第43話 教会のグール
教会の中はアーチ状に空間が広がっており、ステンドグラスが至る所に散りばめられていた。横長の教会のベンチが多く並び、人も何人かいるのが見えた。
クラウディは大丈夫だと言い、依頼主の所に行くよう促したが、アラウは心配して横になるまで行かないと言うので仕方なくベンチに横になった。
「じゃあ休んでて下さい」
彼は教会の人と何か話すと奥の部屋へと消えた。
────この頭痛久しぶりだな……
まだチクチクと痛む頭を抑えるように腕で顔を覆った。しばらくして少しずつ消えていく。
その頃にアラウが依頼主であろう神父と奥から出て来た。それを見たクラウディは身体を起こした。
「あなたがもう1人の人ですね、ではさっそく依頼についてですが────」
神父の話によるとここ最近、深夜に教会の周りを徘徊するグールが度々現れるとのこと。数は日によってまちまちで1体の時もあれば3体、4体の時も見られると言う。
まだ実害がないが、教会でみている子供たちが怖がって夜は寝られない子もいるとか。
神父が説明していると奥の部屋から子供たちがクラウディたちを見ているのが確認できた。クラウディは無視していたが、気づいたアラウがニコニコと手を振る。
それをみた子供たちが何人か寄ってくる。
「お兄ちゃんたち、そとのバケモノやっつけてくれるの?」
「これこれお前たち、奥に行ってなさい」
「あはは、僕というよりこの人なんだけど……」
神父の手から逃れた子供たちが側まで来てクラウディの方を見る。少女は仮面を被っており、それを見たうちの1人が怖いと涙目になる。
「クローさん仮面取って!笑顔笑顔!泊まり込みなんですから」
アラウが慌ててクラウディに耳打ちする。
────いや無理だろ
元男は生まれてこの方笑った記憶がなかった。故に作り笑顔でさえ無理なのだ。それに仮面を取ると声が戻って女だとバレる可能性がある。少女は黙ったまま事がすぎるのを待った。
アラウは仕方なく子供たちの頭を落ち着くまで撫でたり、背中を優しく叩いていた。
「大丈夫だよ~。大丈夫だからね~」
次第に落ち着くと子供をよっと抱き抱えて一緒に教会内を歩き回ったりした。すっかり子供たちは懐いたようで後ろをついてまわっている。
「子守までさせてしまって申し訳ない」
神父は申し訳なさそうに頭を下げた。
そんな様子を少女はうんざりした様子でため息をついた。
────あぁ、面倒臭っ
神父に勧められて食事を一緒に摂り、その後は子供たちの部屋でアラウは子供と遊んだりし、クラウディは子供が苦手なので気配を殺して部屋の隅に息を潜めて過ごし、そして夜となった。
「お前、保育士とかのが向いてるんじゃないか?子供が随分懐いてるし」
子供たちが寝静まった後クラウディはアラウの側に姿を現した。彼は突然現れた仲間にビクリと身体が跳ねた。
「び、びっくりした……ホイクシ?よくわかりませんが、子供は好きですよ。無邪気で可愛いじゃないですか。というかどこに行ってたんです?」
アラウはすっかりと子供たちに気に入られ、眠る子供の頭を撫でていた。
クラウディとは違ってアラウには子供を惹きつけるものがあるのだろう。
「ここにいる子たちはみんな親を失った孤児らしいです。神父様が厚意で見てくださってるとか」
アラウは子供の肌けた布団を肩口まで上げてやり、クラウディの側に座った。
「厚意ね……」
「すごい事だと思いますよ。他の仕事もある中で子供の面倒もみて。見ず知らずの子供をですよ?」
「神父に何かメリットがあるんだろ。国……街から金をもらってるとか」
「エグいとこつきますね。まあ仮にそうだとしても……たとえ偽善だとしても、この子たちは神父様に懐いていますし、悪い扱いは受けてないでしょう」
そう言って苦笑いするアラウ。
「クローさんは──」
何か言おうとしたアラウの言葉をクラウディは手で制した。外から何者かの気配がし、その旨を外を指差して伝える。青年は頷き、杖を強く握った。
敵の動きはゆっくりで、時折りうめくような声が聞こえた。
彼らは子どもたちを起こさないよう窓から外へ出た。
窓の外は教会の側面で、庭となっている。
