第215話 大地の第10階層
「…………っは?」
クラウディは洞窟を抜けた先の風景に目を疑った。ダンジョンはこれまでずっと地下を目指して進んでおり、洞窟を抜けたからといって外に出るなんてことは無いはずだった。
しかし目の前に広がる広大な草原や森、山は明らかに外の風景だった。
思わず空を仰ぐ少女。そこには青空が広がっており、四足の巨大な鳥のような生物やそれを取り巻く小さい鳥たちの姿があった。
────あ、ありえない
後ろを振り返るが、確かに洞窟はそこにあり遥か上に続く山のようになっていた。
「すげー!地下にこんなとこあんのかよ!すげー!」
先に出た2人が草原を走り回っている。少女と違いそこまで疑問は持っていないようだった。
説明を求めるように側にいるカイザックを見るが、なんてことないという風にタバコに火をつけ一口吸っていた。
「おい、どういうことだ?」
「んん?」
「なぜ地下にこんな空間がある?」
彼はそれを聞いて愚問だなと笑った。
「ダンジョンはこういう所なんだよ。いちいち驚いてちゃキリないぜ?」
────俺が間違っているのか?
少女も目の前を走る2人のように、頭を空っぽにして走り回った方が良いのかと仮面を抑えた。
クラウディは落ち着けと自分に言い聞かせるように深呼吸した。そもそも元男の世界の常識がこの『アストロ』で通用するとは考えない方が良いのかもしれない。
目の前の不自然な光景もきっとこの世界ではよくあることなのではないだろうか。
郷に入っては郷に従え。
クラウディはそれ以上深く考えず、こういうものなのだと無理矢理納得する他なかった。
────これ以上考えると頭痛くなる
少女は走る2人を呼び、今後はどうすれば良いかを話し合った。
「正直に言わせて貰うけどさ……」
ティリオがおずおずと手を上げた。
「俺の案内はここまで。10階層の地図は高額で買えなかったし……ここからはあんまり役に立たないかも」
クラウディは彼に相当な額のユーンを預けたがそれでも買えなかったのだろうか。
「ガイドは出来ないからただのポーターになる」
視線が集まる中続けるティリオ。声音には力がなく視線も伏せている。
「……なら他のパーティはどうしてるんだ?」
「多分自分たちでマッピングしてるんだと思う」
「……それはお前は出来ないのか?」
クラウディが言うと彼は顔を上げた。
「出来、なくもないけど……時間かかるし期限があるなら探索優先の方がいいと思うよ」
少し間を置いてティリオは肩をすくめた。彼の言うことは最もであるが急がば回れという言葉がある。地図があることないのでは進むのでも引き返すのでも圧倒的にかかる時間に差異が生じる。
第4階層でのことも地図があれば苦労することもなかった。
「いや、やっぱりマッピング出来るならして欲しい。今後の為にも必要になるはずだ。ちなみにどのくらいかかる?」
クラウディはやはり地図は絶対に必要と判断しティリオに尋ねた。
「うーん……一区画区切りにしていくとして、見える範囲のマッピングに最低でも30分くれるなら簡単なのが出来る。本当は1時間は欲しいけどまあ進むだけならいいかな」
「じゃあ早速やってくれ」
「マジで?……うん、了解。下手くそでも笑うなよ!」
歯に噛みながら笑うティリオ。笑うやつなどせいぜいアイラくらいだろう。
「え、マジなの?セーフポイントは?」
アイラは今までの対話の中で何を冗談と思っていたのか今更に目を見開いている。
「話聞いてたかよ?地図がないからセーフポイントもわかんねーの!」
「え、じゃあいつ休むんだよ?そろそろ休む時間じゃねーの?」
体感的にはダンジョンの外はもう夜ではないだろうか。10階層がまるで昼間のように明るいので感覚が麻痺しそうだが、身体の怠さもありアイラの言うことも最もである。
────キリもいいか……
クラウディは今日はここで野営することをメンバーに提案した。他の3人は特に何も言わず了解してくれる。
クラウディとカイザックは洞窟の近くにテントを建て始め、アイラも少し離れた所にテントを建てた。
続いて女戦士が少女に料理を何度も所望するので仕方なく何か作ることになった。
その間ティリオはマッピングを開始し、アイラも護衛として付いていった。
見届けてからクラウディは魔法のコンロを取り出し、インベントリにある食材を漁った。
米がないので大分レパートリーも少なくなるしどうしようかと思うが、鶏肉がまだ沢山あるので唐揚げでも作るかと鍋に固形の油を投入した。
火をつけて溶かす間にパーバードの肉をぶつ切りにして切れ込みを幾らか入れ、調味料でタレを作るとそれに漬け込む。
新たに購入していた片栗粉のようなものと小麦粉を広げ、油が溶けて温度が上がると肉に粉を満遍なくつけて投入し始める。
長い箸も作っていたので取り出して様子を見ながら揚げていく。
やがてマッピングの終わったティリオとアイラが戻ってきて、飯を作る少女の周りをウロウロし始めた。
────目障りだな……
唐揚げは結構な量を作った。付け合わせでも用意しようかとも思ったが腹が膨れれば良いだろうとパンと唐揚げのみとした。
食事の用意ができるとカイザックも呼んで地べたに円になって座った。
皿を配ると各々唐揚げを取って食べ始める。
「あちっ!!うま!!」
口から湯気を出しながらアイラが満面の笑みで唐揚げにかぶりつき、ティリオも予想より美味かったのか夢中で食べていた。
クラウディもこの世界で作る唐揚げを食べてみる。
────……ん~……?
