第44話 浄化魔法
次の日────
クラウディが朝早くギルドへ行き、先日の報酬の件はまだらしいので別の依頼を受けようと依頼書を漁っていた。他の冒険者も少ないのでゆっくりと探す。
「いつもサンキューな」
「ああ、早く行ってこい」
別の冒険者の斡旋が終わると、受け付けの男はカウンターにいる仮面の冒険者に向き直った。
「そういやアラウがまた組みたいって言ってたぜパーティ」
受け付けの男はニヤニヤと笑う。
「……そうか」
彼の言葉を聞き流しながら討伐依頼を探していくクラウディ。
「お前なかなかやるみたいじゃないか、あいつ興奮してたぜ?」
「……そうか」
全ての依頼書に目を通して退けていた討伐依頼を吟味していく。その時にギルド入り口のベルが2度鳴った。
「お、噂をすれば」
「あ……どうもぉ……」
背後から弱気な声が聞こえた。チラリと振り返るとペコペコしながらアラウが立っていた。綺麗な金髪は寝起きなのかボサボサだった。
クラウディはカウンターを避けてスペースを開けた。隣に僧侶が来る。
「依頼探してるんですか?」
「見たらわかるだろ」
「はは……すみません」
特に話すこともないので続けて依頼書を探す少女。出来るだけ割りの良いものを受けたいものだ。
「…………」
「…………なんだ?何か用か?」
クラウディいくつか目星をつけたところで横と斜め前からの視線が突き刺さるのに我慢出来ず顔を上げた。
「いやあの、よろしければ僕の依頼に一緒に来てくれたら……なんて」
アラウがそういって苦笑いする。断ろうとしたが、ふと受け付けの男にチラリと目をやると行ってやれと顎で示される。
「割がいいなら行くが……」
もう組まないと決めていたが、昨日の今日でまた組むことになりそうだとため息をつくクラウディ。
「ほんとですか?!じゃあまたパーティを組みましょう!」
アラウはそういうと表情が明るくなり、受け付けにパーティ申請を出した。クラウディは依頼書を一旦返却しパーティ編成が終わると外に出た。慌てて僧侶がついてくる。
「では早速行きましょう」
「……おい、本当にこれが割が良い依頼なのか?」
クラウディはアラウに連れられて小さな林にあるとある墓地に来ていた。16番街にある墓地の一つで、墓石は朽ちていたり破壊されていたり、もうかれこれ幾年も訪れた形跡がない。草は膝よりも高く小さな虫がかなり飛んでいた。
辺りも薄暗く、より霧が充満しており視界がかなり悪かった。
「はい、依頼書にある通りです」
ギルドクエスト────
依頼内容 16番街にある墓地の浄化 報告のみ可
依頼報酬 3万ユーン
適正ランク D
推奨ランク E-D
────────
クラウディは依頼書を見て眉をひそめた。報酬は良いが『報告のみ可』というのはどういうことだろうか。
「わざわざここまで確認に来るのが面倒なんでしょ。たまに割りの良いのが入ってくるんですよ」
理由を聞くと僧侶は杖に光を灯し辺りを照らした。
「いやそうじゃなくて『報告のみ可』っていいのか?やらなくても報告だけすれば良いってことだろ?」
「え?僕はそんなことしませんよ?クローさんもしないでしょ?」
その発言に呆気に取られるクラウディ。『悪』という言葉を知らないかのような物言いに仮面を抑えた。
「……この依頼書はさっきのギルドのやつから?」
「はい」
「あの受け付けのやつとは長い付き合いなのか?」
「そう……ですね。結構面倒見て……というか迷惑かけちゃってるかもです。まああの人は色んな人見てるから僕なんてそんな気にしてはないでしょうけど」
────こういう依頼書……俺が探した時には無かったな
少女の憶測だが、おそらくこの依頼は信頼されている者だけに斡旋されるものだろう。でないと『報告のみ可』なんて文句つけないはずだ。本来なら現地に確認してもらうか、何かしら証明が必要なはず。
それだけ目の前の僧侶は信頼されているということだ。
クラウディは長く息を吐いた。
「で、どうするんだ?俺は何をすれば良い?」
「浄化は僕の魔法でやるので、クローさんは僕を守って下さい。多分何も起きないとは思いますが」
「……了解」
僧侶はそういうと近くの朽ちた墓石の前に跪き杖を掲げ何やらぶつぶつと唱え出した。
「────浄化せよ『ピユリフ』」
そう唱えると杖から光の粒がゆっくりと放たれ、墓石に当たると弾けて広がり、包み込んだ。
アラウは少しの間手を組んで跪いたままだったが、立ち上がると終わりましたと笑った。
「もう終わりか?早いな」
「え?ああいえ、この墓石は終わりですけど、ここ一帯の墓石一つ一つやらないといけないのでちょっと時間かかりますね……」
「ああ、なるほど……」
辺りを見ると霧でよく見えないが、見える範囲で14基。この墓地に入るまで見たもの含めると2倍以上あるのではないか?
