第313話 カイザックと買い物
彼の宿はいつか訪ねた娼館の近くにあると聞いていたので、そこに向かう。
情報屋とはダンジョンで別れた後はやる事があると言って姿を消し、会うのは数日ぶりだ。無気力で過ごす間、彼はクラウディのもとに訪ねては来なかった。
薄暗い路地を抜けていき、幾らか怪しげな人らとすれ違いながら例の娼館が見えてくる。
「どうした~?何か用か?」
少女が宿の近くまで行くとわかっていたのか、すでに外にカイザックが建物の壁に寄りかかって立っていた。
────気配多いな
彼の宿の周りは彼の手下で構成されているようで、すぐに情報が回るに違いない。
「少し買い物に付き合ってくれないか?」
「ほぅ……まあ暇だからいいが」
「暇ではありませんよ!」
カイザックの手下と思われる黒ずくめの女が宿のベランダから叫んだ。
「おっと、じゃあさっさと行こうか」
彼は足早に少女の側に来ると、肩に手を置いてその場を後にした。
カイザックの服装は、もういつものよれた服にダボっとしたズボンの格好だった。
少女はカイザックを連れて再び大通りに出た。
「で、どこに行くんだ?」
「魔法具店に行く」
「へぇ……それはいいが……お前、あのエルフの衣装は?」
クラウディは現在エルフの衣装はしまって新しい旅人の服に着替えていた。領主に会いに着た後は今後使用することはないだろう。
その旨を伝えると見るからに残念そうな顔をした。
「それは残念だ……」
口に出しても言う。
────あれ、俺は男だって伝えたよな?
首を捻りながらも大通りを抜けて崖にポツンとある、壁の色が派手な魔法具店に向かった。
見えてくる魔法具店の煙突からもくもくと煙が上がっており、営業中のようだ。
背の高い草むらを抜け、ドアの前まで出るとドアに手をかけて中に入った。
中に入ると例の薬品のようなツンとした臭いが鼻をつく。
店主であるルーベは前と同じようにカウンターに座って本を読んでおり、入って来た客に気づいて立ち上がった。
「いらっしゃいませ!ルーベニアへようこそ!いつもあなたの────」
カイザックを見て、そこで言葉を切り口元に手をやった。
「あ、あ……どうも……ご、ごゆっくり」
いつもの調子ではなくモジモジとして言葉が小さくなる。
クラウディはカイザックを放置して魔法具店内を物色した。大きな変化はないが少し新しいものも増えている。
取り敢えず目当ての魔法の石鹸と、スクロールをいくつか。
新商品にも目を通すがそこまで欲しいものではなかった。
「何が欲しいんだ?」
カイザックが店内を一周したのか少女の側に来た。ちょうど新商品を手に取っていたところだ。
『風描きの羽ペン』というもので、ペンと羊皮紙がセットらしい。説明書きには風にペンをさらすとその日の風向きや天気を絵にして表してくれるという。
いつかティリオが買って行った骨の人形と似たようなものだ。
しかし、面白いとは思うが欲しいものではない。
「顔を隠すものと魔法のコンロみたいなのが欲しいが……」
辺りを見回してもそれらしきものは見当たらず、手に持っていたペンを置いた。
「顔?もう隠す必要なんてないだろ?」
そう言ってカイザックは少女の横髪をかき上げた。何をするんだと思わず身を引くクラウディ。
「絡まれる事もあるから欲しいんだ」
「ほぉー?まさか早速絡まれたのか?特徴を言えばお仕置きしといてやるが?」
「は?何を言ってる……問題を起こすな」
少女は少し彼と距離を取り、遠目から見ている店主のルーベに声をかけた。
「は、はいぃ……なんでしょ」
チラチラとカイザックを見ながら近づいてくる。
「顔を隠せるものはないか?ほら、この間解呪してもらったやつみたいな」
「え!あっ!」
少女の言葉を聞いてルーベは何か思い出したように奥の方へ引っ込んだ。
少しして出てくると何やら見覚えのある仮面を手に持ってきた。それをカウンターに置き申し訳なさそうに手遊びを始めた。
「これは────」
少女が使用していた仮面によく似ている。ただ下半分がなくなり表面も綺麗になっていた。
────そんなはずは
確かに解呪した仮面はダンジョンのどこかで壊れたか落としたはず。
手に取って顔につけると妙にしっくりときた。
「あ、あー……あー」
試しに変声出来るか試すとしっかりと出来た。全く同じ仮面なのだろうか。それか新しく作ったのだろうか。
「これを買う────」
「幾らだ?」
