第30話 精霊の森①
クラウディは自身が電撃で死ぬ姿を見て飛び起きた。衝撃で柔らかい地面に叩きつけられて激しい痛みが頭を襲う。
少しその場でもがいていたが、ふと木の葉がたくさん重ねられた床が目に入った。
荒い息を整え、自分が生きているのに気づく。
「はぁ……はぁ……?」
再び激しい頭痛が襲い、意識が遠のいた。なんとか意識を保とうと四つん這いになっていると何かが頭を撫でるのを感じ、そのまま眠りに落ちた。
────鳥の声が聞こえる
少女はゆっくりと目を覚ました。身体を起こすと周囲を見渡す。
直径2mくらいの空間におり、床にはたくさんの葉が散りばめられている。少女はどうやら大きな木の洞に横たわっていたらしい。
大きな穴から外を見ると小川とその周囲、この木を含めた大きな森にぽっかりと穴が開いたような空間が広がっていた。
────フロレンスの所と少し似てる
老婆が住んでいたところも、森に人為的に作ったような開けた空間が広がっていた。
少女は下に降りて自身の状態を調べた。外傷はなし。服は薄い白いネグリジェみたいなものを着せられていた。下着も女性ものだ。着心地の悪さに自身の肩をさすった。
「ここはどこだ?」
「ここは『精霊の森』と呼ばれています」
不意に横から声がし、驚いた少女は飛び退いて腰に手をやった。丸腰なので手は何も掴むことはできなかった。
────気配を全く感じなかった……
それを見てか、目の前の人物が手を振ると何もない空に少女の武器と荷物が現れた。
それはふわふわと浮かんで目の前まで来ると少女の手におさまる。
少女は訝しみの目を目の前の人物に向けた。
話しかけてきた人物はスラリと背の高い大人の女性。透き通るような肌に美しい顔つき。長い耳に緑の長い髪を背中まで流していた。髪には髪飾りなのか草花で出来た冠を被っている。服装はクラウディとは色違いの────薄くはないが────ヒラヒラした緑色のワンピースのような服を着ていた。
目の前の女性には敵意は感じられず、ただじぃっと少女を見つめている。
「助けてくれたのか?」
「倒れたあなたをここに運んで、傷は癒やしました」
────なんか回りくどいな
「助かった。感謝する」
本気で死ぬと思っていたので助けてくれたのには何者であろうと感謝するしか無い。
少女は辺りを見渡した。ぽっかりと空いた空間のすぐ外は森になっていた。結界があるのだろうか。
「なぜ助けた?」
女性には不思議な何かを感じるが、シャドウレインを倒せるようには見えなかった。そもそも争いさえ好まないのではないのだろうか。それに助けた理由も見当もつかなかった。見ず知らずのものを助けるメリットがない。
女性はそれには答えず微笑んだだけだった。
「ここは……『精霊の森』はレイボストンから近いのか?」
じっと見るが相手は見つめ返してくるだけで何も言わない。
待っても答えが返ってこないのでまた別の質問をしようとしたら女性は口を開いた。
「人間が住む街とは近いとも言えるし、遠いとも言えます」
「??」
言っている意味がわからずクラウディは首を傾げた。
「おま……あなたは?」
助けてくれた人に『お前』というのは違うかと言い直す少女。
「私はここの主とも言えるしそうでないとも言えます」
「???」
────なにを言ってるんだこいつは
「いや言ってる意味が────」
「あなたは……この世界の人ではありませんね」
少女の言葉を遮り不意に言う女性。クラウディの心臓がドキリと跳ねた。
「なぜ、それを……?」
「あなたに漂っていた気配がこの世界のどれにも当てはまりませんので」
「漂っていた?」
「今は落ち着いてその剣の中に入ったようです」
女性はクラウディが握っているシミターを指差した。少女は剣を見つめたが特に何も感じないことに首を傾げた。
女性は不意にどこかに歩き出した。何度か少女の方を振り返る。
────ついてこいってことか?
クラウディは荷物を抱え、慌てて女性の後をついていくと大きな切り株の上に横たえられたシャドウレインが目に入った。
身構えたが、大丈夫ですと言われて警戒を解く。
モンスターは既に事切れているようで、脇腹に2カ所の刺し傷と傷周りに焦げた跡があった。
「あなたが止めてくれたのです。改めて感謝を」
女性はモンスターの皮膚を撫でると突然感謝を述べた。
「俺が?」
少女の記憶は生命石のマナが切れたところで無くなっていた。そこからは全く記憶がない。
「この子が『精霊の森』の周りを荒らしていて困っていたのです。そこにあなたが……」
女性は微笑むとシャドウレインの額に口付けした。
『哀れなこの子に魂の祝福を』
そういうとシャドウレインは光に包まれて姿が崩れだす。光が去るとそこには青白い宝石のような玉が転がっていた。それがふわふわと浮き、女性の手のひらに収まった。
「お前は一体……」
その光景を見ていた少女は呟いた。それに応えるように女性は口を開く。
『私はフィレンツェレナ。この森の精霊です』