「そもそも何で浄化が必要なんだ?」
「え、知らないんですか?」
「田舎者の初心者だからな……」
アラウはそれを聞いて丁寧に説明を始めた。
定期的な墓石の浄化────
墓石は人が来なくなって長く放置されると良く無い者を引き寄せる。どこか知らない森の中等はやりようがないので仕方ないが、街外れにでも放置するとモンスターが発生して大変なことになる可能性がある。
「それを防ぐために僕たち僧侶は……まあ僕みたいな弱い人限定なのかな?やらないといけないんです」
「面倒臭いな……」
アラウは苦笑いし、次に行きますと移動した。
クラウディは剣に手をかけて警戒はしていたが特に何かの気配もなければ影も見えなかった。
「────『ピユリフ』」
詠唱を聞きながらクラウディはチラチラとアラウの方を見ていた。
「魔法はそれ、何か言わないとダメなのか?」
「詠唱ですか?」
「そう、詠唱だ」
フロレンスが魔法を使う時に長ったらしい詠唱など聞いたことがない少女は疑問に思った。少女自身も『生命石』で魔法を使用する際はイメージだけで発動する。
「もしかして『詠唱破棄』のことでしょうけど……魔法職は基本詠唱しないと魔法は使えません。出来るとしたら相当の手練の……それこそ賢者でしょうね」
────じゃあフロレンスは『賢者』ということか
そんなに難しいことを息をするようにやっていた紫の魔女はおそらく『賢者』なのだろうと勝手に納得したクラウディ。
「それだと無防備になるな」
「はい。だからクローさんみたいな守ってくれる人がいるんです。あ、次行きますね」
2人はそれからはテンポ良くこなしていった。といっても頑張るのは僧侶だけでクラウディは全く疲れてもいない。警戒なんて元男の時から日常茶飯事のことであり慣れすぎて大して体力も消耗しない。
アラウの方は時折『マナポーション』を飲みながら浄化を進めていった。
終盤に差し掛かった時にふと遠くから視線を感じ、その方向を凝視した。
────何かいるな……いや誰か……か?
「少し離れる、いいか?」
前方を注視したまま背後の僧侶に声をかける。
「え、はい……もう少しで終わりそうですし」
クラウディは剣を抜くと気配を消し、視線を感じた場所まで素早く移動した。
────……気のせいか?
該当の場所まで来たが特に何もない。しかし辺りを見渡すと痕跡の消し忘れか、木に何かが引っかかったような傷があった。
「モンスターか……?」
クラウディが察知した気配は完全に消えてしまい他の痕跡も見当たらなかったのでアラウの元へと戻った。
僧侶は終わったのかポーションを飲みながら座って休んでいた。こころなしか辺りが明るく見える気がした。浄化の効力なのだろうか。
「あ、大丈夫ですか?何かありましたか?」
汗を拭うアラウは首を傾げた。
「いや何でもない。もう終わったのか?」
「はい少し休んだら帰りましょう」
結局クエスト終了にかかったのは約3時間。時給換算で1万、折半で15000ユーンの収穫だった。
ギルドに帰って報告すると受け付けの男は何を疑うこともなく『お疲れ様』と一言だけ言い、本当に報酬を渡してきた。
1番大変だったのはアラウの方で報酬も譲るべきかと思ったが、彼は逆に付き合わせたからと全額渡そうとしてきたので折半とした。
「あの、……また会えますよね」
ギルドの外に出るとおずおずと顔を覗き込んでくる僧侶。
「ん……ん〜、考えとく」
善人に偏った僧侶とでは少しやりにくいなと感じていたクラウディは言葉を濁した。彼の思考に感化させることはないだろうが価値観が違うのだ。
────やはり……ソロかな
もう会うのはやめた方が良いと心に決め、何か言いたげなアラウとそそくさと別れた。




