第214話 魔法弓②
ランタンの光に何かが反射しきらりと光る。数は1匹。かなり小さいし殺気などは感じない。
不安がるティリオにその旨を伝えると、何か考えるように口元に手をあて目を見開いた。
そして少女からやや興奮様にランタンをひったくると少し近づいた。
────金色のスライム……?
どうやら第1階層でみたスライムの金色バージョンのようだ。今では光に照らされ金色の姿が見える。サイズは緑のスライムとほとんど変わらない。
「き、金スライム……金スラだ!おいお前ら早く狩ってくれ!!」
ティリオがそう言ってナイフを手に駆け出す。
「なんだよあいつ……そいつが何だってんだよ?ただのスライムじゃないのか?」
「馬鹿!金スライム倒せば金がたんまりゲット出来るんだぞ!!」
その『金』という言葉にクラウディとアイラは目の色を変えて反応し素早く駆け出した。
スライムは危険を察知したのか跳ねる様に逃げ出した。
「待てや────『投擲』!!」
アイラが手斧をいくつも投げる。勢いよく飛んでいくが小さい的には当たらず。
少女もナイフを取り出して動きを見ながらいくつも投げた。全て命中はするが流石、金というだけはあって全て弾かれてしまった。
ティリオが動きの遅くなったスライムの眼前に先回りし行手を塞いだ。
「ナイスティリオ!」
アイラは追いつくと手斧を握り激しく叩きつける。表面が幾らか凹むがすぐに元に戻るため効いていない様子。舌打ちし属性武器のライアクを取り出すが金スライムは大きく跳ねて包囲を抜け出すと再び逃げ出した。
だが今度は少女が動きを予期しており先回りする。スライムはピタリと動きを止め、ジリジリと後退した。
────物理無効か……どうする?
見たところアイラの筋力で効かない。となるとほぼ物理無効と見ていいだろう。魔法が効く可能性はあるが『生命石』のマナはゼロである。
インベントリから毒属性の『ヴェノムフリッカー』なら効くかと思い取り出したが、ふと頭に元の世界の記憶がよぎった。
いつかゲームに詳しい者と交わした会話だ。無理にゲームに付き合わされたのを覚えている。
『管理人サん。レアな銀スライムは物理と魔法は効かんでござるよ』
『はっ?じゃあどうするんだ────あ、逃げたぞ』
『武闘家の会心強化を使って弱点を────』
「っく……」
そこで記憶が途切れ頭痛が襲う。
────クソ……弱点?
頭を抑える少女。ゲーム感覚で挑むのとは訳が違うが、どこか通じるものがあるのかもしれない。
第1階層のスライムも核を攻撃すれば一撃で倒せるのだ。同じ弱点があってもおかしくはない。
他の仲間にその旨を伝えようとするがすでに遥か前方におり追いかけていた。クラウディも後に続こうとするが足がもつれて倒れ込んだ。
それに気づいた仲間が足を止めて起き上がれない少女を助け起こしに来る。
「悪い……足引っ張った」
「まあ仕方ねーって、どのみち倒せる気がしなかったし」
アイラが力強く腕を引いて起き上がらせた。ティリオは酷く残念そうであったがやがて同感だとため息をついた。
「あー……一攫千金のチャンスだったのにな」
金スライムはもう姿は見えず先に行ってしまったか、分岐点を曲がってしまったようだ。気配が小さいので追うのも難しい。
クラウディは後方にいるはずのカイザックに目をやった。が、彼の姿が見当たらない。
当然ついて来ていると思っていた3人はもしかして置いて来てしまったのかと辺りを見渡した。
探していると不意にスライムが消えていった方面の暗がりからバシュッと何か貫く音が聞こえた。一同警戒してランタンを照らしているとやがてカイザックが姿を現した。
その手にはヘタッた金スライムが握られており例の青白い魔法矢が身体を貫通して留まっていた。
驚きに声を失っている3人の前にほらよと金スライムを放るカイザック。