少女が仮面を外し、購入しようと口を開くと側からカイザックが割り込んだ。値切ってくれるのだろうか。
カイザックを連れてきたのはルーベが彼を気に入っているようだったからであり、値引きしてくれないかという魂胆もあった。
「あの、これは売り物ではなくて────」
「ええ?何だって?売り物じゃないから高くつく?5万ユーン?」
モゴモゴとハッキリしない店主に顔を近づける。
するとルーベは顔が真っ赤になりあたふたとした。
「い、いやいやだからこれは……その……あのぅ」
やがて下を向き、カイザックが何か耳打ちするとこくりと頷いた。
「ほ、本当は10万なんですけど……ご、5万にまけますぅ」
「5万?!」
クラウディは声が裏返った。少女が持っていた仮面はたったの3000ユーンだったのに。
────流石に持ってないぞ
先程の服の買い物でだいぶ消費しており、今出せるのはせいぜい2万が限界だった。以前のインベントリになら金は沢山あったが、無くしてしまったものは仕方ない。
「いや、流石にぼったくり────」
「変声の仮面は珍しいし、もうこれ一つしかないんだってよ────な?」
「は、はいぃ……大変貴重でぇ……」
「…………」
少女は煽るような情報屋の発言に睨んだが、売主が決めた値段なら従うしかない。今は物々交換ができるようなものもない。
しかし5万という大金はとても払えなかった。
「どうした?まさか金がないのか?インベントリなくしたっていってたもんな」
「うっ……」
「どうする?何なら取り敢えず俺が買っといてやろうか?」
そう言って彼は自身の硬貨袋から金貨を5枚取り出した。
ハッキリ言ってカイザックにはインベントリも貰っているのでこれ以上なにか恵んでもらうようなことはしたくなかった。
────後が怖いんだよ
しかしそうは言っても買える時に買っておかないと後から来て、売れました、ではたまったものではない。
クラウディは諦めたようにため息をついた。
「た、頼む」
「んん?頼む?」
「お願いします……」
「良いだろう仕方ないやつだな」
カイザックはわざとらしく肩をすくめるとルーベに金貨を渡し、仮面を受け取った。
2人は買い物は終わったので外に出ようとした。
「あ、あの!カイザック……さん?」
「ん?」
「またお越しくださいね!」
わざわざカウンターから出てきて店主は頭を下げた。
それにカイザックは一瞥すると微笑んで手を上げた。
そして少女の背中を押して店外へと出る。
ルーベは彼が出た後もしばらく呆けたようにドアを見つめていた。
「何を考えてる……」
「ん?何がだ?」
「さっきの仮面……お前、わざと釣り上げたな?」
クラウディは大通りを歩きながらカイザックを睨んだ。
「はは、お前も俺を値切りのダシにでもしようとしただろ?おあいこだ。あの店主が俺に惚れてるのは誰でもわかることだしな」
「う……」
────そういうことか……
どうやら彼を連れて行った目的がそもそもバレており、それの嫌がらせだったようだ。
元男の少女は敵わないなとそれ以上は何も言えなかった。
「明日は領主と会うそうだな」
「会うそうだなって……お前も行くんだが?」
「おっとそうだったか、失念していた」
クラウディはカイザックを送って行こうとしたが、断られ、逆に少女の宿の方に送ってもらう形となった。
「どんな格好で行くんだ?もちろんエルフのやつだよな?」
「ああ、まあ……そうだな。流石に外套は着るが」
「だよな、それ相応で行かないと失礼だもんな」
「お前はどんな格好で行く?」
「俺はもう決めてるからな」
「…………」
────失念してないじゃないか……
少女は嘘ばっかりだなと思いながらも自分も沢山嘘をついていたので何も言えず黙った。
「ここで良い。また明日」
宿が見える坂に差し掛かったところで立ち止まると少女はカイザックにそう伝えた。
「おいおい、邪険にするなよ……なんなら泊まって行ってやろうか?」
彼は少女の肩を抱き耳元で囁いた。
「俺は男だと言ったろう……変な冗談は言うな」
手を払いのけ、元男の少女は手を差し出した。
「仮面」
「ん?何のことだ?」
「金はまた返す。仮面をよこ────下さい」
彼は仕方ないなと懐を漁ると仮面ではなく謎の木の実を置いた。
「…………おい」
「はは、あれは俺が預かっておく。また今度な」
「え、ちょっと待て!」
カイザックはそう言って手をヒラヒラさせるとさっさと大通りに消えてしまった。
────まじか……