敵は見たところ一体。ボロボロの服を着てよろよろと足を引きずって歩いている。髪は無造作で抜け落ち、身体は骨が見えるところもあった。
────まるでゾンビだな
そのまま気づかれないよう後をつけると教会の裏の墓場まで来た。
クラウディは敵の動きが止まると僧侶に合図した。僧侶が杖を掲げて魔法の詠唱を始める。
少女は剣を片手に構えて突進した。背後から気づかれる前に首を切断し、身体を蹴り飛ばした。
少しの間切り離された身体は蠢いていたが、やがて灰になる。
────これで終わり……なわけないよな
少女が周囲に気をやると地面からいくつも手が出てきて複数のグールが出てきた。敵はクラウディを取り囲むと飛びかかった。
「『レイス』!!」
アラウは叫んでクラウディの頭上に聖属性の玉を出現させた。その光にグールたちは目が眩み足を止める。その隙に少女は次々と敵を斬り伏せていった。思ったより肉質が柔らかく、体も軽いので簡単に刃が通る。
最後の1体を斬り伏せ、少女は剣を鞘に納めた。
「す、すごい……」
アラウは少女の動きを見て感嘆の声を上げた。
「ほんとにDランクなんですか?!」
「Dランクだ。で、やつら消えてしまったんだがどうしたら良い?討伐証明とか」
さらりと流す少女にもっと言いたい事があったがアラウは説明した。
「グールはこういうものなんです。まあ強いて言うならこの布切れが討伐証明ですかね。依頼者に現場を見てもらって達成としましょう」
その後彼らは神父に報告し、現場を見てもらった。グールのものと思われる布切れがそこかしこに落ちている。
「た、確かに確認しました。こんなにいたとは……お怪我はありませんか?」
現場を確認した神父は残骸の多さに驚いたようだった。
アラウはクラウディに怪我の有無を問うたが、少女はいいやと首を振った。
「では、これで依頼は終了ですね。……報酬は後日お支払いしましょう」
「ありがとうございます」
アラウはそう言って頭を下げた。
「それでこの後はどうしますか?」
依頼は達成したので本来ならすぐに帰るところだった。
「かえ────」
「安全を確認したいので僕たちは予定通り泊まって行きます」
クラウディはすぐに帰ろうとしたが、アラウが腕を掴んだ。
「俺は帰る」
「まあまあ、そう言わずに。最後まで付き合うのが冒険者の仕事ですよ」
「…………」
結局クラウディはアラウに促されて朝まで見張りをしながら過ごした。アラウも朝まで付き合うと言っていたが、睡魔に勝てず子どもと一緒に眠ってしまった。
グールはあれから出てくることはなく夜は静かなものだった。
「依頼終了だな……」
少女はやや明るんできた霧の空を見て呟いた。
「もしまた何かあればギルドに報告してください」
「はい、この度はありがとうございました」
「バイバイお兄ちゃんたち!」
クラウディたちは挨拶をして教会を後にした。アラウは子どもたちの姿が見えなくなるまで手を振っていた。
「では、僕がギルドに報告に行っておくので。報酬は半々で良かったですか?」
教会の人たちが見えなくなって少し歩くとアラウが立ち止まった。
「俺も行く」
「いえいえ、最後寝ちゃってましたし……これぐらいさせてください」
それならと報告をお願いする少女。そして家に帰ろうとした。
「あの、ありがとうございました」
「?」
「僕は今回大したことしてないですけど。クローさんはDランクとは思えないほど強くてすごかったです」
「…………」
「もしよろしかったらまた今度でも、パーティを組んでくれますか?」
「……考えとく」
アラウは苦笑いした。クラウディは今回パーティを組んでみて確かにかなり楽ではあった。『生命石』のマナも使うことはなく、面倒な、依頼者とのやり取りなども省く事が出来たのだから。
ただやはり元男の少女は自身の境遇もありソロの方がやり易いと思った。それに少女には少女の目的があるのだ、その時間を割いてまでパーティを組もうとは思わなかった。
「ではこれで」
「ああ……」
少し寂しそうな青年の声に、少女は嫌ではないと伝えようとしたが何か尾を引いては面倒臭くなるだけだと考え、口を閉じた。