パーバードの肉は特に臭みもなく美味かったが、味付けがやはり薄い。もっとタレにつける時間を取るか、別でかけるものを作るべきだったかもしれない。
少し残念に思いながらも腹は膨れ、水をゴクゴクと飲んで流し込んだ。
カイザックも微妙だったのかそこまでは食べてはいなかった。ただ他の2人がガツガツと食べて皿に盛った唐揚げは無くなった。
「ご馳走さーん!食ったー!」
膨らんだ腹を叩くアイラ。ティリオも苦しそうに地面に横になった。
「流石に水場はないか……」
食器を洗おうにも辺りにそれらしきものは見当たらない。
「さっきあっちに川があったぜ?後で水浴び行こーぜクロー」
────あるのか……
いよいよ外と変わらないなと思いながら指さされた方にクラウディは向かった。
辺りにはぱっと見て、川なんて見当たらなかったが草原の丘を越えると下った方に川が見えた。丘に隠れて見えてなかっただけのようだ。
川は幅5m、深さ50cmくらいのものであり、なんと魚がチラホラ泳いでいるのも見えた。
見たこともない魚だが時間があれば獲りたいものだ。
靴を脱ぎズボンの裾を引き上げて川に入ると水温は少し冷たく、流れは緩やかだった。
食器を綺麗に洗っていき、誰も見てないのでついでに水浴びをする。
────あ、なんかアイラが一緒にとか言ってたな……
「ま、いいか」
クラウディはそのまま身体を綺麗にし、服を着替えると先程着ていた服を洗った。
サッパリしたところで野営地に戻るとアイラが待ってましたと側に来る。
「あれ、もう水浴びしたのかよ」
濡れた髪を見て残念がる女戦士は項垂れ、ティリオに顔を向けた。
「しゃあねぇ、一緒に入るかティリオ?」
「は、はぁ?!男が女と一緒に入れるかよ!1人で行ってこいよ!」
顔を赤くしながらティリオは追い払うように腕を振った。そんな彼の首根っこを掴んで持ち上げるとそのまま川の方へアイラは行ってしまった。ジタバタと暴れるリーグットの姿は、まるで悪さをした子供が逃げ出そうとしているかのようである。
「カイザック、見張りはどうする?」
「スライムにやらせとけ」
「マナないんだが……」
カイザックは『生命石』を寄越せと手で示し、渡すとマナを込めてくれた。プリムスライムを外に出すとマナを使用して少女に変化させる。
少女スライムは簡単な命令に頷くとアイラとクラウディたちのテントの一直線上の中央に座り待機した。
「カイザック……もう一回いいか?」
「ん」
クラウディがおずおずと再び『生命石』を渡すと文句も言わずマナを込めてくれる。
────なんか怖いな……
いつもなら何かしら要求したりするがそれがないので逆に不安になる。
「なんだ?そんなに珍しいか?」
視線に気づいたカイザックがニヤリと笑う。
「正直なにか企んでるんじゃないかと思ってる」
「おいおい、心外だなぁ~。そうだな、今日もチェスをやるぞ。それで勘弁してやる」
「……了解」
アイラたちが帰ってくるのと入れ違いでカイザックも川の方へ行き、彼が帰ってくるとスライムを見張りに全員休むことにした。
「9回ひっくり返したら起こす、いいな?」
砂時計をスライムに渡し頷くのを確認するとクラウディもテントの中に入った。
カイザックは既にチェス盤を広げて駒を並べており、その様子を興味深そうにティリオが眺めていた。おそらく知らないだろうから、物珍しいのだろう。
何度かプレイしている姿を側で見ていているが、彼の表情は子供のように焦ったり笑ったりしていた。
「…………やってみるか?」
「いいのか?!」
ずっと見ているだけでは暇だろうとクラウディが尋ねると目を輝かせた。ルールをある程度説明し、2回もやるとすぐに覚えるティリオ。ただ相手があのカイザックなのでまるで相手にならず、全敗する。
悔しそうにしていたがそれでも楽しそうにしていた。
そうこうしているうちに時間が過ぎて行った。