スライムは重量音を立てて地面に落ち魔法矢が消えると溶けるように身体が崩れ、後には山型の金鉱が残った。
「お、お、お前──お前やったのか?!マジかよ!うわっ、すげっ!初めてみたこんな金塊!!」
金鉱の前にひざまづきペタペタと触るティリオ。
アイラも同様に触り出す。2人とも目が完全に金のマークになっている。
「…………お前いつの間に」
クラウディはカイザックの側に行きどうやったのか尋ねた。しかし彼は人差し指を口に当て秘密だとニヤリと笑うだけだった。
おそらくクラウディたちが標的を取り囲んでいるうちに先回りをしたのだろうが、それにしたって逃げだすルートなんて分かるはずがない。
少女も彼の気配は常に後ろに感じていた。だから金スライムも別方向へ行ったのだ。それをすり抜けて先回りなど出来るはずがない。
それこそ存在をそこに残しながら移動しない限りは。
「おいおいそう睨むなよ……照れるだろ?」
じっと見ていると手を広げておどけて見せるカイザック。情報屋である彼にはこれ以上聞いても無駄だろう。聞きたいのなら相応の対価を払うしかない。
少女は仕方なく金塊を巡って言い争っている2人の所へ移動した。
「────だからお前に持たせると碌なことにならねーって絶対!」
「あ?!私の何を知ってんだよ!いいから寄越せよ!てめーこそまた転がして失くしかねねーだろが!これは私がもらう!」
────面倒臭いやつらだな、まったく
クラウディは重い金塊を引っ張り合っている2人の肩に手を置き、一旦置くように促す。
大人しく2人は従うがお互い睨み合っている。
「これを持つということは────」
少女は金塊に手を置いた。2人の視線が刺さる。
「相当な責任が伴うということだぞ。重さからして数百万はするんじゃないか?失くしたら責められる覚悟はあるか?」
「……数百万」
「うっ……」
金額の大きさに黙る2人。それは責任は持てないと言っているようなものだった。もちろんクラウディ自身も責任は持ちたくない。
「ということでカイザックに持たせる。狩ったのは奴だしな。いいか?」
「……わかったよ」
「しゃあねぇなあ」
少女は了解を得ると金塊を持ち上げた。
「んっ?!」
────重い!
金塊は20kg程あるだろうか。
それを肩に担ぎ、タバコをふかして蚊帳の外にいる男の側まで行くと先程のことを説明して渡した。
「あいつらの扱いが上手くなってるな。了解リーダー」
何かいうかと思ったが案外すんなりと受け取るカイザック。もしかしたらまた何か企んでるのかもしれないが、災いの種は預けたので安心して進めるだろう。
一行は一度ルートを確認して進み出した。
アイラとティリオは今はまた並んで歩き、先程まで言い争っていたのが嘘のようだった。
ランタンは現在はアイラが持っておりティリオが持つ地図を照らしながら進んでいる。分岐点も幾らか通り過ぎ、時間的にもうそろそろ10階層へと続く階段やらが見えてくるのではないだろうか。
やがて洞窟は徐々に狭くなっていき、先程まで10mはあった道幅は今は2mしかない。高さも同じくらいになり時折身長の高いカイザックは突き出ている岩盤を屈んで避けていた。
地面もやや下り坂となり、少し風の流れを感じた。
「お、出口じゃね?10階層だろ?」
アイラが先に見える小さな光を見つけて指差した。ティリオは地図を見て頷いた。
「競争しようぜ!私が一番乗りうぇーい!!」
「はあ?!ふざけんな!一番乗りはポーターの特権なんだぞ!」
ランタンが要らないほど明るくなり、先頭の2人が腕を引っ張り合いながら駆け出した。
「俺らも行くか?」
「いやいい……」
カイザックがイタズラっぽく笑ったが、元男の少女はそんな子供のような真似は恥ずかしくて出来ず首を振って断った。
やがて光が強くなり、手をかざしてその光を潜った。
※金塊:約3億




